本の読める店

2016年の振り返りと2017年の目標

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月々の振り返りをしているし年間の振り返りもしようと思ったのだけど、なかなかいろいろ思い出せない。一週間前のことも簡単には思い出せないのに一年前のことなんて思い出せるわけがない。
思い出せるわけがないため、書いたブログを辿ることで教えてもらいながら書いてみようと思う。こういうときに便利なのがこちらの記事一覧で、ざーっと一枚ペラのリストになっているので見やすい。このページは僕のだいぶフェイバリット感ある。気持ちがいい。
しかし、記事タイトルを見ても意外にその時分に何を考えていたかとかって思い出さなそうだな、というところですが、どうか。

1月

2016年の目標:人間とじゅうぶんお話をする | fuzkue
これが最初のエントリーで。目標:人間とじゅうぶんお話をする。人間とじゅうぶんお話をしたかな、どうだったかな。年の後半はどんどんじゅうぶんお話をしないようになった気がするけどたしか最初のうちは「もっといろいろな人と話そう、酒を飲み交わそう」と思ってわりとアグレッシブに「飲みにいきませんか」とかやっていた気がする いやしないな嘘だ完全に今の嘘だった。でも前年と比べたらずっと人と飲む機会は増えていた気はたしかにする。そしてそれはだいたいいつだって楽しいしよかったなと思う時間になるのだけど、だからやっぱりこういうの大事って思うのだけど、自分から人に声をかけるハードルは変わらず高くある、それで逸している機会もきっといろいろある、なので今年も継続してというか今一度意識して人間とじゅうぶんお話をするべく努めたい。

ゆるい求人/MMMM(朝) | fuzkue
思いつきで「モーニング営業やろうかな」となって書いた。そうしたらこれを書いた翌週には今はフヅクエに立ってもらっているスタッフであるところのひきちゃんと「ほんとにやる気?」の面談みたいなものをしていた。

欲望すること | fuzkue
去年1年間の僕のキーワードは間違いなく欲望だった。『ザ・ウォーク』を見たことによって「あ、欲望か」となったのだと思う。くるりが大昔に歌った「必要なのは愛だけさ愛だけさ、笑うなよ、殺すぞ」という歌詞が僕はとても好きなのだけど、僕は愛を欲望に言い換えたい、と思いながら一年間生きた。欲望超大事。

2月

びっくりするくらい記事タイトル見ても何も思い出さない。2月は最高に低調な日々で、まず売り上げがやばかった。1月もやばかったのだけど、1,2月は一番いいところと比べると30万も差があった。これはけっこう死活問題的なやばさだったというか盛大に流血していた。ドバドバ。ただただ減る金。でもこのあたりの低調さは売り上げの低さだけではなかった。とにかくダメな時期だった。

3月

『本好きさんのための 東京 コーヒーのお店』(ダ・ヴィンチ編集部/編) | fuzkue
初めて雑誌でなく書籍で取り上げていただいた、なんというか川口葉子さんに選んでいただけたっていうのは僕の中で非常にほまれポイントの高い出来事だった。

3月も低調な気分と売り上げは続いた。気分の低調さはブログにも反映されていて、タイトルを見ると「カレーを作ったら失敗したら楽しくなった」「転勤を知らされたら楽しくなった」「角煮を作ったら楽しくなった」と、マジでまったく楽しくなかったんだなというのが手に取るようにわかる。どうにか何かに楽しさを感じられないか、と思っていた。欲望がどこにも見当たらなかった。

『若い藝術家の肖像』を読む(65)それにこのふるえはじきにやむさ | fuzkue
2015年の1月からやっていた「『若い藝術家の肖像』を読む」シリーズがなんの前触れもなくこの更新でぱたっと止まった。前触れはあったのかな、更新頻度とか。忘れたけど。でもなんとなくいい終わり方だな。それにこのふるえはじきにやむさ。果たしてそのふるえはやんだだろうか。

4月

4月14日、朝フヅクエ始まる(実話) | fuzkue
朝フヅクエが始まった。僕がそこで働くことは最初の1週間以外はなかったのだけど、なんていうかおだやかですごくいい時間を提供できていた気がする。これはめっちゃいいなと思った。

で、でたー!!!!でたでたーーー、!!!!、でてもうたーーーー!!!!ーーーーー!!!!!!か、看板が、で、で、でーーー!!!!、!!!でたーーーー!!!ーー!!!! | fuzkue
2年目半ばにしてとうとう看板を出した。1,2,3月と目を覆うような売り上げだったこと、それからもっとちゃんと町に対して開かれる方がいいんじゃないか、店もだいぶ形が整ったというか強固になった気がするしそんなことじゃ損なわれないんじゃないかなというのもあったので、そうした。効果は、どうだったのだろうか、よくわからない。なくは、もちろんないはず。 なお、なんとなくこの時期は「エクスクラメーションマークを多用すれば元気を自家発電できる」みたいなことをやっていた時期で、見るだけで笑えてよかった、少ししたらうるさく感じるだけになった。

4月の労働(バカな働き方) | fuzkue
フヅクエの場所は平日の昼間は「定食川越」という名前の定食屋になっていて、これはフヅクエとはまったく別物なのだけど、その定食屋を任せていた川越さんが妊娠されたため辞められた(11月に元気なちびっこが産まれた模様。めでたい)。これは、こういう言い方もあれだけど、とてもいいタイミングだったかもしれないというのもあって、というのも前年11月くらいから昼の売り上げが下がっていた。ちょうど人件費分くらい、利益が少なくなっていた。そんな折りに辞められたので、「じゃあ自分でやったらいいか」となったので昼間は定食屋の店主として働くことにした。労働のセルフブラック化。こんな働き方とてももたないかなと思っていたけど存外もっている。

5月

ふーむ。なんも覚えていないな。何か思い出すようなことあったかな。たしか4月から徐々に売り上げが上向いて5月6月はわりとナイスな月だったんだ、というのは最近の振り返りコーナーで再三再四書いているのでよく覚えているのだけど、それ以外に何かあったっけか。
あ、でもあれだ、ここらへんからやる気出たんだった。4月くらいからかな。なんでやる気出たんだっけな。がんばるぞーってなった。それでがんばってた。あそっか昼働き始めたからがんばらないといけないことになったからがんばるぞーってなってそれで気分もそれに乗って前向きだったのかな。ここらへんから明るく暮らしていた気がする。

『歩きながら考える step8』「まだ名前のついていない道を行く」 | fuzkue
初めて寄稿みたいなことをさせていただいたのが発売されたのがこの月だった模様。これは書いていて楽しかったな。

6月

基本的には同上な月だったはず。何やってたんだろうな。思い出さないな。
5月からだったか4月からだったか月1で野球を見に行くのが実に好ましいことだった。

一人居酒屋挑戦記 | fuzkue
ここらへんから露骨に「人とじゅうぶんお話をする」が無視されていったのかもしれない。もう話さなくていいかみたいな。

あ、あとあれか、些細なあれだけど。
ライムシロップの行く末 | fuzkue
レモンシロップとジンジャーシロップが常にあるシロップで、このころからそこに他の何か果物買ってわりとしばしばシロップ作るようになりましたな時期だったっけか。あ違うか、ライムシロップはよそでおいしいレモンサワーとグレープフルーツサワーを飲んで、それじゃあフヅクエはライムね、とか思って作ったんだったな。サワー楽しかったなワピリッツツムギ。

7月

と思ったらライムシロップのこと書いてるの7月だったな。ということは6月は何やってたんだろうな、忙しく働いてたってことかな。
で7月は何やってたんだろうな。ここから売り上げがどんどん下がっていくところで、でも7月とかはまだ調子よかった名残りみたいなのが自分の中にあるから「今週こそまた上向くのでは」とか無駄に思いながら毎週そうならないみたいなことを繰り返しながら生きていったわけだったっけかな。夜な夜な歩きながらビールを飲むこと、それが好きだったっけかな。アーバンチリング。忘れちゃったな。

8月

ほんと何も思い出さないな。

9月

たしかこの月からwebをリニューアルすべくなんかちまちまやり始めたんだったと思う。イラレでデザイン案みたいなのを狂ったように作っていたのがこの時期だったっけか、忘れたけど仮にそれをやっていたとしたらそれはとても楽しかったはずだな。

唐突に読書会を開催したくなった | fuzkue
9月12日に唐突に思い立ったそれは、いい思い立ちだった。これは思い立ててよかったな。年の後半を楽しく彩ってくれた。

朝のおわりとあたらしい夜のはじまり | fuzkue
それからあさふづくえをおしまいにすることが決定された。
朝は、とてもよかったのだけど、ほんとうにだめだったな。よくなる兆しもなかった。それで朝はやめることにした。夜が変わることになった。それに備えていろいろしていた気がする。

10月

フヅクエに店主以外の人間が立った日 | fuzkue
そんなわけで朝担当だったひきちゃんが夜に立つようになった。これはフヅクエにとってはとても大事な一歩だったはずで、あれは大事な一歩だったね、というのはこれから先に思うようになる、といいなと思う。人にこの場所を任せる、ということ。それを僕はなんていうかわりとそういうタイプだとは思っていたけれど、それにしても特にストレスなく受け入れられた気がする。ひきちゃんだったからこそかもしれないけれど、まあとにかくそんなふうになった。

読書日記(1) | fuzkue
読書日記を始めた。これはなんというか、とても楽しい。のでずっとやっていきたい。どんどん量がエスカレートしていって、10月から12月までの3ヶ月ですごい文字数を打った気がする。実に楽しい。

「会話のない読書会」後記(要約:ガチでグルーヴィーだった) | fuzkue
思い立たれた会話のない読書会が実行に移された。最高最高にグルーヴィーなナイトだった。これはもう最高最高。のでずっとやっていきたい。

11月

『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』 | fuzkue
まさかの大好き朝日出版社の本の原稿を書かせていただいたのが発売された。これはなんというかほまれだったし楽しい経験だったな。

webのリニューアルのお知らせというか成果報告会というか「寝ても覚めても」その2 | fuzkue
1週間とかのあいだ本当に狂ったようにずーっとwebいじりをやっていたのが11月だった。これはなんというか本当に楽しく狂おしかったな。そしてwebはとても見やすくなったし使い勝手もよくなったんじゃないかと思う。うれしかったし気分よかった。その一週間は地獄というか泥沼だったけど、それはずっと浸かっていたいようなタイプの沼だった。そこには欲望があった。

「投げ銭ボタン」を設置した | fuzkue
これはまた思いついちゃったな〜、ということで設置した。ありがたいことにちょこちょこ投げていただいている。とてもありがたいし、やっぱりこれはとてもいいよねって思う。

12月

12月は最高にたるんでいた。たるみきっていた。

週末の営業時間を変えようかな日記 | fuzkue
なんていうか本当に思いつきで生きているのだけど思いついたので1月からそうすることにした。月初に思いついてそうすることに決めたので残り1ヶ月の12月がなんかただの過渡期間な気分になってしまってとても低調なモードで過ごすことになった。本当にダメな月だったな。年末に実家帰ってひたすら本読むみたいなことだけを楽しみに生きていた気がする。ほんとダメだったな。

そんな感じでしたー。なんというか全体的には漫然と生きてきたのだけど、漫然としながらもなんとなくなんですけどあるべき方向に店が行っているような気がなんとなくするというか何かが進んではいるような気はしているんですよね。そうは見えないかもしれないし何がなのかは僕もよくわからないけれど。
なんだろうな。なんか、一つあるのが、もっとなんか「本」にフォーカスしようみたいに秋ごろからなっていった気がする。本であり読書でありに。ただの謳い方の問題かもしれないけど。ここは読書の場所なんだ、という謳い方により意識的になってきたというか。webとかはいまも「一人の時間をゆっくり過ごしていただくための静かな店」って書いてあるのだけど、Twitterのプロフィールの文章は秋に変えていて、今は「ゆっくり本を読みたい、そんな人のために作ったカフェのようなバーのような食事処のような静かな店です。」となっている。
ゆっくり過ごしていただける場所ですよーとか静かな場所ですよーとかだからおしゃべりはご遠慮いただいてますよーとかぐねぐねいろいろ言うよりも、最高に本を読める店、というそれを押し進めたいようなそんな気分になっている。最高に本を読める場所、である以上ゆっくり過ごしたいし静かなのがいいし喋ってる人いたら無理でしょ、だからそういうことになるでしょ、ということなので、そのすべてを表すのが「最高に本を読める店」で、そのワンフレーズで済むので、そこを押し進めるのが得策なのかなみたいな。そのあらわれが会話のない読書会であったり、あるいは読書日記であったり、な気がする。読書会は読書会というていである意味ほぼフヅクエな時間を体験してもらえる場所という意味合いもあって、あるいは読書会というていでこういう本が読める場所がありますよを普段のブログとかよりは広く知ってもらえるみたいな意味合いもあって。読書日記は書くのが楽しいだけだけど、読書is非常に楽しいという姿を描くことで「あなんか本読みたいかも」みたいなのを惹起して「あそれならフヅクエなら超できるな」みたいに思ってもらってみたいなアピールになるかもなということを毎週していく口実みたいな部分もある気がして。
今までどおり読書に限らず「一人でゆっくり静かな時間を過ごす」をしたい方全員に向けているのは間違いないのだけど、アピールの仕方としてはもっともっと読書を前に出したい、という気分がある。そこで進んでいこうと。なんせ読書好きのための聖地に朕はなるつもりなので、そうしていこうと。

そんな感じですかねー。まあなんかいろいろそんな感じですね。で最後に2017年の目標ですけど「ワークライフバランス」みたいな感じですかね。

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