本の読める店

フヅクエに店主以外の人間が立った日

Entry blog fuzkue385

10月からシン・なフヅクエというか9月であさふづくえ終わってあさふづくえ店長だったひきちゃんが夜にコンバートで週2くらい立つ、ということになる、ということを先日書いたけれど、半月くらい一緒に教えつつやってそこから独り立ちみたいな予定なのだけど、今日初めてひきちゃんがフヅクエに立った。そのため今日初めてフヅクエに僕でない人間が立った。エポック。

開店1時間前の3時に来てもらって、掃除とかして、コーヒー淹れて、改めてなんか考え方というか考え方みたいなものとかの訓示を垂れたりして、それで4時から二人で営業をした。
二人で営業をすると言ってもフヅクエはお連れさんどうしの会話はご遠慮いただいている店であり、コソコソ話もダメですよというかコソコソって耳にカサカサけっこうなところしっかり障ってきてとてもダメだと思っているからコソコソ話もダメですよな店であるわけで、なので我々にもそのルールが適用される。
「そういうわけだから営業中、私たちは言葉を交わしません。無言」と開店前の話の中で宣言し、そして実際にほぼほぼ言葉を交わすことなく営業をした。もっぱら筆談。筆談というか僕がメモパッドに指示であったり段取りの改善点であったりを書いて破って見せて「うむ、理解」みたいな。あとはジェスチャー。広げた両手を差し出して「ストップ、止まれ」みたいな。そういうことに終始した。
狭い厨房に二人の人が立っているフヅクエもおかしな光景だったろうけどその二人の人間がまったくの無言で仕事をしているのもまたおかしな光景だったろうなと思った。

なんというかしかし意想外の喜びというか、フヅクエへのコンバートが決まってからひと月弱のあいだ朝の時間とかちょこちょこ時間を見つけてあれこれの作り方とかを指南してきたのだけど、だから今日から独り立ちの日まではそれを習熟させていくというか慣れるみたいな段階なのだけど、これってオーダーが入らないと習熟もなにもできないことで、「これで今日めちゃくちゃ暇だったらマジでどうしようね…どうしようというか二人でぼけーっと座ってるとかどうしたらいいんだろうね…」と話していたのだけど、ここ3ヶ月くらいで一番くらいに忙しい日に幸いにもなったというか、ちょっとびっくりするくらいに忙しい日になって、「なんかみなさん協力してくれてんのかな?」とか思いたくなるくらいオーダーも多岐にわたって、トレーニングとしてこんなにうってつけの日はなかったのでラッキーだった。初めて立つ日が「おそらくこれ以上忙しくなることはありえない」という状況にあたったのはとてもよかったなと思って、「まあマックスこのくらいだからあとは余裕だよ」というか、まあなんかそんな気分で僕は腕組みしながら上司みたいな顔して一日ぼーっと突っ立っていただけなんですがなんか自分でオーダーこなしているのと同じくらい疲れた。

いやまあ僕が疲れたとかそれはなんでもいいのだけど。たぶんひきちゃんの疲れとかテンパりは僕のそれとは比にならないものだっただろうし。目を回してやってるのに隣の男なんも手伝ってこないし。いやそれもどうでもいいんだ。何書こうと思って書き始めたんだっけな。忘れちゃったのだけどなんかこうフレッシュな日だったというか、教えるのって面白いというか、あそういえば筆談指示やっていて「これ超便利だな」と思ったのがあって、筆談指示って全部指示のログとして残るっていうの超便利だなって思った、っていうのもまたどうでもいい話というかこちらにとって以外は本当にどうでもいい話なのだけど、なんだっけな。忘れちゃったな。忘れちゃったわけではないというか始めからたいして書きたいことなんかなかったのだけど、たぶんこれ書いているのは「ひきちゃん」という存在をフヅクエのブログを読んでくださっている人になじませたいみたいな部分がけっこうある気がして、「ひきちゃんだよ〜、ひきちゃんだよ〜、お見知りおきを〜」みたいな、そういう部分がある気がする。
フヅクエに僕じゃない人間が立つということを考え始めたときに、接客とかドリンク作るとかそういうのはちゃんと教えさえすればいいのだけど、それよりもその人物をフヅクエに来てくださる方にとってストレンジャーな感じじゃない存在に仕立てていくことがなんか大事な気がしていて、というのもとても好きで何度か行っていた店で店主じゃないアルバイトの人が立っているのに出くわしたときにすごく「あれれ?」という気になった経験があるからで、若いアルバイトの人ということはわかるけれど、いったい誰なの?みたいな、とても違和を感じたことがあって。
だからフヅクエで人を雇うときはそうじゃない状況を作ったほうがいいというか、キャラクターを立たせた方がいいはずだと思っていて。もちろんそれはいくらここで書いたところで届く人には届くし読まない人はもちろん読まないから届かないのだけど、でもちょっとでも何か、みたいな。

なんのきっかけでフォローしたのだったか忘れたのだけどブログの紹介文によると「広報・PR・ネット廃人」であるところの塩谷舞さんをFacebookでフォローしていて投稿をちょこちょこ見かけるのだけど、塩谷さんがそのオウンドメディアの編集長を(たぶん今も)されているチーズタルトのお店のBakeのインターンにたるちゃんという女性がいて、僕はBakeのことは何も知らないのだけどたるちゃんのことは「なんか車に詳しいとかなんだっけ」みたいになんか知っている、何かしらのなじみを覚える存在になっている気がしていて、それもこれも塩谷さんがちょこちょこたるちゃんの名前を挙げたりしていたのを見るのを繰り返しているうちにいつのまにか勝手に親近感、というもので。なんか「これわりと理想的だよな〜」と思うみたいな、「これたぶん目指したいよな〜」と思うみたいなところがあって。そういう人はきっと多いのだろうというのは今検索バーに「bake たる」と入れたら検索候補に「bake タルト」「bake タルト 日持ち」に次いで3番目に「bake たるちゃん」と出てきたということからも明らかなのだけど、というか笑ったのだけど、4番目は「bake タルト 値段」だからね、商品の値段よりもインターンのたるちゃんが気にされてるwwwwというこの感じ。笑ったのだけど、「フヅクエ」と打ったら「フヅクエ ひきちゃん」とまっさきに出るくらいの、いやそれは出すぎ、そんな必要はない、そこまでは要らないのだけど、「あ〜ひきちゃんね〜」みたいななんか親しみみたいなものをこう、なんか醸成していきたいというか醸成していったほうがお客さんにとっても心地がいいことなんじゃないかと思うのでそうしたくて、というところでこれ書いてるって話だったっけな、というかなんで思い切り目論見晒してるんだろうwwwという感じなんですけど。止まらなくなっちゃった。「なっちゃった」じゃないよというか。まいいや。なんでもいいや。

しかしなんかこう、静か、みたいなこういうちょっと特殊な店の考え方みたいなものをインストールみたいなのってわりと誰にでもできるってことでもないのかなみたいな懸念みたいなものは持っていたりしたのだけど、ひきちゃんマジこれ安心というかひきちゃんはフヅクエわかってるというかフヅクエ気質あるわ〜みたいに思ったことが先日あって、数日前の朝に「なんかありがたい教えでも垂れよう」と思って「最近思ったんだけどさー」とか僕は言い出して、「お下げした食器ってお客さんのものなんだよなーって思ったんだよね」とか言い出して(なんか書いてて気持ち悪くなってきた…)、これはだけど実際なんか最近思ったことで、お下げしたばかりの食器は下げてからの時間が浅ければ浅いほど誰のものかといえば店のものというよりはお客さんのものであるという感覚が芽生えたというか元からあった感覚が言語化された気がしたときがあって、ガチャガチャいわせて扱うのがなんでいけないかといえば耳に不快であることはもちろんなのだけど、それ以上にその食器はお客さんのものだからだ、自分のものが粗雑に扱われたら不快だから、人様のものは丁寧に扱うのが道理、だからお下げしたばかりの食器は特に丁寧に扱わないといけないんだ、ということを最近思って、「いやだからってやることは変わらなくて丁寧かつ静かに洗ったりなんやかんやするっていうことなんだけど、なんかあーなるほどそういうことかとか思ったんだよね」とひきちゃんに言った。「なんかどう?この感じ伝わった?」と問うたところ「あーわかります」とのんびりした声が返ってきて、次の言葉に僕はびっくりしたのだけど「だからわたし洗わないです」と言ってきて、「わーすげー」と感心したというか、教え垂れるつもりだったけど教わったわと思ったというか。僕は洗うは洗うんですよね、いつも以上に流す音とかできるだけサラサラーってさせようとか気をつけながらも下げたらわりとすぐに洗うのだけど、ひきちゃんはそれすらしないという。まあ教わったからといって僕それやるかなー僕はわりとシンクきれいにしときたいから洗っちゃうかなーとかは思うのだけど、そのなんか「だから私は洗わない」マインドを教えずして持っているその感じになんか恐れ入ったというか、ひきちゃんさいこーさいこーと思ったというか。
って、書いていて、あんまりひきちゃんひきちゃん言い過ぎると(「ひきちゃん」と15回書きました)ただの内輪ネタみたいになっちゃいそうで怖いな、いいあんばいを見つけないとな、と思いました。という話でした。

photo by 齊藤幸子

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