読書日記(168)

12月22日(日) 

嫌な夢を見て、マラソンがあるらしく沿道からそれを見る、遊ちゃんと、それから知っているらしい知らない男女と、4人でそれを見る、場所を確保したのにどうしてだか一駅移動して、でもそこでも場所は確保できたようだった、大学のキャンパス、巨大なきれいな建物があって目を見張った、踊り場で落ち込んできたのだったか、暗い気持ちになってきた、もっと僕の相手をしてよ! と地団駄を踏んで、わめいた、『デッドライン』のKの場面と関係あるだろうか、それで時間で起きて、寝覚めが悪いから「あと15分」と宣言して寝ると明るい夢を見ることができた、寝覚めがアップデートされた、おはよう!

店、マキノさんに昨夜の思いつきを話したら遊ちゃんと同じで、でももっと強く違和感の表明があった、こういうときに「いいですねえ」で済まさないでくれるのはすごくありがたい、下北沢店だけにしようかな、下北沢は、1階だし、いろいろな人が前を通るだろうし、初台よりももっと警戒してやることになるというか、線引きというか、ふるいというか、フィルターというか、掛けてやらないといけないから、本の形のより面倒な案内書きは、いいかもしれない、ぎょっとさせるくらいでバランスが取れるかもしれない、それこそ、看板かなにか、外のところにも一冊置いて、そこでちゃんと判断して帰ってもらう、というふうにするのもいいかもしれない、売るやつだけつくるとかでもいいかもしれない、お土産にうってつけだろう、笑いながら、「阿久津さんは今、本の形をしたものをつくりたくてしょうがないんじゃないですか」とあって、もうまったくそのとおり、笑った。今日は暇だった、昨日は最初のうちは忙しかったから、今日はひどかった、痛いような寒さの日でおどろいた気持ちになったけれど、12月も22日だと思い出したら、そうあるはずなんだよな、と思った。先日の恵比寿の固定資産税のはがきが来て課税標準額が一定金額未満であるためもう大丈夫です、ということだった、2万円くらい払わないといけないのかなと思っていたから、朗報だった。

おおむね座っていた、マキノさんも座っていた、たまにオーダーがあると、コーヒーとチーズケーキが入ったときだった、僕がコーヒーを淹れ、マキノさんがチーズケーキを用意するという、役割分担! みんなが持て余していた。みんなといって二人だが。『kaze no tanbun』を開いた、日和聡子、我妻俊樹、いずれも知らなかったがいずれもおもしろかった、我妻俊樹はむちゃくちゃに景色が流れ、溶けていく、反転し、縮尺がぐんぐん変わる、そういうアニメーションみたいな様子で想像されて、それから『お金本』、幸田文、坂口安吾、遠藤周作、池波正太郎。寒い、冷たい日、屋上に出るとパラパラと雨が降り始めた、なにがトリガーだったんだろうか、麻婆豆腐がとにかく食べたくなっていた、早めにドトール。ソロー。より高次の法、良心と尊厳、投票権。ケープコッドに打ち寄せられる死体。「骨と海のあいだには相互理解があり、めそめそした同情心を抱いている私などは必然的にそこから閉め出されているような気がした。いまや死体が海辺の所有者であった。それは海辺を治めている動かぬ主権の名において、生者には不可能な支配権をこの場所におよぼしていた」というソローの文章が引かれた。

溺死者の骨と海とのあいだに、ある種の感情的な関係、お互いを思い合う以心伝心の関係を感じとった者が、ソローの他にいただろうとは思えない。死者たちが漂う岸辺は、ソローの内部に一つの精神的な地勢を誕生させた。そこでは、死という人間個人の宿命が、畏れや拒否ではなく、ある種の野生の領土において実現される夢のようなものとして意識されることになるのである。 今福龍太『ヘンリー・ソロー 野生の学舎』(みすず書房)p.102

麻婆豆腐を食べたい気持ちが高じた、「暇?」と聞いたらたいそう暇だそうで、じゃあ、今日は早々と帰ろう、と思って、店に戻ると、マキノさんも山口くんも本を出していたから暇な時間が続いたらしかった、僕はのそのそと厨房の中に入り、豆板醤、花椒、木綿豆腐、しいたけ、それをリュックに移していった、「じゃ」という顔をして出た。やくたたず店主。
雨が降っていたから歩いた、歩きながら聞いていたのはSammusの『Pieces in Space』でXenia Rubinosがあんまりいいから、こんな感覚の人のものを聞きたい、と思って、Xenia Rubinosのウィキペディアを見たら「Associated acts」の項目にあった名前で聞いてみたらこれもまたとてもよくて、雨が楽しくなるような音楽だった、スーパーでひき肉とビールだけ買って簡単な買い物だった、家に帰り着く直前、ふと、先日のトークイベントで千葉雅也が話していたことを思い出して、それが僕はけっこう残っているらしかった、危ない、たがを外した文章の書き方というか規範を逸脱し続けすぎると、危ない、そういう話で、それを思いながら、人は不安になって句点を打ったり、接続詞を足したりするのではないか、その手付きがありありと浮かぶようだった、おかしなことを書き殴ったとき、あ、ちょっとどこかに近づいてしまった、というときの、あの不安、それを訂正するために、人は。家に着いた。

風呂に入った、洗面所の遊ちゃんとゆっくりおしゃべりをしながら、入浴。冷たくなっていた足の先が温まった。麻婆豆腐と白菜の簡単な和え物をこしらえて、ご飯を炊いて、ビールを飲んだ、ビールを飲んで、調理の途中、一日分、宇野千代の日記を読んだ、食って、うまかった、でもしょっぱくしすぎた、ご飯がはかどった。
食後、ずっと開くタイミングをうかがっていた、歌集を読むタイミングというのがわからなかった、森奈ちゃんの『起こさないでください』を、ソファにべったりと横たわりながら、読んだ、こんなふうに世界を眼差す、一行でなにかが炸裂する、すごい、と思いながら読んでいた。風呂上がりの遊ちゃんに、「天井の高い銭湯はえらい わたくしはたぶん綺麗に死ねそうにない」「煙草を吸う人個人しか信用できない死ぬまでは生きていきたい誰も避けない」「わたしいましんでもいいわなんていま言えないくらい今、今がすき」「わたしはむずかしいことをしていて それはひとりごとの言えなさに似ている」「どんな定点も俺からの線しか引けないと思っていた 死ぬな」、好きな短歌をいくつか口頭で伝えて、そうすると遊ちゃんも好きな短歌をいくつか口頭で伝えてきて、いいねえ、と言い合った。こうやって言って、そして引いてみると、情景系じゃないというか、もっと切り取られた映像として見ていた気がしたのだけれども、こうやって引いてみると、どれもそういう系じゃない系で、ちょっと、なんだろう、と思う。
それから庄野潤三。今日は「麦の秋」で、遊ちゃんはこれの次のやつがすごく好きなんだと言っていたからふたつ続けて読もうと思っていた、その「麦の秋」では娘のなつめとお友だちのユキ子ちゃんが遊んで喧嘩して仲直りして遊んでいる、もう帰るよ、と父親が言うと「いやー。もうちょっとユキ子ちゃんとこで遊んでる」と返して「なつめがそういうと、ユキ子ちゃんはなつめを放すまいとするように、なつめの腕に自分の腕をくんだ」し、「お父ちゃん、おねがい。おねがいだから、もうちょっとだけユキ子ちゃんとこで遊んでる。ね、ね?」「ね、ね。もうちょっとだけ」と執拗に、悲壮な様子で頼んでいてドトールで今日見た光景と瓜二つで、お母さんたちは今日はもう帰るの、と何度も言うがまさにそのくらいの年齢の女の子たちが、引き下がらない、もう少し、もう少し、と言っていた、そのあとどういうふうに諦めたのか、そこまでは見ていなかったし気づいたらその席には今週も下の床屋のお母さんがいて、ずいぶん経ってから気がついたら、「いっしょうけんめいお勉強しているから、黙っていたの」と言って、それから少し話した、建物の下で煙草を吸わなくなってから失われたものは床屋のお母さんとのコミュニケーションであの時間にはけっこう救われていた、今は時たま顔を合わせるくらいになってしまった、それがこうやってドトールで続けて隣の席になるのは愉快だ、晩ご飯はちょっとしか食べない、フルーツを食べる、朝はしっかり食べる、5時だったか6時だったかに起きる、ラジオ体操をする、店に行くのは9時半だ。またぬか漬け食べたいな、ちょっと薄いかなと思うときもあったけど、でもあれはいい塩加減だったわよねえ、ねえ、本当にちょうどよくて、いっつもおいしかったですねえ、またおつくりしますわね、楽しみにしています、僕は帰ることにした、「お稼ぎください」といういつもの言葉をもらって、「がんばりまーす」と言って出た。

今日はすっかり乱読の日で5冊も6冊も読んでいる感じがあって仕上げは小島信夫だった、酔っていた、外は雨がまだ降っていた、最後の煙草を吸いにベランダに出て、夕方にツイートした『お金本』のこれがずっと頭にあるらしかった、何度読んでも、逆なでしすぎで笑ってしまう、坂口安吾の手紙。

貴兄から借りたお金返さねばならないと思つて要心してゐたのですが、ゆうべ原稿料を受取ると友達と会ひみんな呑んでしまひ、今月お返しできなくなりました。たいへん悲しくなりましたが、どうぞかんべんして下さい。
小生こんど競馬をやらうかと思つてゐますよ。近況御知らせまで。 『お金本』(左右社)p.236

明日借入れの申請というか書類の提出に行こうと思う、借金は怖いな、という気持ちはどうしてもあるが、安吾の手紙を読んでいると、借金は大して怖くないかもな、と思ってしまってもよいような気にもなっていく。

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この週に読んだり買ったりした本

坂口恭平『まとまらない人 坂口恭平が語る坂口恭平』(リトル・モア)https://amzn.to/2M81kzL

小島信夫『別れる理由 Ⅱ』(講談社)https://amzn.to/2E4yfkp

宇野千代『或る日記』(集英社)https://amzn.to/2PLqN2W

今福龍太『ヘンリー・ソロー 野生の学舎』(みすず書房)https://amzn.to/2qMx1qO

島田潤一郎『古くてあたらしい仕事』(新潮社)https://amzn.to/38TI1nN

庄野潤三『ザボンの花』(講談社)https://amzn.to/2FnBbsx

『kaze no tanbun 特別ではない一日』(柏書房)https://amzn.to/2roHqZU

千葉雅也『思弁的実在論と現代について 千葉雅也対談集』(青土社)https://amzn.to/2PNuWF3

『お金本』(左右社)https://amzn.to/389kDlD

仲西森奈『起こさないでください』(さりげなく)https://www.sarigenaku.net/

『BRUTUS 2020年1/15号 No.907 [危険な読書2020]』(マガジンハウス)https://amzn.to/2PCH6QP

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