本の読める店

初の著書『読書の日記』が発売されます

Entry dokushononikki

Webで2016年の10月から続けている「読書日記」の最初の1年365日を加筆修正して収めた日記が、『読書の日記』として本になります。発売日は6月20日を予定しています。

著書。なんと。というところですが、こんにちは、著者・阿久津隆です、というところなんですが、これは何よりもまず僕にとって幸せな本だった。たくさんの幸せが詰まった本だった。

緒方修一さんに装丁をしていただいた。
ボラーニョ・コレクション、ゼーバルト・コレクション、エクス・リブリス・シリーズ、それから平出隆の『ウィリアム・ブレイクのバット』やジャック・ケルアックの『スクロール版オン・ザ・ロード』……装丁かっこいいなあ、と思って開いた本のことごとくに「緒方修一」という名前があったといっても全然過言じゃない程度に、緒方さんの装丁はかっこうよくて、大好きで、その緒方さんにお願いできたこと。
装丁案が出されるまで僕は、僕の本もボラーニョ・コレクションやゼーバルト・コレクションみたいな、モノクロームなというのか、シックなというのか、白と黒な感じの、厳かでかっこいいものを期待していた。そうしたら8つも案を出してくださり、そのうちのいくつかはそういうトーンのものだった。でも、見た時に、「あ、これは、クマだ」となって、緒方さんに「最初に作られたのはどれですか」とお尋ねしたところ、クマだった。このとき、僕は、本というのはまとうべき装丁というものがあるもんなんだなあ、ということをなんだか初めて知った気がする。この本には、クマこそがふさわしい、と知った。カバー表のクマだけでなく、裏や開いたところにも、唐仁原多里さんの魅力的な作品が配されている。

校正は奥田泰正さんにしていただいた。
自分の書いた文章に赤字をつけていただくという経験は面白く、膨大な量の原稿に入れていただいた鉛筆や赤ペンのあれこれはとても興味深く刺激的だった。あ、試合開始時間、間違っていたか! メヒア、そうだったか! というような(両方野球の話です)。また、「ここ事実誤認起きていますよ」「ここおかしいのではないでしょうか」と指摘されても、「いやこのままでいいんです」という自分が固執する部分というのはいくつもあり、どういうところでそういうふうにこだわるのかの傾向、言葉の運用の嗜好みたいなものが見えて愉快だった。奥田さんに校正に入っていただいたあとも、何箇所も原稿に手入れをしている。もし誤字であるとかがあったとしたらそれはひとえに僕の責任だということは付言しておきたい。

写真は齊藤幸子さんに撮っていただいた。
店のWebの写真全般もお願いしている、10年来の友だちであるさっちゃんに、こういう形で参加してもらえたということは愉快な、うれしいことだった。フヅクエという店を知らない方が開いても、どういう様子の店なのか、どういうつもりの店なのかがわかるような写真を撮ってもらえた。

挟み込み付録の推薦文を、保坂和志さんに書いていただいた。
まさか、まさか、「保坂和志さん」なんていう書き方をする日が来るとは思わなかった。大学生の時に初めて読んでそれ以来、いちばん好きな作家であり続けるその人に、それ以来10年ちょっとのあいだ、保坂和志という名前を1度も思わない週とかってなかったんじゃないかなという程度に大きな存在であり続けるその人に、自分の書いたものに対してなにかを書いていただける日が来るとは思わなかった。今も信じられないというか、これがどういう事態なのか、あまり意味がわからない感じがある。先日ジャスティン・バーランダーが「将来おじいちゃんになったら孫に俺は2500個目の三振をあのオータニから奪ったんだよ、と言いたいね」と冗談めかしてコメントしていたが(すいません野球の話)、僕はおじいちゃんになる前というかたった今でも道行く人道行く人に声を掛けて、いやもっと現実的なのは来るお客さん来るお客さんに「こんにちはところですいません僕、保坂和志に推薦文を書いてもらったんですけど、マジですごくないですか!?」と言って回りたい。
この振る舞いよくないなって思っている。こうなってしまった以上、あんまりそれを「AAGGHH!!!!!まさかの出来事!!!!」みたいな調子で言うのは、誰に対してもいささか失礼な態度のような気はしている。でも、ちょっとやっぱりこれは、ちょっとどうかしていることなんだ。「なんだ。」とか普段使わない言い回しで終えてしまうくらい、ちょっとなんかあれなんだ。なんだわ。
というところで6月18日、本屋B&Bで保坂さんとトークをさせていただきます。「ぜひ来てもらいたい!」とも思うし、「来てもらわなくてもじゅうぶん」とも思う。

推薦文をもう1つ、三宅唱さんに書いていただいた。
僕が日記を始めたきっかけの1つというか一番最初が、三宅監督の『無言日記/201466 どこの誰のものでもない映画』を、恵比寿映像祭のときに見たということだった。あの作品を見て、あ、日記的なもの、日々を積み重ねていくようなもの、場面を、時間を積み重ねていくようなもの、それ俺もやりたいかも、と思った。
今この文章は休みの日、新作のインスタレーション作品『ワールドツアー』を見に(日帰りで)来た山口のコーヒー屋さんで書かれている。三宅監督の映画にはいつも何か世界を肯定する前向きさのようなものを見せてもらっている。勇気をもらっている。今回寄せていただいた文章からも、同じものをもらった。

そしてもう1つの推薦文の執筆と本の発行・編集を、内沼晋太郎さんにしていただいた。内沼さんとともに、本を作った。
『本の逆襲』を読んで、底抜けに気持ちのいい気分になって、この明るさ、この風通しのよさ、本と相対する態度として、俺はこういうのがほんと大好きだよ、ということになって、この人とってもいいなあ、この人とってもいいなあ、となって、それ以来とても好きな、敬愛する存在として僕の中に内沼さんはあったのだけど、その内沼さんと、ああだこうだ言いながら本を一緒に作れたことは本当に嬉しかったし、楽しかった、得難い時間だった。この本づくりは思った以上に時間が掛かったのだけど、なんならずっと本出なくてもかまわないわ、この時間が楽しいから、みたいな気分すらちょっとあった。内沼さんのことを好きだったのがもっと好きになった。

そういうわけでなんだか恐れ入りますがまずきっと誰よりも僕にとってこれは幸せな本でして、これが、読んでくださる人にとっても幸せな本になったらほんといいなあと思うのだけど、どうか。僕が読者だったら、これはけっこう最高だなと思うので、大丈夫だと思っている。僕はなんせ、登場人物が本を読む場面がある、本に言及する場面がある、そういう小説なりなんなりがなんだかとっても好きなので(それはきっと読書が好きだからなんだと思う)、この本のなかで僕はたいてい本を読んでいるか読んでいないかしているので、本が好き、読書は楽しい、そう思う方にとっては、同じように面白いんじゃないか、とってもいい本なんじゃないかと思う。思いたい。どうか。それはあれを仰ぎたい。

なんか書き始めたらあとがきみたいになった。まあなんというか、そういうわけなので、買ってね!

買ってね!

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