今日の一冊

2019.07.23
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####アントン・P・チェーホフ『中二階のある家 ある画家の物語』(工藤正廣訳、未知谷)
2018年7月23日
新宿に着くと暑くて、町がなんかもうそれ自体が暑さ、という暑さですぐにうんざりして、無印良品に行った、何も買わなかった、どこで時間を潰そう、としばらく考えた結果、椿屋珈琲店に入った、アイスコーヒーを頼んだ、それで、買ったまま忘れていたチェーホフの『中二階のある家』を持ってきたので、読んだ。書き出しからよくて、落ち着くような心地があった、しばらくすると、「そしてこの健康で裕福な美しい人々は皆この長い一日を終日何もしないで過ごすのだと分かっているとき、そんなときには、だれしも人は、一生がそんなふうであって欲しいと思うものだ。このときの私もまったく同じことを思い、一日中、一夏中をそんなふうに仕事も目的もなく歩き回るか、という気持ちになって庭を歩き回っていた」とあり、一夏中を、仕事も目的もなく歩き回る、というところで、そんな言葉を最近聞いたような気がする、と思ったら、『きみの鳥はうたえる』だった。彼らには金はなかった。
ジェーニャは画家としての私がとても多くのことを知っていて、知らないことを正しく洞察できるものだと思っていた。彼女は、私が彼女を永遠なるものや、いと美しきものの領域へ、彼女の意見によれば私がその一員である至高の世界へみちびいてくれるのを望んでいて、そして彼女は、神や永遠の生命や奇跡について、私と話しあった。で、私は、私も私の想像力も死後それっきり滅びてしまうことを認めていなかったので、「もちろん、人間は不死です」、「もちろん、永遠の生命がわれわれを待っていてくれるのです」と答えた。彼女は耳をかたむけ、信じ、証拠を求めなかった。
アントン・P・チェーホフ『中二階のある家 ある画家の物語』(工藤正廣訳、未知谷)p.21
信じ、証拠を求めなかった。
とても久しぶりにチェーホフを読んだけれどもよくて、よかった。最後のところは、保坂和志のあれは「キース・リチャーズはすごい」だったか、で引用されていたところで、そこがすごくよかったから、読んでみたくなって、買ったのだったそこを読むことになった。
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