今日の一冊

2019.03.17
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####乗代雄介『本物の読書家』(講談社)
保坂和志のインスタで『群像』での対談のページの一部がアップされていてそれを読んだら引用がどうこうとあって「引用」と思いそれからその投稿に貼られたURLを(インスタなので直接は飛べないので)コピーしてSafariでペーストして飛んで、行ってブログを読んだところ面白くがぜん読みたくなってその次に書店に行く機会に探したが見つからなかったので小山田浩子の『庭』とかを買った。それが1月の半ばでそれからずっと特に思い出すことなく、だからもう探されることもなく、ふた月が過ぎた。先日ベン・ラーナーの『10:04』を読み終えた日に「こんな小説のあとにはいったいどんな小説が楽しく読めるというのだろうか」と思いながら丸善ジュンク堂をうろうろとしていてそのときに「そうだ」と思いだしてしかし名前が思い出せなかった。しょうがないから「野間文芸新人賞」で検索したらすぐに出てきてそれで本棚で「の、の、の」と探したらすぐに見つかった。
こうなると、わたしも言い返さないわけにはいかなかった。じゃあ、そう言うあなたはご自分の大叔父さまの誕生日を知ってるんですか? もちろんおられればの話ですけれども。
「大正八年の一月一日、御年九十七歳ですわ」
返す刀に驚きながらも、こんな時にすぐさま和暦と西暦を対応させてしまうのが、わたしの中学受験以来の特技というか習慣だった。一九一九年一月一日。サリンジャーと同じ生年月日ですねとわたしは思わず、日頃の会話では決して出さない名を口走った。
すると男が、今までにない性急な首の動きでわたしを見返した。土気色の肌に走った細い切り口のような目の奥から、まじまじと見つめる。やがて分厚い唇をつり上げて、にやりと笑った。
わたしは気味悪くなって、なんですかと訊いた。
「いやいや、まいりましたわ」と男はわたしの顔から目を離さない。「ご覧の通り、わしはハッタリの多い人間ですが、その淵を覗きこんできた方には、余さず白状することにしとるんですわ。せやからあんさんにも白状しますわ」
わけがわからない。わたしは憮然とした表情で相手を見つめて返答とした。
「わしにも大叔父はいるんやけども、あんさんの疑った通り、誕生日までは覚えとりませんのや。だから、Jerome David Salingerの生年月日を言うたんですわ」
流暢な英語の発音をこてこての大阪弁に混ぜて発する奇妙さについて指摘するのは憚られた。
乗代雄介『本物の読書家』(講談社)p.14,15
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