古川不可知『「シェルパ」と道の人類学』(亜紀書房)

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6月6日(土)
あと1時間ゲラをやろうと取り組むことにして、取り組む。なんだかイライラが加速していって、原稿を破り捨てたくなるような気分になった。ふと植本一子の「失礼なことを言われたんだ、ということをやっと自覚したような気がした」という『降伏の記録』にあった言葉を思い出した。怒りのなかでつくった豚肉と舞茸とネギの塩麹炒めみたいなものをキャベツの千切りにのっけて、それからきゅうりとオクラをかんずりとかで和えたもの、ラタトゥイユ、ポテサラ、それを食べながら、どんどん怒りが膨れ上がり、食事もままならないような感じになってぼーっと壁を見ていると遊ちゃんが心配してきて、それで今ぼくを飲み込んでいる怒りのことをあれこれ話した。今日はもうゲラはやるはずもないという感じでシェルパのことを考えることにした。
同様にポーターたちは極度に荷重を増した彼らの身体に基づいて、トレッキング客に向けて整備された山道を独自に解釈しつつ歩かねばならない。一歩ごとの傾斜を減らすため、急な登り坂では蛇行するように移動し、階段状になった道では中央の段差を避け、土砂が崩れて斜面をなした両端を選んで移動してゆく。またトクマを通じて手ぶらの歩行者には知覚しえない地面の微細な段差や硬度を確認し、足場となるかを判断したり、休憩時にドッコを適切な高さに固定する支えとして利用する。雨が降れば地面はぬかるみ、岩場は滑りやすくなる。一般に安価なサンダルやつっかけのスニーカーを履いて歩く彼らは、「転んだら終わり」であると言い、荷重を支え得る箇所を探りつつ慎重に移動してゆく。 古川不可知『「シェルパ」と道の人類学』(亜紀書房)p.170
トクトクに戻ると水場で足を洗い、まだ日がある時間帯であれば路上でキャロム・ボードと呼ばれるゲームに興じることもある。夕食時にはチャン(どぶろく)を飲みながら少し歓談するが、二〇時ごろになると誰ともなく箒で床を掃き始め、マットと毛布を敷いて雑魚寝する。 同前 p.171
こういう具体的な動きを見るたびにテンションが上がる。見たことのない運動。歓談から「誰ともなく箒で床を掃き始め」の、つながったことのない運動のつながり。
僕は真面目でありたいなと思う。誰も彼も作品とかではなくてコミュニケーションが大好きで、そればっかりじゃないか、とまた怒りが戻ってきて、すごく怒っている。俺は誰とも徒党を組まない。どれだけ親しくしていてもちゃんと斬り合える状態でありたい。あるいはちゃんと擁護し通せる状態でありたい。勝ち馬だと思って乗っていた馬が負け馬だとわかったら馬に乗っていたこと自体なかったことにするようなみっともない態度は絶対取らない。真面目でありたい。
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