読書日記(124)

2019.02.24
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##2月13日(水)  昨日は、楽しくないから、ひどい荒んだ気持ちだったから、穏やかなやさしいものを読もうと思って遊ちゃんから借りて『プールサイド小景・静物』を読もうと、庄野潤三のやさしい家族小説を読んで和やかにしてもらおうと思っていた、昨日は本当にひどかった、怒りに全身を飲み込まれそうで、怒りとか、いろいろネガティブな感情に全身を飲み込まれそうでほとんど飲み込まれていた、帰りにビールのロング缶とつまみにチョコレートを二つと柿ピーを買って帰ったが本を読み出す前にそれらはほとんど怒りとかに任せて食べ終えられてしまった、食べれば食べるほど惨めになった、遊ちゃんにも申し訳がなかったが何かがもう外れていた。
それで庄野潤三を開いたが、短編集らしく、始まったそれは勤め人の話で子供は三歳の娘で夫も妻も孤独みたいなものを抱えていて夫は浮気までしていた、妻は必死の思いで手紙を夫に書くがそれを夫は丸めてゴミ箱に捨てて何もなかったように過ごしたし魂が抜けたみたいな顔をして家に帰った、とあり、え、なにこれ、違うじゃん、なんかダメじゃん、今のこの夜に読むのにこんなの全然違うじゃん、となり、すぐに閉じて、ベルンハルトにした、ベルンハルトは辛辣で攻撃的だからこんな夜にはダメだぞと思っての庄野潤三だったわけだけど辛辣で攻撃的な気分のときに読むベルンハルトはむしろ心地よくフィットしてこれまでで一番調子よく読んだ感じすらあった。いろいろな嵌り方というものがある。
それで気分はまったく晴れはしないでそういう暗い重いどす黒い気分のまま寝て寝たらずっと寝て遊ちゃんに「今日は何時に起きても大丈夫ということなんだよね」と言われて目を覚ましたのは午後2時だった、大丈夫、と答えてそのまま寝て2時半くらいに起きたか、まったく明るくないままだった、煙草を吸おうとベランダに出て室外機に腰掛けて煙草を吸いながら向かいの梅の木を見ると蕾が前よりもぷっくりとして色が明るくなってきている、前は「芽」というものかと思っていたがこうなると「蕾」という言葉がすぐに出てきて僕はこういう描写する言葉を持っていないというかいつもわからない、花は「芽」ではなく「蕾」というのだったか、と思いながら見ていると小鳥が二羽やってきて一羽はすぐにどこかに飛んで行ってしまったがもう一羽は枝の上にとどまって枝をつついている、うぐいす色だなあ、と思って思ったそのあとに、ということはうぐいすということだろうか、と思い、わからないが、そのうぐいす色の鳥は蕾ではなく枝をつついていてなにか摂取できるものがあるのだろうか、ととととと小刻みにつついて喉のあたりがごくごく動いている、ちょんと違う枝に移動して頭を伸ばして向こうの枝をつついてまた移動してそれを繰り返して目が丸く白くてその丸い白の中に丸い黒がある簡単な目をしていて枝をつついている。
ダメで、ダメなままで、昨日の庄野潤三で「魂が抜けたみたいな顔をして毎日家に帰ってきて」とあったがそんなのは昨日今日の俺で、色をなくした顔を僕はしているはずでよくないと思って口を引っ張ってみたり目をぎゅっとつぶってみたり表情筋の動きを取り戻そうとするが戻ったかどうか、いや戻らないですぐに生気のない顔が顔に張り付いているのがわかる、ダメで、ダメなままで、2時半、ソファでごろんと横になったり、そのまま床にずり落ちて仰向けで天井を見たり、机に頭を置いてどうしようもない気分を増長させたりしながら時間だけが無意味に過ぎていって4時になろうとしていることに気がついたときは「なんなんだよこれは」と思って、絶望みたいなものに近づくような心地だった。
ダメだ、ダメだ、と思い、今日は僕は高円寺でうつわを買ってカレーを食べて野方でラジオをやって新大久保でスパイスを買って新宿で本を買ってと思っていたがその流れを考えれば考えるほど気が重くどうしようもない、どれを削ろうか、削れるものはあるだろう、野方である必然性はない、野方をパスして、そうしたらどうできるだろうか、高円寺が遠い、高円寺がダルい、でもうつわを買いたい、でも遠い、どうしようか、スパイスは今日買わないとマスタードシードがもうほぼないことに昨日気づいたから今日買わないといけなくて、だから新大久保はマストだ、うつわもやっぱりマストだよ、進まないもん、と思い、それで考えたのが新大久保まで自転車で行って置いてそこから高円寺に電車移動して、であれば楽ではないか、高円寺の距離が問題だったのならばそれでいいではないかと思い、そうしようと思ってしばらくまだ動き出せなくて、どうにか、へばりついている体を引き剥がして、立ち上がった、家を出る、遊ちゃんに昨日今日とこんなんでごめんねと言って、遊ちゃんは「生理前だもんね。今回は重いんだよね」と言った。
それで自転車を漕ぎ出して、新大久保を目指した、走り出してすぐに、ラジオ、電車の移動中にやるとか、いいんじゃないか、これまでにやったことのないシチュエーションだしいいんじゃないか、と思いそう考えたら少し明るくなってきた、そうしたら新大久保に着いたころには「余裕だなこれ」という気持ちになり「これ高円寺とか余裕だなチャリで」という気持ちになりむしろ走りたかった、それで、スパイスを買い、三キロくらいの荷物をリュックに増やして高円寺にチャリで向かった、もう空は暮れかかっていて当初の予定というか前日時点でのつもりより5時間ほど後ろ倒しになっている格好だった、高円寺までの自転車、気持ちよく、着き、それで地図でcotogotoを探して近くに自転車を置いて歩いた、歩きながらこのコンビニには覚えがある、いつだかにフジロックに行った出発した夜に高円寺集合でこのコンビニで何かを買ったんだった、そう思って、あのレンタルCD屋さんとかもこのあたりだったろうか、名前忘れちゃったな、ジャム系のものとか豊富だった気がする、クリッターズバギンとか、懐かしいな、なんで「ジャム」と思って最初に浮かぶのがクリッターズバギンだったんだろうか、そもそもクリッターズバギンってジャムだったろうか、どんなものだったかも思い出せない、なんかわりと激しかった気がする、それですぐにcotogotoがあって木の椀のコーナーに行ってそこで一生懸命考えた、大きいサイズがいい、そうなるとこれ、と、なり、それで桜と橅のやつを一つずつ買うことにした、これはいい椀だなあ、と思った、薗部産業の銘木椀というシリーズだった。
それで高円寺を出、と思ったら、前に山口くんに教わった文禄堂に行ってみようというか庄野潤三と思い、リュックには電車で読むために『プールサイド小景・静物』が入っていて表題作とかは家族小説らしく、いいよ、と遊ちゃんも言っていて読もうと思っていて、だからどんどんプランが変わっていった、新大久保から電車で読書、新大久保から電車でラジオ、新大久保から自転車、それで文禄堂に行って、いくらか見たが何をどうしたらいいかわからなくて不安みたいなものに追いつかれてまた飲み込まれる前に出ようと出て北上して野方に行ってデイリーコーヒースタンドに入るとカフェラテの濃いめを頼んでそれからマフィンを頼んだ、マフィンを今日の日中遊ちゃんが焼いていて遊ちゃんは買ったオーブンをフル活用している、そのマフィンはチョコレートのものでおいしくて焼けたすぐのときはぶくぶくとなんだかよくわからない泡を出していてすぐに食べたらすぐにおいしかった、今日はまだ固形物はそれだけだった、それでマフィンを頼んでくるみとメープルのもので、メープルってなんだっけ、メープルもくるみみたいなものだったっけ、楓の樹液ということだった、それを食べカフェラテを飲みながらラジオをやってぐんぐん元気になっていくようだった、今日はちゃんと30分で切り上げてそうすると5000文字だった、それで、野方から初台、遠いな、調子乗って来ちゃったけど帰りが面倒だなと思いながら店を出て環七を進んでいった、立正佼成会タウンというのか、学校とか病院とかがあるエリアで信号待ちをしていたら、このタウンを横切ってみようという気持ちが芽生えて左折してそうした、「なんかあるよな」と思っていた建造物は「大聖堂」というものということだった、いくらか迷い、よくわからない、今どこに向かっているのかよくわからない、まあなんでもいいやと鷹揚な気持ちで走っていると中野富士見町だった。
店に寄り、スパイスを置き、今日もわりと忙しい日のようで伝票を見たらたしかにそうだった、金曜日みたいだった、どこを基準と考えたらいいのだろうか、それが今わからない。それは今思ったことで伝票を見たときは「ほお」と思い「山口くんががんばっている!」と思い冷蔵庫かられんこんと人参を取って外に出た。いくらかオーダーがまだ立て込んでいたが山口くんを呼び調子がどうか話を聞き、ごめんね忙しいときにと何度か言いながら、いえ、落ち着いたんでわりと大丈夫です、ということで、頼もしいなと思い、大丈夫ということだったので買ってきた汁椀を見せて「いいでしょ」と言うと「いいですねえ」ということで、じゃあよろしく頼むねと言った。
スーパーに寄って味噌汁の材料をいくらか買い、帰り、遊ちゃんに「元気になった!」と伝えて、元気になった顔をした、というか勝手にそうなる、無理できない、元気なふりはできない、僕が元気な顔をしているときは元気なときだ、ということだった。
それでお椀を見せて「いいでしょ」と言うと「いいねえ」ということで、味噌汁を作りだした、今日はれんこん、人参、玉ねぎ、エリンギ、お揚げ、木綿豆腐、豚肉で、豆腐はキッチンペーパーにくるみ、豆腐と豚肉以外の材料を切って鍋に入れて煮た、煮て、ご飯が炊けるあたりで豆腐は手で崩して入れて豚肉も入れてそれでしばらく煮て味噌を溶いてお椀によそった、遊ちゃんが冷蔵庫にかぶのおかずとかぼちゃのおかずがあるよというのでそれをいただくことにして先日買った長方形のプレートに盛り、なるほど、かっこいい、様になる、と思い、それで、ご飯にした、最高。
そのあとおいしいお酒を飲みたくなって誘って、遊ちゃんとフグレンにでかけた。僕は庄野潤三を持って、遊ちゃんはベケットの戯曲集を持って。それでとことこと歩きながらいろいろと話し、フグレンに着いてからもいろいろと話していたら結局ふたりとも本は読まなかった。ネグローニを飲み、遊ちゃんはジンジャーダイキリを飲み、それからもう一杯と思い、お店の方にいろいろ教わり、それでダーティハッスルというやつを飲んだ、それはバターとバナナをバーボンに浸ける、仕込みに丸2日掛かる、というそういうお酒を使って作るお酒だそうで、飲んだら、めちゃくちゃにおいしかった。なんだこれという、なんだこれというおいしさで、感激しながら飲んだ。お酒は、楽しい。と思って、それで帰り道もあれこれと話しながら、帰った、いいデートだったねと言って、それから僕は寝る前は庄野潤三を開き、昨日すぐにやめた「舞踏」を読んだ、やっぱりおそろしいさみしいかなしい話で、うわ〜、と思って、そのあと「プールサイド小景」を読み始めて、寝た。
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