きくちゆみこさんが選ぶ5冊

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フヅクエ文庫とは

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誰かにとって大切な本が、また別の誰かにとって大切な本になったらいい。さまざまな選者による、忘れがたい一冊を集めた選書シリーズです。寄せられたコメントに導かれて、思いも寄らない本との出会いをお楽しみください。

選者

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きくちゆみこ
翻訳・執筆など。訳書に『人種差別をしない、させないための20のレッスン』(DU BOOKS)、『ROOKIE YEAR BOOK TWO』(DU BOOKS、共訳)などがある。2010年よりパーソナルな語りとフィクションによる救いをテーマにしたZINEを定期的に発行しつつ、言葉を使った作品制作や展示も行う。http://yumikokikuchi.com

    選書にあたって

    「言葉」とか「言語」とか、「読む」とか「書く」とか。そんなことがタイトルに書かれていたりテーマになっていたりする本を見つけると、それだけで思わず手に取ってしまいます(そしてそういう本はもちろん山ほどある)。言葉について言葉で書かれたものを読むという、ちょっとでも立ち止まったら永遠に立ち止っていたくなる行為にどきどきしているんだと思います。

    フヅクエ文庫029
    お守りのようにたまにひらきます

    喉が弱いので年に1、2回声がぜんぜん出なくなる時期があり、そんなときにはなぜか読み書きすら難しくなる。言葉の出口がなくなると、からだのなかに思いや衝動ばかりが溜まってつらい。著者は演劇の演出家で療育者、幼少期に一時的に聴覚を失った経験をもとに、言葉を発することと、からだとの関係を解き明かしていく。読んでいるだけでからだがひらかれ、喉がすっきりしてくる。お守りのようにたまにひらきます。 フヅクエ文庫029(選者 きくちゆみこ)

    フヅクエ文庫030
    ただひたすら今をよりよく生きたいという希望みたいなものをもらえる物語

    SF短編集。表題作の主人公は言語学者で、彼女が対峙するのはまったく異なる言語体系を持つ異星人。使う言語が世界の見えかたまで変える、というのは研究でも証明されていて、これもそうした見解に基づいている。あたらしい言語を学ぶときの手さぐり感と、認識に光があたった瞬間の「!!」という感覚。でもそれって実際どういう変化なの? というのを、文章を読むことでこちらも同時に体験できてしまう。SF=テクノロジーの発展=ディストピア、と思い込んでいたけれど、ただひたすら今をよりよく生きたいという希望みたいなものをもらえる物語、大好きです。 フヅクエ文庫030(選者 きくちゆみこ)

    フヅクエ文庫031
    「縦書きの世界・漢字とひらがなの世界」への強烈なあこがれ

    12歳で親に連れられてアメリカに移住することになった著者の実体験をもとにした小説。異国の生活になじめない主人公は、渡米後20年経っても日本への郷愁に駆られている。それは「横書きの世界・アルファベットの世界」にとじこめられた人の、「縦書きの世界・漢字とひらがなの世界」への強烈なあこがれでもある。はじめて読んだのはアメリカ留学中のことで、あれから10年以上も経ち、スマートフォンの小さなスクリーンで横書き文字を読むことが当たり前になった今でも、この「横書きbilingual小説」のページをめくる新鮮さはへらない。 フヅクエ文庫031(選者 きくちゆみこ)

    フヅクエ文庫032
    まさに言葉は魔法!

    言わずと知れたSF・ファンタジー作家が、読むことと書くことについて、深い洞察とユーモアたっぷりにつづったエッセイ集。あの綿密で壮大な物語世界の背景には、音声言語をふくめた言葉への圧倒的な信頼があったのですね。まさに言葉は魔法! オックスフォード英語辞典を「敬愛する大伯母さま」と呼び、困ったときにはすぐさま助けをもとめる人でありながら、言葉の手前にはいつだって生身の人間がいること、ひとつひとつの現実があることを忘れない。何度でもひらくと思います。 フヅクエ文庫032(選者 きくちゆみこ)

    フヅクエ文庫033
    「人生」と名づけられたコンピレーションアルバムを、広場で大勢の人と聴いているみたいな読書体験

    著者の別の小説は高校時代の愛読書だったのに、タイトルにピンとこず未読のままだった(でもこのタイトルこそに意味があった!)。それが今ではみんなにおすすめしたくなる本に。章ごとに語られる人物が入れ替わり、過去へ未来へ時空を移動、それに応じて文体も形式も変わる(「パワーポイント」で書かれた章でも泣くことになるとは)。「人生」と名づけられたコンピレーションアルバムを、広場で大勢の人と聴いているみたいな読書体験。実はわたしも人にすすめられて出会った。カフェで読書中、目の前の人も本を読んでいた。その真剣なさまが気になりちらちらみていたら、話しかけられて……きらめく思い出。 フヅクエ文庫033(選者 きくちゆみこ)