滝口悠生さんが選ぶ3冊

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フヅクエ文庫とは

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誰かにとって大切な本が、また別の誰かにとって大切な本になったらいい。さまざまな選者による、忘れがたい一冊を集めた選書シリーズです。寄せられたコメントに導かれて、思いも寄らない本との出会いをお楽しみください。

選者

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滝口悠生
小説家。1982年東京都生まれ。2011年「楽器」で新潮新人賞を受けてデビュー。著書に『寝相』『愛と人生』『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』『死んでいない者』『茄子の輝き』『高架線』『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』『長い一日』。

    選書にあたって

    会社員時代に読んだ本。

    フヅクエ文庫021
    会社員になってすぐ、ひと月くらいでつらくてもう辞めたい、辞めよう、と思い、その時期に読んでいた

    会社員になってすぐ、ひと月くらいでつらくてもう辞めたい、辞めよう、と思い、その時期に読んでいたのが絲山秋子と長嶋有の文庫本で、それは別に仕事がつらいから読んでいたわけではなくたまたま未読の作品をまとめて読んでいただけなのだけれど、自分としては忘れがたいその一時期にそばにいてくれたひと、みたいに絲山秋子と長嶋有という書き手のことをいまだに思っている。絲山作品には労働がよく描かれるけど長嶋作品はそうでもない印象で、でもこの作品をぱらぱら読み返してみたら、語り手の「僕」は小説家志望で会社を辞めたばかりとあって、案外と当時の自分と重なるところが多かった。重ねて読んだわけじゃないけど。 フヅクエ文庫021(選者 滝口悠生)

    フヅクエ文庫022
    ホームのベンチで、だめだ、と思っていたあの日もバッグのなかにこの本があった

    27歳ではじめて会社員になってひと月ほどで辞めたくなったのだけれど、そのいちばんつらい時期にこの文庫本を読んでいた。勤め先のひとつ手前の駅で電車を降りてホームのベンチで、だめだ、と思っていたあの日もバッグのなかにこの本があった。たまたまその時期に読んでいたというだけで、作中の出来事や一節に勇気づけられたみたいなことではないが、結局会社は辞めずにその後5年ほど働いた。辞めずに働いたのがよかったのかどうかはわからない。でもその曲がり角みたいなところを一緒に過ぎたこの本には恩義とか友情みたいなものを感じています。 フヅクエ文庫022(選者 滝口悠生)

    フヅクエ文庫023
    毎日鞄のなかにその本があると感じて嬉しくなった

    デビューして小説の仕事もしはじめたけれど、まだ会社勤めをしている頃、仕事の休憩時間に三茶のシャノアールでこの本を少しずつ読み進めていた。本を開けば作品の舞台であるビルの世界にまた行ける、彼らに会える、とこの本を読む毎日が幸福だった。僕はそういう経験は少なくて、自分で小説を書いているからか、小説を読むのは素朴な楽しみというより取っ組み合いみたいなところがあり、甲斐はあるけど疲れる作業でもある。でも津村記久子の作品とは取っ組み合いにならなくて、穏やかに一緒にいられる。僕が読んでいたのは分厚い単行本だったから、毎日鞄のなかにその本があると感じて嬉しくなったその重みまで覚えている。 フヅクエ文庫023(選者 滝口悠生)