植本一子『個人的な三月 コロナジャーナル』

APC_0355f7371a24-d837-4550-820a-7eb9aa0010cb.jpg
6月14日(土)
雨が降るのは日中だけ。自転車で行く。初台に寄ってパソコンの充電ケーブルを取って、カウンターに一輪、グラスに入ったあじさいがあってきれいだった。すぐに下北沢に移動。ご飯を食べる。小雨が降り出す。今日はだから椅子は出さない。殿塚さんが顔を出して、先日伝えたひさしの雨漏りのことを見に来た。おとといはすいませんとモジモジしながら言うと俺は楽しかったですよと言ってくれて、助かる。営業。1人来られ、それからまた1人来られ、それらの人とのやり取りというか、やり取りというのは、席を案内して、オーダーを受けて、それをつくって、出して、2階から下りてきたお客さんの足音がぺったんぺったんきゅっこきゅっこ鳴ったことに対して一緒に笑って、というそういうことで、そういうことをしていたらなんだか感動してきた。阿久津さんのヒーローは誰ですかと交換日記でマキノさんが言っていて、僕はジャン・ピエール・レオーだが、それとはまた別に、僕のヒーローはフヅクエのお客さんかもしれないな、と思う。こんな変な店を、理解し受け入れ楽しもうとしてくれる人たち。これまで存在しなかった楽しみ方を引き受けてくれた人たち。その軽やかさ、その柔軟さ。この人たちがヒーローかもしれんな、と思っているとあと2人来られて、下北沢は今は4席運用なので満席ということになった。4席で満席というのはバカみたいだなとは思いながら、たとえば2番の方に1番はありですか、と聞いてとか、2階の方にもう1人ありですか、と聞いてとか、そういう運用はありだろうなと思う。雨が降っていて、お客さんじゃない人たちが入ってくるのを阻止したりしていたら、またつまらない気持ちになっていく。やはり下北沢はもう少し防御の姿勢を出さないと怖いかもしれないなと思う。広場は今日も楽しそうで、怖かった。本を読んだ。
ミツが自分は男だから当事者ではないと言っていたが、私も服装に関しては常に自由なせいか、当事者とは言い切れず、こうやって知らないと自分からはほど遠いことになってしまう。冠婚葬祭の服装でさえ怪しく、真っ黒の服なんて持ってなかったので、石田さんのお葬式の前日に、半ば気晴らしのように買った黒い夏物のワンピースも、あれっきり着ていない。ただあのとき、ぱーっとお金が使いたかっただけで、ついでに、「私が喪主なんです」って誰かに言ってしまいたかったのだ。それを聞いた伊勢丹の店員さんの反応はもう思い出せない。 植本一子『個人的な三月 コロナジャーナル』p.34
下北沢とは波長が合う日と合わない日があるんだろうなと思って今日は合わない日だった。この陽の感じに救われる日と、追い詰められる日があるんだろうなと思って、今日は追い詰められる日だった。楽しくあれない。フヅクエはいい場所だった。フヅクエだけがよかった。サンクチュアリとしてのフヅクエという感覚を久しぶりに思い出した気がする。くさくさしながら植本一子を読んでいて、桜の開花宣言がされて雪が降った極寒の日のことが書かれていて、その日僕は工事をしていた、東野さんと中嶋さんが来ていた、広場にテントを立ててそこで本棚をつくっていった、昼はヤングでカレーを食べた、とにかく寒い辛い日だった。読んでいると3月というのは世の中はもうこんなにピリピリしていたのかと思う、それも思い出せないというか、僕はピリピリしていなかった、というか工事のことしか考えていなかった、マスクの圧力がこんなに世の中で高まっていたことも知らなかった、僕は3月末までマスクの意識が薄かった、僕と話しながら、「え、この人マスクしないの」と思った人が何人もあっただろう、今では僕がそう思うようになっている。近い過去の、少しだけ渦中から外れた、少しは客観視できる、そういうくらいの近い過去の他者の暮らし、感覚、それを読めるのはとてもおもしろいことだった。
僕はずっと怒っているな、と思った。
・・・