今日の一冊

2019.12.15
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####吉田健一『時間』(講談社)
2018年12月15日
晴れ。寒い。布団の中が気持ちがよすぎて外に出ることが恐怖だった。しかし強い意志の力で外に出た。開店前、吉田健一。2ページ読むその時間で、うっとりうっとりする。
開店し、ゆっくり、先週の土曜日は壊滅的だった、今日はどうなんだろうか、と思いながら、事務仕事を片付けたりする、それから少しずつ席が埋まっていって、ゆっくり働く、途中途中で休憩をしに外に出て煙草を吸いながら吉田健一を読む。開けばこういう文章がある。
どの時代の人間も我々と同様にその日その日を暮して一生を終ったことをこうして我々が時間とともにあることで教えられる。十八世紀のヨオロッパでもそうして一日一日が過ぎて行って夜更しをするのが日常の男女は午後五時か六時に起きて夜会に出掛ける準備をする。その怠惰とか豪奢とか無為とかいうのは今日でも出来る別に珍しくもないことでこれに対して今日と同様に一日一日と日が過ぎて行く中でその夜更しと夜更ししてすることにその男女の生活があったことに真実がある。その夜会もサロンも舞蹈会の音楽もあってその空しさは人生の空しさであり、それに従って一転して充実でもあった。貴方は幸福になるというようなことを何故望むのですとワルポオルはデッファン夫人に宛てた手紙で書いている。そこにも時間は流れている。これが昔あったことだと思えるだろうか。その時間がたつということがどういうことかを知っている男がそうして時間がたつのに堪えられなくなった女にそういう手紙を書いている。 吉田健一『時間』(講談社)p.41
夕方から山口くん。そこそこに忙しい、ちょうどいい、土曜日らしい、妥当というかありがたい、そういう日だった、僕は、今日も見守ったり適当に一緒にやったりしていて、まるで疲れない日になった。疲れない日だったこともあり、あたたかいものを食べたかったこともあり、豚肉と白菜と椎茸とかでとろみのついた炒めものみたいなものをつくって、あたたかく食べた。
夜、内沼さんから組版、これが組版というやつだろうか、組版の候補というのか、案のデータをいただき、それを印刷し、カッターで切り落とし、3案あったため、ためというか、岩波文庫の『ブヴァールとペキュシェ』の上中下の3冊を取ってきてそれぞれに挟んで、開いて、ためつすがめつ見比べた。