抜粋
11月4日(月)
布団に入ると落合が「生まれ変わったら、もう野球はやらないだろうな。毎日、映画を観て暮らすよ」と言っていた。落合は高校時代は野球部に入ったがすぐに馬鹿らしくなって辞めて、映画館に通っていた。「おそらく落合はずっと正義とされるものの反対側で生きてきたのだ」という文章を読んだ瞬間に落合という存在がぐっと立体的になったというか、身近に感じた。「落合には、自分が他人の望むように振る舞ったとき、その先に自分の望むものはないということがわかっていた」ともあった。
11月5日(火)
Android版の導入を突如始めた。Android Studioのインストールから始まり、それがいくらか時間が掛かりそうだったのでGoogle Play Consoleのセットアップに寄り道し、D-U-N-Sナンバーを入れたりした。iOSのやつのときに必要になったD-U-N-Sナンバーがまた使えるとは、とうれしかった、得意げにコピペした。それからJDKのインストールということで、homebrewとかsudoとか怖いやつだった、JDKへのシンボリックリンクを作成。Androidはまたファイル形式がiOSとは異なり、Gradleという、グラビアアイドルみたいなやつが主役を張っているようだった。
11月6日(水)
今日はもう、やめて、『嫌われた監督』を読む日にしちゃおうかな、半休かな、と思ってそうすることにした。それで7時に仕事を切り上げてスーパーに行くと惣菜コーナーに人がずいぶんたくさんいて、この時間はこうなるんだ、と新鮮だった。お寿司コーナーに行くと全品半額になっていて、ああ、この時間はこうなるんだ、と思って198円になったねぎとろ巻き寿司をカゴに入れた。それからポテチコーナーに行ってカルビーのうすしおのビッグサイズを探すが、ビッグサイズはコンソメとかしかなく、
「そんな話、聞きたくない!」
落合は憤りにまかせたまま監督室のドアをぴしゃりと閉めた。のイメージで
「うすしお以外、食べたくない!」
と思って、うすしおは普通のサイズはあったので、それを2袋カゴに入れ、どうしてもたくさん食べたいらしかった。ふと上を見るとフラ印のポテチのうすしおのビッグサイズがあり、
「なんだ、あるじゃないか」
落合の表情は少しだけ緩んだように見えた。2袋のカルビーを棚に戻すとフラ印を取り、満足げな顔でポテチコーナーを離れた。カゴに入れたビールは3缶だった。
11月7日(木)
寝る時間というか寝るぞというところになっても浮かない気持ちは変わらず、本を読んで気持ちを静かにしたい。それはこのビジネス書ではない、でもビジネス書でもなんでも本を開くと少しすんと静かになるのはある。でもギバーはもういい。『嫌われた監督』は今日の昼飯の時間やビルドの煩悶の途中で読み進めて読み終えていた。それで今度取ったのは『失われた時を求めて』の7巻で、いつ以来に開くのかもはやわからなかったがこれにした。布団に行き、このしおりの場所はほんとなのかな、最後が寝落ちでしおりが違う場所とかだと困るんだよな、どこまで読んだかなんてもうまったく覚えていないのだから、と思いながらあまり信用しない感覚で、しおりの挟まれていた118ページから読み始めると、読んだ記憶がない感じが続き、たぶんしおりは正しかった。たちまち面白いもので、「民衆の抱いている意見というものは奇妙な組みあわさりかたをしていて、そこには、もっとも根深い道徳的軽蔑がもっとも情熱的な尊敬のなかに食いこみ、その尊敬がこんどはまた抜きがたい古い怨恨の上に乗っかっているものだが」とあって、無責任な放言でウケた。しばらく読むと本を閉じて明かりを消した。まだ悄然とした気持ちは残った。
11月8日(金)
9時半起き、アイスコーヒーをつくると月例会。佐藤くんが読んでいた『羆嵐』を読んでみたくなった。吉村昭は高校受験のときの模試とかの国語の問題で読んだ幼い兄弟の片方が亡くなる事件みたいなものを描いた短編が妙に残っていて、あれはなんという作品だったんだろう、と数年ごとに思い出す。
11月9日(土)
開店時間になって開店し、演奏が始まった。忙しなく働きながら、普段とは違う、今この場で生成されている音楽を聴きながら、これは、ものすごくいい、と思ってすぐにまた次もやりたくなった。やはり人間がそこに存在することのよさなのだろうか、と私は考えた。
フヅクエはいつも店の人間とお客さん双方の協力によって生成されていく、みたいな感覚があるが、そこにもうひとつ協力者が加わった感じにぐっと来るのだろうか。音楽が今ここでつくられていくことで、この時間がこの場の一度限りしかない、ということがいつも以上に意識される感じがよかったのだろうか。とにかくそれはすごくよくて、かなり忙しく働きながら、何度も、こいつはいいなあ、と感動していた。
11月10日(日)
前半を終えて閉じると23時45分ごろで、机の前に座って時間を待った。待っていると、0時になった。トイレに行って戻ってくると少年ジャンプ+のアプリを開いて、更新されていた。ふう、とひとつ息を吐いてから、『正反対な君と僕』を開いた。ぶぶぶぶぶぶ、ぐすんぐすん。そのように泣くと今日は繰り返し読むことはせず、大事なものだから、また今度にしよう、という意識で繰り返し読むことはせず、顔を覆った手を離すと水を飲んでから布団に入り、本を開くとカンブルメール氏が「あなたに息づまりの気がおありだときいて、いやじつになんともいえないほど愉快です」と言っていた。カンブルメール氏は「他人の不幸を耳にすると、安堵の気持、爆笑の痙攣を禁じることができない」人物なのだそうだ。