読書の日記(2/19-25)

2024.03.01
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抜粋

2月19日(月) 

熱海からの新幹線に乗ったのが5時過ぎで、おこなったことといえば小室山に行ったことと熱海をうろうろしたことくらいなのにこんなに疲れるものかというくらいふたりともヘトヘトに疲れていて、運動会の日みたいだった。短い新幹線でも僕はうたた寝をして東京に着くと車窓から見下ろした道路が雨で濡れていた。
新宿から初台に寄ると榮山さんが働いていて、明日から家で飲むためにコーヒー豆をいくらか頂戴し、外に出ると熱海の土産物屋通りで買ったふりかけみたいなものを榮山さんにあげて、京都に行ってもこれを食べてフヅクエのことを思い出してくださいと言った。無茶な要求だ。それからこれまでの礼を言い握手をして、それでお別れだった。榮山さんは今日でラストで、月末に京都に引っ越す。

2月20日(火) 

帰り、肉漬け、シャワー、バリカン。部屋で仕事を続けて夕飯の時間にしたのは何時だったか。シティとチェルシーの試合を見ながら食べて今日も葉野菜たっぷりで、鶏肉、新玉ねぎ、人参、カブ、カボチャ、小松菜、カブの葉。カボチャはあんまり好きじゃないみたい。試合は均衡している。食べ終えると止める。
お腹いっぱいのまま布団に入って川端康成。「温泉宿」がどんどんおもしろい。

2月21日(水) 

ひと段落すると『夜明けのすべて』を開いて読み始めた。小説は映画の冒頭と同じ語りで始まって舞台はすで栗田金属だった。映画では栗田化学だが小説は金属。前職でのやらかしは回想として挟まれ、だけど思っていた以上に映画と同じ順番に同じ出来事が起きて、だから映画をすっきりと思い出して、それだけで胸がいっぱいになっていく。それから「だめだ。こうなると、最後まで爆発させないといらだちは消えてくれない。自分の心なのに、自分の体なのに、自分では動かせなくなる」という記述に当たって目頭が熱くなった。
告白した分わずかに気は楽ではあったけど、実際に私が爆発するのを見たらみんなどう思うだろうかという心配は無用だった。何度私がヒステリックになっても、
「月に一度怒り出すだけで、他の日はにこやかに仕事してくれるんだもん。全然問題ないよ」
と社長は言い、住川さんも、
「本人はしんどそうだけど、周りで見てる分にはおもしろいもんね」
と笑ってくれた。 瀬尾まいこ『夜明けのすべて』(文藝春秋)p.25
映画で藤沢さんが怒りを爆発させたところでほらほらほらと仲介に入った社員のみなさんの姿を思い出してはっきりと涙がこぼれ、それからも山口くんにアドバイスというか口出しをしたり読んだりを行き来しながらページはどんどんとめくられていってやっぱりこの作品のみんなが愛おしくてしかたがない。いい時間だった。

2月22日(木) 

海に出た。ここは遊ちゃんは思い出深いというか大学の卒業旅行で熱海に来た。ちょびちゃんとみゆきちゃんと。それは今も変わらない付き合いのある3人だ、この浜にも来たようだ、そのときの写真と同じ構図で写真を撮った、それが済んで歩き出そうとすると大学生くらいの男の子が近寄ってきて写真を撮りましょうかと言ってくれたのでお願いして、なんだか伊豆旅行で関わる人たち全員が親切という印象がある。海にいると雨がさっきよりも落ち始めて駅に向かった。さっき下ってきた分、今度は上がりの階段が多くてふたりともどっと疲れた。雨は強まっていった。アーケードのあるところまで戻ると土産物屋が並ぶ通りで、そこで榮山さんへの手向けのふりかけを買ったわけだった。

2月23日(金) 

イングランドで大活躍するサッカー選手を息子に持つ夫婦はコロンビア北部のバランカス市内で左翼ゲリラ組織「民族解放軍」に誘拐された。早々に妻は救出されたが夫は山岳地帯を延々と歩かされ。

2月24日(土) 

店に着くと今日もたっぷりコーヒーを淹れて、そういえばこの二週間くらいは猿田彦に行っていないなと思う。フヅクエ時間ブレンド大好き。たまに「時間ブレンド」と注文されることがあり、吉田健一みたいなブレンドだなと思う。

2月25日(日) 

すでにけっこう強い眠気があったがそれでも『2666』を持って布団に入り、開くと「ジャン=クロード・ペルチエが初めてベンノ・フォン・アルチンボルディを読んだのは、一九八〇年のクリスマスのことだった」と始まった。
当時、彼は十九歳で、パリの大学でドイツ文学を学んでいた。件の本とは『ダルソンヴァル』である。若きペルチエはそのとき、その小説が三部作(イギリスを舞台にした『庭園』、ポーランドを舞台にした『革の仮面』、そして見るからにフランスを舞台にした『ダルソンヴァル』から成る)の一つであることを知らなかった。だが、彼の無知、空白もしくは書誌的な怠慢は単に彼が若すぎたせいであり、その小説が彼にもたらした眩惑と感嘆は少しも損なわれはしなかった。 ロベルト・ボラーニョ『2666』(野谷文昭、内田兆史、久野量一訳、白水社)p.13
なんだかこれだけで胸がぎゅーっと締め付けられるようで、強烈にときめく。これを堪能したいと強烈に思う。そしてたちまち寝る。
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