本屋Titleインタビュー|自分が楽しいって思うようなことを仕事にしてシステム化することで、続いていく

Title_1.jpg
本屋さん×フヅクエ連携企画「本の読める日」参加書店へのインタビュー企画。今回は荻窪の本屋Titleの店主・辻山良雄さんにお話をうかがいました。(取材・写真=フヅクエ・阿久津隆)

答えがわかってる問題を解いても、はっきり言うと、つまらないんじゃないですか

阿久津
最初はお店について教えてください
辻山良雄さん(以下「辻山」)
そうですね、学習参考書や医学書といった専門書はないですけども、たとえば絵本から文学から人文哲学とか、料理の本まで、本はひと通り揃っています。その中でも、なんでしょうね……、昔から続いてきたロングセラーや、ある程度長く読んでも大丈夫みたいな本を中心に置いているという感じです。本って、人によって趣味も好きなものも違うのですが、それぞれのジャンルの中で、なるべくしっかりしたような、ずっとその人をつくっていくようなものを手に取ってもらいたいなという思いがあるので、そういった本を中心に選んでいます。
阿久津
ありがとうございます。開店が2016年で、じゃあ6年くらいが経ったところ
辻山
そうですね、16年の1月だから……
阿久津
あ、7年か。そこに至るまでの、Title開店までの簡単な経歴もお願いします
辻山
ここの店を始める前はリブロという書店を運営する会社に18年くらいいました。1997年に入社して、2015年の夏、7月に当時働いていた池袋本店という西武百貨店に入っていた店が閉店したんですけど、それまで。会社員なので、他の店や本部といった行き先はあったのですが、これを機会に辞めようと。ああいった大きいお店でも、ある日閉店してしまうことがある。別に売上が悪かったわけではなかったんですけど、政治的な何かだったり、いろんなしがらみみたいなものがあって閉店したので……。でもそんなことはお客さんには関係ないし、ほんとうにつまらないことですよね。自分で場所をつくれば、そういったこととは関係なくつづけられるのではないかと思って。あとは会社として本を売っていましたけども、本当にちゃんと力を入れて本を売ろうとしていたかというと、そうではなかったんじゃないかとかいう思いもあったり……。それ以外にも母親が亡くなるといったちょっと個人的なこともあったり、まあいろんなものが重なり合って、自分の店をやろうかという形ではじめたのがここですね
阿久津
いくつかお聞きしたいことがあるんですけど、ひとつは、大学卒業されて新卒で入社されて18年間、会社のもとで働くということを続けていくなかで、そこから独立してってけっこう勇気が要りそうというか自分で歯止めを掛けちゃいそう
辻山
大丈夫かって
阿久津
大丈夫かって。そこらへんのそういう不安みたいなものって
辻山
あんまりなかったですね
阿久津
あんまりなかった、へ〜
辻山
というのが、18年が短いのか長いのかはわからないですが、一度ひと通りは経験したということがあるので。どういう反応があるかは、やってみないとわからないけど、ただ「こういう店はつくれるだろうな」というのは、あったので……。あまり不安はなかったですね
阿久津
そかそか、じゃあ、なんとなくある程度具体的な勝算、勝ち筋みたいなものも見えていたということですかね
辻山
勝ち筋、ではないですね。「勝つ」と思ってはやらなかったけれど、こうした店はつくれるというか。たとえばいまのような品揃えで、展示とかイベントとかもやって、妻がカフェをやってというような、「それはできるな」という
阿久津
ああ、なるほど
辻山
ただそれが、どういうふうに受け入れられるのか、儲かるのかとかは、その時点ではまったく見えていないから
阿久津
そっかそっか
辻山
やれることはやれるなあと
阿久津
始めることはできる
辻山
始めることはできる
阿久津
ああそうか、じゃあこっち 
辻山
うんその結果はわからないというかね 
阿久津
けっこうたぶん多くの人が、こっちの、結果のわからなさで、なんというか、前に進めないとかってありそうですけど
辻山
結果は別に、やってからの問題なんじゃないかなと思いますけどね。これが勝てるってわかってて、それをやればいいんだったらみんなそれをやるかもしれないし、はっきり言うとつまらないんじゃないですか。「答えがわかってる問題を解いて」みたいな感じになるだけだから。……もちろん結果がどうでもいいっていうことはないですよ。生活していかなければいけないし、やっぱりやるからにはちゃんとやりたい、認められたいっていう思いも誰しも持っていると思うので。でもはじめからそれを求めてやるとか、それはちょっと違うなっていう気がしますけどね。何かわからないものに飛び込んでいくから、人の心を動かせるというか、そういうことはあると思いますけどね
阿久津
そうですよね。僕が、フヅクエを始めたときに何を考えていたかなというのを思い出そうとしていたんですけど、やっぱりフヅクエも、全然、成り立つかまったく想像できなかったなあと思って
辻山
フヅクエさんは同じような業種がほとんどないですよね。本を読むことに特化した店をつくるというのが。だからそれは怖いと思いますよ。その怖さは、本屋の比じゃないんじゃないかな……。まあ自分は、これまでの経験の中からわりと質が高いものを出せる自信はありましたけど、ただ、それって、ある程度わかっている中でやっている部分もあったので。フヅクエさんは、そのモデルタイプがないから、それはもうまったく違う体験というか、それこそよく踏み切ったなあという感じが私から見てもしますし、なんでやる気になったんだろうとかね。ははは
阿久津
へへへへ
辻山
そういうのはあると思いますね
阿久津
まずひとつは、他にほとんどなかったがゆえに、ちゃんと僕が思っているものをやりきれれば、商圏は日本全国になるんじゃないかっていうことは考えてたんですよね
辻山
ニッチですしね
阿久津
ニッチですし。だから全国から人が来てくれるんじゃないか、というかそうなるような店をつくっていかないと多分いけないって思っていて、そうすれば自分ひとりくらいは食べさせることはできるんじゃないかな、というところと
辻山
うん
阿久津
あとは多分、僕は、ダメだったら、カフェにすればいいと多分
辻山
あはははははは
阿久津
多分、多分どこかで思ってたと思うんですよね
辻山
あははははははは。まあもうガワはあるわけですしね
阿久津
ガワはありますよねそうそうそうへへへ
辻山
あはははははは
阿久津
なんか逃げ道というかなんというか、保険とまでは行かないですけど、最悪だったときが最悪じゃないかなとちょっとは描けたから踏み切れたのかなと。僕はけっこうそういう思考をしがち。一番悪いパターンを想像してみて、「一番悪いパターンもどうしようもなくはないかも」みたいに思えたら行ける感じがあるんですけど
辻山
うん
阿久津
そこらへんって辻山さんはどういうふうに。すごいつまらないあれですけど、独立されたのが43歳のときですかね
辻山
うん
阿久津
それって決して早い年齢ではないというか、年が進めば進むほど大きな転身への恐れって大きくなりそうに想像するんですけど、ダメだったらどうしようみたいな怖さはなかったですか
辻山
まあダメだったらまたどこかで勤めよう
阿久津
またどこかで勤めよう、はいはいはい
辻山
ていうくらいは思っていたかもしれない
阿久津
そして、それは自分には可能であろうと
辻山
可能であろうとは、まあどこかで思っていたと思いますね
阿久津
なるほど、はいはい。いや、今回『本屋、はじめました』を読んでいて、辻山さんのキャリアって実はかなり特異なキャリアなんじゃないのかなと思ったんですけど、けっこう真似られない流れをやってらっしゃるような気がして。新卒で大型書店に入って18年勤め上げて最後の日は日商2000万とかっていう、もうちょっとわけのわからないレベルの大きさの仕事をされていた方が、独立して書店を持つっていうケースって、他にどこかありますか
辻山
日商2000万とかと言うとちょっと「ああ」って思われるかもしれないですけど、わりと同時期くらいに始めた誠光社の堀部さんなんかも、恵文社でやられていたし
阿久津
ふんふん
辻山
でもあんまりほかに、自分のお店をはじめたというのは聞かないかもしれないですね
阿久津
なるほど
辻山
どこかの書店にいた人が会社を辞めるっていうのは聞くかもしれないけど。まあ、みんなクサクサしてるのかもしれないですねふふふふ
阿久津
あ、どういうことですか?
辻山
それはたとえば本が好きで入ったのに、全然そうじゃない仕事をやらされたりとか、だんだん現場の人が削られていって、好きだった本から離れていくような感覚というかね、そういうのを持つ人もいるかもしれないですよね。会社にいると、数字合わせになってきちゃって
阿久津
リブロの最後の池袋本店のマネージャーをされていたときというのは、どのくらい、本を触る時間があったのですか
辻山
本は自分では触らないですね。担当の棚があるわけじゃないから、ただ、わりと自由というか、『本屋、はじめました』の中にもたとえば誰それを呼んでイベントをやりましたとかいう話はありましたけど、面白そうな本が出たら「これちょっとイベントやればいいんじゃない」とか「ここでこういう棚つくろうよ」みたいな、売り場の子とそういうのを話してやっていくっていうことはできたので、わりと趣味的に関わっていくみたいな……。こう話すと、すごく恵まれた環境ですね。ふふふ。阿久津さんも読書会とか好きな作家さんを呼んでイベントみたいなことをされることもあると思いますけど、池袋本店ぐらいの大きい店だと、文芸作家でも絵本作家でも、「こういうのをやりたい」と提案すれば一応話は聞いてくれる環境にはあります。それが面白いと思えるか、そういうのを考えずに黙々とやるかはその人次第なので……。まあわたしはとてもいい経験をしたなというのはありますけどね
阿久津
じゃあ最後までお仕事自体は、なんていうか
辻山
面白かったですよ
阿久津
面白かった、へ〜
辻山
だから、そういうお店もなくなると、この先の道筋っていうのはなんとなく見えてくるんですよね。部長とか役員とか、別にそうなったかどうかはわからないですけど……、でもなんか、あんまり面白そうじゃないなっていうか、そういうふうに見えたんですよね
阿久津
いやあ、入り口の話でもうずうっといくらでも続いちゃうな、はははは
Title_2.jpg
辻山
はははは、でもあの、ちょっと話戻って
阿久津
あははは
辻山
阿久津さんの話で
阿久津
お、はいはい
辻山
喫茶店にすればいいみたいな話をさっきされましたけど
阿久津
うん
辻山
阿久津さんは内沼さんの講座とかに行かれてたんですよね
阿久津
開店前の時期に行ってましたね
辻山
それは何かしら、本というものに思い入れがあるからわざわざ行ったんですよね
阿久津
ええと、もちろんというか、本というものに思い入れがなかったらフヅクエやらないですからね
辻山
BUKATSUDOに行かれたんですか?
阿久津
そうですそうです、みなとみらいのBUKATSUDOに。あれは、えっとですね、あれは、自分にとってそれまでもそれからも二度とない行動だったんですけど
辻山
ふむ
阿久津
『本の逆襲』をその一年前とかに読んで、ものすごくいいと思って、風通しがいいなあ、気持ちいいなあって思って、それで内沼晋太郎さんという人を認知したんですけども、それでお店をつくり始めるっていうときに、講座のことを知って、アドバイスをもらいたいというのはたぶん2割とか3割とかで、やりたいことはもうはっきりと決まっていたし
辻山
あ、決まっていたんですね
阿久津
そうですね、もう工事中とかの時期に通っていたんですけど、壁塗ったあとに直行してみたいな
辻山
はいはい
阿久津
あの、ええと何が言いたいかと言うと、「内沼さんと近づこう」と思って通ったんです
辻山
ああ、そっち、あっはっは
阿久津
僕がやろうとしていることは絶対、いいものになるはずだ、面白いものになるはずだと思って、これを内沼晋太郎という人に知ってもらおうと思って、そうしたら何かがあるんじゃないかという、非常にあの、ただただ打算
辻山
まあ実際その後ありましたしねあっはっはっは
阿久津
えっへっへ! そう、だからすごい、あざというというか、はっきりとした目論見を持って人に近づくなんて後にも先にもという機会でしたね
辻山
なるほどね、じゃあもう、コンセプト自体は決まってたし
阿久津
決まってましたね。その時期は人に何を言われても「いやこれをやるんです」っていう感じで
辻山
それは半ば、自分の中でも確かめるというか、そういう時期でもあったのかもしれないですね
阿久津
そうですね、いろいろな人に話して、だいたい大丈夫なのかなあみたいな感じで言われて、「大丈夫かはわからないけどこれをやるんです」って言っていた時期でしたね。あ、それは、なんで聞かれたんですか?
辻山
その話ですか?
阿久津
あ、はい
辻山
そうそう、なんでだったかな、あそうそう、フヅクエがダメだったら普通のカフェにすればいいやっていうふうにどこかで思っていたっていうふうにさっきおっしゃいましたけど、でも実はそれだけじゃない思いがあって始められたのかなっていうか
阿久津
あ、もちろん
辻山
そうそう、それまでも似たようなコンセプトのところはあったとは思うんですけど、あんまりそういう本を読むということを前面に出しているというのは私個人としてはあまり聞いたことがなかったので……。そういうコンセプトを鍛え上げるのに、強い思いがあったんじゃないのかなというか
阿久津
あ、はい、さっきの、ダメだったらカフェにすればいいっていうのは多分、けっこう言ったあと「ちょっと嘘ついたかもな」って思ったんですけど
辻山
ふふふ、照れじゃないですけどそういうのもあるのかなあと
阿久津
そうですね、背後にはあったのかな。それまで岡山でカフェを3年間やっていたので、カフェをやることは、俺はもうできるというか、やったことはある、みたいなものが背後にあったというか、支えていたというか、くらいですかね。カフェに変えちゃえばいいっていうことはちょっと今、嘘かもしれないです、そんなことを考えてはいなかったと思います。まあただ人が何によって不安を取り除くのかなあみたいなところは興味があるところではあって
辻山
何かしらそういう支えが要るということですよね
阿久津
そうそう
辻山
私だったらさっき言ったみたいに、まあ、別に、ダメだったらまたどこかで雇ってくれるだろうみたいな、はっはっは、別に根拠はないんですけど、それが支えになっていたのかも、しれないですよね
阿久津
ちなみに、今、お店始められて7年が経って、今、一番恐れていること、怖いなあと思っていることとかってありますか
辻山
そうですね、やっぱり、続けられなくなるっていうことが一番なんで。続けられなくなる理由としては、まずは場所の問題ですよね
阿久津
うんうん
辻山
たとえばここの契約が切れて、もう出なきゃいけないとかはあるかもしれません。でもそれはまだどこか別の場所でやればいいとか、そういう新たな選択肢にもなりますけども。あとは「大病をしない」という体の問題だったりとか。一応ほそぼそとやっていく分には利益は毎年出てるんですよ。昔の家族経営の本屋さんって自分の家でやっていたところが多いんですよね。だから家賃がかからなくって、人件費も家族でやってるので必要ない。売上が減ると仕入れも減るから、売上が減ったとしても、そこまで困るわけではない。ただここは借りてるので、そういう意味で言えばある程度は売れないといけないし、その前提の部分を崩さないようにということですよね。なのでそこは心配しつつやっています
阿久津
僕も一番怖いなあっていうのが、フヅクエの初台も築60年くらいの建物なんですけど、いつかそういう日が来るんじゃないのかな
辻山
そういう日は来ると思います
阿久津
これは具体的に調べたりして解消すればいいんだろうなと思いつつずうっとただぼんやりとした不安として持ち続けているんですけど、家主都合っていうんですか、もう取り壊すからみたいなときの移転って、
辻山
うん
阿久津
あの、お金ってどうなるんですか? なんていうか、全部一から店をつくるお金を捻出しなければいけないってことになるんですかね
辻山
たぶんケースバイケースなんでしょうね
阿久津
あっはっはそりゃそうですよね
辻山
その、定期借家みたいなところで何年契約で契約が終わったらそれで終わりですっていう場合は何も出ないし、契約中だけど家主都合で出てってくれっていう場合は何かしらの補助みたいなものが出るかもしれないですよね
阿久津
移転って人はわりとやってるけども、これ、また一から自前でお金出してやってんのかな、そうだとしたら、すごいなあ! って思ってるんですけど
辻山
まあでもだいたいは、自前で出してるんじゃないかな
阿久津
ああそうかあ、それすごいなあ! 僕その恐れもどこかにあって、早く次の店を出したい、いくつか持っておきたいみたいな部分ってゼロじゃなかった感覚があるんですよね。ひとつダメになっても、まだ拠点がなくならないみたいな状態にしておかないと、ちょっと怖いっていうのがあるのかなと思っていて
辻山
でも阿久津さんの場合は、阿久津さんがフヅクエだから、そのあいだ閉めてまた開いたとしても、また出しましたって言った瞬間からそこがフヅクエになるからはははは
阿久津
へへへ
辻山
もちろん、拠点を持って両方とも利益を出しててプラスになるんだったら、それはそれでもちろんいいし、店舗がなくなったときにまた次の店舗を作っても、もちろんタイムラグは生じるでしょうけど、まあそんなには変わらないのかなっていう気もしますかね
阿久津
辻山さんはそうなったら、そこからだなっていう感じ
辻山
そうですね
Title_3.jpg

けっきょく他の店をいっぱい見たほうがいいんですよ

阿久津
開店のときの話ですけど、開店のエピソードを読んでいて、カフェのコーヒーのブレンドを自分たちでシングルオリジンの豆を買ってきて、実験をしまくって決めたとか、スマレジのショールームに表参道まで行って触って決めたとか、ワイン決めにワイナリーに行ったとか、なんていうんだろうな、ひとつひとつ、本当に細かいところまで全部、ちゃんと試行錯誤というかちゃんと熟慮されているというかちゃんと検討されているな〜っていうのが、なんていうかな、「ここまで考えられてたんだなあ」ということにけっこう感動したんですけども、
辻山
うん
阿久津
なんだろうな、何に感動したんだろうな、あそうそう、自分の店を持つのは初めてという人が取れる行動として、ちょっと出来すぎじゃないかなというか、この人すごいなっていう感じで読んでたんですけど、それまではリブロっていう大きなところで、全部
辻山
常にお仕着せの何かがあるというか
阿久津
なにかしらは与えられている状態で
辻山
そうですね
阿久津
やっていたと思うんですけど、自分でやるってなったときに、全部をちゃんと検討できるっていうのって、何によって培われたんだろうなって
辻山
まあでも、別に、誰でもできると言えばできると思うんですけどね
阿久津
僕も、じゃあ自分はしていないのかって言ったら自分はしてると思うんですけど、でも一店舗目のときって、目が行かない場所、死角だった場所がもうちょっといろいろあった気がしていて
辻山
まあ店を開けるまでに、半年間くらいありましたからねえ
阿久津
まあ
辻山
店って場所が決まらないと具体的に何も動かないじゃないですか
阿久津
うん
辻山
Titleは、7月末に前勤めていた店が閉店して8月頭に会社を辞めて、たぶん10月の中旬くらいにここの不動産情報を見たのかな……まあそのくらいの感じだったと思うんですよね、そうすると8,9,10月はわりと暇なわけで、旅行でも行きつつ、そうは言っても何かしら前に進んでいないと不安だから、コーヒーだったり、ワイナリー行ったり、進められるところから進めようと。こういう2階建ての店舗だったから、いまたまたまこういう形状になっているけど、これが全然違う形だったらまた違う組み合わせだったり、いや組み合わせは変わらないけれど違うバランスだったりするわけですよ
阿久津
うんうん
辻山
だから具体的には物件が出るまで決まらないけれど、要素としてカフェがあったりというのは決まっていたんで、その中で詰められる部分は詰めておこうみたいな。コーヒーカップを見に行ったりとかね。コーヒーカップを見に行くとAとBがあって、どっちがいいかと言うとAかな、でもなんでAなんだろうみたいなことを考えながら決めていく。それをたまたま文章で書く機会があったから、「ああこんなに考えてるんだ」とか「すごいな」とか思われるかもしれないけども、たぶんみんな普段やっていることだと思うんですよ。それを細かく言語化してるかどうかは、その人それぞれなんでしょうけど。直感で決めるかもしれないし、人のつながりで決めることもあるだろうし
阿久津
僕もうまくこの感じを伝えられていないんですけど、なんか、「みんながみんなはやりきれていないことをやってるな」って思ったんですよね。何に思ったんだっけなあ、なんか、お店っていうものを捉える解像度っていうのが、初期設定からすごく高かったんだなっていう感想を持って。いろんなカフェとか書店とかに行く、みたいなことはそれまでもされていたんですか
辻山
してましたね
阿久津
じゃあカフェとかけっこう好きな、
辻山
そうですそうです
阿久津
そういうことなのかな
辻山
行くとぼんやり内装を見てああこんなテイストなんだとか、なんでこういう感じを受けるんだろうと思ったらそれは壁がこんな色でテクスチャーだからではないかとか、すべてのものにいちいち理由がありますよね。店をやろうと思わなければ、そんなことは細かく思わないかもしれないけど、見たらそう思いますよね阿久津さんも
阿久津
うんうん、思いますね
辻山
だからそういうのがあったんだと思います
阿久津
だからやっぱりもともとの体験の積み重ねみたいなところ、なのかな
辻山
たとえば本棚とか、選書とかでも、けっきょく他の店をいっぱい見たほうがいいんですよね。なんでもやはり真似から入るから。たとえば書店員一年目で、とりあえずこの棚やっとけみたいな感じで担当を持たされるわけですけど、やっぱりいろんな店を見たほうがいいんですよ。同じものをそのままやるわけじゃないけど、フェアの並べ方を見て、この並べ方、この見せ方いいなとか、そういうふうに見たものがインプットされていくものだし、単純に「こういう本があるんだ、聞いたことのない出版社だな」とか、「リトルプレスか、どうやって入れるんだろう」みたいに次の自分の課題がわかります。どうやって仕入れるんだろうって思ったときでも、それを検索して作っている人にアプローチして思いを伝えるみたいなことをやっていれば、それがどんどん仕事として膨らんでいくわけですよね。たぶん会社にいても、どこにいてもそういうことって培われると思うんですよね。与えられたものだけやるんじゃなくて、休みの日に他の店を見たりとか、それを自分で考えたりとか、別に頼まれてないけどやったりすることで、技量というものは身についていくから、店をはじめるときでも、それまで培われたすべてのものがそこに流れ着いただけっていう
阿久津
でもやっぱり、あれですね、別にあの褒めても仕方ないんだけども
辻山
褒めてください
阿久津
運動神経がいいんだなあって思いました。どれだけインプットしてもそれを
辻山
自分のアウトプットとして
阿久津
うん出せるかどうか
辻山
出せるかどうかっていうのは人によって違うかもしれないですね
Title_4.jpg

ここに来る前よりも喜んで帰ってくれたらそれで

阿久津
お店を始めてから変わっていった考えとかってありますか?
辻山
いちばん強く思ったのは、自分がいいなって思ったものを勧めると売れるんだなみたいな。すごい単純な話ですけど
阿久津
へへへへへ
辻山
それはすごく思いましたね。本屋ってどうしても面積商売というか在庫商売というか。たとえば1万冊よりも2万冊のほうが売上がいいというのが当たり前だし、そう思ってたんですけど、でもそれだけじゃなくて、SNSとかで何回も推していたら、なぜかわからないけど店でもすごく売れたりとか……。そういうことの積み重ねなんですよね売上って。Aという本を今日5冊、Bは1冊、Cも1冊みたいなことを集積してつくるものだから。じゃあAを5冊売るためにどうしようかと、そういうふうに考えていけば、売上って作れるんだなというか……、それは思いましたね
阿久津
事業計画のところで、セレクトとベストセラーみたいな
辻山
あ〜、4対6みたいな
阿久津
辻山さんのセレクトと売れ筋というか、その4対6という比率は変わりました?
辻山
ちょっと変わったかもしれないですね。たとえば開店当初は地図旅行とかのコーナーに『るるぶ』とか『地球の歩き方』とかも置いてたんですけど、結局売れなかったというか、いつの間にかそれは「旅行エッセイ」などにどんどん替わっていきましたし、色はどんどん濃くなっているかもしれないですね。自分の色というか選書されたものというか
阿久津
はいはい
辻山
それはよい部分もあるし、なんていうんだろう……、嫌な部分というか、嫌な部分を言ったほうがいいと思いますけど、まちなかにこういう店があると、あまり本のヘビーユーザーじゃない人も入ってくるんですよ。そのときに、ちょっと難しめの本だったりとか、本好きな人が好きな本というのが多く並んでいると、別にそうじゃない人が見たときに、なんか自分のための店じゃないというか、「私の好きなるるぶがない」というか
阿久津
「私の好きなるるぶ」ふふふ
辻山
色が強くなっていくことにより、より分断が強くなるようにも感じます。分断というのもちょっと強い言葉ですが、そういうふうに、分けられていく。いまの社会の問題でもあると思いますが、もうちょっと誰が入ってもいいというか、そういう感じで開いていきたいなって常日頃から思ってるんですよね。こういう店が別に好きじゃなさそうな人が、カフェでだら〜っといて、昨日こんなことがあってとか、そういうのをなんとなく聞くのとか好きなんですけど
阿久津
あ、へえ〜
辻山
銭湯の中の会話みたいなものですよね。でも店がだんだんこう、カチッカチッと固まっていくにつれて、やっぱりそういう人っていうのは減っていくから、もうちょっとゆるくあってもいいというか。それは自分の感覚ですけどね、なんかそういうふうにあったほうがいい、ありたいなっていうふうには思っているんですけどね
阿久津
それは、事業計画の段階で、その、セレクト側に寄っちゃうことへの警戒心みたいなものがすでに明確にありましたよね。それよりはまだ3対7とかになるほうがまだいいとか
辻山
そうそうそう
阿久津
でもけっきょく動いていく本を
辻山
こういうふうに追いかけていくと、だんだんやっぱりこちら側に寄っちゃうっていうのはあるんですよね
阿久津
いま来ているお客さんって、町の人と、なにかしら電車に乗って来る人と、割合ってどのくらいなんでしょうね
辻山
どうでしょうね、たとえばその、『めばえ』とか『コロコロコミック』とかを買うような、町の人は、比率で言えば4とかそのくらいですかね。もちろん、東京だし、中央線だし、近所の人自体がこういう個人の店が好きっていう人がすごく多いから、阿佐ヶ谷とか西荻とかも近所に含めるとわからないですよ
阿久津
あーはいはい、あー
辻山
西荻くらいから自転車で来て、普段からこういう店に行き慣れている人ってこのへんいっぱい住んでいるので。だからそういう人を近所の人と言えば、わりとこの界隈で商売が成り立つみたいなところはあるんですけど、あとは2階でやってる展示を目当てに来てくれる人がいますよね。横浜から来ましたとか出張で大阪からなんだけど東京に来たから寄ってみたとか、そういう人が2,3割とかかな。だから、Titleが好きできたっていう人が7,8割くらいで、なんとなく近所にあって『NHKテキスト』があったからとか、そういう人が2,3割くらいじゃないですかね、だいたい
阿久津
はいはい、けっこうそれは、理想っていうとあれですけど、ちょうどいい感じですか
辻山
そうですね、本当はもうちょっと、なんとなく入ってみたみたいな人に使ってもらえるような感じの店にしたいなっていう意識はあるんだけれども、商売として成り立たせようとすると、結果こういうふうになった
阿久津
うんうん
辻山
さっき阿久津さんが全国で商売できるんじゃないかっておっしゃいましたけど、本屋もわりとそうというか、SNSなどで好きになってくれて、ウェブショップも北海道から沖縄までみたいな感じで注文も来るので、やはりそういうところに向けて商売をしてると、そうならざるを得ないというところはありますね。まあそんなに大きい店でもないですし
阿久津
それは、全部をやれるわけではないと
辻山
そうですね。そう、全部をやれるわけではない
阿久津
最初フヅクエはまったくこう、町というものに対する意識がなかったんですよね。なんなら、知らなくていいですくらいの、なぜか妙に攻撃的な
辻山
とんがってますねふっふっふっふっふ
阿久津
2階なんですけど看板も出さなかったですし、でもだんだんだんだん開いていったんですけど。町に向けるって、町に店を開くってどういうことなんだろうなって多分、西荻窪に出してからなおのこと考えるようになったことなんですけど
辻山
そのへんは商材の違いもあるかもしれないですよね
阿久津
商材の違い
辻山
本という商材が、それこそ世の中のあらゆるものと関わっているから、いろんな人にアプローチできる可能性はあるわけですよね。ただそれを選ぶことで、その可能性自体を狭めていくことになるんですよ。ただフヅクエさんはもともと、コンセプト自体がかなり絞ったものじゃないですか、だからその方向性自体がちょっと違うというか、だからそれはそれで別にいいんじゃないかというか
阿久津
誰を、喜ばせたいですか?
辻山
はっはっはっはっはっはっは!
阿久津
へへへへへへへ、あのそれはなんかなに笑いですか、はははははは!
辻山
いや、思ってもなかった質問だったので。うーん、誰を喜ばせたいか……、店をやることでですね
阿久津
そうですそうです、あの、それが、フヅクエは町の人を別に喜ばせたいっていうわけじゃない、本を読みたい人を喜ばせたい、っていうのがとにかくひたすらあって、だからまず一回町っていう意識をほぼ切るくらいの感じがあったんですけど。辻山さんは
辻山
そうだなあ
阿久津
その町の人だとか、こういう状態の人が来てこういうふうに思ってくれるのが一番、とか
辻山
むずかしいですね
阿久津
むふふ
辻山
まあ、答えになっているかわからないですけど、目の前の人を喜ばせたいっていうのがあるかもしれない
阿久津
めっちゃ答えだと思いますね
辻山
それしかないというか、店を開けていてもここに入らない、意識にも入らない人が世の中の9割の人なんですよやっぱり
阿久津
あどういうことですか?
辻山
ええとこう、本屋があるなって認識しても、扉を開けて入ってくる人は
阿久津
あーはいはい
辻山
そんな世界の中で誰を喜ばせたいか考えたとき、町の人だとか、本が好きな人とか、そういう言い方もできる気がするけど、それはもう特定ができない……。結局のところ、わざわざ扉を開けて入ってきた人がいて、その人が探していた本があったとか、おいしいお茶が飲めたとか、ここに来る前よりも喜んで帰ってくれたらそれでよかったみたいな
阿久津
やーほんとそう思いますよね。お店、お店って、なんか、いいですよね
辻山
はっはっはっは!
阿久津
ははは、なんかお店って、けっこう、こんな人の喜びとか、喜びというか人の気持ちをリラックスさせるとか、前と後で違う状態に、よりいい状態になってもらうみたいな、なんか、そういう可能性を提供できる仕事って、なんか、いいなあってははははは
辻山
ふふふ
Title_5.jpg

書くことに関して言うと、仕事だから書いてるんですよね

阿久津
そうしたらそろそろ時間なので、なのに最後にすごいつまらない質問なんですけど、あの、継続するコツを教えてください。なんか、ツイッターとか、今日の本
辻山
毎日のほん
阿久津
あ、毎日のほんとか、長くエッセイの連載も続けられているじゃないですか。なんか僕はツイッターとかコツコツやるぞと思ってもなかなか続かないんですけど、聞いてみたいなと思って、物理的なコツとかありますか?
辻山
物理的なコツはないかな……、自分の中にシステム化すればいいというか
阿久津
ふんふん
辻山
もう、毎日のほんとかも一つのシステムだと思ってやっているので。ウェブは前もって書いておき、8時に自動的に更新されたものを起き抜けに見て、コピペして、ツイッターで出す、それだけなんですけど。……まあ、生きて、朝ごはん食べるのとおなじような感じで、「もうそれはやるものだ」というふうに組み込まれています。エッセイとかも「毎月書くもんだ」というか、ははは
阿久津
もう全然参考にならなかったですねえ!
辻山
はははははははは!
阿久津
それができれば
辻山
まあ仕事だからみたいな
阿久津
へーそっか〜
辻山
ただ、書くことに関して言うと、多分自分は仕事だから書いてるんですよね。作家になる人とか、本来的な書き手というのは、多分人から何も言われなくても、たとえそれがお金にならなくても、書く。私はそうではないので、何か依頼があったりとか、仕事の一部じゃないと書かないから、もうそれを仕事にしちゃえばいいというか
阿久津
あ〜!
辻山
仕事だからやってる、そう言うとすごくドライに聞こえるかもしれないけども、でもそれで「ああこういうふうに考えてたんだ」とか自分がわかることもあるし、だんだん思ったように書けるようになってくるとやはり楽しい。もちろん嫌なら辞めてるから、なんでも出来るだけ仕事にしてしまってやればいいなっていうか
阿久津
仕事にしちゃえばいいっていうのはすごくしっくりくるなあと思って、今日のこの時間とかも、仕事というか、仕事だから僕も、こういう時間取らせてくださいって話しかけることができたわけだし
辻山
そうですよね、それはあると思いますね、方便じゃないですけどね
阿久津
ありますねえ
辻山
イベントだってそうでしょうし、仕事だから話しましょうトークしましょうよとか、でもそれはどこかに自分の楽しみだったり、そうした部分が絶対含まれているはずなので……。だからそういう自分が楽しいって思うようなことを仕事にしてシステム化することで、続いていくというか。仕事って、いいものだと思うんですよね。結局、仕事じゃなかったら家でもうダラダラしてるだけだし
阿久津
そうなんですよねえ
辻山
自分を変えていってくれたりとか、人と会わせてくれたりとか、そういうものでもあるので。私はもともと人と話したりとかが好きなわけじゃないし、休みの日も誰としゃべらなくても全然平気なタイプなんですよ。でもこういうふうに機会をくださって話すことで、ああ面白いなとか、生きるよろこびみたいなのも生まれてくるので。仕事にしちゃえばいいっていうのは、いいですよね
阿久津
ああ、もう今ので、終わりにしようっていう言葉
辻山
あっはっはっはっは!
阿久津
やーほんとそうですね、なんか、ちょっと変わりますけど、お店ってなんか、人に親切をすごくしやすい環境だなあみたいな意識もあったりするんですけど、人に何か話し掛ける、困っている人に手を差し伸べるみたいなこととか、あまりこう、外とかだと
辻山
しにくいですよね
阿久津
しにくいじゃないですか、でもお店だとなんか、「あ、大丈夫ですか?」みたいなことって、すごく簡単にできるじゃないですか、これは便利な装置だなあって思ったりしますね
辻山
多分、私なんかはそうですけど、「大丈夫ですか?」とか、店をやったから、店で言えたから、外でも言えるようになったかもしれないですね
阿久津
やー、僕もめちゃくちゃそうなりましたね
辻山
店が自分を開いてくれたというかね

店舗情報

本屋Title
167-0034 東京都杉並区桃井1-5-2
営業時間 12:00-19:30 (日曜は19:00まで。カフェのラストオーダーは18:00)
定休日  毎週水曜・第一・第三火曜
https://www.title-books.com/
※ 最新の店舗情報はお店のウェブサイト等でご確認ください

「本の読める日」とは

20220927_Thumnail.png
参加書店で本を買ってフヅクエにやってくるとフヅクエをお得に楽しめる企画「本の読める日」。愉快なレジャーとしての読書の一日を過ごしちゃおう、というご提案です。
参加書店・企画詳細は下記ページからご確認いただけます。