読書の日記(1/16-22)

2023.01.27
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喧嘩の翌朝、銭湯、SNSのインプレッション数/ミーチング、銭湯、スタバの本/下北沢の営業時間、鍼灸、ベルンハルトと腰痛/川に流される、目標と嘘つき、スタバの記憶/役割分担、銭湯、夜中のピザーラ/海外サッカー、スーパーバイジング、『本屋、はじめました』/なし崩しの休日、銭湯、ブライトン対レスター/店のすべてに意図を行き渡らせること、今野書店『武器としての決断思考』、Title『それで君の声はどこにあるんだ?』/

抜粋

1月16日(月) 

一日ダメな調子だったので6時とかの早い時間に銭湯に行った。ほんの少し雨が降っていたが構わず自転車で出てそういう日の銭湯は空いているようだ。いつになく静かでゆっくりゆっくり風呂に浸かりながらうろうろと考え事をしていた。風呂から上がると壁の向こう側からおばちゃんの話す声がして「やっぱり人間てさみんなおんなじなのよねそれぞれに欲望があってさ」とのことだった。

1月17日(火) 

帰り、もともとは豚キムチ的なものでもつくろうかなと思っていたがキムチじゃないなと思って豆苗とかを買いにスーパーに寄った、アルコールコーナーに近づかないように早足でうつむき加減で売り場を歩いた。先に待っていた人がやっぱりあっちのレジのほうが早いかなと移ったらあとから来た僕のほうがずっと早くて移動損だ、「惜しいことをしましたね」と思いながら会計。家から銭湯に行った日はレジ袋は要らない。タオルとかを入れるビニール袋をぶら下げているので。体を拭いたタオル、ボディウォッシュ、乳液、そこに合流させられる豆苗の気持ち。豆苗に脳があればの話だが。

1月18日(水) 

閉めてからも真面目に売上金のまとめをしたりしていると終電の時間が迫ってきて大急ぎで帰り、今日はベルンハルトを持ってきていたのでそれを開いた、立っているだけでもちろん痛い、一方で侯爵は元気いっぱいだ。「一通の手紙を開封して、ああ二四日に私は死んでいるのかと自分に向かって言えるのは悦ばしいことではないでしょうか」と彼は言った。「突然」と彼は言った。
「想像するのです、地表が徐々に空気を奪われた空間になってゆくところを。私は、最初は何が起こったのか分からず当然道の真ん中で立ち止まるけれど、ほかの人間たち同様、当然さっきまでより早足であるいはさっきまでよりゆっくりと再び歩き始める人間たちを観察します。彼らは歩きます、ひたすら歩きます、そして店に入ったり、あるいは店から出てきたりしますが、突然全員が、何を意味するのかさっぱり分からない出来事が進行中であることに気づき、そのとたんにつぎつぎと、弱いものが先で強いものが後ですが、地面に倒れます。まもなく通り中が、それどころかすべての道路が窒息死した人間と死体に覆われ、すべてが静止します。そして主を失った機械が引き起こした破局の多くは、人間が消し去られた後に生じたため、もはや破局でもなくなって、まったく知覚さえされなくなるのです…最後に恐ろしい轟音が響き、それに当然腐敗のプロセスがつづきます」と彼は言った。 トーマス・ベルンハルト『昏乱』(池田信雄訳、河出書房新社)p.201
シャマランの映画を思い出して美しい場面だ、ずうっと面白く読んでいるわけだけど飲み込まれそうで怖いなとも思う。充溢する暗い力に気付かないうちに飲み込まれたらいけないことになりそうなそういう怖さを今日はちょっと感じていてそれは腰が痛いからかもしれない。ただいるだけで痛い腰と、ただいるだけで深まる狂気。体と意識がある限りどちらも逃げ出すことができないものだ。死しか逃げ場所はないわけだ。それにしても年末から肋間神経痛といい喘息といい腰痛といいずいぶん立て続けの不調でどんな破局が僕を待ち受けているのだろうかと思ってしまう。

1月19日(木) 

帰るとさっそく作業作業で僕は作業が大好き! その役割分担のやつを満足行くところまでやろうと手を伸ばしたら延々と続けてしまって1時とかになった。後悔しながら晩ごはんに煮込みうどんをつくった、冷凍の麺がひとつしかなくて愕然としたが夜中だしこれでいいだろうと思って食べた、食べ終えてこれで足りたかと思ったのだがしばらくすると足が冷蔵庫に向かい、冷凍庫の小分けご飯をひとつ取り出して解凍していた。おじやにするようだ。それでおじやがつくられて食べて満腹で満足だった。ピザーラの人も今ごろ満腹だろうか。親しみを覚える。
3時ごろ布団に入る。遊ちゃんが「かわいい」と言ったから僕のことかなとちょっとうれしい気持ちで「なにが?」と聞いたら「おすし」と返ってきた。ベルンハルトを開くと今夜も元気に侯爵が話し続けている。父の自殺について話している。活気に満ちている。

1月20日(金)

店舗チェックというものを始めてまずは店内の掃除とかが行き届いているかのチェックでiPadを片手に持ちながら指で棚をすーっと撫でて埃の有無を見て、ああ、なるほど、この指でつーっとするやつ、嫌味っぽい動きの定番という感じだけどこれを自然とやるものなんだなあ! とまず感心したし先日読んでいたスタバの本でディストリクトマネージャーの仕事で店舗を巡回してストアマネージャーとあれこれ話すみたいなエピソードが何度も描かれていたけれどつまりこういうことだよなあと思ったしそれを見越してあの本を読んでいたのだろうか。それで店内のチェックが終わる頃に開店時間になってそれからは敷野くんの調理や接客を見ながら気づいたことをメモしたりしていた。開店からコンスタントにお客さんがあってオーダーは鶏ハムのサンドイッチとハーブティー、鶏ハムとレモンスカッシュ、キーマカレーとアールグレイ、ピザトースト、みたいな感じで見るのにうってつけのものが続いて僕の仕込みかと思ったくらいだ。それにしてもこのリアルタイムで業務のありようを見て評価していくというのはかなり技術が必要だ、とてもライブな仕事だ、刻々と見るべきチェック項目は生成されていくわけだがある程度は次に何が起こるかを予期しながら、つまり次にどういうチェック項目が現れるのかを予期しながら見ていく必要がある感じがしてこれはかなり大変だ、そして疲れる、そしてすぐ飽きた。

1月21日(土) 

僕は眠くて眠くて布団に入って遊ちゃんを見送った、少しだけ寝ようと思って寝て起きたら外が暗くて5時半だった、4時間寝ていたわけだ。またやっちまったなと思う、もとから休日として設定して休日になるのではなく働くつもりでいたが電池切れになってやむなくそしてなし崩しに休みになるそういう休日を過ごしてしまって最悪だ、それにまだ眠い、銭湯に行くことにしてずいぶんと銭湯づいているものだ。

1月22日(日) 

今野書店に寄って今野書店は昼前から今日もたくさんの人でいつ来てもうれしい書店だ、それで『武器としての決断思考』を買って昨日ツイッターで見かけていま読みたいと思って手に入れたかったのだった。
夕方になるとすっかり飽きて敷野くんのチャリを借りるとTitleまで行って辻山さんに取材のことでひとつ確認しそびれていたことがあったので相談、と思ったのだがご不在だったので前から気になっていた『それで君の声はどこにあるんだ?』があったので買った。ちびっこが元気よく何かの本を買っていた。
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