抜粋
12月5日(月)
7時で交代して寒いから家に帰ろうかとも思ったがここはしっかりやらねばというところで調布に着くと館に馳せ参じ、そこで告知。どうか売れてくれ、と祈るような心地。それから、この段階でというのはやっぱり後手後手なのだが今になってやっとちゃんと見立てを立てる作業を始める、売上の合計目標は持っていたけれどそこに至るまでのことは考えられていなかった、ギフトページのセッション数、そこからShopifyまで行ってくれる数、そこから決済まで行く数、みたいな感じで項目ごとのコンバージョンレートというのだろうか、そういうのを設定して晴れて目標達成となって晴れ晴れした気持ちだ。でも振り返りシートがまだちゃんとできていないので、日々数字を追えるように、と思ってつくっていく、そうしていると時間が過ぎていく、いま僕はふたつの時間に挟まれているわけで館の閉店時間とサッカーの試合開始時間だ、閉店時間になって出て今日はそれにしても本当に寒い、凍えるようだ、こういう日は煮込みうどんだなと思うのだが煮込みうどんは真夏も食べていたから季節問わずだ。ともあれ今日は煮込みうどんなのでそのための材料を買って家に帰り、シャワー、そして夕飯をこしらえて食べる、ギリギリまで振り返りシートをつくっていって見ていると現実的な目標とはとても思えない気持ちになってくる、でもサッカー日本代表だって無理だと言われる中を少しずつ歩を進めて今夜はベスト8に行けるかもしれないわけだ、僕だってできるかもしれない。売り始めでどかんと売れないかと不安まじりの期待を持っていたがダメだった、でもダメと言えるのか、さっそく5枚券を買ってくださった方もいた、嬉しい売上だ、これを積み重ねられたら。
12月6日(火)
脇腹はなんとなく内側感があって嫌な気持ちだが、寝違えから始まったのが本当だとしたら素直に筋肉系のものかもしれない、それならあたためることが大事かもしれないし仕事もしたいから意識をシャキッとさせたい、だから今日は銭湯に行くことに。乾燥がひどくてアトピーが嫌な感じなので、いつもはママバターだけだが今日はステロイドも持っていく、タオルとそれからモルトンブラウンの試供品のボディウォッシュをビニール袋に詰めて家を出て外は寒い。風呂は今日も天井が高い。今日はお湯が黒っぽい茶色でなんの日だろうか。ぼんやりとした香りがあった。
12月7日(水)
この「馬鹿に寂しい駅にて降りたのは自分一人だけである」の一文が書かれた瞬間に小説の時間が駆動する感じというのはなんでなのだろう。同じ言葉や文字のリフレインが迷宮みたいな行ったり来たりを不気味なものにしていてすごい。何度も読んで何度も迷い込んでしまう。ここはそういう箇所だが日記はやっぱりいいもので百閒はやたら散髪に行く、まだ始まって2ヶ月足らずだがもう5回くらい散髪に行っている気がする、それから熱が出たら一時間おきに熱を測る、これは自分が発熱したときもそうだし妻が発熱したときもそうだ、そしてその熱の数字を細かく記録する、朝の気温も記録する、こういう繰り返される手つきが楽しい、考えてみたら音楽は一曲の中で同じメロディを繰り返すのは普通のことでそれが少しずつ発展したりずれたり変奏されたりするその運動がひとつの耳の楽しみなんだと思うけれど文章だって同じ楽しさがある、ベルンハルトを読みたくなってくる。
12月8日(木)
整形外科に。午後の診察開始の時間より30分前くらいに着いたがきっと開いてはいるんじゃないか、中では待てるんじゃないかと思ったのだが行くと病院の前にひとり、文庫本を片手に持ったおじいちゃんが立っていたので「この時間にならないと開かない感じですか?」と聞くと「そうなんだよ」とのこと。「そっか〜」と言うと「混んでね。平気で1時間とか待つから」「僕も前2時間くらい待った気がする」「そういうのもあるよね。午前中は特にひどいの、来ないことにしている」。僕は壁を背にして座ってパソコンを開く。しばらくカタカタしていると足がしびれてきた感じがあったのでどのみちあと10分くらいだ、立ち上がってリュックから本を出す。列はどんどん伸びていってタクシーで乗り付ける人もいる。それはリッチな移動ということではなく松葉杖をついているからやむを得ない手段なのだろう。芦川さんがお菓子をつくってきて同僚たちに配るようになる。それで病院が開く。座ったのだからパソコンを開いてもよかったがどうせすぐ呼ばれるだろうと思って今日は読書にする。なんせ僕は2番めだ。きっと早い。みんなうれしそうな声を上げながらケーキをもらう。二谷は「なんでケーキひとつもらうだけでそんな労力を使わなきゃいけないんだ。って、なんで誰も言い出さないんだろうな」と思う。二谷は食べる。
生クリームが口の中いっぱいに広がる。歯の裏まで、奥歯の上の歯茎に閉じられた空間にまで入り込んでくる。みかんとキウイを噛んで砕く。じゅわっと汁が広がる。その範囲をなるべく狭めたくて、顎をちょっと上げて頭を傾ける。噛みしめる度に、にちゃあ、と下品な音が鳴る。舌に塗られた生クリーム、その上に果物の汁。スポンジがざわざわ、口の中であっちこっちに触れる。柔らかいのと湿っているのとがあって、でもクリームと果物の汁で最後には全部じわっと濡れる。噛んですり潰す。飲み込む時、一層甘い重い匂いが喉から頭の裏を通って鼻へ上がってくる。
高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)p.95
12月9日(金)
電車に乗って百閒を読んでいる、今日は百閒はちょっと散歩ついでに東京新聞を買おうと思って四ツ谷駅の出口のところに行ったらいつもは売っているのに今日は売っていない、でも改札から出てくる人が東京新聞を持っているように見えた、改札内の売り場には売っていそうだ、こんなことなら定期券を持ってくればよかった、今日はいろいろ考えた挙げ句持ってこなかった、定期券を持って来たらそのまま入れるが入場料の十銭を払うのはもったいない気がする、なんせ本当に売っているのかは判然としないのだから、そう思っていたら向こう側を歩いている人がやっぱり新聞を手にしている、だから回って聞いてみようと思ったが出てくるころには新聞をしまってしまったのかもうどの人だかわからない、道傍でシコの干物が売られていた、よくわからないから買わなかった、それでそのまま帰るとこひがシコは大好物だからぜひ買ってきてくれと言うので今度こそ定期券を持って戻ってシコを買おうとしたらもう店を畳んでいた、そう思ったらどこかの業者が大量の魚を運んでいるところでサバがあった、だからサバをたくさん買った、駅構内に入って無事新聞も買ってきた。面白がって読んでいると明大前で怒声。
12月10日(土)
煮込みながらポルトガルとモロッコの試合を見ている。モロッコの試合を最初に見たのはベルギー戦でベルギーとモロッコということでThink Of Oneの緑のアルバムを思い出してものすごく好きな作品だった。Think Of Oneがベルギーの人たちでモロッコの人たちと一緒にやった作品だ。今日は相手はポルトガルでボールが今日も速く動いていて大忙しだ。ポルトガル料理もモロッコ料理も食べたい。前半の終わりごろだったかモロッコがヘディングシュートで1点を先制していい展開で、後半もモロッコの堅守はずっと続いてポルトガルは惜しい場面もあったけれどなんとなくこのまま行きそうな気がする。でもそんな「なんとなくこのまま行きそうな気がする」なんていうのは何度となくギリギリで覆されてきたしこれからも覆されていくのだろう。しかしこのままポルトガルが消えるとしたら昨日はブラジルも負けたしベスト4はアルゼンチン、クロアチア、モロッコ、それからイングランドかフランスなのでスペイン語、クロアチア語、アラビア語、英語かフランス語ということでポルトガル語が消える。ポルトガルのポルトガル語とブラジルのポルトガル語はどのくらい同じなんだろうか。僕は高校3年生のときにポルトガル語の授業を履修していた。
12月11日(日)
今日は昨日がいい売上だったので今日が最近くらいの売上になれば先週よりはいい売上の週になりそうでそれは嬉しいことだった、だから今日も忙しくなってくれと祈ってから前田さんと店を開ける、人が来ない、さっぱり人が来ない、ほんのちょっと来てくれた、極めてゆっくりだ、外に出るとふわっとにんにくの甘い香ばしい香りがして餃子を食べたい気持ちになる。4時くらいになってからやっとお客さんがちょんちょんと続く感じで昨日の今ごろとは比較にならない少なさだ、のんべんだらりと過ごす。6時くらいに交代。