読書の日記(9/12-18)

2022.09.23
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スタッフ募集の準備、仮名でOK、いや名前欄撤廃/ゴダールが亡くなった/absolute grace、早くに亡くなったおばあちゃん、『水平線』/鍼灸院の変化、チューニングポールの購入/アーバンクライミング、初めての食べるラー油、銭湯/歌舞伎町、『暇と退屈の倫理学』、ゴダール一番どれが好きか選手権、飛田給/焼き肉、型落ちカルビ、ゴダール/接客、迷い、働きかけないこと

抜粋

9月12日(月) 

明日の分を少しでも減らそうと思ってあと60分働こうと思ってパソコンの前に座ったのが12時だった、しかし実際に動き出したのは12時半で30分のあいだはただただインスタで動画を見続けるということをしてしまって登るものと落下するもの、そういう動画をひたすら漁っていた。急峻というか垂直の絶壁をロープとかなしに見える状況で登る人、反対に絶壁の上から飛び降りてくるくる回りながら落ち続けてモモンガになって飛んだりパラシュートを出したり。空に浮かんだなんだかよくわからない装置を滑っていってバイクもろとも一緒にジャンプする人もいた、それを撮るカメラマンも映画館の盗撮ダメのCMの人みたいな感じで頭部全体がカメラで、飛び降りるというかぶら下がっていた手を放して宙に放たれて撮る。登る人も落下する人も、見ながら、この人たちは、いくらかは死にたい、という感じなんだろうかと思いながら延々と見ていた。

9月13日(火) 

それから応募のハードルというか、応募して不採用でその結果もう店には行きづらいな、という人を生みたくない、それはずっと思っているしけっこうな数の人がそうなったのではないかとも思っていてこれを繰り返したくはない、これまでエントリーから面接に進んでもらう人はめちゃくちゃ絞っていてたぶん10%とかそういうレベルでした、なので行きづらくなっちゃいそうみたいに感じそうな方は応募自体よくよく検討してもらえるとうれしいです、みたいな文言を添えたのだがこれでは完璧ではなくて何が問題なのか考えたら名だった。エントリーのところでは仮名でもOKですとかにしようかと真剣に考え始めていて笑った。仮名って。でもその考えを進めていったら、あれ、名前って、不要じゃない? と思って名前の欄を削除した。もともと生年月日も性別もフォームには用意していなかったが名前まで消えた。でも別に、名前なんてなんの関係もないんだよな、というこれは新しい発見で愉快だった。

9月14日(水) 

そう思っていると10分くらいで通されてあと20分仕事をしていたかった気にもなったがありがたいことだ。最初は電気ということでこれも柔らかいオペレーションだ、手は埋まっている、だけど10分後には手が空く、では先に通すだけ通して10分間は電気に面倒を見させる。背中にビリビリ感じていると別の先生が入ってきてお待たせしましたと言う。そこで初めて僕が電気を受けていることを知って「あ、そうだったんだ」という感じの反応をしてから出て行った。今いる先生2人の連携が取れていなかった格好で、こういうことも起こりやすくなりそうだ。今度馴染みのある先生にあたったらこの変化について聞いてみようと思い、それから指圧を受けて後半はチューニングポールの上に寝転んでストレッチをした。施術が終わると気づいたらチューニングポールを購入していた。
チューニングポールは肩甲骨を開いたり股関節を動かしたりする。家で仕事をしているときに疲れたらその上に寝て肩を開かせるみたいなことを繰り返したら疲れが溜まりにくくなっていいのではないかという算段だった。細長いダンボールを抱えて歩き、電車ではその上に本を置いて読書を楽しんだ。

9月15日(木) 

愛は祈りだ。僕は祈る。「よろしく」とか「ごめんちゃい」とかを伝える合わせられた両手の絵文字を使うとき僕は「いのり」と打って変換させていて、食後も誰に対してだったか何か祈りを捧げた。なんとなくこの「いのり」での絵文字の出し方が気に入っていて3連発で祈ったりもする。いのりいのりいのり。これを続けていたら真剣に祈れなくなってしまうかもしれないとも思う。あの土下座みたいな感じで謝るときの絵文字はなんと打てば出るのだろうか。「しゃざい」では出なかった。「ぺこり」もダメだ。「ちんしゃ」はどうか。「ごめん」もダメなのか。慌てて土下座している感じが「いや謝りすぎでしょそこまでじゃないでしょ」という気がしてあまり使うことはないのだが、実際どうやって出すんだろう。ともあれ今日も祈りを済ませると今日の仕事は終わりにし、昨日も今日も布団に入って本を開いても見開き2ページくらいですぐ眠りに落ちる。

9月16日(金) 

駅前で別れて京王線に向かう。改札へ向かう道は広く、人々が波状に前に進んでいく。収斂されずに波状にまっすぐ人々が進んでいく。電車は各駅停車高幡不動行きが最初に出る、そのあとの区間急行とか特急はけっこう時間が後で、そんなことはないだろうと思いつつ調べたらこの各駅停車に乗るが結局一番早いみたいな結果が出てびっくりしながら乗り込み、そうすると40分近く電車に乗り続けることになるからかなり長い。いつも特急とかの速い電車で見えなくさせられているが、調布の遠さを改めて感じさせられる所要時間だ。これはタフな時間になりそうだと思う。なんせ眠い。桜上水あたりで前の席が空いたので座って、立っているのもしんどかったけれど座ったら座ったで危なくて寝過ごす危険性が高い。アラームを掛けよう掛けようと思いながら頭がかっくんかっくんして、国領、そろそろだ、次に気づいたら飛田給で見事に乗り過ごした。

9月17日(土) 

ビールとサラダと山芋キムチを頼んでから今日こそ肉の名称を覚えようと二人は張り切って、覚えたつもりだったが忘れるものだ、思い出そうとして打たれたのは「型落ちカルビ」で型落ちってことはないよなと思って調べたらやはり間違っていて中落ちだった。それから牛タンと、チレと、牛肉ホルモンみたいな総称みたいなやつと、ノドガシラ。ノドガシラがとてもおいしかったような気がするがどういうものだったかはやはり忘れた。楽しく飲んで途中でお腹が痛くなってうんちをした。ゴダールの話をしている中で、まったく退屈だったりしながらもそれでも何かに手を伸ばすように、ここにはきっと何かがある、そう言われているのだからきっとそうなのだろう、次こそはその何かを見いだせるだろうか、そう思いながらしつこく作品を見ていった、高校生大学生のときのあの姿勢はなんだか、尊いものだった、と思ったら胸がいっぱいになって言葉に詰まってこれ以上言葉を発したら泣いてしまうという状態に陥った。来週ゴダールを見に行こうと思っているが、行けるかどうか。

9月18日(日) 

悪天の連休中日、雨が弱まり、あれ、これなら出られるじゃん、そしたら本読み行こ、となった人たちがここに集っている。それはけっこう感動的というか、そういうのいい、めっちゃいい、と思いながらワタワタ働いていた。本当になんの誇張もなく、ここにいる人たちみんな好きだと思えるなあ、と思う。
それで結局チルカーノはお帰りになった2時間半後にはなくなっていたから声を掛けなくて正解だったと思ってもよさそうだ。こういう判断は難しいし面白い。そして今日はみんな夜ふかしらしい。閉店時間ギリギリまでけっこうたっぷりお客さんがいてその感じもすごくいい。そして洗い物が山のようにある。優先順位を考えるとレジ締めをしてチーズケーキの下ごしらえをしてビールを飲んでのほうが大切だ、洗い物は明日の朝でいい、なのでその通りにして終電に乗った。
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