抜粋
11月29日(月)
それでカフェラテを手にのんきに車に行くと待たせてしまったようだ、運転席が空いている、そこに乗り込んでエンジンの掛け方とかハンドブレーキの解除の仕方とかを教わってそろそろと車を前に出す。2年ぶりとかの運転で、おとなしく80キロくらいで走ろうと思って走り出す、左車線をずっと、と思ってそう言ったら左より真ん中のほうがいい、左は合流してきたりするから注意が必要な場面が多いと聞き、なるほど、素直に従って真ん中に行く。で、走る。久しぶりの運転は緊張感があるらしく体がこわばっているし、とてもじゃないけれどカップに手を伸ばすみたいなことはできそうになくて、飲みたくなったときはメスをリクエストする手術室の医師のように左手を出してその手の中にカップを入れてもらう。当初思っていた80キロという速度もいざ走り出したら100くらい出したほうがちょうどよくて、後部座席で感じていた首都高の70キロのほうが今よりも速く感じる。だから100を目安にしながら、前が詰まったら右から追い越したりをして、左の山が雪を戴いていると聞いても左は見られない、前方しか見られないし前方の山々を見られたらそれで十分に気持ちがいい。矢板で下りてそれからは下道だ、下道というのは何キロを出して走るのが穏当なのだろうと、高速でも下道でもそうだが僕は運転中は空気を読もうとしているというか常識みたいなものに頼りたくなっているらしい。
知らない道を言われるがままに走ると野菜の直売所に行き当たってそこで停める。ビニール袋にたっぷり詰まったゆずが200円とかそういう安さの世界が広がっていて母たちは蕎麦とキムチを買って、なんとかさんの沢庵はまだだろうかとお店のおばちゃんに聞いてまだこれからとの返答を得ていた。そのなんとかさんがつくる沢庵がおいしいのだそう。
11月30日(火)
やはりテーブルと椅子は楽だ。よく働く。働き詰めることができる感じ。途中途中で外に出て、煙草を吸ったり、郵便局に書留の書類を出しに行ったり、居間にコーヒーを淹れに行ったりする。居間に行けばいつも誰かがいて、母がどこかで昼寝をしているときは父がソファにいる、父は相変わらず数独的なものをずっとやっているが、今日は本を開いていて見たら安部公房の『榎本武揚』という作品だった。山吹色の函入りの本で居間の小さな書棚、そのうちいくらかの部分は息子のスペースになっていて僕の著書やインタビュー記事とかが載った雑誌とかが並んでいる、そこでだからその函入りの安部公房を見てなんだろうと思っていたのだが父が読んでいた。ウィキペディアによれば安部公房としては異色の歴史小説ということで「北海道厚岸に住む元憲兵の旅館の主人から、ある古文書を送られた「私」が、徳川幕府海軍副総裁・榎本武揚の実像を追っていく物語」とあって面白そう。ウィキペディアに聞く前に父に聞けばよかろうものをとも思う。
12月1日(水)
先月もそうだったが「朝起きて月例会までに月のレポートを仕上げよう!」と思うと早起きをできるらしくて、つまりGoogleデータポータルの存在が私を早起きにいざなうわけだ。8時半にはしゃきっと起きてコーヒーを淹れて、机につくと月の数字をまとめていく作業をどんどん進めた。果たして月例会の始まる10時には見せたい数字は完成し、晴れてその時間を迎えた。月例会は今日は野口さんも榮山さんも参加してくれていて山口くんは寝坊だ。後半に起きてやってきて、むしろよく起きたねと感心する。今日はいつも以上に笑いの多い月例会になって楽しかった。毎回アイスブレイクでそのときに読んでいる本の話をするようにしていてけっこうこれが面白いんだよなと思う。いろんな本が読まれているなあと毎月思う。
12月2日(木)
それで5時半過ぎ、早い時間の晩ご飯。薄切りにした聖護院大根と豚肉を出汁で煮ただけという鍋がとてもおいしくてポン酢を掛けながら食べる。スティックセニョールとツナの和え物も白菜の浅漬もとてもいい味で真似をしたい。今日の日中に遊ちゃんと母が近くの産直に行って大量に野菜を買った、それを調布に今日送った、来週、家でいろいろ作れたらなと思うと楽しみだし白菜の漬物はぜひやりたい。
食事が済んで父は今晩は町内会の集まりみたいなものがあるらしくてあたたかそうな格好をして出て行った。母の運転する車で駅まで送ってもらい、また年末に来るからすぐだけど、寂しい気持ちになるし、また、今は真っ黒の景色を見ながら、緑の季節にも来たいなとふと思う。信号機の明かりしかない暗い道を、連なる車が光を注ぎながら進んでいく。車は光だ。光が闇の中で動いていく。
12月3日(金)
来週やっと「あのひとのフヅクエ時間」&「フヅクエ文庫」をローンチできるというかしようと決め、今日はその準備を。届いた帯のカットをしようと思っていたがすべき作業の洗い出しを電車の中でしてみると、それよりもまずはテキストの配置とかから取り掛かるべきだと思い、テイクアウト窓を開けて森奈ちゃんから龍馬をもらうとブースにこもって作業開始。
エッセイの配置、フヅクエ文庫ページへのもろもろの情報の配置、Shopifyの商品ページの作成、けっこう細かくいろいろあって、それを全部つなぎ合わせて公開になる。こういうとき、どういうタイミングでババンとオープンにするというか、ずっと下書き状態でやっているわけだが、どういうふうにババンと開けたらいいのだろうと思案する。「バレないことを願う時間」みたいなものを生じさせながらやるしかないのかもしれないが。
12月4日(土)
「善か悪か」「白か黒か」といったことを証明しようとすることは、うまくいけば少し気が済み、うまくいかないうちはイライラするというだけで、多くの場合は決して生産的でなく、役に立つ行動ではありません。
あなたが「本当に正しい」時ですら、あなたの正しさを示し、相手の誤りをあげつらうことは、チームに心理的安全性を構築し、メンバー一人一人輝く上では、役に立たないことが多いのです。
石井遼介『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター)p.108
会社員時代に受けて「そうですかー」とか思いながら、だからほとんど右から左に、つまりクロスはさせず、箸とれんげの位置は正しい、ストレートにスルーしながら受けていたようなレクチャーとか、ワークショップとか、会社の研修施設は大磯にあってたまにそこに集まって何かそういうものを受けたりしていた記憶があるのだが、そういうものも、今だったら「なるほど……!」「たしかにそれだ……!」みたいに思いながら受けたりするのだろうなとふと思って初台だ。
12月5日(日)
コンビニでビールとハンバーグとひじきのおかず。帰り、シャワ、パンとバタ。1時半、ハンバーグをレンジであたためながら遊ちゃんが今日こしらえたおかずを皿に盛り付けながら、ハンバーグがしゅーしゅー言っている音が今日も怖い。前を通るときもレンジを避けるように屈む。途中でレンジを見るときも、隣の部屋の壁に張り付いてちらっと一瞥をくれる。銃弾の飛び交う戦場での振る舞いのようだ。いつか破裂するんじゃないかと思うと怖くて。
それで『東京の生活史』を読みながら晩ご飯。大学時代の友人を思い出させる遊民という感じの人。今は金持ちの伯母の家にいてご飯をつくったりしている。伯母は味にうるさく、口に合わないと一切拒絶するようなことをしてお手伝いさんたちはやめていった。