いいお店のつくり方

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文字数:4036字
要約:雑誌『IN/SECTS』(特集 いいお店のつくり方)を読んだらとてもよかった
店を営んでいるという知り合いが極度に少ないというかほとんどいないというか腹が減ってしかたがないというのが現状だし、イチローの頬を濡らした涙に驚きを伴ったけっこう大きな感動を覚えたのもまた確かだ。字は違えど同じ「いちろう」を名に持つ者としてはその喜びもまたひとしおというもの。
それで先日、ところで僕の購買であるとか行動であるとかは多くの人もそうなのだろうけれども強くSNSに影響されているというか、SNSおよび身近な人の声に影響されているというか、読む本は誰かに勧められずともどんどん見つかるというかそれは夜道のコンビニのように「あちらからやってくる」ものだけど、見たい映画だとか行ってみたい展示だとか行ってみたいお店だとか、そういったもののかなり多くの部分がSNSでチラ見したものであったり友人知人が「いいよ!」と言っていたものであったりによって作られている。
インスタグラムでフォローしている人が何かしらの写真をあげていて「おいしい」とでも書いている、それがたしかにおいしそうである、食べてみたいかもしれない、というときはすぐさまグーグルマップを開いて店名を打って星をつけておくし、展示の情報は自分から取りに行く習慣なんて一切ないから完全にそれ任せで、「ほお」と思ったらスクリーンショットなりなんなりを撮るなりメモなりなんなりに書いておくなりして、本であるとか映画であるとかはそれぞれ読書メーターであるとかフィルマークスであるとかに「読みたい本/見たい映画」として記録しておく。 そういうとき、Amazonであるとか食べログであるとかもろもろ、他の評判みたいなものが自分のなかでまるで必要とされないみたいなところがあって、このようにいいと言っている人がいるならもうそれで十分みたいな、そういう感じになる。あとは機会なり順番なりが来たら手を伸ばすなり足を運ぶなりするだけです、という感じになる。この簡単さは一体なんなんだろうというのは不思議で、べつだん「この人の映画を見る目は間違いない!」というような、「映画」のところは「店」「写真」「本」「絵画」その他なんでもいいけれど、そういったあるジャンルについての全幅の信頼みたいなものを置いている誰かとは全然限らないなかで、パッと見てパッとウィッシュリストに入っていく感がある。これが友だちとかだけであればそれはその人と経験を共有したいみたいな、シェア欲先行型体験みたいなところに区分してみてもいいのかもしれないけど、誰とも知れないフォローしている人たちのちょっとした声にも駆動されている様を見るにつけ、そうとは言えない何かだと考える方が自然だろう。
「それで先日」と書いたところ「ところで」で話が横にずれてしまったのだけどそれで先日、SNSで見かけて「ほお」と思ったため『IN/SECTS』という関西の雑誌を買うことにしてきっとどこかには売っているのだろうけれどと思いつつ送料にも負けずオンラインで買ったところ届いたので主に感謝しながら開いた。
「いいお店のつくり方」というのが特集タイトルで、立ち飲み屋であるとかオーディオメーカーであるとか銭湯であるとか焙煎所であるとか9つのいいお店の人へのインタビュー、3つのいいお店の人の座談会、いくつかのコラムが掲載されていて、インタビューでは始めたきっかけだとか今に至るあれこれとか現在の状況とか今後の考えとか、語られるわけなんですけど、読んでいたらなんというかすごくこう、いい気持ちになった。いい気持ちというのは快適というわけではなくどうもうまく当てはまる言葉が見つからないのだけど、勇気をもらうであるとか元気が出るであるとか一人じゃないと思えるであるとか、そういうものの混ざった総じて明るい気持ちになった。
別に前向きな話ばかりが語られているわけではなくて、苦労していたりどん詰まっていたり将来を不安に思っていたりという様子もあったりするのだけど、まあだからさっきの「一人じゃないと思える」というのが一番大きいんだろうな、先述の通り店を営んでいる知り合いがほとんどいないから、商売をやっている人たちの生身の声に触れた新鮮な喜びがあったんだろうと思う。
別に誰かと苦労を分かち合いたいわけじゃないしそれこそネガティブなところで共鳴して落ち合いたいなんてことは一つも思わないのだけど、同じあるいは近いあるいは覚えのある地平でものを見ている人たちの声に触れたい、というのはどこかであるのだろう。だから読んでいて明るい気持ちになった。
なんというか、プレスリリースみたいなきれいなだけの言葉なんてひとつもこちらの琴線に触れないんだわ。あかるいだけの言葉に救われることなんてないんだわ。きれいに整えたものを発するのも大切かもしれないけれど、僕はなんかそこからこぼれ落ちたような、というか溢れちゃったような、なんというかノイズであるとか身体みたいなものを伴った生気をもった言葉と触れ合いたいんだわ。「ただ明るい暗いしか言えない物書きや、甘いか甘くないしかわからないスタジオダンサーには簡単に扱えるしろものじゃないんだわ」「言いたいことはただひとつ、止まるな、やるしかないんだわ」「だがな覚えとけ俺達は、北の片隅で、仲間を集めて、愚痴を並べて、そんな身の上を酒で流すような真似はしないんだわ」「北の本物は、言い訳や負け惜しみをこらえてやるべきことをやるんだわ」
まあいつものようによくわからなくなったんですけど、しかも言い訳や負け惜しみも含めて明るいよね〜という話でもあるんですけど、そういうわけでというか、身体を伴った生気をもった言葉というので思い出したので恒例の「最近読んだ面白かった本」コーナーを今から始めます。
『atプラス28』(岸政彦編集協力)
身体を伴った生気をもった言葉たちがそこここに〜という感じでとてもよかった。
ほんとその、聞き取られた市井の人たちの言葉ってそれまで見たことのないような踊り方で踊られる言葉という感じが随所にあって、こういう言葉の強度ってちょっとほんと生半可な小説じゃ到底かなわないものだよなと痛感&感動する。すごいよほんと。
アリエル・ドルフマン『南に向かい、北を求めて――チリ・クーデタを死にそこなった作家の物語』
これ、「あの小説買うんだ〜」とか思って本屋さん行っていつもそうするようにラテンアメリカ文学の棚を見たら見かけて、それなりに厚いし値段もわりと張るし、というところで「これは今買わなかったらきっと読まないわ今後」と思ったために買ったのだけど、これがまあとてもよかったんですよね。ほんとにこれとか誰にも読まれないまま消えていきそうな気がするのでなんかパワープッシュしたいというか「これはいいぞ!」と言いたい。原題の副題はたしかバイリンガル作家のなんちゃら、みたいなやつで、ユダヤ系の親御さんを持つ人なんですけど、英語とスペイン語、アメリカとラテンアメリカのあいだでなんかいろいろあるんですよ、気持ちのぶれぶれが。「もう俺だんぜん英語ね」と思って意固地に英語使い続けてたけど「あー俺もうスペイン語しか絶対使いませんわ〜」に転向、みたいな。どうですか?全然面白そうじゃないでしょ?まるでいいように紹介できなくて慙愧の念に耐えない感じなのだけど、なんか「言葉な〜言葉」と思う人にとってはいい読書になるだろうなと思った。あとはチリですよねチリ。チリはやばい。チリやばし。秋に『チリの闘い』という4時間とかのドキュメンタリーが公開されるはずだけど、それ見る予定の人はこれ読んでおくとなんかいろいろ「あ〜」って思えるんじゃないかな、という気がする。表紙の写真とか読んだあとまた見ると「うわ〜〜〜」ってなる。いろいろ大変よほんと。
ケヴィン・ケリー『インターネットの次に来るもの ―未来を決める12の法則』
なんかこう「ケヴィン・ケリーとクリス・アンダーソンってどのように別人なんだっけ?」みたいなことを思うたぐいの人間なのだけど、クリス・アンダーソンはどうか知らないけどケヴィン・ケリーはwiredの創刊に携わるか何かしたとかの人で、前に読んだ『テクニウム』が面白かったのでこれも楽しみにしていたのだけど、なんかこう「は〜、未来〜〜〜」と思って楽しかったです。未来楽しみなんですよね。これの前に読んだなんちゃらさんの『シンギュラリティは近い』を先に読んでおくと節々で「ケヴィンのはシンギュラリアンのなんちゃらさんよりずっとマイルドな未来像〜〜〜」と思えてなんかよかったです。未来楽しみなのと、体中になんかセンサーというか健康状態をいろいろチェックしてくれるなんかちっちゃい機械みたいなやつ入れたい。って本のあれとはそう関係ないんだけど、なんかむしょうに体にそういうやつ入れて日々の健康状態知りたい。まあとにかくこの本と『テクニウム』を一緒に並べると「きれい〜〜〜」と思えるから極めておすすめしたい。
ロベルト・ボラーニョ『第三帝国』
これは今絶賛読み途中で絶賛楽しい〜〜〜ボラーニョ絶賛楽しい〜〜〜と思って読んでいるのだけど、これただホテルが出てくるのと「狼」とか「仔羊」という呼ばれ方が動物の名前っていう登場人物がいるっていうだけな気はするのだけど、なんか村上春樹の『羊をめぐる冒険』をちょっと思い出したりしていて、あそっか「仔羊」っていうのが影響あるのかもね、仔羊って見てたら「羊をめぐる〜」と思い出したのかな、でもそう考えていたら意外にもしかしたらちょっと何か親和性あったりとかってしないかな〜という気がしないでもないので、『羊をめぐる冒険』が好きな人は読んでみて親和性があるのかないのか教えていただけたら幸いです。
まあそんなところです。写真は昨日たわむれに作ったなめたけです。しょっぱくしすぎた感。