カレーを作ったら失敗したら楽しくなった

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SやNやSでは書いたのだけどいくらか前にカレーを作り損じたというかそうしたかった味ではない味になった、具体的にはカイエンペッパー入れすぎたようで辛いものが苦手な僕では食べるの到底不可能という辛さになった、という出来事があった。
で、
「【今だけ!特別提供!のフードメニュー】
しばらく甘やかされたあとにこう寒くなると、本当にしんどいすね。けっこう無理というか。
こんなときは、体の芯からあたたまる辛口のカレーを食べたくなりませんか?(ちなみに僕は辛いのが苦手なのでなりません)
そういうわけで今回ご紹介するのはその名も「辛いチキンカレー」です。カイエンペッパーを入れすぎて「これちょっと辛いよなあ。。ひとくちふたくち味見しただけなのに発汗止まらない。。どうしようかな。。「辛いチキンカレー」とでも称して売りつけようかな。。」というカレーができあがったため、晴れてメニューに新登場。僕は無理ですが辛いのが大丈夫な方はあれの辛いだけ版なのでむしろよりおいしい可能性すらあるので、ぜひ食べてみてくださいね!」 とインスタ等に上げて、メニューにも印刷して、お出ししていたのだけど、カレーの出るいつものペースよりもずっと早いペースで出ていって、わりとすぐになくなった。
僕は「よう食べますねこんな辛いもん」と思ったり言ったりしながらお出しして、お客さんはお客さんで「これはけっこう本当に辛いですね」とか、目を丸くしたり、「普段の方が好きですね」とか、言ったり、気に入ったり、まさかの2日連続いったり、されながら、なんだかそれは僕にとって楽しい様子だった。
なんというかそこには遊びの感覚があったというか、いたずらの感覚があったというか、共犯の感覚があったというか、なんというか。ただ二つの人間があったという言い方でも済むかもしれない。
失敗しちゃったカレーを出すというのもお出しする立場としてはずいぶん無責任というかいい加減な話しなのだけど(だからお店とかをやっていたりする人に限らず、何かを誰かに提供して暮らしを立てている人に限らず、こういう感覚を許せないと感じる人もいるだろうとは思うのだけど)、このいい加減さが受け入れられるというのはとても好ましいことのような気がするというか。それがお客さんとべったり話したりするような店であればまだあれだけど、こういう店で成立することが嬉しいというか、なんでしょうか、この「辛いチキンカレー」を介したとき、わかりやすいきれいさでコミュニケーションが成立している感じがして、そしてそこにユーモアが通底している感じがして、そして僕はいつだってそういうつもりでやっているのだけどこのとき店とお客さんの立場というのが自覚的に対等になっている感じがして、そういうもろもろで気持ちがよかったというか。
まあなんだろうな、この例に限らずいろいろなゆるさというかだらしなさを持った店というか人間なんですが、まあなんだろうな、なんでこれ書いたんだろうな。なんかうれしくなっちゃったんだよな。という話でした。
写真は先日作りすぎちゃったかぼちゃとオリーブのサラダを転用してお出ししたサンドイッチの様子。