『若い藝術家の肖像』を読む(19) 『変身物語』を読む

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閉店後は酒を飲むことにしているのだけど今日はコーヒーを飲んでいる。ケニア・コモタイ農協のやつで、淹れるたびに「トマトみたいな香りだなあ」という香りで、飲んでもやっぱり「トマトみたいな風味だなあ」という風味でとても美味しい、そうこう言っているうちに男のタイピングする指先が赤く色づき始め、全体に指から肩にかけて、そして体全体が真っ赤に染まると、やがてトマトになった。
一人あたりのトマト摂取量が最も多い国はイタリアかと思いきやギリシャだそうで、オウィディウスによる「ギリシア・ローマの神話と伝説の一大集成」であるところの『変身物語』の必要な部分を読んだ。上述のようにひたすらあれこれが変身していく話を250も繰り広げているらしい。
必要な部分というのは『若い藝術家の肖像』のエピグラフ「こうして彼はいまだ知られぬ技に心を打込む」が書かれている第8巻のところ。
これすごい面白くて、変身物語、すごい面白くて、「うわージェットコースターだなーこれ」と思いながら読んだ。なんかもう怒涛ですよ何もかもが。何もかもがあっという間に進んでいく。ちょっとぼーっとしていたら一体なんの話してるのかさっぱりつかめなくなるテンポで話が展開する。とにかくすごい。
エピグラフの文章がある第8巻はこんな話。
メガラの王ニーソスの娘スキュラはメガラの戦争相手であるクレタの王ミノスに恋しちゃって、ニーソスの大事な緋色の毛髪を切って「国を売るからこれで許して!そして私を愛して!」とミノスに申し出るもミノスから「売国奴!恥知らず!」と言って怒られ(「陸も海もが、お前を閉め出せばよいのだ!」)、逆ギレ、「お前の親は雄牛!お前にふさわしい妻は獣姦女のパシパエ!」とか言ってクレタの船にしがみついてるんだけど尾白鷲に変身していた父親ニーソス(「今では彼は空を飛んでいるが」)によって船から落とされて彼女も鳥になって、で、ミノスは国の恥である半人半獣の若者を工匠ダイダロスが設計した入り組んだ建物(「当のダイダロス自身が、入り口までもどることができなかったというくらいだ」)に隔離して、その半人半獣を若者テセウスがミノスの娘アリアドネの協力を得てやっつけて英雄になって、アリアドネと一緒に船出をしてたどり着いたナクソス島にアリアドネを放置して帰って、アリアドネ悲嘆に暮れていたら酒神バッコスの計らいで星か何かになって、クレタ島で亡命生活を送っていたダイダロスがここから脱出したいなー空飛びたいなーというので鳥の羽を並べて飛ぶ仕様にする、息子のイカロスと一緒に飛ぶ、途中でイカロス落っこちる、ダイダロス悲しむ、それを見ている一匹のシャコ(コモンシャコ、キジ目キジ科の鳥類)が喜ぶ、なぜならシャコはかつてのダイダロスの甥っ子かつ弟子だった若者で、コンパスやのこぎりを発明する才能を師匠ダイダロスに妬まれて丘から突き落とされた恨みがあるため。彼は才能の守り手でるミネルウァ女神によって受け止められ、鳥に変えてもらった。そういうわけでダイダロスは疲れ果て、一方でカリュドンの町、そちらで大変なことが起こっているっていうので武勲を立てたテセウスが助けを要請される。大変なことっていうのは何かで無視されたディアナ女神が怒って大きな猪をカリュドンの町に派遣したからで、これをやっつけようとたくさんの腕利きが集められた(30名以上の個人名の羅列)。紅一点のアタランタにリーダーっぽいメレアグロスは思いを寄せる(「彼女の目がねにかなうおとこはどんなにかしあわせであろう!」だが、時は時だけに、彼の慎みもあって、それ以上は口にしなかった。大きな戦いというもっとたいせつな仕事が、迫っていた」)。で、しっちゃかめっちゃかの戦闘シーン、みんなふんだり蹴ったり、そんな中でアタランタが最初の一発を猪に食らわせると小躍り、それ見てメレアグロスも喜色浮かべる、メンバーの女への妬み(「男たちは、恥辱に顔を赤らめ、たがいに励まし合う」「おい、みんな、知るがよい!たかが女の投げ槍よりも、男のそれがどんなにもすぐれているかをな」)、いくつかの失敗のあと結局メレアグロスがやっつける、さっそく口説く、戦利品の猪の背中と頭を捧げる(「彼女にとっは、贈り物も嬉しかったが、それを贈ってくれたひともまた、嬉しかった」)、男たちから大ブーイング、「女のくせしてわれわれのほまれを横取りしてはならん。美貌を鼻にかけすぎて、足をすくわれないように気をつけろ!」、剥奪、メレアグロス激怒、叔父二人を殺す、メレアグロスの母、それを知り激怒、息子の命を守っている丸木を焼いて殺すことに。メレアグロス焼け死ぬ。町が悲しみに沈む。殺った母も自害。一方テセウス、仕事を終えてアテナイへ帰りつつあるところで河神とばったり遭遇、家に招かれる。河神的にも誉れ高い客人を招待できてご満悦。酒飲み飲みおしゃべりに花を咲かせる。木になった老夫妻のこととか、「飢餓」に忍び込まれた男のこととか。でもね、つって、河神、私も変身できるんですよ、昔はやんちゃしたものですよ。「「今では、ごらんのように、額のいっぽうには角がありません」こういって、河神は溜息をついた」
な、なんの話ですかー!!!という感じで始まって終わった。この間わずか40ページだからね。息もつかせぬめまぐるしい展開。
なんだかすごく面白かった。『古事記』もまだ開いてすらいないんだけど、同じように面白そうと期待している。
(画像はクレタの王ミノス)