ここ数年ことあるごとに「フヅクエをたくさんつくっていきたい、全国につくりたい、映画館くらい、各都市くらいに本の読める店がある状態をつくることに寄与したい」と言ってきました。
ある文化にとって「そのことに特化した場所」の持つ価値は大きいと考えていて、映画館があることによって映画文化が、スキー場があることによってスキー文化が、グラウンドがあることによって野球文化が栄えたり維持されたりしているわけですが、読書にもそんな場所があっていい。読書文化、本の文化にとって、(読書好き全員が必要としている場所ではないはずだけど、そうだとしても)本の読める店が各地にある世界のほうが、ない世界と比べたら絶対に豊かだと信じているためです。
だけど僕一人だけでそれを実現することはとっても大変そうというか難しいだろう。なので、共感してくれる方であるとか、同じ方向を見て一緒に進んでみたいと思ってくれる方であるとか、仲間みたいなものをつくりながらそんな世界の実現を目指していけないか、なので、乞う、フヅクエやりたい人、みたいなことを7月に発売した『本の読める場所を求めて』でも書いたわけなんですが、このたびそんな感じで、「フヅクエやりたいです」という方が名乗りを挙げてくれました。
現在はフヅクエでイン・ターン氏として研鑽を積みつつお住まいの町である西荻窪で物件探し中で(僕も内見に同行したりして、内見はやっぱり楽しい)、物件が決まっちゃったら一気に始まっちゃいますね、みたいな状況です。(と書いたのがこの更新の数日前なんですが、それからまた展開があり、「あれ? 物件、決まっちゃった?」という感じに)
けっこうな急展開に僕も驚きながら、がぜん楽しみになっています。
4月にオープンした2店舗めの下北沢は、よりコンパクトな空間で、広場に面した1階で、そして常時自分が見られるわけではない状況で(体はひとつなので)、というところで僕にとってフヅクエにとって挑み甲斐のあるチャレンジになっていて絶賛試行錯誤中なわけですが、今度は初めての非直営店ということで、これまた今の時点ではまったく想像できないいろいろな困難があったりして、ひいひい言うのだろうな、と思っているところです。それをクリアしていくのは、楽しいだろうな、と思っているところです。
開店準備の様子はこちらのツイッターで日々更新されています。西荻窪用のアカウントです。よかったらフォローしてみてください。
twitter.com/fuzkue_nishiogi
そんなわけで、本の読める店フヅクエ西荻窪を運営される酒井正太さんからご挨拶です。それでは酒井さん、はりきってどうぞ〜!
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はじめまして。阿久津さんからご紹介いただきました、酒井正太です。
阿久津さんからの発表のとおり、これからフヅクエ西荻窪をつくるぞー!という強い気持ちで日々、東へ西へ、南へ北へ、と右往左往しているところです。僕は飲食店で働いたことがないので、ただいま、フヅクエのインターンとして皿洗いから調理から接客から心がまえからと、いろいろと修行させてもらっています。
僕はいま32歳で、妻と子ども4人の計6人で暮らしています。多いですよね、子ども・・・。だいたい家族構成を告白するとおどろかれます。
元々、なんにも考えずに十代後半から二十代前半を怠惰に過ごしてきました。なんとなく大学に入り、大学より映画館にいる時間の方が長くなり、映画監督をめざすために専門学校に移り、映画ってたくさんのひとでつくるんだ、だめだ、たくさんのひととうまく交われないと挫折し、バイトしながら映画雑誌で小間使い的なことをしている最中、23才の時に第一子が突然に現れたことをきっかけに、しっかりと働きはじめることになりました。なんだか、よくある夢に敗れた、というかチャレンジもしてないのに敗れたと思っている典型的な青二才ですね。
働きはじめたのはすでに亡くなっていた父が創業し、母が引き継いでいた印刷会社でした。学歴もなく、社会人経験もなく、人脈もなく、ないないないの中では自ずと選択は限られ、苦労なく正社員になれるのだから、とありがたく思っていました、が、それは会社の経営状況を知るまでの短いあいだでした。
創業者の父が突然亡くなり、実務はなにもわからなかった母が引継いだ会社は、船頭を失った船のごとく、あっというまに進路を見失い、気がつくと海面は見渡すかぎり鮮血(赤字)で真っ赤に染まり、海底には、それはそれは巨大で恐ろしいシャッキーン(借金)という海獣が船が沈むのを、いまかいまかと待ちうけているのでした・・・的な惨憺たる状況で、当時の僕は、倒産の恐怖に怯え、毎晩スマホで“会社倒産 自己破産 ダメージ 最小限”みたいな検索を延々と繰り返していました。その後、詳細は長くなってしまいそうなので割愛しますが、無我夢中でいろいろ、あれやこれやと積極的に取り組み、会社の経営は右肩上がりによくなり(自分で言うのもあれなんですが)、優良会社といってもいいんじゃないのと自負する状態(自分で言うのもほんとあれなんですが)にすることができました。しかし、2019年の4月に悪い偶然が重なり印刷工場は火災により全焼してしまいました。さまざまな事柄を熟慮し、40年以上続いた事業を廃止することに決めました。
その後、心が壊れ、暗くて長いトンネルの中に入りこんでしまいましたが、妻と子どもと母の励ましを得ながら、どうにかこうにか抜け出ることができました。そこで、またまた二転三転あり、生まれ育った埼玉を出て、学生のころに本を買いにくるためによく訪れていたいい感じの街、西荻窪に心機一転、移り住むことになりました。
火災のあとは印刷に関わることを中心にいくつか仕事をしていますが、西荻窪に移り住んでいろいろなお店にいっていると、漠然と自分もここで店をやってみたいなーと感じるようになっていきました。なんの店を開こうか考えたときに、まっ先に思い浮かんだのが古本屋でした。新刊書店も古本屋も集まっているこの街なら、いまの仕事を調整して在宅でできる時間を多くして、その収入をベースにして、自分が選んだ自分好みの本棚に囲まれて、毎日ムフフと顔をほころばせて生活できるのではないか、みたいな激甘な妄想をしていました(本屋さんの仕事はそんな甘いものではないと重々承知しております)。でもでも、すでにこの街には自分好みの新刊書店も古本屋もあって、本を入手する環境は整っていて、仮に自分が商売として成立する本屋をつくれたとしても、そこに価値はないなと思ったのです。そんなことをぼんやりと考えているところに、『本の読める場所を求めて』阿久津隆(著/文)という本の存在を知りました。
それから今日に至るまでの経緯を書こうと思いメールを見返してみたら、8月下旬ころに阿久津さんとフヅクエ下北沢ではじめて会ってから、まだ三ヶ月しか経っていないことがわかり、おどろきました。
僕は本を読むことが好きです。これまでの三十年間ちょっとという人生を思い返してみると、事細かに昔のことを物語れるほどの記憶力がないのであれなんですが、たぶん、中学生のころにウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』を読んで、ピギー=子豚という身も蓋もないあだ名の登場人物に自分を見たことから読書の楽しさにのめり込んでいったように思います。『蠅の王』は少年たちが乗った飛行機が墜落して無人島に流れ着き生存競争するという物語です。ピギーは身長が低く、とても太っていて、度の強い眼鏡をかけた、少年集団の中で虐げられる冴えない存在として描かれています。当時の僕は視力こそ2.0でしたが、ピギー同様に身長が低く、とても太っていて(現在は中肉中背です)、学校生活も最低最悪で、勇敢な主人公にではなく、やはりこのピギーに自己投影してこの本を読みました。
以来、僕にとって本を読む楽しみは、本の中に自分に似た姿や、言葉にしたことはないけど自分がぼんやりと感じていること、などなどを発見することだったんじゃないかと思います。『本の読める場所を求めて』を読んだときにも、この“言葉にしたことはないけど自分がぼんやりと感じていること”を発見し、そして本が発する主張に強く共感しました。どんなかたちかわからないけれど、漠然と西荻窪で店を開きたいと思っていた僕は、まさにこれなんじゃないかな、と思いました。
フヅクエではじめて働いた日のことです。開店後しばらくして、ぽつりぽつりとお客さんが来られ、見ず知らずの三人が少しずつ離れた席で、カウンターに一列に並んで本を読んでいました。文字にすると、ただそれだけの光景で、そのあと何度か経験した満席状態でもないのですが、これが本に書いてあった光景か・・・うわ・・・きれいだ。と、平凡な言葉ですが、とても感動したのでした。その光景からは音のない、えもいわれぬグルーヴがたしかに生じていました。
今日現在、まだ新型コロナウイルス感染症の流行は収束しておらず、その中で小資本の個人が店をはじめるというのは、やはり、正直とても不安だし怖いし震えます。でも、整然とした言葉で合理的な説明はできないけれど、フヅクエを知れば知るほど、やっぱりこれっぽいなーと強く思っています。その気持ちというか直感みたいなものがフヅクエ西荻窪をやる、という決定を僕にさせました。
最近いくつか物件の内見をしていて、どうしても気になる物件がありました。ただ、西荻窪駅から徒歩10分ほどと、すこし距離があり、商売の教科書的なセオリーからすると候補にはなり得ない物件でした。でも、そもそもフヅクエというモデルが教科書的なセオリーとは全然ちがうものだし、当たり前ってほんとに当たり前?なんて思いはじめてきてしまって・・・。その物件は善福寺に所在していて、駅周辺の密度とはちがう(駅前のギュッとした感じも大好きです)、より穏やかな雰囲気があるように感じました。また、正式に物件が決まったら詳細をお知らせします!
西荻窪という、おいしくて、たのしくて、古かったり新しかったり、洗練されていたり汚かったり、変なお店(いい意味で)が群居した、穏やかでスローな時間が流れる愛すべき土地で、本を読む人たちにとって心地よい場所となるようなフヅクエ西荻窪をつくれるよう、右往左往、試行錯誤しながら一生懸命にがんばります。応援していただけるととてもうれしいです。よろしくお願いします。