本の読める店

目次 | 「本の読める店」のつくりかた

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はじめに 目次

 

はじめに

本を読んでいる人の姿は美しい。
両手のひらを天に向け、背を丸め、こうべを垂れる。それはほとんど祈りの姿勢のようだ。
じっと身じろぎもせず、目だけが絶えず動いている。目と、それから頭の中。

彼らは本を読んでいる。
一心不乱に文字を追っている。いや、そう見えるだけで一心不乱でもないのかもしれない、心は乱れに乱れ、気持ちはあちらにいってこちらにいって散り散りになりながら、しがみつくようにして読んでいるのかもしれない。それは外からはわからないが、とにかく一歩一歩、彼らは本の世界のなかを進んでいく。
頼りになるのは自分しかいない。とにもかくにも自分で歩を進めなければどこにも向かえない。疲れたといって目を閉じて、十秒の時間を置く。そして目を開ける。その十秒で、しかし残酷なことに景色は以前と何も変わらない。再び腰を上げて、印刷された文字をぺたぺたと踏みしめていくほか前に進むすべは何もない。
旅をともにしてくれる仲間もいない。一緒に行こうぜと励ましてくれる友人は横にいないし、「いいね!」と後押ししてくれるフォロワーもそこにはいない。
たった今自分が味わっている喜びあるいは怒りあるいは悲しみを誰かと共有しようとシェアボタンを探してもそれは見つからない。面倒といえば面倒な、時代錯誤的といえば時代錯誤的な、そんな本を彼らは一人で読んでいる。
広大な土地にぽつりと立って、少しずつ前にゆく。その先に待ち受けるものがなんなのかなど知る由もなく、眼前に広がる見知らぬ景色を奥へ奥へと踏み入っていく。
赤の他人が紡ぎだし作りだしたその世界に同調できるとはまるで限らない。そこで示される考え方や言動や行為は自分の価値観とはまったく相容れないかもしれない。途中でやめてしまおうか。選択肢はたった二つだ。やめるか、自分の足で進むか。誰にも手助けはできない。
ときに退屈におちいって這うようにしながら、ときに並ぶ文字がまったく意味をなさなくなっていたずらにすいすいと滑りながら、ときに傷つき、へとへとに疲弊しながら、ときに大いなる喜びのなかで踊るようにステップを踏みながら、いずれにしてもたった一人で進んでいく。
ほんのちょっとだけでもこれまで知らなかった世界のありようを覗けないかという好奇心、もうちょっとだけでも自分のこの生をよりよいものにできないだろうかという望み、あとちょっとだけでも遠くまで飛ぶことができないだろうかという願い、そんなものだけをたよりにして進んでいく。 彼らは本を読んでいる。そんな人たちを僕は美しく思う。

うそうそ。言いすぎた。うそではないけれど、ちょっと格好をつけすぎた。
僕は、ただ、読書が好き、読書が趣味、それだけ。食べるのと同じように、しないでは気が済まない、満たされない。成長とかは知らない。漫然とでいい、楽しければいい。そして、同じように、読書を楽しんでいる人の姿が好き。共感とかよりはもっと雑に、「いいね! いいね!」と思う。そういう姿を見ていたい。

そういう姿を見ていたいと、そして、自分だったらこんな場所で本を読みたいと、そう思い、本を読む人たちのための場所をつくった。「fuzkue」という。「フヅクエ」と読む。渋谷区の初台の古いビルの2階。そこで、「本の読める店」を標榜する店を始めたのが2014年の秋。4年と少しが経った。
毎日毎夜、ここで、やってきた人々が本を読む美しい光景を見ている。毎日、とてもいい時間が流れている。本の読める店、これは、とても、いいものだ。そう、毎日思う。

この文章は、本を気持ちよくうれしく楽しく読みたい、それを可能にしてくれる場所はどこかにないか、どうあればそれが実現できるか、それを考え続けた僕の思考と実践のドキュメントだ。
第1部は、街の読書場所たりえそうな場所について、あれこれと考えた。読めない、こんなんじゃ読めないよ、ということが書かれていくから、愚痴っぽかったり皮肉めいていたり攻撃的だったりするところもいくつもある。もう少し穏やかであれないものかな、とは思う。気分を害することになったら申し訳ないと思うが先に俺の気分を害してきたのは街だ!(もう怒っている)
第2部では、僕なりに「これなら本当に本が読めるはずだ」と思ってつくっていったフヅクエのありかたを書いた。この場所をこの場所として成り立たせるものはなんなのか、説明していく。「本の読める店」のつくりかたとして書かれたものだが、小さな商売のつくりかた、心地よい場のつくりかたとしても読めるのではないかと思う。

これらの文章は、「今夜はあの本をひたすら読んじゃうぞ」という楽しみがその日の気持ちを明るくさせるような、「今週末は読書三昧だ」という予定が一週間を生きていくことの希望の根拠となるような、そんな経験をしたことのある人たちに向けて、というか、そんな人たちとともに書かれた。
ひとりの読書好きとして、ひとりひとりの読書の時間がより豊かにより愉快なものとなることを願ってやまない。願ってやまないし、また、その実現のためにもフヅクエは、フヅクエにできることを(できる範囲で)(それなりにダラダラしながらも)やっていくだろう。

 

「本の読める店」のつくりかた

目次

(現在書籍化に向けてなんだかものすごくがんばって執筆中です。なのでこちらの更新は停止中です。2020年春にはきっと…!)

第1部 「本の読めない街」をさまよう

第1章 無力な読書の旅の始まり

家で本を読む「本の読める場所」を求めて

第2章 一体なんなのか、ブックカフェ

短編小説「俺、ブックカフェに行く」ブックカフェのさまざまな読めなさ底なしの孤独そもそも「ブックカフェ」とは「本と出会う」が隠すもの本のある風景おしゃれアイテムとしての本人の読書離れを憂うなサードプレイスは地獄「ブックカフェ」と「本を読む」は無関係「ブックカフェ」にまつわる二重の誤解

第3章 街に出て本を読む

カフェで本を読む喫茶店で本を読むバーで村上春樹を読む/「ジェイズ・バー」はバーなのか?/パブで本を読む/居酒屋で本を読む/ファミレスで本を読む/図書館で本を読む/スタバで本を読む/結論:結局だいたい運/本をめぐる動詞が見せるアンバランス

第4章 おひとりさまを考える

おひとりさまの持ちポイント/店から見たおひとりさま/テーブル席が余る/たいして食べない飲まない/おひとりさまの長居/長居を甘受できる店の条件/長居をされる方へ

第5章 不気味な行為としての読書

MacBookの社会性/不気味な読書/排他的な読書/アクセス不可能な読書/非生産的な読書/読書はたいへん立派なご趣味/こんなに奨励されてこんなに歓迎されない行為/光さえあれば

第2部 「本の読める店」をつくる

第6章 店をつくる

「先入観は可能を不可能にする」/出店場所を決める/商圏を見定める/セルフビルドをがんばる/本を並べる

第7章 店を定義する

きちんと宣言する/誰を幸せにするのかを明確に設定する/ルールを定める/メニューを決める/野暮を選ぶ/言葉に頼る/自由を制限する/枠組みを提示する/余地をなくす/約束をする/ポジティブな言葉を使う

第8章 おひとりさまを主役にする

「その人たち」だけで成り立たせる/すべての人が平等でいられるようにする/察するコストをゼロにする/インストールしてもらう/言葉を正確に発する/「わからなさ」の芽を摘む/他者とともにある/「独り」でない「一人」をつくる/共犯意識をはぐくむ/ちゃんと魅力のないものにする

第9章 「すべての人」が喜ぶ長居の仕組みをつくる

「すべての人」の範囲を決める/掌編小説「長居、2つのパターン」/「ゆっくり」の滞在時間を知る/値段設定をする/お金で解決する/矛盾をなくす/支払う手立てを用意する/正直に振る舞う/手の内を知ってもらう/飲食への依存から脱する/1500円の報酬を受け取る/「安い客」でいられないようにしてあげる/雑に使えないようにしてあげる/使い倒せないようにしてあげる/満足度を下げずに席を回転させる/喜びをお金で表現する

第10章 秩序を守る

入り口までで知らせる/無関係の人をせき止める/きちんと無力化する/用途を制限してあげる/「カフェ」からは遠く離れる/運を排する/静けさを壊す/わりとよくしゃべる/音をコントロールする/既成の秩序をひっくり返す/自分の手で掴ませる/理解を信頼する/どんどん変化する/軸を手放さない/歩きながら考える

終章

次のフヅクエをみんなでつくる

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