本の読める店

読書日記(160)

Entry diary160

10月24日(木) 

起きたら「あいてててて」となって背中の痛みがぶり返した。病院に行った翌日にこれはいったいなんの嫌がらせなのか。なんなのか。

店、今日ものんびりした構え、ショートブレッドを焼いて、それから人参のおかずをこしらえる。それで今日やることは終わった。暇であり、ずっと原稿をやっていた。
昨夜やろうとしていたこの章を読み返すということをやっていたら、流れがいびつなところがあって、そこにひとつの問いを置いた瞬間に視界が一気にひらけるような感覚になった。ひとつの問いがあるかないかで風景が一変する。シャトー・ノワールのようだった。問いが動かす。これは面白いなと思って、それで書き進めていった。
途中、今日はNAOTに行って靴を修理に出して、そこでまた靴を買おうと思っていたのだけれども、同じやつを、買おうと思っていたのだけど、でも、スニーカーというやつもひとつくらいは持っていたほうがいいのではないか? と思って、しかし「スニーカーとは?」と思いながら、検索しても僕では検索キーワードは「スニーカー」にしかならなくて、精度が低くて、「それにしてもスニーカーとは?」と思って、同じようなことを前も思って検索したりしたことがあった気がする、わかんないな、と思いながら、遊ちゃんに「スニーカーでは?」と送ったところ、どんどんスニーカーの写真やリンクが送られてきた。危うく今日行くことにしそうだったが、今日は原稿だった、だから来週行こう、ということにして、しかし二足体制にする理由はなんだったか。毎朝に選択なんて要らない。

私はセックスしたい、私は数日間家に一人でいる、私はエンターテイメントが必要です

フェイスブックを開いたらランジェリー姿のMahhさんから友達申請が来ていて、こういうアカウントと友達になっているアカウントってどういうものなのだろう、と見に行ったら表示される友達の存在はなく、ただ一枚の写真と、いくつかのURLが記されたひとつの投稿があるだけだった、その投稿にこの文章もあった。なにかが壊れた文章というのはいいものだった。接続詞ではなく読点でつなぐこと。そこにはひとつの倫理があってもよかった。ここにはおそらくなかったが。
夕方に山口くんがやってきたから足もとを見たら、厚い感じの白いスニーカーのようで、外で話しているときになんていうやつなの、と聞いたらなんとか、と教えてくれた、靴にやたら詳しい友だちがかっこいいよと教えてくれたやつだそうで、俺はどうやらスケートシューズと呼ばれるものがほしい形のようなんだけど、それはスケートシューズなの? と聞くと、スニーカーじゃないですか? ということだった。スニーカーっていうのは大カテゴリで、その中にスケートシューズとかがあるわけでしょう、それは、バスケットシューズとかそういうジャンルもあるのかな、なんか厚いよね、と言って、それから、野球やテニスだと上手い下手で存在価値に序列がつくみたいなところが中学高校と苦しかったとあったけれど、音楽でも文章でも、完全にその上手い下手序列の感覚から自由な状態でいつづけるのって、難しかったりするよね、と言ったら、こっちもそうじゃないかって思いました、と言った。でも、それでもやっぱり、こっちのほうが、そうじゃない気もするよね、とも言った。
それで電車に乗って、iPhoneで原稿の続きをやる算段だった、それでiPhoneで、電車の中で、原稿の続きをやっていった。意外によくて、日記だともっとスピードがほしいというか、たまにiPhoneで書くこともあるけれど、パソコンがいいなと思うけれど、原稿はそもそもスピードが出ないから、うんうん考えながらでしか進まないから、スピードとしてはiPhoneタイピングのスピードで十分で、そうなったらiPhoneでもう十分というところがあった、だから、電車の中、まずは馬喰横山まで、そこから東日本橋になって、浅草線、蔵前まで、ずっと頭は動き続けていてポチポチと言葉も足されていった。この感じは面白かった。
蔵前の町を歩きながらも頭は原稿で、まっすぐ歩いた、東東京、縦横に道がきれいにつくられているこの感じ、いちいち思う、東東京の景色。マキノさんが「おいしかったですよ」と言っていたLUCENT COFFEEに行った、カフェラテを飲んだ、お店の人とお客さんがいなり寿司について話していてすごいベチャベチャの煮汁が染み込みまくっているいなり寿司を出すところがあってそれがおいしかったとお客さんが言っていた、その方は台湾かどこかに行っていたのかお土産らしい豆のにんにく風味かなにかのおかしというかつまみというかをお店のお二人に渡していて、どうしてだか僕にもくれた、お礼を言って、カフェラテを飲み終えたので出た。出て、もうすっかり暗い、6時半の蔵前、人通りはそんなにない、交差点で信号を待ちながら、暮らしている人たちのことを考えていた。よく行くコーヒーショップ、仕事帰りに寄る本屋さん、そういうものがあったら。暮らしというものが尊かった。
NAOTで靴を預けて、どうしようかと思ったが帰ることにした、雨も降り始めるようだった、素直に帰ることにして電車に乗ってまたポチポチと原稿をやっていた、はかどった感じがあって気持ちが明るく開けていくようなところがあった、もう怖いものはない、というような変な明るさ。満員気味の電車に乗った、みんなどこかに帰るのだろう、北綾瀬行きの千代田線だった、北綾瀬というのは唐木田とかのことで、だから「北綾瀬」と見て、北綾瀬、うん、間違いない、とワンテンポを使ってしっかり考えてから乗ったら、気づいたら千駄木とかになっていって、それはおかしかった。間違っていた。北綾瀬は唐木田ではなくて北千住のもっと向こうのことだった。
無事に正しく帰り着き、スーパーでトマトだけを買った、トマトを片手に持って、レジのところに行くと、トマトをお金置きのところに置きそうになった、トマト爆弾、帰って先日遊ちゃんがこしらえていていただいたら激烈においしかった人参の和え物をつくった、トマトを焼いて皮をむいて、潰して、オリーブオイルとバルサミコ酢とクミンとシナモンその他、それで茹でた人参を和える。冷蔵庫に入れてしばらく原稿を触っていた、最低限整え、平野さんに送って、遊ちゃんは9時には布団に入って本を読んでいて、少しして見たらもう眠っていた、原稿をおしまいにして、遊ちゃんに「おつかれさまでした、ビール買ってくるね」と言って、外に出てビールを買ってきた。スーパーで買わなかったのは買ったらすぐに開けて原稿をやる状態から離れちゃいそうだからということで、賢明な判断だった、ビールを飲んで、カレーをあたためた、ご飯をあたためた、盛り付けて、人参も机に出した、食べた。カレーは昨日よりもおいしくなっていた、人参は遊ちゃんのときのようなおいしさが全然なくて多分なにかが間違っていた。食後、そのまま、ツイッターを見ていたら見かけてしまった子猫の動画に目を奪われて、そのアカウントの写真や動画をひたすら見る、ということで十数分が経った、もともと犬を飼っていた、散歩中に捨て猫を見つけてしまった、初めて猫を飼う、いろいろ不安、というそういうアカウントだった、子猫と犬が一緒にあるときに、犬が極端に驚いたり怯んだりするようなあの感じというのは、どういう感じなのだろうか、犬にとって自分よりも遥かに小さな動物の動きというのはどういうものなのだろうか、さんざんびっくりしたり後退したりぺったり体をひれ伏したりしてから、猫のお尻をぺろぺろと舐めて排泄を促しているらしかった、その知恵というのは、どの瞬間に身につくのか! フォローした。

ご飯を食べて、0時を過ぎた、シャワーを浴びて、背中を痛くして以来やるのをやめていたストレッチを、どうしてだか再開させた、本を開いた、マティス、「筆が加えられるたびに全体の構図は一つのまとまりに向かう一方、まき散らされた個々の感覚は「その重要さを失ってしまう」。いったいひとつの画面として完成しており、同時に、そこにまき散らされた感覚のそれぞれもまた生彩を失わないような絵画はいかにして描きうるのか? すなわちひとつであると同時にばらばらであるような絵画はいかにして描きうるのか?」とあった。

画家が息絶え絶えになりながら署名を決断するのは、そのような飛躍の瞬間に対してだろう。プロセスだけを強調するときに見失われるのは、この質的飛躍の問題である。プロセスのすべての段階において画面が「完成」していた、ということが驚きなのではない。すべての段階において「完成」した布置があったにもかかわらず、ある特定の布置においてのみ最終的な「完成」が決断されたということが問題なのだ。マティスの絵画をプロセスへと開くだけでは十分ではない。そのプロセスにおいて、いかなる質的飛躍が生じたのかが分析されなくてはならない。 平倉圭『かたちは思考する』(東京大学出版会)p.86

プロセス厨の僕はハッとした。 2時、そろそろ寝ようと立ち上がると遊ちゃんはすやすやと眠り続けていてこの人は9時からずっとすやすやと眠っている、と思ってから、すやすやと眠るその姿を見て愛おしい気持ちがいっぱいになった。横になり、屏風絵の話を読んで寝た。

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この週に読んだり買ったりした本

平倉圭『かたちは思考する』(東京大学出版会)https://amzn.to/31pp9YQ

ミズモトアキラ『YURIKO TAIJUN HANA 武田百合子『富士日記』の4426日』(HERE I AM)https://www.akiramizumoto.info/category/column/fujinikkinikki/

『歩きながら考える step9』https://arukan.net/

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