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読書日記(173)

Entry diary173

1月21日(火) 

昼まで寝ていようと思ったが存外に普段とそう変わらない時間に起きて眠いが今は眠れない、というふうだった、それで諦めて昨日の夜の続きを読んで、この時間のうちに、終わりが来そうだった、蟒が接待の席でやらかした、うわばみ、蟒がとにかくいい。最後の宴。大団円というか大集合で、愛でいっぱい。

「おい蟒。俺の頭からざぶりとやつてくれ。おみつつあんに着物を縫直して貰へるなら、酒でも水でもなんでも構はん。」
田原は頓狂な形をしておみつを拝みながら、ざんぎりの頭をぴよこぴよこ下げた。
最初のうちこそ敵意を持つてゐたが、悪酔さへしなければ目端の利く蟒は、誰にもへだてを忘れさせ、全く水入らずの会合となつた。おつさんは好物の酒にありついたので、口尻に唾の垂れさうな恰好で盃を含み、お米もおつぎもおみつも、田原と蟒に強ひられて、お白粉の顔をほの紅くした。
「君はちつとも飲まないやうだが、コツプでも貰はうぢやあないか。今晩は僕も首を横に振らないで、最後迄つきあふよ。」
「三田さん、今夜丈はかんにん。」
蟒はあわてゝ手を振つて拒んだ。
「此処でコツプで飲み出したら、折角の御別れの会を、又むちやにしてしまひまつせ。」
しんそこから訴へるやうな真面目な顔をして、どうしてもきかなかった。 水上滝太郎『大阪の宿』(岩波書店)p.239

それまでもジンとしていたところがここで決壊して涙が溢れた、そのあと三田も涙がこみ上げた、蟒はまたコップで飲み始めた、おみつは最後は一言もセリフがなかったな、田原はいつもどおり酔い潰れた。いい時間だった。
それで起きて、ジブリがネットフリックスでの配信を始めたと遊ちゃんが昨日言っていて、入るの? と聞いたらそれはアメリカ版というかアメリカの、あれだそうで、そうか、と思って、そういえば『アイオワ日記』で『かぐや姫の物語』のことがあった、誰だったかにユーチューブのリンクを送っていた、ネットフリックスで見られるようになった、という報せを送ったり、するのだろうか、と考えていた。
昼、遊ちゃんと出、魚力でお昼ごはん。サバの味噌煮とハラスの焼いたやつ、ご飯をばくばくと食べて、大満足&チル。遊ちゃんの自転車の運転はおっかない。後ろを走りながら、しゃべるのは後でね、と途中で言った、二度言った気がする。

丸善ジュンク堂に入って散歩。新刊棚、プログラミングのところ、文化人類学のところと、大回りで歩いて、それで小説のところにたどり着き、ジョン・ファンテの『犬と負け犬』を今日は読もう、と、水上滝太郎を読み終えて、久しぶりに海外文学、と思って、それで来た、面で出されていてすぐに見当たるかと思ったら見当たらない、え、と思って、イタリア系みたいなところで裏だったりするのかな、そんなことはないよな、と、裏側に行き、見当たらない、ラテンアメリカの棚が目の前にあった、「フィクションのエル・ドラード」の未読のやつ、と思って、どれだっけ、と思い、カルペンティエルの『方法異説』を取って、いや、読んでるよな、と思い、冒頭を見るとたしかに思い出した、読んでいた、それじゃあどれだっけ、面で出されているのは『夜のみだらな鳥』と『犬を愛した男』で、違う、どれだ、と見ると『案内係』だった、短編集、フェリスベルト・エルナンデス、取った、この次は『気まぐれニンフ』、ギジェルモ・カブレラ・インファンテ、読むだろうか。それでまた元の英米仏のほうに行って、見ると、一冊だけ普通に棚に差された『犬と負け犬』があって、もっと大きく売られているかと思った、「ジョン・ファンテだぞ!」と思いながら、取った、それから今月の佐藤くんの福利厚生本の『夏物語』を取って、会計。小説、小説、とうれしく思い、今日はダラダラと本を読もう、と思った、今日は一日、なにもやらない。リトルナップに寄ってコーヒーを飲んで、帰宅。

さあ何から読もう、まずはビルの教えを乞おうと、『1兆ドルコーチ』、開いたらもう数ページで終わるところだった、この本に書かれていたことは、なんかいろいろ大切なことだった気がする、愛で、信頼だった、グーグルやアップルとか、超巨大企業のトップのほうでそんな考えがコーチに注入され、そして「そうだよね」となっているというのは「へ〜」だった。昼を食べながらとかも遊ちゃんに昨日つくったウェブサイトのモックというのか、ああいうのはなんていうんだろうか、スケッチなんだろうか、それを見せてああだこうだ、話していた、頭にまだまだ貼りついていた、謝辞のところでこの本の特設サイトがどうのとあったから、検索して見た。
それで気が済むとジョン・ファンテ、読み始め。ある夜、庭に巨大な犬がいた。部屋に入ってきて、そこから動かない。

犬は目を開け、蔑みを込めた冷たい眼差しをハリエットに向けた。妻は激昂した。
「私の家から出ていきなさい!」足を踏みならし、玄関を指さして、ハリエットが命令した「出ていけ! いますぐ!」
犬は妻の声にかすかに反応し、足を伸ばしてから寝返りを打って、背中をクッションに押しつけた。また勃っていた。人参が頭をもたげ、あたりの様子を窺っている。犬は頭を持ちあげ、股間の友に暖かな眼差しを注ぎ、湿った舌で舐めまわした。
「最悪だわ」ハリエットが言った。
あのとき、どうしてあんなことを口にしてしまったのかわからない。けれど、言ってしまったものは仕方ない。ちょっとした気まぐれ、ひとつまみのウィット、ふと頭からこぼれ出た即興詩のようなもので、自分としてはなんの悪意もなかった。
「俺もあれ、やってみたいな」私は言った。
「もういや!」ハリエットが言った。 ジョン・ファンテ『犬と負け犬』(栗原俊秀訳、未知谷)p.22,23

そうだった、ジョン・ファンテは笑わせてくるんだった、と思い出し、笑った、「俺もあれ」のところが何度見ても吹き出しそうになる。途中でアーモンドをつまみながら、僕の今日の読書場はベッドだった、壁にクッションを置いて背中をあずけて、脚はタオルケットであたためた、その姿勢でしばらく読んで、途中で「あ、ウェブサイト」と、なにか思いついたことを考えてメモをして、長々と読んでいた。犬はけっきょく飼うことになって、名前はスチューピドだった、ずっとバカらしくて面白い、でもバカらしさだけではもちろんない。

私には犬が必要だった。犬は生の循環を整えてくれる。ぶらぶらと庭をうろつく、生き生きと人懐こいスチューピドが、同じ庭に埋められたほかの犬たちの代わりになる。私にはわかるような気がした……生きている犬も死んでいる犬も、私の友だちだったやつらはみんな、この庭に集まっている。そのことに意味があった。私の両親は、ここから北の方角にある墓地に眠っていた。そして私は、いまもポイント・ドゥームに暮らし、二人を包みこむカリフォルニアの大地の、同じ土の上を歩いている。そのことも、私にはちゃんとわかっていた。
夜半、パイプをくわえて外に出て、スチューピドから星々へ視線を移す。そこにはなにかつながりがあった。私はこの犬が好きだった。 同前 p.74

夜になった。僕がニタニタと本を読んでいるあいだ、遊ちゃんは仕事を熱心にやり続けていた。そろそろ夕飯のことを考えよう、と思って、冷蔵庫になにがあるんだっけかと聞くと、豆苗、豆腐、パクチー、人参、ということで、冷凍庫に鶏もも肉もあった、豆苗のレシピを調べると塩こんぶナムルが出てきて、ちょうど塩昆布もあるということだった、鶏の生姜焼きと、豆苗塩こんぶナムルと、人参をラペしてなんか和え物と、パクチーの白和えにしよう、と思って、買い物いらず! と喜びながら、つくり始めた、途中でビールを飲んだ、シャワーも浴びた、シャワーを浴びると、下北沢店の案内書きをどうやってつくろうと考え出して、確認しておこう、と東野さんにメッセージ、いくらかやり取りをし、また今度考えることにして考えるのをやめた。夕飯を食べたのは9時過ぎとか10時前とかだったか、どれもおいしいし、緑、オレンジ、白の野菜の小鉢があって肉があって、いい食卓だった、バクバク食べた。寝るまでジョン・ファンテ。ドラ息子たちが海辺でバカ騒ぎ。夫と妻、父と子、いくつもの距離が切ない。

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この週に読んだり買ったりした本

水上滝太郎『大阪の宿』(岩波書店)https://amzn.to/2PU7TZ4

エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグル『1兆ドルコーチ シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』(櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)https://amzn.to/2slkICE

ジョン・ファンテ『犬と負け犬』(栗原俊秀訳、未知谷)https://amzn.to/2RCWRai

武田百合子『武田百合子対談集』(中央公論新社)https://amzn.to/2smZvIF

フェリスベルト・エルナンデス『案内係』(浜田和範訳、水声社)https://amzn.to/30GQQO1

小島信夫『別れる理由 Ⅱ』(講談社)https://amzn.to/2E4yfkp

滝口悠生『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』(NUMABOOKS)https://amzn.to/309Ai0D

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