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水上滝太郎『大阪の宿』(岩波書店)

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水上滝太郎『大阪の宿』(岩波書店)

1月10日(金) 

もう一杯酒を飲み、寝るまで『大阪の宿』。今日も本当にいい。小舟に乗って、その場面がとにかくいい。「何時か東の空に月が出て、ぐんぐん中空にのぼつて行つた。その月光は川波に碎け、娘の額から肩のあたりを、蒼白く照らした」とあって、静かだった。

「あゝ、いゝ月だ。此のまゝ何処迄も下つて行つたら海に出るんだらうなあ。」
変に感傷的な気分になつて、彼は大空を仰いで独語した。女も誘はれたやうに月を見た。細過ぎる目が上を向くとぱつちりして、いきいきした美しい顔になつた。
「宿の連中は驚いてるでせう。何処に行つたらうと思つて。」
さう云つても、娘はかすかに白い歯を見せて笑つた丈で、何とも答へなかつた。端艇は次第に泥臭い川下に流れ下つた。
「あなたは謡の稽古をしてゐるさうですねえ。」
そんな事を訊いては可哀さうだと思つて我慢してゐたが、娘の様子から考へて、ほんとに謡の為めに謡を稽古してゐるのではないかと思はれ、又何か自分の頭の中の邪魔になるこだはりを除いてしまひ度いとも思つて、思ひ切つて云つてみた。
「へえ、誰に御きゝなさいまして。」
「矢張宿の人がさういつてゐたんです。」
「御稽古いひましても、ほん始めましたばかりで。」
何の混乱した表情もなく、すらすらと答へた。三田は此の人にまつはる忌々しい噂を打消したやうなすつきりした気持でオールを取上ると、折柄さしかゝつた橋の下を、双腕に力をこめて漕いで過ぎた。橋を越えると酔月の二階の燈火が、第一番に目に入つた。 水上滝太郎『大阪の宿』(岩波書店)p.97,98

旧仮名遣いというのだったか、こういう、仮名遣いもそうだし漢字の使い方も違う、こういう書き方は引き写していても面白くて、ストレスの掛かり方が面白くて、面白い。

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