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梯久美子『狂うひと ——「死の棘」の妻・島尾ミホ』(新潮社)

2017年12月12日
夜は、まったくの暇でやるべき仕込みもなかった、もっぱら本を読んでいた。昨日買った『狂うひと』を読んでいた。
第一章では戦時下で奄美の島で特攻部隊の隊長としておもむいた島尾敏雄と学校の教師をやっていたミホの出会いと関係の深まりが書かれていて、なんというかすごかった。その前に、死に面する環境というか、いつ死んでもおかしくはないという状態についての感覚として、島尾敏雄のこの感じというのは腑に落ちるというのは変だけれども、なにか凄みみたいなものと、共感みたいなものを同時に覚えるものだった。

遠からずやってくる死が免罪符になってくれると考える一方で、文筆への思いは止みがたいものがあった。後年、小説家の小川国夫との対談集『夢と現実』(昭和五十一年刊)の中で、島尾は当時の心境について「死ぬことは非常につらかったけれども、しかし気がおかしくなるぐらいにいやだという方向にはゆかなかったですね」と述べた上で、「けれども、この変な生活が書けないで死んでゆくのはもったいないな、という気持ちがあった」「こういう体験は書けるのにな、戦争が済んで、もし命があれば、これを書けるのにというむなしさ、それだけは強かった」と語っている。 梯久美子『狂うひと ——「死の棘」の妻・島尾ミホ』(新潮社)p.70

去年の暮れ、ずっと戦争系のものを読んでいたような記憶があった、どうやって人々は死と接しながら生きるなんていうことをしていたのだろうか、すぐに死ぬかもしれないというなかを生きるとはどういう感覚なのだろうかと、そう思って読んでいた、『キャッチ=22』であるとか、『武器よさらば』であるとか、読んでいた、『キャッチ=22』の戦争からの全面的逃亡みたいな態度はすごくすっとするものだった、それを思い出した。気がおかしくなるくらいにいやだという方向にはいかない、というのはなんだかすごい。書けないことへのもったいなさ、というのはなんだか、わかるというか、似た感覚をどこか持っている気がするというか、少なくとも持ったことのある感覚のように思った。

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