本の読める店

今日の一冊

Entry 0829

滝口悠生『寝相』(新潮社)

2017年8月29日
そのあと夜が終わりに近づいたとき、一人になった僕は駅前の大通りと歩道を隔てるガードレールにもたれて「寝相」を開いた。街灯の明かりで十分だった。残り二、三ページだということはわかっていたので、家に帰る前に終わりにしようと思って開いた。とてもとてもいい作品だった。

やめてほしい、と竹春は思った。この家に、なつめに、怒りや攻撃的な感情を、持ち込まないでほしい。気づくか気づかないかのうちに、すべて穏やかに、ゆっくりと進めてほしい。急激な物事の変化や、あらゆる激しさを遠ざけたい。冷たさや、蔑みや、嫉妬や、焦りや、嘘を、なつめに近づけないでほしい。竹春はひとり居間の入り口に立って庭の騒ぎを見ながら、そう願っていた。(...) 竹春は自分の無力に絶望する。しかし同時に、そこから眺めていた庭の人々の光景や、大勢がいっぺんにあれこれしゃべっている声は、優しく懐かしく、竹春は自分はそれを見たり聞いたりするよりも、できればこのまま空気のなかに溶け込んで見えなくなって、その景色や音そのものになりたいと思った。そうやってなつめの毎日のまわりをぷかぷかと浮遊していたい。 滝口悠生『寝相』(新潮社)p.75

新宿御苑で、ビールを飲むところで、それから上映開始前の映画館の座席で、読んでいるあいだ何度も何度も「ここには〜〜〜がある」と思って、喜びながら読んでいたその〜〜〜がなんだったのかまるで思い出せない。豊かさ、ではない。それは僕は使いすぎる言葉だ。きらめき、でもない。でも近い気がする。ひらめき、ではない。かがやき、とかだろうか。ピンとこない。とにかく読んでいるあいだ、〜〜〜が、それがとにかくあった。とてもいい気分で、本をリュックにしまって自転車にまたがった。〜〜〜はなんだったろうかと考えながら横断歩道を渡り、暗くなった商店街のなかを漕いでいった。ぐんぐんと坂道をくだっていくと〜〜〜があった。

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