今日の一冊

2019.08.28
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####ミランダ・ジュライ『いちばんここに似合う人』(新潮社)
2017年8月28日
けさ、隣の家の人が庭の木をチェーンソーで刈りこむ音で目を覚ました。わたしが起きあがればお隣さんも刈るのをやめる、とわたしは頭のなかで思った。木はどんどんどんどん小さくなっていった。やがてちびた切株だけになって、それでもわたしが起きないので、お隣さんはしかたなく地面にもぐって根っこを刈りはじめ、それでもまだわたしは起きあがれなかった。とうとう根っこも尽きて、お隣さんが地中をどんどん掘り進みはじめたので、わたしは彼が地球を突っ切って中国に着いたら起きようと自分に言い聞かせた。(...) お隣さんが上海の道路をぐいぐい押し上げるころ、信じられないことに、お腹が減ってきた。体は勝手に生きたがっていた。彼はそのままぐんぐん上昇して木々を突き抜け、雲の中に入り、宇宙に飛び出して天の川を二つに切り裂き、星も塵も突っ切った。そして巨大な円軌道を描いて宇宙をぐるっと一周すると、ふたたび隣家の庭にすとんと着地した。カーテンを持ちあげて覗くと、お隣さんはスプリンクラーを出しているところだった。もう夕方だった。もしお隣さんがこっちを見たら、わたしは生きよう。こっちを見て、こっちを見て、こっちを見て。まるで自分の意志でそうしたかのように彼が目を上げ、わたしは手を振った。
ミランダ・ジュライ『いちばんここに似合う人』(新潮社)p.175
暇で、暇だったところミランダ・ジュライを読んでいったら読み終わった。ニヤニヤ読んでいたら気づいたらすごい茫漠とした悲しみのなかに浸かっているような気になって、でもこういう箇所で体から力が抜けるような少しの安堵というかやさしさがあって、というような低いところで感情がアップダウンするような短編集だった。
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