今日の一冊

2019.08.04
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####今村夏子『こちらあみ子』(筑摩書房)
2017年8月4日
あの日以来読むのをやめていた『こちらあみ子』を再開したのは超熟(5枚切り)にチーズを乗せて焼いて食べて、もう一度超熟(5枚切り)にチーズを乗せて焼いて食べて、そのあと思い立ってトースターの掃除をしたあとだった。読み進めるのが怖かった。あみ子を見ているのが怖かった。が、読んだ、ら、なんだかむしょうに泣きたくなって、目の縁まで涙はやってきて、少し油断したらたくさん泣いてしまいそうだった。別に泣いてもかまわなかった。誰もいなかった。でもそれで泣くのも癪だから泣かなかったけれど、勘弁してほしい。
あみ子は坊主頭に訊いてみた。「気持ち悪かったかね」
坊主頭が一瞬黙った。しかしすぐに笑顔に戻った。「気持ち悪いっていうか、しつこかったんじゃないか」
「どこが気持ち悪かったかね」
「お前の気持ち悪いとこ? 百億個くらいあるで!」
「うん。どこ」
「百億個? いちから教えてほしいか? それとも紙に書いて表作るか?」
「いちから教えてほしい。気持ち悪いんじゃろ。どこが」
「どこがって、そりゃあ」
「うん」
笑っていた坊主頭の顔面が、ふいに固く引き締まった。それであみ子は自分の真剣が、向かい合う相手にちゃんと伝わったことを知った。あらためて、目を見て言った。
「教えてほしい」
坊主頭はあみ子から目をそらさなかった。少しの沈黙のあと、ようやく「そりゃ」と口を開いた。そして固く引き締まったままの顔で、こう続けた。「そりゃ、おれだけのひみつじゃ」
引き締まっているのに目だけ泳いだ。だからあみ子は言葉をさがした。その目に向かってなんでもよかった。やさしくしたいと強く思った。強く思うと悲しくなった。そして言葉は見つからなかった。あみ子はなにも言えなかった。
今村夏子『こちらあみ子』(筑摩書房)p.119,120
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