本の読める店

ひとの読書(1) 橋本亮二さん

Entry hashimotosan

ひとの生活や記憶のなかに読書はどういうふうに組み込まれているのかを聞いてみる企画「ひとの読書」を始めます。
その第一弾は朝日出版社の営業部にお勤めの橋本亮二さんにお願いした。
フヅクエでは「fuzkue books」と称して細々と本を売っているわけなんですが、最高最高の岸政彦の『断片的なものの社会学』を仕入れたく朝日出版社に電話をしたところ、たった5冊の本のためだけに橋本さんがわざわざ持ってきてくださった。それ以降も追加のたびにだいたい持ってきてくださり、その時分はフヅクエは夕方からの営業だったので、開店前の時間にコーヒー飲み飲みいくらか話すのは僕にとって楽しい時間だった。
話しているなかで、あるいはFacebookであるとか「朝日出版社 酒部」のTwitterアカウントの投稿を拝見しているなかで、橋本さんの本に対する情熱というか、「いったいなんなんだこの、深刻な顔で大絶賛する感じは! この静かな熱量は!」と思うことがたびたびあり、橋本さんはいったいどんなふうに本と付き合っているのだろうと思っていた。今回の企画を考えたときに真っ先に浮かんだ顔だった。インタビューを申し出た。
なぜか僕の家の近所のコーヒー屋さんでお会いした。そしてなぜか、コーヒーをごちそうになった。話は柴崎友香の『千の扉』のことから始まって、ひとしきりその話をしたところから。

橋本
まあやっぱそれは同時代を生きられる喜びというか。前なにかの本を読んでいて誰かがあとがきで、まあ古典というのはすばらしいけれども、同時代を生きる作家の作品を最新で見られるのは幸せなことだということを書いてて、なんかそれはすごい、そうなんだなと。もともとそんなに現代作家って読んでなかった。もともとのもともとは。

阿久津
それはなんか意外な。

橋本
大学のころとか一切読んでいなくてずっと岩波とかずーっと読んでて。

阿久津
赤いやつですか?

橋本
そうですね。なんか、ええと、ギリギリ春樹みたいな、その世代までしか。それより最近のはまあたぶん。大学生の頃はいい意味で、いい意味でというかいや悪い意味で視野が狭かった。

阿久津
まあ大学生のときですもんね。岩波の…… 赤い…… 外国の古典?

橋本
そうですねひたすら古典を読んでいて。

阿久津
日本と外国問わず。

橋本
問わず。『千一夜物語』全部読みましたからね。

阿久津
『千一夜物語』って、なんですか? なんでしたっけ?

橋本
あのー、なんていうんですか? あのー。

阿久津
らしゃでぃーんみたいな。

橋本
そうですね、あの、まあだいたい、あの、殺される前、なんかこう魔神みたいなのに殺されそうになって、やちょっと、話をまず聞いてくれつって面白おかしい話をして、あの、夜が明けちゃってしかたがない明日の夜まで生かしてやる。

阿久津
へー、それを千一夜やるんですか?

橋本
そうですそうです。あれは面白かったな。あと『ドン・キホーテ』とか。ああいう長編読めるのって大学生の、贅沢な時間の使い方ですよね。

阿久津
僕『ドン・キホーテ』はあの、フヅクエの工事期間中に読んでましたね、けっこう自由な時間があったので。

橋本
あ、いいですね。とかいいながら、プルーストは読んでいないんですが。

阿久津
ぷるーすと?

橋本
あ、あの、『失われた時を求めて』の。

阿久津
あ、プルースト。手出さなかったんですね。

橋本
あれは一回借りてきて、ちょっと、あ、また今度だなって思って、卒業しちゃいましたね。読まなきゃなあ。

阿久津
プルーストは大学生って感じがしますよね。というか僕は大学生の時っていうか、大学生の時だったんですけど、だからっていうだけなんですけど。
あ、じゃ、けっこう外国のものが多かった感じなんですかそのときは。

橋本
なんかこう、片っ端から読もうと。

阿久津
大学って、文学部とかですか?

橋本
いや僕政治経済で、あの、文学部は絶対に行きたくなかった。一番好きなんで、なんかそこ入ると、恥ずかしいから言いたくないんですけど、そこ入ると詳しい人がいっぱいいるじゃないですか。そうすると、自分のなにかこう、アイデンティティ……

阿久津
あっはっは。

橋本
アイデンティティクライシスじゃないですけど、なんでもない自分というのを突きつけられるかなと。逆に一番興味がなかったのが政治とか経済の話だったんですけど、まあなんか、興味のないものは知識として身につけておいたほうが、面倒くさいこと言われた時に知識として活かせるかなと。

阿久津
じゃあけっこう、もう、大学…… 高校生の時にはもう、そういう、変な自意識みたいなものというか。
どれくらいからこう、なんていうんですか、普通に本読んでるなあみたいな。

橋本
子供のときはね、すっごい読んでたみたいなんですよね。覚えてますし、あと母にもすごい言われてますし。なんか、あの、うち、末っ子で姉が7つ上で兄が5つ上、なんですけど、だからけっこう本いっぱいあったんですよ。まあ、小さいころから。それこそ、まあ変な話『モモ』とか、額装、いや額装じゃない箱入りのやつとか、たぶん小学2年とかで読んでて。

阿久津
あ、あれってそんなちっちゃい子でも読める本なんですか。

橋本
小学校高学年だったら全然普通に読めると思う。兄が三国志好きだったんで、横山光輝のも読んでましたけど、吉川英治のも小3くらいで読んでて。懐かしいのは、近くに三洋堂って本屋があったんですけど、そこであの、趙雲子龍って武将が当時好きで、でなんか調べてて、どうやって調べたわからないんですけど、どうやって調べたんだろう、ネットないし、なんか外伝があるって聞いて、どう知ったんだろう、で三洋堂で、買いにいったら、「これは僕が読むのかい?」って言われて、「はい」って言って、「そっかーそうなんだなあ」って思って。
まあだいたい、週末は母に、鶴舞図書館っていうでかい図書館があるんですけど、連れてってもらって。小学校のころは本当に読んでたんですよ。たしか中学か高校で読まなくなって。中高両方ってことはないと思うんですけど、中学校か、中学校から全然読んでなくて。まあ大学入ってまたすごい読んでたんですけど。

阿久津
大学入る選択の時にその、あえて文学部は行かないとか、高校生の時にも読んではいたっていう感じなんですか。あんまりあれですか、高校時代はこれ読んでたなあみたいな印象はあんまりないんですか。

橋本
ないんですよねえ。うーん。中高の記憶ってあんまりないんですよね。高校は楽しかったはずなんですけど。

阿久津
中高一貫とかって。

橋本
いやいや、普通の、公立高校、公立中学と公立高校。

阿久津
僕は高校はつまらなかったのであまり記憶にないんですよね。ちっちゃいときからあれですか、漫画じゃなくて、活字だったんですか。

橋本
どっちかっていうと活字でしたね。いやただ漫画も別に買っちゃダメとか、そういうのじゃなかったんで、『幽遊白書』とか『スラムダンク』とか、は普通に読んでましたけど。あそうだ、たぶんそうだな、ちっちゃいときはでも活字が多かったですね。『ズッコケ三人組』のファンクラブとか入ってましたね。

阿久津
ファンクラブなんてあったんですか。

橋本
手帳がまだ実家にあるはずです。

阿久津
それなんかイベントとかあるんですか。

橋本
いやどうだったんかなあ、なんか年間500円で、まずなんか手帳が来るんですよね、いやどうだったんかなあ、なんかでも、会報が、会報が来るんですよね。

阿久津
あーいいですねえ。それはなんか全然知らなかったな。

橋本
ズッコケは好きでしたねえ。

阿久津
ズッコケでなにが一番好きでした。

橋本
いや〜〜〜。ああでも、なんか、ハチベイが女の子に恋したら女の子が幽霊だったみたいな。そんなのありませんでした?

阿久津
えええ、覚えてないですねえ。

橋本
まあ今、すごいざっくり言ったんで。まあそういった話が、そういうような話がありました。でズッコケ行って、ぼくらシリーズに行って、みたいな。

阿久津
なんですかぼくらシリーズって。

橋本
あの、宗田理さんの七日間シリーズがあるじゃないですか、ぼくらの。

阿久津
あ〜〜〜なんか、あの、聞いたことあるような。

橋本
あれもなんか20巻くらい。それこそあの、ええと、なんていうんだろうなあの映画の名前、宮沢りえが出てたぼくらの七日間戦争、ぼくらの七日間戦争、の、原作なんですけど。

阿久津
はあ、そういう流れがあるんですね。

橋本
今はもう、本屋行くともう、完全ラノベ仕様の表紙になってますけどね、すっごい違和感覚えるなと思いながら。

阿久津
ズッコケってまだ並んでますか本屋さん。

橋本
ズッコケ、ズッコケは、いや並んでますね。あ、そうだな、高校の頃なんか漫画読んでましたね。ひたすら、『ドカベン』とか『大甲子園』とか読んでました、『キャプテン』とか、野球部だったんで。

阿久津
あ、あそうなんですね、へえ〜〜。あ、あれっすか、けっこう部活ガッツリやってたみたいなそういう。

橋本
中学校はほんと部活ばっかりで、ほんと楽しくなかったですね、中学校ほんと楽しくなかった。

阿久津
へ〜〜そうなんですね、高校も野球部で。

橋本
そうですね、高校はハンドボール部だったんですけど。そっちはもうゆるゆるで、顧問もいなかったし、あ、いなかったというか、教えられる顧問が。高校は、なんか、楽しかったですね、なんか洋楽の話とかできる友だちとかようやくできて。

阿久津
ふーん、いいですねそういうの。

橋本
大学の。どうしても上京したかったんですけど、あ、名古屋なんですけど。

阿久津
あ、名古屋なんですね。

橋本
理由があの、名古屋はあの、外タレが来ても飛ばされるから、東京に行きたいみたいな。

阿久津
名古屋やるときもありません? 5都市、5大公演みたいな。

橋本
けっこうそれがモチベーション、それだけをモチベーションにして勉強してましたね。偏差値的にこのへんだったら、名古屋のあそこでいいでしょって言われるので、納得させられるくらいの大学じゃないとダメだぞ、と。

阿久津
あそうなんですね、あじゃあけっこうあれですか、音楽が好きだったんですね。

橋本
そうですねけっこう。

阿久津
あそういえば今もライブとかそうですねもんね。

橋本
今は全然聞かない。聞かないというか新しいのは聞いてないですけど。受験終えた日に、まだ新宿の南口にあったHMVで。

阿久津
新宿の南口に。あ〜〜〜。

橋本
前あったんですけどね、ええと、ええと、高島屋の中だったかな。

阿久津
あ〜〜〜、あった、気がする……

橋本
高島屋の、あの、ええと、新宿の南口の、そこでオアシスの新譜を買いました、あの、あれか、スタンディングオンザショルダーオブジャイアンツ。

阿久津
あ〜〜あの、一番、有名な。サークルとかは入ってたんですか。

橋本
あの、ゆるい、音楽サークルに入ってました。大学1年のスタートってけっこう死んでて、ほんとに死んでて、まあ上京してきて、なんかよくわからないんですけどいきなり白木屋のバイト始めたんですよ、バイトしたことなかったんでまあきつくて、10日でやめたんですけど、でなんか、入学式、早稲田ってあのけっこうでかいんで、まああの、なんかこう、すごい、にぎやかというか、サークルの感じとかすごいなじめなくて、いろいろ行ったんですけど、あの、野球サークルとか、あとエジプト研究会とか。

阿久津
エジプト。

橋本
あの、あの先生がやってるじゃないですか、吉村、吉野、あ吉村先生。まあなにひとつ馴染めず、サークルもまあ入らなくていいやって。でまあバイトもそんなんで、まあ大学なんで、語学の、クラスしか、ないじゃないですか、まあクラスっていっても。秋に、なんかサークルの、募集があって、なんか2人で作ったサークルだったんですけど、早稲田の4年と、3年かあのとき、慶應の3年が。なんかよくクラブスヌーザーでよく遊んで、会ってたっていう2人で。でまあ、行ったら、4人だけで、すんげーなじむなあと。なんか、冴えない連中ばっかりで、自分と同じく。でなんかこう、居場所ができた、みたいな。

阿久津
いやーでもそうですよねなんか、知り合いも、地元が違ったらいないですもんね。最初きついですよね。

橋本
そうっすねえ、ずっっっと大学の図書館にいましたもん。

阿久津
あ、図書館に。

橋本
で金もないから、水持ってって、で当時、早稲田通りにマックがあったんですけど、でそこで、当時ハンバーガー68円だったんですけど、デフレで、ハンバーガー3個くださいって。だいたい一日言葉を発するのはマックで、ハンバーガーくださいっていうのと、図書館で、なんか借りるとき。あ今日も、言葉2つしか発してないなって。

阿久津
授業は普通に出てたんですか。

橋本
や、あんま出てなかった。

阿久津
あんま出てなかったんですね。

橋本
面白い授業はいっぱいあったんで。高橋世織って先生の映像文化論って授業とか。文学部で、いくつか潜ったりしてたんですけど。政治経済系とか1ミリも面白くなくて、結局。

阿久津
結局。

橋本
もういいやって。

阿久津
へ〜〜〜、図書館、へ〜〜〜〜。
なんか。なんか、本読んでて、あの、あの〜、あ、僕の場合だと、中学3年生のときに、あの〜〜〜、なんか、父親の知り合いというか友だちの先生で栃木の歯医者さん、通ってたんですね、あの、週何回、あ週何回じゃない、月、月1回とか、月1くらいで電車でこう行ってて、でそのそれはちょうど受験の時期だったんですけど、なんかその時期に、電車に乗りながら、あの、よしもとばななの『白河夜船』を読んでたっていうのが、あの、なんていうんですかね、で、あの、エレファントカシマシの、ベストアルバムみたいなやつMDで聞きながら、ていうか日本語聞きながら本読むって今僕はちょっとできないんですけど。

橋本
はい、わかります。

阿久津
なんか、それのシーン、妙になんか記憶に残ってて、『白河夜船』の内容とかまったく覚えてないんですけど、なんかその、読んでた場面ていうのが妙に覚えてるんですけど、エレカシのというか歌と車窓の冬だったんで平野で雪とか、ずっとやっぱ景色変わらないんですけど、雪は『白河夜船』の印象と混ざってて実際は降ってなかったかもしれないんですけど、一緒くたに、なんか一緒くたになって覚えてて。
なんか、その、大学時代とか図書館とか、まあ大学時代に限らずですよね、なんかそういう、なぜか覚えてる読書体験、みたいなものってありますか。

橋本
なんかその、話聞いてて、ちょっと思い出したんですけど。基本的に音楽聞きながら本読まないんですけど、ま大学のころ、チャレンジしてて、でやっぱり日本語とは、難しい。じゃ洋楽だったらいいかって、でもやっぱ洋楽もやっぱきつくなって。『海辺のカフカ』を読んだときに、あの、あれ、なんていうんだろう、ヒカルっていう、アーティスト名なのか、アルバムなのかちょっと。多分アーティスト名で、アンビエント系のミックスだったんですけど、いまだにね、あのCD聞くと、あのカフカのあのひとつひとつのシーンが浮かんで。カフカの表紙見ただけでもあの音楽が聞こえてくるっていう。かつあの西武新宿線の、だいたい電車のなかで読んでたので、その感じとか。あれが一番なんか、ですねえ。
なんか最近だと、去年かあれ、去年の冬か、佐藤多佳子さんの『黄色い目の魚』って本、すすめられて読んだんですけど、なんかすごい、すごいいいですって言われて、早く読みたいなって思って、で、寝る前で、子どもたちに絵本を5,6冊くらい読んで。

阿久津
何冊?

橋本
絵本をたぶん5,6冊くらい。まあだいたいそれくらい読むんですよね。

阿久津
それって、最初から最後まで読むのを6冊やるんですか。

橋本
はい。でもまあそんなに長いものは。死ぬほど長そうなやつとか持ってこられたら、それだったらこれだけにしよとか、それだったら3冊いくかみたいな。基本的に読むのすごい好きなんで。
でまあ寝たかと。10時半とかに、じゃあよし読むぞって、で2時半くらいまでで、2時半、いや2時くらいかな、読み終えたんですけど、もう、いやあの本ほんとによくて。ラストらへんですっごい涙が静かに出てきて、その光景はなんかすっごい強烈に覚えてますね、いまだに。すーすー子供達が寝てて、でまあ、けっこう月の光が入ってきてて。仰向けになりながら読んでたんですけど。

阿久津
あ、布団で、へ〜。

橋本
こんなふうに涙って伝って出るもんなんだって。いいんですよ。

阿久津
あ〜〜、いい〜〜〜。そのとき電気ってどうしてるんですか。

橋本
だいたい、あの、iPhone使うことが多いですね。

阿久津
え、あの、iPhoneの照明みたいな。めっちゃ目に悪そうですねえ。

橋本
あ、いや! 角度いい感じにすると、けっこういいんですよ! あ、でも違う、このときは、あの、なんていうんでしたっけ、ランプシェードっていうか。

阿久津
ベッドの横に置いてるんですか。

橋本
いや、そういうものは置いてないですけど、なんか、子どもたちと遊びに、アンデルセン公園ていう公園がうちの近くにあるんですけど、そこの子ども美術館ていうやつで、なんか、ワークショップみたいな、それで読んでましたねあのときは、もう電池が切れて補充してないんで。

阿久津
あッあッ! 子どもたちと作ったライトがあってそれで読んでたってことですか、それなんか、それなんかすごいいい光景ですね。へ〜。へ〜。

橋本
真ん中でピキッとするやつなんですよ。あ、でも、あの、『満ちみてる生』はめちゃめちゃよかったです、あの時間、大切でしたね。

阿久津
あ、そうか、そうかやっぱ、よかったですか、それは。

橋本
これはね、誰かとその話したんですけど。いや、あの、フヅクエの読書会の話になって、たぶんね、あれですね、(植本)一子さんの、『降伏の記録』の話になって、あれ、違う? 『降伏の記録』はやってませんでしたっけ。

阿久津
あ、やりました。

橋本
それに参加したって言ってた方がいて。書店員さんとかだったかな。

阿久津
男性ですか?

橋本
うーん、うーん、男性、だと思う。すっごいあやふや。でもなんか、そういう話になって、あ読書会の話になったのかな、それで私もあの、ジョン・ファンテの『満ちみてる生』って本の回に参加してっていう、最高によかったですよっていう話をした。フヅクエの読書会は、いいですねやっぱりよかったですね。

阿久津
あそうですか、それは、めっちゃいいことですね、よかった。
あの、なにか読む読まないの選択のときってなんていうか、ありますなんかこう、なにを根拠に選択するみたいな。

橋本
そうですね、まあでもそれこそ、なにか読んで、その作家に触れて、あとイベントとかも行くんで、そこで対談相手の人を知って、まあ、この2人はどういう関連なんだとか、どういう意図で書店員はこれブッキングしてるんだろうなとか、まあじゃあこっちの人読んでみようかなとか。まあやっぱ一冊から、どんどんどんどん、読みたいものが広がっていく。あとまあ、本屋が不自然に推してるとか。

阿久津
あ〜〜、不自然に推してる。

橋本
まあ例えば、まあ新刊でも、わかりやすく多面展開しているとか、すんごい、一冊だけ、あからさまにロングセラーっぽく。5年前の本だけどまだ置いてるんだなみたいな。そういうのは、仕事柄そういうのは、まったく、飛び込みでも休みだろうが、この棚は誰が作ってるんですかみたいな話はして、この本はそんなにいいんですかみたいな、だいたい聞くんです、で話聞いて買ったりとか。
まあやっぱけっこう、やってるとどんどん広がっていくんで、すごい、本好きだっていうのをちょっとずつ認知されだしてきて、あと薦めればたいてい買うことが多いっていうのもちょっと、バレてきて。まああの、薦められたりしたときに、全然、私あの、興味ないですみたいな顔して、聞くんですけど、全力でプレゼンされたら迷わず買おうっていうのはやっぱりあって。やっぱり勉強になるんですよね、逆もそうだろなって。自分のためにこれだけ時間を使ってもらってるんだから、まああっちは売ることが目的、書店員さんだから売ることが目的の一つだとは思うんですけど、でも、とは言えこれ橋本さん好きそうだしとか。対価として、本を買いたいというのもありますし、まあ絶対この本、ほんとにいいんだろうなみたいな、まあやっぱいろんな面が重なって。
だからそういう、偶然の出会いは、面白いなって思っている。やっぱりまあ、聞くことが多いですね。

阿久津
なんか、本ってやっぱり読むのに時間が掛かるじゃないですか。音楽だったらこのアーティストがいいよって言われて、でまあ一曲5分とか一枚50分なり、とりあえず一回聞いたらまあなんか、消化、みたいな感じにできちゃうじゃないですか、でも本だと一冊一冊どうしても時間が掛かっちゃうから、読みたいもの全部手に取れるわけじゃないじゃないですか。溢れちゃいません? なんかこう、いっぱい、いろんな人から。

橋本
まあやっぱ積ん読は死ぬほどありますね。

阿久津
死ぬほど。

橋本
積ん読はあんまり好きじゃないんで、なるべく、読もう読もうとは思ってるんですけど。積ん読も、一定程度の積ん読は心地いいんですけど、もう、わかんなくなる、だからもう積ん読でもなんでもない、単に買っておしまいになってる本になってるのすごいストレスなんで。だから……たくさん読もうと。

阿久津
たくさん読もうと。えっへっへっへ。

橋本
ただ、ただ、これはずっと思ってて、なんか、これ、『家族最後の日』を読んだときに、一子さんにメールしたんですね、いや、こういう仕事だし、まあ実際仕事面でもいい意味でたくさん読まなきゃいけないしたくさん読んでるんだけど、つって、でなんか、常々、消費とどう違うのかなって、思ってるんですみたいな話をしたんです。ほんとにすごい一冊と出会ったら、まあ一生とまでは言わないですけど、ずっとその本のなかで浸ってて、一年とか二年とか過ごしてもいいんだろうなって、思ってて。で今ほんとにこの『家族最後の日』を読んで、そんな気持ちでいますみたいな、メールをしたんですけど。ほんとに、けっこう、ずっと思ってるんですけどね、なんか、ほんと消費だなあって。

阿久津
一冊読んでなんか致命的に、なんだろうな、ちょっと立ち直れなくなるというか、基本、まあ、毎日本開くじゃないですか、それが、衝撃を、あまりに受けてショックを受けちゃって、2日、まあ2日くらいでいいか、2日くらいは、ちょっと、本を手に取れませんでした、みたいな、そういうことってあったりしますか。

橋本
あー、ありますねえ。

阿久津
あ、ありますか。

橋本
あの、それかその、全然違うジャンルの本を読むとか。

阿久津
あ〜、なるほどっほっほ。

橋本
ビジネス書読むとか。図鑑読むとか。

阿久津
それなんか最近起こったのって。

橋本
『千の扉』はほんとにそうでしたね。

阿久津
まあなんかそうなったら、そういう状態になってるんだったら、消費と言い切れないんじゃないか。僕なんかはやっぱ軽薄にどんどん読み続けるんですよね。終わったら次終わったら次。僕はだからほんと消費だなって思うし、なんかまあ自分でも趣味っていうふうに言ってるんでそれでいいかなって感じでもあるんですけども。

橋本
そっか。川上弘美さんの、『森へ行きましょう』って読まれました?

阿久津
いや、川上弘美ってほとんど読んだことないんですよね。

橋本
なんかね、非常によくて。

阿久津
え、なんか、鳥、鳥のやつもありましたっけ。最近、わりと。ちょっとSFっぽいかなにかの。

橋本
うーん、え〜。

阿久津
あ、あのその、森、それ今年のやつですか?

橋本
出て、2,3ヶ月、2ヶ月くらい前くらいでしたね。あれは、めっちゃよかったなあ。

阿久津
それはけっこうショック、ショックな。

橋本
ふ〜ん、なんか、なんか、世界観にがっと入ると、まだそこでなんかふわふわしてたいなとか。あとはまあ、意味を当然取りきれてないんで、ちょっとふわふわしながら反芻して。

阿久津
もうひと回りとかはします?

橋本
パラパラっと読むことが多いです。なんか染み込ませたいなと。

阿久津
あ〜、染み込ませる。
橋本さんってあの、なんか、橋本さん、ってなんかすごい本好きですよねっていう。なんかあのけっこうすごい感じですよね。

橋本
はあ好き…… まああの、好きなんですけど、でもあれ、あれですよあの、頭木弘樹さんって、『絶望名人カフカ』の。でもずっと、気になってて、なんかすごい仲のいい書店員さんが、たまにツイッターでやりとりしてるのとか見てて、あ信頼できる人なんだなって。こないだTitleでイベントがあったんで行ったんですけど、すごいよかったんですけど、『絶望図書館』ていう新刊が筑摩から出てて、アンソロジーで、それで太宰の言葉が書いてあって、基本的に満たされたりしてる人は絶対本なんて読まないと。まあでもそういうことなんだと思います。

阿久津
ふ〜〜〜ん。

橋本
まあだいたい常に救いを求めている。

阿久津
はあ、へ〜〜〜。

橋本
そういう感じでもないんですけどまあ、うん、いやでも違うな、そういう面もありますけど。一方で、すごいあの柴崎友香さんのエッセイで好きなエッセイで、『よそ見津々』ってエッセイが、日経新聞から、出てて、たぶん文庫にはなってないんですけど、そのなかで、本の世界ってすごいってなってて、今が一番本を読んでるし今が一番本を読んで面白いって。なんかそれは今自分がすごい作品を書いてるからとかうまくなってるからとかではなくて、本をずっと読んできたからだと。一冊読むと、三冊の世界が広がる。それがどんどんどんどん増えてるから、どんどんどんどん楽しみが、2乗3乗となって、広がっていくと。ああいう文章ほんとに、ほんっとになんか、みずみずしさがすごくあって、軽やかで、なんかもう、言葉が踊ってるような感じなんですね。けっこう好きな文章あると、ひたすら自分で書いて、デスクにベタベタ貼ったりしてるんですけど、まああと、もう全文、当然コピペとか、できないししないから、全文わざわざ、2ページ分くらい書いて、Facebookとかに貼ったりするんですけど。

阿久津
あっはっはっはっは。

橋本
なんかその言葉を自分の体にしたい。で柴崎さんが書いていたのはその、なんかすごい好きな音楽を聞いたときのように、もう、その言葉の羅列に思わず踊りだしてしまう。かっこよくてわくわくして、すごい! と。まあなんかこの軽やかさだなって。まあその、太宰が言ったようなことももちろん、そういう面もありますけど、まあ、そういう面もあっていいんですけど、表面上は柴崎さんが言っているようなことのほうが、なんか、そういう、自分でいたいなという。苦しかったり、そういう事実があったとしても。そういうのは水面下でいいのかなと。

阿久津
だいたい毎日読んでます?

橋本
そうですね、基本的には。

阿久津
どんなときに読んでるんですか?

橋本
営業職なんで、たぶん仕事のなかで職種のなかで一番読める。移動時間がすごい多いんで。まあ基本的にはずっと。

阿久津
電車に乗ったら。

橋本
そうですね、通勤もそうですし。まあ、よくないかもしれないですけど歩きながら読んだりもします。

阿久津
それはよくなさそうですね。

橋本
えっへっへっへっへ。

阿久津
キンドルとかは使います?

橋本
いやー、けっこういっとき、仕事でも、まあなんか、電子版のチェックが多い時に、なんか。疲れちゃうですよね。けっこうあの、その、会社用にもツイッターをずっとやってるんで、もう、電子画面は見たくないっていう、見たくないっていうか、それ以外では。

阿久津
僕は持ったことないんであんまわからないんですけど、なんか紙みたいなやつなんですよね、なんかあの。

橋本
えーとあの、なんでしたっけ、キンドル、キンドルなんたらペーパー。

阿久津
イーインク的な。でもなんか違います?

橋本
あ、実際、目にはやさしい。目にはやさしい。

阿久津
行為として、デジタル画面は見たくないということですか?

橋本
うーん見たくない、うーん、そうですねえ。いや、いや、なんかその、インクの匂いがどうとか、めくる行為がどうとか、ていう言い方はこう、違和感は別に覚えないんですけど、まあなんかそういうのもあるかもねとは思うんですけど、ただ全然、その論に同調する気はない、同調、できないんですけど、一番なんかスッと思ったのは、内沼(晋太郎)さんが結局まだインターフェースとして全然至ってないと思いますっておっしゃってたのがあって、その話が一番納得できたのかな。

阿久津
遅いとかですかね。

橋本
やっぱ、すっごい完成形なんだと思います。(手元の本をぱらぱらとめくる。川添愛『自動人形の城』)

阿久津
今の動きとかそもそもあれですもんね。

橋本
あの、ま、この本読んでて思ったんですけど、そもそもその、ロボットにあの、言葉を教えるっていうのが本当にとてつもないことだと。ある王様が、例えば、笑いを、笑わせることはすっごい難しいとか、その人が、人間なのか、自動人形なのかを判断するメソッドとして笑いを持ち出せば一発で絶対に絶対にわかると。それはその、ま、簡単な笑いだったら覚えるかもしれないけれど、例えばノリツッコミであるとかいろんな笑いの手法を、いくつか繰り出して、いわゆるあの人間の自然な反応が返ってこない、それはロボットだと。あといわゆる常識ってものを認識させるのがすごい難しいって書いてあって、そんなん、1000万パターンくらいやれば常識なんて認識させられるんじゃないかと、いやそんな1000万なんていうプログラミングなんてまったく、ちぐはぐすぎるくらいなんですよと。それとけっこうこの紙のめくりの感じとか、一発で開けちゃう、手で折ったところがあるとかって、デジタルでやるのってとてつもないことなんじゃないかなと。キンドルとかで性能上がっているところがあるにせよ、まったく至らないんじゃないかなって。

阿久津
それはそうかもしれないっすね〜。

橋本
ものとしての本が好きだっていうのがあるのかもしれない。

阿久津
あ〜、完成したプロダクトとしてのみたいな。それにしてもめちゃくちゃ買ってますよね。

橋本
もうだって、本さえ買えれば他になにもいらない。

阿久津
へっへっへっへっへ。

橋本
それはほんとに。

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