本の読める店

読書日記(17)

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1月21日

フヅクエの入っているビルの隣の隣に本屋さんがあって『Number』がほしいときに立ち寄っていた。そこが先月だか先々月だったかに突然閉店の張り紙を出していて、驚いた。どうなるんだろうか、閉まったままになるんだろうか、誰かここでいい本屋さんをやったら、それはちょっとうれしいのにな、と思っていたら先週くらいからシャッターが上がって何もないスケルトンのがらんどうの状態の箱の様子が見えるようになった、工事の業者が入っている姿を見かけた。今日通ったら張り紙があって「磯丸水産」とあった。

1月22日

変に朝早く起きてしまったので保坂和志を読んでいると朝から気持ちがいい。
「私は夫に殺されたんです」というじゅんの法廷での発言を思い出して、『坂の途中の家』で描かれる暴力と『ハッピーアワー』でじゅんが被っていた暴力を初めて一緒のものとして考えた。坂をあがりきったところに暮らす重い買い物袋をさげて上がってきたじゅんの目の前にいる夫とそこからまたさらに狭い階段をあがって家に入り出す麦茶と掛けられる麦茶と広々とした窓の外に広がる見晴らしのいい景色と射し込む光と室内全体の薄暗さとを思い出す。感謝してる。という桜子の戸惑いつづけているように見える顔を思い出す。うたたねから目覚めて薄目を開ける桜子の顔を思い出す、フェリーの出港。言葉を掛け合う親子。それらを今書きながら一つずつ思い出す。

昨日はとっても忙しかったようにも見えたし途中で忙しいのは自分が仕込みをしているからだと思った程度に停滞というよりは安定、静かな安定を見せていたというか要は動きがない時間というか、夜はやっぱり暇だなということでしかないけど、だったのだけど、結果的に最初の週の3連休の3日目で樹立した一日のお客さん数記録を1つ越えた。伝票を途中で数えてあと何人来られたら最高記録だなとか思ってからずっと止まっていたのだけど、じわじわと詰めていき、10時40分、その日最後に来られた方で越えた。ブルーハーブのなんの曲だったかボスの落ち着いたフロウの「記録更新中の音のxxxに」というワンフレーズだけを思い出していた。

最後の乾杯のグラスの音に 記録更新中の音の底に 東京に そしてそれぞれの地元に 宮古 京都 そして今日の札幌に ここにこうして俺達は生き残りいつか皆がそろい遂に未来は俺等の手の中

そう未来は俺等の手の中なんだよな、と今思った。ずっとそう思っている。その未来は、いつやってくるのだろうか。
だからけっきょく12時間、ほとんど座ることもなく動き続けていたら、12時間立ち続けているのはちゃんと疲労する、ということを明けて今日の体の重さでやっと得心する。とても働いた感があってうれしい。昨夜はボラーニョを開いたら2ページで落ちた。

そして今日日曜、それが全部とてもいいことだとは全然思わないのだけど、なぜならとても滞在時間が短い方がいることで実現していたことなので、諸手を挙げて喜ぶことではないのだけど、昨日更新された記録が今日の18時の段階で破られた。もう一度書くと、昨日更新された記録が今日の18時の段階で破られた。12時間掛けて更新された記録が6時間で破られた。それはすごい事態だった。これは明らかにOZマガジンなんだろうなと思った、それはどこまで歓迎していいかわからないことだった、完全に参考記録だよなと思った、でもまあこれで、知ってもらって、そのなかの何人かでもまた来てくださるようなことになれば、うれしいし、いいことだ。
10時を過ぎてやることもなく落ち着いたので何か読もうと思ってロジェ・グルニエを開いた。「サン=ジェルマン大通り」という章だった。

19日土曜日。けさ、ついにパリ市民が蜂起した。市庁舎、裁判所、ノートル=ダム大聖堂に、三色旗が掲げられた。車列をなして通りすぎていくドイツ軍が、これをみて驚いている。わたしは本能的に、いくつかの要所に足を向けてみたが、そこから他の地区に向かって、三色の記章が、窓からは旗が、ショーウィンドーにも小さな三色旗が、じわりじわりと広がっていった。 ロジェ・グルニエ『パリはわが町 』(p.65)

と、本を開くやいなやいきなり市民が蜂起したのでびっくりした。俯瞰したときに色彩が網目状に広がっていくような様子がなんだか気持ちいい。と思った。

機関銃を手にした兵士が、わたしをぐっと押す。どこかに連行されるのだと思って、わたしは一歩前に歩いた。けれども、そうではなかったのだ。壁の前で、ゆっくり身体の向きを変えろというのだ。わたしは、これはもうだめだと確信した。そして、じっと注意を凝らしながらも、心の底では、自分はまだ人生でなにもしていないのに、「もう終わりか」と思い、腹立たしかった。いまにも起こるできごとを前にして、わたしが見ていたのは、死ではなく、生の終わりなのだった。 ロジェ・グルニエ『パリはわが町 』(p.67)

死ではなく、生の終わり。もう終わりかと思い、腹立たしかった。今、死を宣告されたとき僕は何を本当に思うのだろう。年の暮れくらいからずっとそれを考えている気がする。なんというか、憤りながら考えている気がする。死を宣告されたとき、僕はその宣告を握りつぶしたくてしかたがない。嫌だ、とだけ言いたい。どうしても嫌だ、と言いたい気がするが、実際はどう考えるのか。なぜ、そこまでして。なぜ、そこまでして、腹を切らなきゃいけんのか、なぜ、そこまでして、プライドを見せつけなきゃいけんのか、俺にはようわからんが、すごい、それは、素晴らしいことだ、かもしれません、か?

1月23日

ワン・ツー・アンド・スリー・アンド・フォー。先週だったかと同様に肩に張りを訴えて登録抹消になった。先週は寝違いだと思っていたけれど、たぶんこれは寝違いではなく疲労なんだとわかった。昨日の途中でわかったけれどコーヒーをたくさんドリップすることで蓄積されていく疲労が翌日にこうやって出るようだった。考えてみるとたしかにそれは重たい行為だった。そのためコーヒー屋さんはすごいと思う。途中から左手でドリップしたりもするようにした。ダルビッシュの130km/hとか出す左投げのように、左手でも変わらない様子でドリップできるようになりたい、ような気がした。保坂和志を朝から読んでいた。朝から気持ちがいい。定食屋、あと7日。2月よ、ここは面倒迎えに来て。と思う。定食屋が面倒ということではなくて、早く次の景色を見たいということだった。全然お客さん来なくて「マジかよやっぱり昼は定食屋やるしかないのかな」と思うなら思うで早く思いたいだから見たいというそういうことだった。

そんなことを言っていたら定食屋が来月からの予行演習のような暇な日になった、暇だし全員お一人さんだった。それでロジェ・グルニエを開いたりしていた。実際、考えているのはこんなペースな気がする。こうやってお昼を食べにくる方が何人かいて、それからフヅクエに、6時までのあいだにぽつぽつぽつぽつぽつと来てくれたら、と思っている。ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、つまり5人。フヅクエに、どうだろうか。厳しい気もするし、大丈夫な気がするその大丈夫な気は絶対に週末の昼間の見え方に影響を受けていて、甘い見通しを立てるなと言いたいが、期待するだけは期待してしまうのはしょうがないかもしれない。ともあれパリでは朝も夜も銃撃戦だった、僕は朝も夜もひとつの大きなかたまりを無数のかけらにして散りばめながら考えていた。パリでは朝も夜も銃撃戦だった、グルニエたちは、銃弾の嵐のなかを駆け巡っていた。なんでそんなことが起きているのか意味がわからない。意味がわからないというのも本当にバカみたいな物言いだけど、銃弾が飛び交っているなかを通るという決断をできる意味というか根拠というか支えというかがわからない。
昼飯をバカ食いして眠くなって「さあ、買い出しを先にして、そうしたら昼寝するぞ」とろくでもないことを考えながらもう一つ保坂和志を読んだ。素振りの話のところで、これは一度webで読んでいて面白かった。その面白さとは別のところで

私は最近なんだかやたら、まわりの人たちが学校の教室にいた子どもたちの変奏にしか見えないのだが、たとえばクラスで飼っていたウサギがある朝学校に行くと死んでいた。先生がすかさず、
「誰か感想はありませんか?」と言うと、
「ハイ!」
と言ってすぐに手を挙げる優等生がいる。
「ピョンちゃんはきのうまで生きてました。ぼくたちはピョンちゃんが元気だとばかり思っていましたけど、ピョンは本当はどこかが痛かったのかもしれません。
ピョンちゃんの痛さや苦しさをわかってあげられなくて残念です。」
と答えるバカ。 保坂和志『試行錯誤に漂う 』(p.101)

ここを読んで声を上げて笑った。夜も極めて暇だったので保坂和志を開いていた。本を読みながら営業するスタイルを身に着けていきたい。それの練習をしているような感じだった。

これはいつものことではないが、その女の子の脚がよっぽどきれいに伸びている場合、意識はいくつかの印象的な脚を思い出す。たとえば、三年前だったか、夏、鎌倉駅のホームに女の友達と二人で立っていたTシャツにショートパンツの子の脚、まだ十代だった、背は高くないがお尻が上がっていて、お尻のトップからショートパンツの生地が太腿につくのでなく太腿と隙間があいてぴらぴらしていた、そういう上がったお尻のショートパンツを見るといつもカール・ルイスのお尻を思い出す。鎌倉駅のホームにいたその子はぺったんこのサンダルだったのにまるで爪先立ちをしているようだった。
「そういうときは、「きれいですね」って言えばいいんですよ。」と、デザイナーをやっている女の知り合いが私に言った。
「言えないよ。」
「カメラマンだったら言いますよ。その場で声をかけないと二度と合えませんから。」
そこで私は「だからカメラマンは女に手が早いのか」と思ったが口には出さなかった。
というその会話まで、女の子の脚を見ながら思い出すこともある。(…)音楽という、早回しすることに限界があるだろうものさえ記憶の中では十倍とか二十倍の速さで再生される、――のだとしたら、右の会話が一秒で頭の中で再生されても不思議はない。
「意識の流れ」は小説として、ということは文章として線的に記述されたものだ。単線的とまでは言わないが、同時多発的・同時複合的に展開されつづける意識とそのまわりのことまで記述したわけではない。実際の意識において、ここにいままで書いてきたことは順次的に起こるわけではなく、ほとんど一挙に起こる。 保坂和志『試行錯誤に漂う』(p.122,123)

ワン・ツー・アンド・スリー・アンド・フォー。右の会話が一秒で頭の中で再生されても不思議はない。ほとんど一挙に起こる。この章は「一人称を意識にちかづける、私の関心はそういうことになってきた。」で終わる。右の会話が一秒で頭の中で再生されても不思議はない。ほとんど一挙に起こる。ほとんど一挙に起こる。ほとんどが、一挙に起こっている。

明日は映画を見に行こうかと思ったけれどやっぱり行かないだろうなという気になっている。本当に映画を見ないようになってきているな、と思っている。

山に神が宿る。山に霊性がある。
しかしこの言い方は、山を比喩の媒介項としているわけだから、現実に自分がこの目で見ている、自分の遠く向こうに現前と存在している山を最終的に空疎化して、その向こうの(ありもしないかもしれない)神や霊性に山を譲り渡してしまう。
この目が見ている山がまさにそれなのだ。それとは山のことだ。
神とか霊性とか、他にどんな言葉が出てきたのでもいいが、山を見て激しく動かされた心が生み出した言葉や概念はすべて、山のことなのだ。他の何物でもない、まさに山なのだ。
山の向こうに山以上の何かがあるのでなく、山がある。山を見て人が山より大いなる何かを予感したのだとしても、それはまだ汲み尽くしていない山のことだ。目の前にある山を見て、言葉はわずかなことしか語らず、語りきれないものが山の向こうにある何かであると人は感じるのだがそれは山だ。 保坂和志『試行錯誤に漂う 』(p.133)

最・高。

1月24日

過度に無駄に早起きをしてしまって朝からボラーニョを読んだところ読み終えた。得体の知れない、塊のような恐怖。この先何度も描かれることになる恐怖が描かれていて、最初期の作品だと思っているから思うことなのかもしれないけれどもエッセンスという感じがした。濃密で荒々しくて、それが希釈されて他の作品になっていくような気がした。これもこれから何度も使われる人物のちょっとした評伝のような形式のエピローグに一番ぐっときたかもしれない。

マルセル・レノー 1915年シャトールー生まれ - 1985年パリ没
マダム・レノーは戦争とブロックマンの死を驚くほど気丈に耐え抜いた。1944年には女性向け衣料品を扱うデュブレクス兄弟社に秘書の職を得て、そこで三人目の夫となる社のお抱えデザイナーと知り合い、1947年に再婚した。子供はいなかった。そのいっぽうで充実した生活を送った。1955年、夫に三たび先立たれた。再婚することは二度となかったが、折に触れて愛人をもった。デュブレクス兄弟社で定年まで勤め上げ、成功と多くの友を得た。ときおり若いころを思い出しては涙をこぼしたが、それは理解しがたいイメージの連続に困惑した老婦人特有の涙だった。最初の夫の顔、雨、太陽、カルチェ・ラタンのカフェ、ピエール・パン、一行も読んだことのない詩人、女友だちの優しさ、何かの物語のなかにぽっかり開いた空白、その空白は歳月とともに小さく縮んでゆき、次第にその意味も失って、もはや沼地というより砂漠に近いものになった。マダム・レノーは旅行記を読んでいる最中に心臓発作で死んだ。ポルトガル人のお手伝いの女性が三時間後に亡骸を発見した。 ロベルト・ボラーニョ 『ムッシュー・パン 』(p.172)

書き写していて、すごくいい。この小説のハイライトなんじゃないか。すごくいい。 それにしてもそうか1938年のパリか、ドイツによる占領の足音か、みたいなところで、まったく図ることなく『パリはわが町』と同じあたりの話だったことに最後になって気がついた。

昨日の夜に保坂和志を読んでいたら明日というか今日はベケットを買って読もうかという気が起きてきた。それをダラダラと読みたい。ダラダラと間欠的に読みつづけているその状態をなんだかとても楽しみなものに思っている、つまり早く2月になってほしくて、営業中にダラダラとベケットを読むようなことがしたい、と思っているらしい。この感覚は12月に早く帰省して実家のこたつでダラダラと『煙の樹』を読みたいと思っていたその希望とわりと寸分違わない感じがする。寸分。一寸。寸時。寸時もゆるしません、だったか、先週に吉祥寺で見かけたこの敷地内に駐車しないでくださいという警告文に寸時という言葉があった。
それでバスに乗って神南一丁目でおりると東急ハンズに行くと2月から店に必要になるものをいろいろ買って東急百貨店に行くとエレベーターに乗ると丸善ジュンク堂に入るといろいろと見たところ何も買わないことになった。ベケットは、知らなかったのだけどわりと絶版とかなのだろうか、フランス文学の棚をずーっと見ていて何度見ても見えないから「いやいやベケットだろ?w」と思ってAmazonを見たら『名づけえぬもの』とか『モロイ』は絶版なのか、『名づけえぬもの』読みたい心地だったのだが、と思ったりしたのち、来週には植本一子のやつもツイッターで見かけて次の読書会にしようと思った『ビリー・リンの永遠の一日』も発売になるし、というところで何も買わないことにした。眠かった。道玄坂のほうに回って信濃屋で新しいジンを買ってどこか喫茶店に行って本を読むことにして茶亭羽當にしようかと思っていたのだけど近くに名曲喫茶ライオンがあることがわかったので行ったことなかったし行ってみたかったし行った。百軒店を入って少し行ったところにあった。
クラシック音楽が流されていた。入ると、見る限り全部4人席でだいたいどのボックスも一人で、人々はスピーカーの方に向かって座っていて、二人並んでスピーカーを向いていい姿勢で座っている美しい人たちもいた。僕は隅っこのところを見つけたのでそこにいった。『触れることの科学』と保坂和志を読んで過ごした。ライオンはすごくすごく心地がよくて、普段聞かないクラシック音楽もすごくかっこうよかった。ゆっくりいい場所で本を読みたくなったらまた来ようと思った。

「あなたたちのように犬や猫にやさしくしてあげていると、きっといいことがありますよ。」
と言ってくれたのだが、「いいこと」はすでにある。毎日猫の世話をして、猫の心配して、猫のために心を砕く、それが「いいこと」だ。
これだけでは唐突すぎてわからない人がいるかもしれないが、これ以上の説明は難しい。猫が好きで猫のために心を砕いている人間にとって、猫が好きで猫がいること以上の「いいこと」はない。猫は別に千両箱をしょってくるわけではなく、ここにいてくれればいい。
『吾輩は猫である』で迷亭が、古代ギリシアでは知識(作中表記では「智識」)に対して何も報酬が与えられなかった、それは何故だと思うか?と問う。
答えは、知識こそが人間にとって最も価値があるからだ。もし知識に対して金額などの報酬が与えられたら、知識より金銀の方が価値があることになってしまう。したがって知識に優るものはないのだから知識に対しては与えるに値する報酬がない。猫が好きな人間にとっての「いいこと」とはそのようなものだ。 保坂和志『試行錯誤に漂う』(p.139)

大好き。
「あらゆることは人間にとって、まさしく、まさしくいま起こるのだ」というボルヘスの一節を思い出すというか、今この瞬間、これこそがそれだ、と考えながら生きていきたい。愉快で明るい未来を思い描くのと同時に、先々の不安をどうにか手懐けていくのと同時に、今現在をビビッドに感じながら、それを喜びながら、生きたい。

ボルヘスさんはこうも言っている。
「地上のどこかに、あの光を発する人間がいるのだ。地上のどこかに、あの光そのものである人間が存在しているのだ。」 まさしくいま起こるのだ | fuzkue

1月25日

昨日はひきちゃんがわりと急遽な感じで入れるという話で入ってもらったのだけど週末が予期せぬ忙しさで疲れていたためにありがたかった。それで泥のように眠りたかった。そのため主に昼寝をした。するとすっきりしたため一所懸命になって働いた。
スーパーに行ったら品出しの男性二人が弛緩した口調で「ポテトパーティかよく知らないけど」「あー このへんの人よくやってる」「そう」と話していて、そのトーン、応答のしかた、話者の組み合わせ、本当は全然違うけれども状況すら、それらがどうにも岡田利規の『三月の5日間』を思い出させた。デモに参加している二人の青年の弛緩した話、その場面を思い出してそれからリップを塗って女になる男、円山町のラブホテルから駅へ、もう一度ラブホへ、嘔吐。

1月26日

恵比寿の長い長い歩く歩道に沿っているあたりの坂道でペダルを漕いだどれかの一足のその瞬間にふいに大学のときに暮らしていた町の何かの感触がやってきて、一瞬で全部消えた。
東京都写真美術館に行って3つの展示と1つの映画を見た。2階の展示の最初の人のおびただしい数の建物の広い景色を見下ろしながら東京上空を飛ぶ輪郭だけになった鳥の写真を見ながらこうやって私たちはさえずっているような気がして心強かった、それからその次の人のスカイツリーを写したすごい幅広のやつはどれもとても美しくてこれだけ世界を美しく眼差してくれる人がいるということが心強くなった、これだけ世界を美しく眼差してくれる人がいるといういことはきっとこの世界は美しいからなんだか大丈夫だと思った。光が、液体みたいだった。見つめ返されるカメラ。無名の人たち、説明もされない人たち、ただある人たちが、声を掛けられ、承諾し、カメラを見つめる、その繰り返しを想像したら僕はとても豊かな心地になった。僕はそれは双方を勇気づける写真のような気がした。双方というか三方を。アピチャッポン・ウィーラセタクンという名前についてはこの一年くらいのあいだで正確に名前を打鍵あるいは発音できるようになった人の数が急増したと聞くが、たしかに私自身このようになんの惑いもなくアピチャッポン・ウィーラセタクン、と打っている。次に私たちが打たなければならない名前は当然ラッタウットだ。しかしこれ以上は続かない。ラッタウット。アピチャッポン、「Ash」がとにかくよかった。記憶みたいなものに迫るために必要なのはこういう映像なのかもしれないと思った。それは一挙にあるような感じがあった。光が液体みたいだった。それからホセ・ルイス・ゲリンの『ミューズ・アカデミー』を見た。本当に久しぶりに映画を見た。何以来だかも思い出せない。今年初めての映画だろうか。おそろしい話だ。途中でうとうとした。羊飼いが出てくるあたりでうとうとした。顔がスクリーンになっていて光が液体みたいだった。美しいいくつものスクリーンになった車が通る人が通る光が通る顔また顔を見ていたら僕はそれで満足をしたしどれよりも老いた妻の顔が美しかった。ロバート・フランクの展示を見たときも老いた妻の顔が本当に美しいなとうれしかったのだけど皺のはっきりと刻まれたそれでいて何か、なんだろうか、何かがまったく衰えていないような顔を見るのが僕は好きなのかもしれない。
久しぶりに来たガーデンプレイスは通年きっとそうなのだろうやたらにキラキラしていた、それを横目に見ながら自転車を漕いで笹塚に行って銭湯に入った。蔦屋書店に行くか銭湯に行くか迷った末の銭湯だった。湯船に浸かりながらぼんやりと考えごとをしていたようなしていなかったような時間を過ごした。10分間。この前に銭湯に行ったのは一週間前だった。その1月19日が7日前で、1月25日が1日前で1月24日が2日前で1月23日が3日前で1月22日が4日前で1月21日が5日前で1月20日が6日前でだから1月19日は7日前で1月18日は8日前だったし1月17日は9日前でということは1月16日は10日前だった。
ろくでもない夕飯にしたくなったので金麦とポテチとひねり揚げを食いながら保坂和志の、ふいに読み返したくなったため持っていた『未明の闘争』を読んでいた。

緑道にはユリの木だけでなく常緑樹の楠やツツジの植え込みもある。ツツジも落葉しない。しかし仮りに緑道にユリの木しかなかったとしても、冬でも緑道は緑道だ。すべて落葉したユリの木でもそれを見ることはカナダのカエデのような形をした大きな葉が茂っている季節を思い出すことだ。彼の意識が葉を茂っている季節を明らかに思い出したりはしていなかったとしても、彼がいる空間がそれを思い出していた。酔っ払って帰るとき緑道を歩くのは夏以来、というよりももう何年もつづいている彼の習慣化した行動だから、あの夜彼の意志がまったく働いていなかったために空間の記憶はいっそう優位だった。そのような状態で彼はかねてから押したいと思っていたチャイムを、あたかも日中の訪問者のように落ち着いて押した。それを彼の意志と言えるのか。
私はあのときチャイムを押した行動が、そのような意志でないものでなく、彼の明白な意志による行動であっても同じことだと言いたいのだ。チャイムを押した男は酔っ払いではなかった。緑道から私の家の前の坂をあがってきたのでなく、始発で出勤するために小田急の線路沿いの道から緑道に向かって私の家の前の坂をくだっていた。男である必要もない。そして彼女は素面のはっきりとした意識において、私の家の玄関のチャイムを押すことにした。 保坂和志 『未明の闘争 』(p.29,39)

1月27日

休日の翌日に起きて体が妙に重いと一体なんなんだよこの体はwwwと思うことになっているので思った。なんの疲れなんだよwwwと思うことになっているので思った。そのためカニエ・ウェストの『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』を聞いた。誰しもがそうであるように僕も「Devil in a new Dress」から「Runaway」の流れというかこの2曲が大好きな身でありただただブチアガる。と同時に冬の気分になる。冬といっても先が見えてくる気になる1月とか2月ではなくて11月とか12月の心細いわびしい冬の夜のことだった。その心細さわびしさに喝を入れるようにこれらの曲を聞いてブチアガる、そういう夜がやってきた。当然ラッタウットだ。夕方だった、スーパーで買ってきたチョコレート菓子を貪りながらコーヒーを飲みながら『触れることの科学』を読んでいた、そのあとで少し昼寝をした。夢を見た。夢の話を私は誰にもしなかった。12月、1月になればすべてが変わると僕は思っていた。1月、2月になればすべてが変わると僕は思っていた。思っていなかった。2月になれば、もう少し寒くなる。だから僕はあたたかい格好で出かけた。夜は『試行錯誤に漂う』を読むかのように更けていった。

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