『若い藝術家の肖像』を読む(40) ほてる、マジック・イン・ムーンライト

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見ると決めている映画については事前の情報を入れたくないため予告編も見ないようにしていて、流れてきたら目をつむるか目をそらすかするのだけど、今日見てきたウディ・アレンの『マジック・イン・ムーンライト』もそうで、マジックが関わる映画だということは知れていたけれど、あとは男と女がピーピー言ってるのが聞こえるだけで、どんな内容なのかは知らないで済ませられていた。
それで、今日は観葉植物のため殺虫剤であるところのオルトランを買うために東急ハンズに行きたかったこともあり、渋谷で見ることにして、丸善に行って先日SNS上で見かけて「面白いかも」と思った小西利行の『伝わっているか?』を買ってからル・シネマに行った。
僕は前売り券を持っていた。先日、「絶対見るんだから、買っておこう」と新宿ピカデリーに寄って買っていたのだった。だから通常1800円のところ1500円で見られる。300円得をしている!それどころか、今日は入場料が掛からないのだから、ただで見られる!くらいのよくわからない感覚でいた。
チケット売り場に並んだ瞬間、「おや?」という意識に。火曜日、サービスデー、1100円、とある。なんだろう、この既視感は。
引き返そうかとも思った。違う日に見ようかとも。だけど、それもバカらしいのでチケット売り場で前売りを出して「今日サービスデーですけど」と言われて「やむなしっすよね」と言って席を取る。そんなことはつい先日もなかったか?
300円得したと思ったら400円損したから、合計で700円損した!みたいな誤った認識に打ちひしがれながら、もう二度と前売りなんて買うものか、と心に誓ったわけだった。
映画が始まるまで、本を開いた。
「グラウンドのずっと遠くのほうから、大きな声が聞こえた。
−−あつまれ!
すると中級組と下級組からも、さけび声が聞こえた。
−−あつまれ!あつまれ!
フットボールをしていた生徒たちが、顔をほてらせ、どろまみれになってあつまってくる。」(P21)
学年入り乱れてフットボールしていたということが知れた。どろまみれの生徒たち。顔をほてらせて。
ほてる、という動詞は僕の中でけっこうエポックというか、思い出深いというか、きっかけというか、芽生えというか、始まりというか、そういったもののような気がする。
TRFのなんちゃらという曲、マスカレードだっけな、あれで「火照る体から」みたいな歌詞があり、「火」っていう字は「ひ」だけじゃなくてこの場合には「ほ」にもなるのか!という驚きと興奮を覚えた、その翌日、国語の授業で「火」の字を習い、僕は授業のあいだずっと前夜のことを思ってソワソワしていたのだろう、授業が終わると同時に先生のところに行って、「これ、火照るっていう言葉にも使うんですよね」みたいなことを言ったのだった。
それをとても覚えている。どういう態度でどういう言葉で言ったかは覚えていないけれど、先生にそれを伝えたということだけとても覚えている。誉められたかったのだろうか。よく知ってるねとか。わからないけれども、それはなんというか、言葉ってなんか面白くないか!?という初めての自覚的な経験だったように思う。
そういうわけで映画が始まったので映画を見た。
前作の『ブルージャスミン』が僕はダメだったので次は当たりだろうと思って楽しみにしていて、そうしたらそこそこ当たりだった。
予告編を目を閉じて聞いていたとき、「お、この声はマイケル・ケインじゃないのか?マイケル・ケインが出るのか、なんかうれしいな」と思っていたのだけど、その甲高い声の主は主役のコリン・ファースだったらしく、いい具合に甲高くてよかった。
二人でおばさんの家に行ったときのコリン・ファースの転向の場面にやたら感動してしまい泣いた。嬉し泣き。終わりの方でも嬉し泣き場面があった。なんかこうマジックっていいですよねー必要必要、というか。
なんかほんとウディの映画を見ていると元気になるなあ。ろくでもない厭世を経ての諦めにも似た明るさが、本当に好きだ。おおいに救われる。ファーストネームで呼びたくなる映画監督なんてウディ・アレンだけだわ。ウディ。ねえウディ。ありがとうウディ、本当にいつも、という気分になる。
ヒロインのエマ・ストーンもとても魅力的で、エマ・ストーンって誰だっけなー最近人気の方だったかなーと思ったらそれはエマ・ワトソンだった。ストーンは『アメイジング・スパイダーマン』の人らしかった。あれはまた本当に素晴らしかったんだよな。高校の廊下のシーンとか。傷だらけの男が家に侵入してくるシーンとか。また見たい。
全編を通しての、行ったことないから知らないと言えばまるで知らないけれども南仏の光が、青々しさが、もろもろがよかった。撮影監督はダリウス・コンジというイラン人だかフランス人だからしく、チェックしていなかったけど近年のウディ作品をわりと撮っている人らしかった。 ということで好ましい映画でした。
そういうわけで映画が終わって店に行くと、今月の終わりとかに出るらしい「カルチャーとリア充を発信する雑誌」であるところの「tokyo graffit」という雑誌の映画特集のウディ・アレンの群像劇3本みたいなやつをなぜか書いていて、それの見本誌が届いていた。なんで俺がリア充を発信する雑誌に、というか、まあいいや。
『ハンナとその姉妹』と『世界中がアイ・ラブ・ユー』と『ローマでアモーレ』が好きですということを書いた。