本の読める店

『若い藝術家の肖像』を読む(36) 彼もすこしはなれて追って行ったが、すぐ立ちどまった

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今日は映画に行く予定があったため、映画館のロビー等で開こうかとリュックに小説を入れた。
いつもは自転車での移動のため、雨が降っていると困るしまるで外に出る気にはならないのだけど、友人との約束もあったので行くわけで、電車に乗るか、あるいは歩いていくか、というところで、新宿武蔵野館までならGoogleマップによれば徒歩20分ちょっととのことで、そんな近いところのために電車に乗るなんてバカバカしい、と思って歩くつもりでいたのだけど出掛けにもたもたとコーヒーを淹れたりしていたらギリギリの時間になってしまったためにやむなく電車に乗ることにした。
電車に本当に乗らない暮らしが続いていて、上映時間に間に合うのか到着時刻を調べるために乗り換え案内のアプリを開いたところひと月以上前にした検索のままだったので、ひと月以上ぶりに電車に乗ったらしかった。
では電車で本を開くか。そう思ったが初台から新宿駅はたった1駅で、ものの1,2分で着いてしまうこともありリュックから本を取り出すのもバカらしく、映画館に着いたら友人とすぐに合流したこともありやはり本を開くことはなかった。

それにしてもだ。今日見たロベール・ブレッソンの『やさしい女』は見るつもりでいたので前売り券を買っていて、だから僕は「前売りあるから400円得した」とか意気揚々でいたわけなのだけど、毎週水曜日はサービスデーらしく1000円で、前売りを出したら受付の方に「今日1000円ですけどいいですか」みたいなことを言われ、僕は薄笑いを浮かべて「やむなしですよね…」と答えた。400円得するつもりで買った前売りに足をすくわれて400円損をしてしまった格好だった!なんということだ!

そういうわけで映画を見、昼飯を食い、仕入れるべきものを買い、友人はそのあとフヅクエに来ると言うので一緒に初台に向かおうと電車に乗り込んだところ、出発間際に発せられた「これ本八幡行きだけど?」という疑問の声に「あっ!」となって僕は電車をおりたが友人は間に合わず、ホームに一人残された僕はリュックから小説を取り出し、開いた。

「スクラムのうずにまきこまれ、ぎらぎらする目やどろまみれの靴をこわがりながら、かがみこんで、みんなの脚のあいだからむこうを見る。生徒たちはあばれ、うなり、脚はおしあい、けりあい、ふみつけあっている。そのときジャック・ドートンの黄いろい靴がボールをうまくとらえ、ほかの靴と脚がみんなそれを追いかけた。彼もすこしはなれて追って行ったが、すぐ立ちどまった。」(P19)

視点がスクラムの中の低いところに固定されていてぎゅうぎゅうの感じ、獰猛にうごめいている感じがよく伝わってくる描写で、たいへんよいと思いました。『やさしい女』のカメラもやたら床ばっかり見ているなーという、人の頭部が切れることもお構いなしというか率先して人間の頭を切断するうつむき加減で、それが思い出された。
しかし問題はそこではない。「ん、彼?」というところで。これまでも何度も書いたように原文での主語はずっと「he」で、だけど丸谷才一の訳文では「ぼく」になっていて、なんで人称変えちゃってんの!?とこれまで困惑してきたわけだけど、ここでとうとう「彼」にしたのか。
これが「彼」初めてだよな?これまでずっと一人称は「ぼく」だったよな?そうだよな?と思って前のページなどを探していたところ、「4番線に到着する電車はお乗りいただけません。新宿駅止まりです、お乗りいただけません」みたいなアナウンスとともにやってきて止まった電車から先ほど本八幡方面に向けて一人出発していった友人がおりてきて、「本読んでる」と言って笑った。

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