昨日の続き。
トマトソースはけっきょく「旨味閉じ込めるぞ」みたいな気分でしばらく蓋させてもらって、気が済んだら蓋あけて煮詰めた。おいしくできているといいな。
で、時間は遡ってB&Bの海外の小説の棚の前。僕は腕組みをし、何か「これぞ!」みたいなものが目に入らないか、じっとりとした視線を背表紙から背表紙へと滑らせていく。
これまで漠然と候補に挙げていたのは『大いなる遺産』だった。別に『大いなる遺産』でもいいのだけど、上下巻というのがどうにもネックで、できたら一冊で完結しているやつがいいんだよなー、あと何か胸がときめかない、そういうところで決め兼ねていた。
では、何がいいのか。何がいいのか。
と、そこで目に入ったのがイギリス文学らしい棚の目の高さくらい、横向きでいくらか積まれた文庫の上から2冊め、『若い藝術家の肖像』、ジェイムズ・ジョイス。
若い藝術家の肖像… なんか俺もまだ若いし、若い藝術家とか悩んでそうだし、一緒に悩みたいというか、ウェルテルとか?俺ウェルテルが何に悩んでたかとか知らないけど、なんか若いってことはウェルテル的に悩んでそうでその懊悩を追っていくのだったら随所に「そうだよね〜」とかうなずきながらできそうで、それはよいのでは、楽しいのでは、ないだろうか、というひらめきが。これこそがそれではなかろうか…
で、大いなる遺産にはそういう「良い予感」というのがあまり感じられなくて、この話はうわー莫大な遺産を相続しちゃったけど、どうしよう… 相続税的には30%くらいもっていかれるんだっけ?基本通達とかちゃんと読んだ方がいいのかな?24条?なんか何年か前に改正されたよね。定期金がどうのみたいなやつ。あれとかうちも関係あるかな。とりあえずジュンク堂行って税金本コーナー行って何か買って勉強してみようか。いやそんなこと言ってる場合じゃないか… てか遺産は大変ありがたいことなんですけど土地とか絵画とかばっかりでキャッシュないんですけどどうやって払おうか、今から買い手見つかるかな… 姉さん!僕たち一族の土地を売り払うなんて正気かい?パパが大事にコレクションしていた絵画を売るなんて、どうかしているんじゃないか!天国のパパが悲しむじゃないか!…そんなこと言われたら姉さん困っちゃう…まあ、◯◯君の気持ちもわかるけれど、実際問題相続税を払わないといけないんだから、致し方がないじゃないか…お義兄さんは黙っていてください、これは、僕たち一族の問題なんです!あなたには関係ありません!…関係ないって…私だってこの問題の当事者じゃないか!何をわからないこと言ってるんだ!子どもじゃあるまいし!きみ!控除額はたったの、たったの7200万円だぞ!評価額がいくらになるかわかってるのか!そこになんと55%もの税率が掛かるんだぞ!これがどういうことだか、君はわかっているのか!…ご、55%もの…!?だ、だけど…
と、悶着しているところ、姉弟たちのまるで知らない者どもが次々に屋敷に押しかけ、「私には相続人になる権利がある、なぜならば…」と口々に言い募り始める…ふいに海鳴りのような音が聞こえてきた。向こうを見ると、景色全体が黒くうごめき波打ちながら屋敷に向かっているようだ…それはすべて、遺産相続の権利を主張しようとする血に飢えたハンターたちなのだった…
そんな話。