本の読める店

読書日記(77)

Entry diary77

3月17日

13時間くらいか、ほとんど座ることなくひたすら働き続けていた、ひいひい言いながらオーダーをこなしながら、カレーそろそろやったほうがいいな、どうせ明日やることになるから今日やっておくか、と午後、なんの気なしにカレーの仕込みを始めたが、大忙しの隙間をこじ開けて、なぜか始めたが、カレーの日になり、ここまでの出方を予想する必要はまったくない、という程度にカレーが出まくった、なくなった、だから今日やっておいて本当に正解だった、すばらしい先見の明、それからチーズケーキ焼きも必要になった、そのあたりで、他にもいろいろと仕込みが必要になってきそうなものがでてきて、頭のなかで工程を組み立てるが、いや、これ全部やるの無理だろ、となった、とりあえずチーズケーキ、焼いた、するとアラームを見落としたというか、止めたことを忘れて、そのまま忘れていった、15分後くらいに思い出した、もう遅かった、黒かった、頭は真っ白になった、あ、真っ白気味、と思ったら愉快になって笑った、諦めて、明日は今ある分だけでやって、途中で切れたら切れたでいいか、と思ったが、意地で、焼くことにして、焼いた。終わったら、俺は本当にアホほど働いた、と思って、疲労感と満足感が押し寄せてきた、べらぼうに忙しい日だった、しかし満席になるようなことはなく、常に7割くらい埋まっている、くらいで、みなさんしっかりゆっくりだったから、いい日だった、たらふく夕飯を食って帰宅後寝る前、少しだけ『マイタの物語』読む。

3月18日

常にエゴサーチをしているのでなんとなく様子がわかるのだが、先日のバールボッサの方の記事が今度は佐々木俊尚さんにシェアされ、またいくらかシェアが連鎖していった。先日のは田端信太郎さんが発火点だった。今「フヅクエ」でTwitterを検索するとひたすらこの記事のシェア投稿が出てくる。ところで佐々木さん田端さん、と、なつかしさというか、5年前だったか6年前だったか、書いたブログがバズりまくったときのことを思い出した、そのときもこのお二人がたぶん発火点だった。インターネットは変わらない。

いつもより早い時間に家を出、買い物をし、店に行き、けっこうな勢いで朝から仕込み。S.L.A.C.Kをシャッフルで聞きながらしていた、昨日や一昨日の夜は久しぶりにSIMI LABを聞いていた。ここのところ新しく聞くということを放棄している感じがあって、僕のヒップホップは進まない。構わない。
今日も忙しくなるだろうか、と思ったところ、開店から1時間の現在はお一人だけで、昨日からの日記を書いている。背中からスパイスや玉ねぎやにんにくや生姜の香りがする。今日もカレーを仕込んでいる。

べらぼうに忙しかった。夜になったら「座りたい。座りたい」と思っていたが、座る余地はなかった。11時前くらいにやっと座れたので、勤勉なので溜まっていた3月分の伝票を入力していったところ、昨日今日が今年で2番め3番めに忙しい日だったことがわかった、そりゃ疲れるわと思い、ビールを飲んだ、今日は、しかしいい日だったかというと微妙というか、滞在時間が短い方が多かった、実際数字を出してみたらよくわかった、平均はこれまでずっと2時間半で、たぶん週次で見たらほとんどちゃんと2時間半に着地するようになっていて、月次は完全にそうで、だからこの店の平均滞在時間は2時間半で、というより人々の「一人で気兼ねなく好きなだけゆっくり過ごす」の平均はきっと2時間半で、そういうなかで今日は1時間50分だった、印象としてはもっと短かった、こういう日はいい日とはやはり言い切りづらい。

強い疲労を感じたのでゆっくり風呂に入り、すると熱くなり、真夏だとでも思っているのか、寝間着の半袖のかっこうで外に出てコンビニに行ってビールを買って飲みながら帰った。気持ちいい短い散歩だった。なんとなく寝るのが惜しい、と思いながら布団に入り『マイタの物語』。少し読んだら眠った。

3月19日

昨日の夜からなぜか、カレーを作りたい、と思っていた、またキーマカレーを作りたい、と思っていた、それで先日行った北千住のタンブリンカレーみたいに、まわりにおかずがちょこちょこあって、気まぐれに混ぜたりしながら食べるような、そういうカレーを作りたい、と思った。作りたいなのか、食べたいなのか、これはわからなかった。とにかく週末二日続けてカレーを仕込んだことが影響しているのか、いや、そもそも昨夜の夕飯は、仕込んだカレーを小分けにしたらいくらか余ったので、お皿にご飯を大量に乗せ、周囲におかずを数種類散りばめ、そのまま食べたり、カレーと関わらせて食べたり、というカレーを食べたのだった、それで帰路、明日もカレーを食べたい、ああいうやつを食べたい、と思ったのだった。
それで昼ごろ起床、カレーをこしらえる気持ちは変わっていなかった、スーパーに行っていくらか材料を買った、戻り、スパイスを油であたため、玉ねぎ生姜にんにくを入れて塩を振って蓋をして蒸した。キャベツを手で千切り、ボウルに入れて塩を振って混ぜた。もう一つのコンロでフライパンにオリーブオイルを引いて長ネギを切ったやつを焼いた、片面がいい色になったら裏返して蓋をした。保存容器にオリーブオイルとワインビネガーと砂糖と塩を入れて混ぜて、ネギが焼けてとろんとしたら入れた。フライパンを洗った。玉ねぎたちがいいようになったので豚ひき肉を入れた。フライパンに水を入れて沸騰させて塩を入れて、適当な大きさに切ったブロッコリーを入れてわりとすぐにザルに上げた、フライパンを空けてオリーブオイルとクミンとマスタードシードを入れて温めた、ボウルにブロッコリーを入れて上からオイルごと注いで混ぜた。お米を炊いた。フライパンを洗って水を張って沸かして塩を入れた。大きめに切ったジャガイモを入れて蓋をしてしばらく茹でた。柔らかくなったら水を捨てて木べらで適当に潰しながら粉吹にした。火を止め、熱いうちにオリーブオイルとビネガーを掛けて混ぜた、ボウルに移し、オレガノと胡椒を掛けて混ぜた。フライパンを洗った。キャベツから水が出たので絞り、千切りにした生姜とビネガーを入れて混ぜた。肉がいいようになったのでざく切りにしたトマトとコリアンダーとカルダモンとターメリックのパウダーを入れて混ぜて、蓋をした。椎茸としめじを小さく切り、フライパンににんにくとオリーブオイルと少しの塩と一緒に入れ、強めの火で焼いた、いいようになったらポン酢と醤油を入れて煮詰めて、保存容器に移した。カレーがいいようになってきたので、辛いのがなかったのでなんとなく七味と胡椒を入れて混ぜて、カレーになった。ご飯が炊けた。大きめの皿の真ん中にご飯を盛り、周囲にカレーとおかずを適当に配置し、昼飯とした。
キーマカレーは、今回はシンプルに玉ねぎ等とひき肉だけにしたのは他のところに野菜がいるからで、たまに混ぜたり、混ぜなかったりしながら食べた。なんというか、満足度がやたら高かった。満足度と幸福度がやたら高かった。黄色や緑や白の色が多く、オレンジや紫や赤のものもほしかったが、それは次回に譲ることにして、なんというか、それにしてもこれはいいなと思った。素朴な簡単な味付けのものばかりだけど、それぞれ野菜が野菜としておいしいという感じがあって、むしろこの素朴なカレーのプレートはよそのスパイスの魔法使いみたいな店では作れないものの気もして、気が向いたら店でも出そうかなと思ったというか、それはもとより思っていた。もとより思っていたが食べてみて、この素朴さはむしろいいかもしれないなという思いをよりいっそう強めた。

お腹が膨れて、外で煙草を吸いながら『日本の名随筆』を読み、平出隆の、これはどの本だっただろうか、一度読んだことのあるグローブの話をまた読み、やっぱりいい話だなあと思って、それから他のもいくつか読み、コーヒーを淹れて飲んで、眠気を感じて、ソファに横になりながら『マイタの物語』をしばらく読んでいた、どんどん眠気が強くなり、タオルケットをかぶって寝た。起きたら暗くなっていた。店に行き、トンプソンさんだけがいる店内で、しばらく歓談し、バトンタッチし、やることをやりながらカレーのことを考えていた、「ひき肉のカレーと野菜たち」みたいな名前が素朴さに馴染んでいいような気がした、ミールスってなんだろうそういえば、と思い調べたら南インドのものらしく、スリランカカレーとは別の話のようだった、ではスリランカカレーはなんだろう、と見るも、なんかいろいろなんだね、と思って、なんでもよかった。

特にやることもなくなったので『マイタの物語』を読んでいた、1950年代に革命闘争を企てたマイタの物語とは別の、現在の1980年代のペルーは、ずいぶん物々しいことになっているらしかった、日々いろいろが破壊されたり殺されたりしているようで、安心して歩けないような状況として描かれていた、いつ戦争が始まってもおかしくない、ということだった、このときペルーはどういう状況だったのだろうと思って本棚にあった平凡社の『ラテン・アメリカを知る辞典』を取ってきてペルーの項目を見てみたが、いまいちわからなかった、この80年代のペルーの様子は、実際にそうだったのか、それともバルガス=リョサによる現実とはまた違う世界の構築なのか、今のところ判然としないで読んでいる、きっと訳者あとがきで僕は知ることになる。

3月20日

あとがきに至るまでもなく昨夜未明、キューバ・ソ連・ボリビア共産主義連合軍がペルー領土を侵犯。これを受けてアメリカに援軍の派遣を要請した。昨日見た『ラテン・アメリカを知る辞典』にはそんなことは書かれていなかったし、聞いたこともないし、さすがにこれは起こったことではないのだろう、ということが知れた。

遅くまで起きていたところ遅くに起きた。ちょっと呆れるくらいに遅かった。人参のラペを作ることにして人参をラペにして、塩を振ってしばらく置いて、絞ってオリーブオイルとお酢と砂糖と醤油と胡椒と、ミックスナッツを細かく砕いたやつを混ぜた。それで昨日のカレーをまた食べた。また高い満足感があった。
食べながら、そして食べたあとも、『マイタの物語』を読んでいた。現在と過去を細かく行き来しながら、物語は確かに、グルーヴィーに進んでいった。現在のペルーは無茶苦茶なことになっているようだった、共産主義連合軍からも米軍からも爆撃されているような感じだった。国民はどちらに対しても反目しているらしかった。過去、1950年代、ペルー山間部でマイタたちは革命闘争を開始した。

残る者たちの先頭に立った後にバジェホスが下した命令を聞いて、マイタは鳥肌の立つ思いを味わった。《全体、前へ進め!》武器を構えたまま石畳の通りを広場に向かって行進する四人の大人と五人の学生、この正体不明の奇妙な集団は周りに当惑を引き起こさずにはいなかったことだろう。人目を引き、歩道を進む人々の動きを止め、窓辺や戸口に集まる人々の眉を顰めさせたことだろう。この行進を見てハウハの人々はどう思ったのだろう? マリオ・バルガス・ジョサ『マイタの物語』(寺尾隆吉訳、水声社)p.234

「せんとう」と打ったらまず「銭湯」と出てきて、銭湯に行きたいと思った。ともあれこの、憫笑を誘うような小さな革命戦士たちの行進の様子に、なにかグッときたというか、小説、と思った。
あと少しで読み終わりそうだった、夕方、驚いたことに、笑ったことに、強い眠気に見舞われた。時間がなかったので眠らずに店に行った、バトンタッチのひきちゃんと外で話しながら、やたら眠いんだよね、たくさん寝たのに、ということを話したら、春だからですかね、と返ってきて、そうか、春だからか、と合点がいき、眠いのでいいと思うことにした、すでに眠気はなくなっていた。それから働きながら、春眠暁を覚えずというのは「春、眠い、朝起きられない」という意味か、と考えていた、ひたすら眠い、ということになったとき、柴崎友香の短編を思い出す、覚えているのは主人公が眠いということと、それを大学の先生かなにかに話している、というその場面だった。研究室かなにかで話している。その研究室は僕は自分の大学のゼミの部屋で思い描いている。考えてみたら、『10:04』で主人公が調子の狂った学生と話すときの場面も、同じ部屋で思い描いていた。

夜はあっけなく過ぎていく。休前日、それなりにお客さんが来てくださったのでずっと働いていた。いいことだった。

帰宅後、『マイタの物語』読み終わり。バルガス=リョサはやっぱり面白かった。メタ・フィク=ション。もう何年も『世界終末戦争』がいつか読もうと思っている本として頭にあるのだけど、そろそろ読もうか、と思った。きっと読まない。

3月21日

まさかとは思ったが雪になって、わりと長い時間みぞれ的なものとして白く降っていた、開店前、『日本の名随筆 日記』を開いた。
祝日とはいえこんな天気で、最高気温も3度とかで、それは予報で前日から知れていたことで、こんな日はさすがにきっと暇なんだろうと思っていた、次はホセ・ドノソの『夜のみだらな鳥』の予定だが買うのは明日になるので、ドノソまでのつなぎに、と思ってポチった佐藤航陽の『お金2.0 新しい経済のルールと生き方』が届いて、今日はこれを読んで過ごすことになるだろう、と思った。
数年のあいだ仕事で住んだシンガポールから今日か明日か帰国しますと、友だちがFacebookに書いていて、それでそういえば彼が面白いって言ってた気がする、と思い出したのか、なんとなくタイミングが来た気がしてポチったのだけど、だからこれを読もうと、そういうつもりでいたら開店からコンスタントにお客さんが来られた、さらにそれは続いた、さらにそれは続いた、さらにそれは続いた、結局、まともに忙しい休日、という日になり、ヘトヘトに疲れた。予期を軽々と越えたその予期とのギャップも影響したのかいつも以上に疲れた。どうしたのだろうか、谷川俊太郎展の駆け込み需要だろうか、谷川俊太郎展は今週で終わる、これが終わったら、どうなるのだろうか、1月から3月までずっとこの展示のおこぼれでいい調子だとばかり思っているが、これが終わったら、どの程度変わるのだろうか。

疲れ切って帰る、寝るまで『お金2.0』を読む、自然の構造に近いルールほど社会に普及しやすく、かけ離れた仕組みほど悲劇を生みやすい、という言葉があり、ほお、と思って寝る。

3月22日

体が疲れている。今週も先週も一日休みの日がなく、さらに今週は週の真ん中に祝日が入って、というところで疲れが身体的に溜まってきているということなのかもしれない。今日は夜まで働いて交代の日だった、それはありがたかった。
こういう日は交代までの時間、猛烈に働くというか、それまでにどこまでやれるだろうかチャレンジみたいな調子になってどんどんと仕込みであるとかをこなしていくようになりやすく、そうした。さらにお客さんもとんとんと来てくださり、忙しさというか止まらなさは高まった。たくさん働き、夕方、バトンタッチした。

いったん家に帰って荷物を置き、電車で新宿に出た、駅のホームと電車のなかで『お金2.0』を読もうと思ったが、なんとも恥ずかしい気が起きてカバーを外した、そうすると真っ白だった。それで読んでいた。トークン化する世界。それはデータに過ぎないが、現実世界のアセットと結びつけることで、あらゆるものの価値を可視化することができる、とあり、ほお、と思って電車を降りた。新宿駅だった、新宿駅は歩くたびにたちまち疲れる、酔っ払う、気分が悪くなる、そんな感じがあり、自転車で来なかったことを後悔する、人ごみを掻き分け掻き分け前に進む、異質な音が四方八方から飛び込んでくる、紀伊國屋書店に行って『夜のみだらな鳥』と「Documentary / Non-Fiction 見ようとすれば、見えるのか?」という特集の『スタジオボイス』を買った、いまタイトルを調べるために検索したのだけど、今までなんとなく「フィクション/ノンフィクション」という特集かと思っていた、「ドキュメンタリー/ノンフィクション」だったのか。目次を見たら、読みたい名前がいくつもある、とても面白そう、と思った。楽しみ。

中央線に乗り、『お金2.0』を読みながら高円寺へ。半分とはいえ猛烈に働いて、疲れたのか、溜まった疲れのそれなのか、疲れていて、肩がぐっと重かった、このままではパニックかなにかになりそうな気がして、怖さがあった、緩めたい。新宿駅でふとベルクに入って一杯飲もうかと思ったが新宿から早く離れたくてそうはしなかったのだが、ベルクみたいな店があれば、と思ったが、高円寺だった、ベルクはなかった、飲み屋はいくらでもあるみたいだった、大将があった、一度来たことがあった気がした、大学時代だろうか、大学時代の友人が何人かまだ住んでいるはずだった、とにかく懐かしさみたいなものが高円寺にはあった、いくつかの夜の記憶。まばゆい。大将、本店ではなくて高架沿いというのか、のほうで、店の前に呼び込みをしている店員さんがいたので近寄って、ビール一杯だけでも大丈夫ですか、と問うと大丈夫とのことだったので外の席に座りビールを頼み、煙草を吸いながら飲み、出た。目論見通り、緩んだ。しかしこの、体が変に重くて気持ちが悪い、というときのソリューションがアルコール摂取というのは、どうなのか。
アール座読書館に向かった、高円寺はそれにしてもお店が本当にたくさんあるなあと思いながら歩き、店の前にあるメニューを見たりしながら、安いなあ、定食500円ってどうなっているんだ、とか思いながら、夜もまだ浅い時間だった、グローブを持った小学生くらいの男の子が店の前に立っている店員の男性に向けてボールを、しっかりしたフォームで投げていて、練習。サウスポー。よかった。少し迷って、たどり着き、階段を上がった。
とても久しぶりに来た、水槽の前の席に座り、コーヒーとガトーショコラだったか、チョコのお菓子を頼み、『夜のみだらな鳥』を出した。分厚くて、ちょっとドキドキするようだった。怯むようだった。ふいに、先ほどの紀伊國屋での買い物にいくら払ったのか、まったく覚えていないことに気がついた。僕は本を買うときは値段を基本的に気にしないというか、一冊4000円を超えたらよく考える感じになる、それまでは基本的に特には気にしないようなつくりになっているのだけど、それにしてもまったく覚えていない、支払いも現金でしたのだけど、いくら支払ったのかまったく記憶にない、というところにいくらか驚いた。
それから読み始めた。慣れるまでしばらくしんどそうだな、というそれは予期していた通りだったけれど、そういう始まりだった。どの小説を読むときも最初は視界がぼやけている、次第に見えてくる、そういうものだけど、その度合がより強そうだった。1時間半くらい、読んでいた。

カルメーラは、みんなと同じようにスカートの膝に組んだ両手をのせ、やにで霞んだ目を凝らしながら待ちつづける。静かに忍び寄って、しだいに勢いを増し、初めはほんの少々かげらせるだけだが、やがてすべての光を、すべての、すべての光を、そう、すべての、すべての光を奪ってしまうものの訪れを待ちつづける。 ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』(鼓直訳、水声社)p.28

途中で顔を上げて、水槽のなかの魚を見たり、ほんのりと流されている音楽に耳をそばだてたり、しながら、そのときいたのは5人くらいの人だろうか、5人くらいの人が今、この場所で時間を過ごすことを選択しておのおのここにいる、と思うと、いい気分というか、感動みたいなものというか、グルーヴみたいなものというか、があった。フヅクエでもこういう気分が立ち上がっていてほしいと思った。きっと立ち上がっているはずだった。それはとてもいいものだった。

9時前、辞し、友人と合流、大将の前をまた通り、もう少し進む、2階が円盤のビルだった、円盤、なつかしい、まばゆい、その1階のインド富士子に入った、ビールと、アチャールの盛り合わせと、僕は白いチキンカレーとキーマカレーのあいがけをお願いした、友人はポークビンダルーと春菊ダールにしていた、どれもとてもおいしくて、幸せだった、ずっと食べていたかった。食べていると、期末で仕事が重なっていて行けるかどうかわからない、と言っていた友人から連絡があり、期末だなんて考えたこともなかった、新宿で落ち合うことにした、西口で合流し、その友人の案内でバガボンドというバーに入った、戦後混乱期からあるお店で、生演奏がある、という話だった、入ってみるとちょうどピアノとボーカルの演奏がされているところだった、たくさんドライフラワーみたいなものが天井からぶら下がっていてかっこよかった、ビールを飲んで、それからジンライムを飲んだ、肉豆腐をつまんだ、いくらか、先日見た範宙遊泳の話をして、次の公演も見に行ってみたい気になった。
閉店時間になったので出て、コンビニでお酒を買って座り心地のよさそうな場所に座ってもうしばらく3人で飲んだ、こういうことができるようになってきた、それは明らかに春の利点だった。

カレーを食べてもなお、そうしたいのか、帰り、そば屋に入ってざるうどんを食べてから家に帰った、けっこう酔っていた、数ページ『お金2.0』を読み、寝た。

3月23日

昼前まで寝ていた。すごく疲れが溜まっていたので寝たかった。こうやって遅くまで寝ていると、体力の回復に努めるみたいなことをしていると、トンプソンさん加入以前はいったいどうやって働いていたのだろう、という気になってくる。ちょっと今では想像ができないというか、週6日15時間とか店にいる生活が、どうして可能だったのか、肉体的にどうして可能だったのか、今では想像ができなくなっている。猛烈に助かる。
そのためうどんを茹でて大量のざるうどんにして食べた。食前・食中・食後は『お金2.0』を読んでいた。価値主義、とあり、ほお、と思った。それから『夜のみだらな鳥』を取った。なにやら舞台となっている修道院は増築に次ぐ増築ですごいことになっているらしかった。この場所で、なにかがきっと起きるのだろう。驚いたことに眠くなり、30分くらい昼寝をした。それから店に行った、昨日の夜も今日の日中も、ずいぶん忙しかったらしかった、それでバトンタッチして、僕も猛烈に働いた、ノンストップ、一度も座ることもなかったし、リュックからパソコンや本を出すこともなかった、ノンストップでずーっと働いていた、閉店までにどうにかいろいろ終わらせることができた。この一週間は月曜を除けばどれも忙しい日だった、それはいいことだった、働いた。

帰宅後、『お金2.0』を読み終えた。それから『夜のみだらな鳥』をいくらか進め、寝た。

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