fuzkue(フヅクエ) - 一人の時間をゆっくり過ごしていただくための静かな店

読書日記(46)

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8月12日

一週間が早い。と日記の更新をしながら思った。昨夜はコロンバイン高校の乱射事件の記事というか生存者によるQ&Aみたいなものを読んでいた。先週紀伊國屋で犯人の一人の母親が書いたノンフィクションを見かけて、それ以来気になっているのかもしれなかった。亜紀書房から出ていた。亜紀書房のノンフィクションは以前何か読んだ。帰還兵の自殺についてのものだった。
それが昨夜で、それから昨夜は頭のなかでずっとVanadian Effectの曲が流れていた。先日リリースされたVLUTENT ALSTONESのアルバムを何日か繰り返し朝に聞いていたら、久しぶりに聞きたくなって聞いた。すごく好きなアルバムだった。3人のMCどの人もすごい好き。それが掛け合うのだから本当にいい。だけど頭に流れ続けていたのはあべともなりが参加している曲であべともなりが牛、牛、馬、馬、馬の大群ちんこでかい、というやつだった、次の世代に向けての射精、オスとしての覚醒、メスとしての受精、おとうさん、おかあさん、済んだらすぐに他人どうし、というやつだった、それが頭のなかで反響し続けていたら案の定、夜は小雨が降っていた。1966年4月。武田家の山荘にまた春がやってきたのも昨夜のできごとだった。

8月12日ハレ。セミがわんわんと鳴いている。今日も静か。

8月13日

昨日は疲れた。なんやかんやでわりと忙しい日になって(大喝采)、でも暇だとばかり思っていたのでいろいろと仕込みをしていたらかなりずっと何かしらをしていることになって、夜になったら体がぐったりと疲れていた。背中、腕、腰、それらが疲れていた。ウイスキーを流し込んで『富士日記』を読みながら眠った。

今日はそのまま疲れていた。背中、腕、腰、それらが疲れている。終わったら銭湯に行きたい。
仕込みがほとんどなかったので、どうぞ、忙しくなれ、と思ったら、そこそこ止まりだった。体はずっとじっくり疲れたままだった。
ベルギーのバーで踊る黒人の若者たちをコンゴ人だとばかり思っていたところ実はほとんどがルワンダ人だと知って、その夜の質が変わってしまった、不可逆的に変わってしまった、そういうくだりがあったけれど、『オープン・シティ』の話だ、暇になったので読んでいたらユニオンスクエアの食料品店でモジ・カサーリが登場していて、僕はとんだ読み逃しというか不注意のまま読んでいたことが知れた。モジという人物の初登場はピクニックの場面だとばかり思っていた、この食料品店でばったり再会した女と、ピクニックにいた女をまったくつなげて考えていなかった、それで、なんというか記憶が遡及的に適用され直したというか、なんだろう、何かの質が変わってしまった感じがあった。もう戻らない。そのあとのことを知りながら読むこの再会の場面はなんというかお腹が冷たくなるような怖さがあった。一文一文が怖い。たぶん一回目よりも二回目の方が怖いものとしてこの小説を読んでいる。

8月14日

どういうつもりで構えていたらいいのかがわからない。8月14日、月曜、平日。どれだけの人が休みで、どれだけの人が普通に働いているのか。その感覚がわからない。わかったところでどれだけの人が来てくれるかなんてまるでわからないのだが。朝から町はなんだかこう、曇り空もあってとても静かで、動きがないように見えた。酒屋さんがいつもより数時間早く、開店前の時間に来て、話をしていたら休みの店が多くてめちゃくちゃ早くなった、ということをおっしゃっていた。

『オープン・シティ』の棘のような面白さのひとつに時おり顔を覗かせる語り手のわりと高い自己評価みたいなものがあるのではないかと昨日、モジとの再会の場面で「なんでこいつ俺のこと名前まで覚えてるのかな、わりと人気あったからな、密かに気になっていたのかもしれないな」みたいなことを思っているところを読んで思った。こういう自己評価それなりに高い発言は他にも見られて、それに伴うような気がするのがある種の不用意な断定のようなもの、傲慢な断定のようなもので、それらがこの棘のような、気持ちの悪いというか居心地の悪い面白さに関係しているような気がする。ブリュッセルで出会った中年女性を見て「おそらく50歳。外見を維持しようとするにはけっこうな努力が必要になる年齢だ」みたいなことをポロッと述べたりするところなんかはまさにそういうところだが、全篇を通してときおり「なんかこの人かならずしも気持ちのいい人ではないかも」と思わせる言動なり考えなりが、皮膚が剥離するみたいにこぼれて、それを見て、そういうなかで読んでいると味わいがなんともいえず複雑なものになっていくように思った。

どういうふうに構えたらいいのかわからない今日はけっきょく夕方まではコンスタントに、いつもの平日よりもずっとお客さんがきて、今日で週末のマイナった分を挽回できるのでは、と思ったが、夕方で完全に止まった。完全に凪いだ。
夕方、ツイッターで見かけた閉店する本屋さんのツイートを見ていたら、これまで常連で来てくれていた人が半泣きの顔で残念ですと言ってきた、というそういう様子がつぶやかれていた。それについていたリプライを読んだらその人の気持ちがとてもわかると。よく立ち読みをしていた店が潰れたときはそんな感じだったと。めったにそこには行かなかったと。行ってもほしい本がたいていなくて買わなかったと。そういうことが書かれていてさらに続けて今の若い人たちは本屋に寄るという行動をしないのだろうか、マクドナルドとかででスマホを見て時間つぶしをしてしまうのだろうかとあった。後段もどうでもいいが前段がすごくモヤッとしたというか、傷口に塩を塗るようなリプライだなと思ったが実際どうなんだろうか。元ツイートの泣きそうなお客さんはそこでよく買っていた人のようで、それとめったに行かず行ってもたいてい買わない人はまったく違う存在だと思うから気持ちがわかるじゃないよと思うし、めったに行かなかったとか、そういうことを言う必要があるのだろうかと。僕はとても嫌な気持ちになったのだけれども、本屋というのは立ち読みでもとりあえずうれしいものなのだろうか。本屋は立ち読みをされているとき、店に敬意が払われていると感じるものなのだろうか、気持ちよく感じるものなのだろうか。そんなことは決してなさそうという想像にしかならないが、どうなんだろうか。
自分がめったに行かずめったにお金をそこに落とさない店が閉店したときに、残念、というような発言をする人は絶対に湧いて、発言はもちろん自由だけれどもそれはすごく閉店を余儀なくされた側からすると別に聞きたくもないことなんじゃないかと思う、それなりに傷つくことなんじゃないかと思う。もちろん人は行きたいからこそその店に行くべきだと思うし閉店をさせないためにお金を落としに行く必要はないし、閉店するのは店に何かが足りなかった、店の責任ではあるわけだけど、だからといってそこに素朴な顔をして塩を塗りに行くことを、許すとか許さないではないけれども、それは傷口に塩を塗っていることなんだよということはせめて自覚して人は塩を塗るべきだとは僕は思う。残念、と僕は、言わない。自分なりに十分な頻度あるいはボリュームの金額を落としていたところ以外に対しては僕は残念とは言わない。言えない。僕が残念と言う資格があると自分で思える店はいったいどれだけあるだろうか。

雨がまた降って、梅雨が明けてからずっと天気がぐずついているような気がする。完膚なきまでに暇だったために『オープン・シティ』をそのまま読んでいたら読み終えることになった。終わりが近づいたとき、そんな必要もないのにまた読み急ぐような感じになった。なんのための二周目なのだろうかと呆れたが、どうしても少し急いた。それでも今日も地図を見たり画像検索をしたりしながらだったから、それによってまだ焦りというのは抑制されていた気はする。どちらでもいいが。

信じてもらえないから、誰にも話してない。ボーイフレンドにも話していない。でも彼はあなたの正体を見抜いてる。精神科医の知ったかぶり屋だって。彼のこと、おどけた人間だって思ってるよね。だけどあなたよりまともだよ。彼のほうが賢いしあなたじゃ一生わからないほど人生を理解している。だから私が黙ってたって、あなたが私の人生を邪魔してきたって彼にはわかるんだよ。 テジュ・コール『オープン・シティ』(p.262)

おそろしい語りだが、彼のほうが賢いしあなたじゃ一生わからないほど人生を理解している。ここがやばい。なんというか全部がやばい感じがする。彼のほうが賢い。やばい。あなたじゃ一生わからない。やばい。人生を理解。やばい。と僕は感じる。
それはそうとこの小説の翻訳は僕はとてもめずらしいというかもしかしたら初めてくらいの感覚で新鮮だったのだけれども、女性の発話の語尾をフラットに扱っている。「わよ」とか「なの」とかにせず、「だよ」でだいたいいっている。小説でこういうふうに訳出するものは僕は出会ったことがこれまでなかったように思う。
webの記事とかで女性の発言が「わよ」とか「のね」とかになっているのを見かけると気持ち悪いというか、いい加減どうなの、とはずっと思っていたけれど、いざ小説でそれを見るとすごく新鮮で、なにか不慣れなものに触れる感覚になった。僕の中にもけっきょく何か根付いているものがあるのだろう。根付いているものがあるのだろうし、「なの」というような語尾は実際に使う女性はいるし、「わよ」であるとかも特に年配の女性は使う人がいくらもいるんだよな、というのをいくつかの実例とともに思い出したりしていた。そう思って飛行機で出会った女性はどういう言葉で話していただろうかと思ったら丁寧語だった。なにをとっても言葉遣いの選定というのは本当に難しい問題だろうなと思った。前に外国人野球選手の言葉が丁寧語で訳されている記事を見てとてもいい気分だったことも併せて思い出したりしていた。

寝る前に『富士日記』。こちらは「主人、主人」の世界だ。とはいえ甲斐甲斐しく世話をする一歩後ろの静かな妻、という様子ではなく横暴な運転等に対して「バカヤロ、死ね!」などと口汚く罵ってそのたびに夫から嫌な顔をされる。
高速道路のトンネルで車のタイヤの何かが外れた。それを、放っておけばいいという妻の言葉を無視して夫の武田泰淳は取りに歩いていった。高速道路のど真ん中をつかつかと歩いていって、クラクションが鳴らされ、罵声が発せられ、車が詰まる。死んでしまうと妻は思う。その責任は自分にあると彼女は思う。朝起きるときから不機嫌でなだめすかして起こそうとする夫に強く当たったし、車中で話しかけてきてもずっと不機嫌な態度を取っていた。自分のせいで夫が死のうとしていると思う。しばらくして夫が戻ってくる。妻は泣き、それから嘔吐をする。
という場面を境にしてしばらくのあいだ、夏のあいだ、なんだかずっと死の影のようなものというかなにかと事故死であるとか鳥の雛の死であるとか死の話題が多くなっていった。どこか禍々しさみたいなものが日記にずっと漂っていた。これは去年だったか一昨年だったかの知人たちが死んでいく夏とはまた違う性質のものだった。この夏を覆っていたのは無惨で無意味な死の影だった。

8月15日

前夜、翌日のルートを考えていた、東側に行く用事があったので東京堂書店に行こうと思って、それから水道橋にあるうつわ屋さんにも行こうと思って、どういうルートを辿ったらスムースだろうかと考えていたら愉快な心地になった。けっきょく初台から神保町、歩いて水道橋、水道橋から上野、という流れになった。雨だった。
店で仕込みとひきちゃんとの歓談をおこなったのち都営新宿線に乗って神保町に出た、前夜、その電車のなかで『富士日記』を読むことも楽しみのひとつとして想像していた、十分ちょっとの移動だが、なんでかその時間も楽しみだった、だからそれをした。それで神保町に出て行きたかったスヰートポーヅに行こうとしたらお盆休みだった。
前に神保町に来たのはたぶん11月とかで、そのときにも行こうと思っていた、しかし何かを食ったのだったか腹がふくれて、どうしよう、今は食べられない、と思っていた、それで店の前を通ったら休みで、むしろ休みでラッキー、と思った、それが11月とかだった。そのときは東京堂書店ではジョン・ファンテの『満ちみてる生』とヘミングウェイの『移動祝祭日』を買って、そのあともう一度行って河出の、文庫の、なんだったっけ、探偵もののやつを、買った。その日も雨だった。
それで餃子が食べられなくなったので丸亀製麺でうどんを食べることにして丸亀製麺に行ってうどんを食べた。冷たいかけうどんの大盛り、いなり寿司、かき揚げ。おいしかったです。
東京堂書店は一階の島みたいになっている新刊本コーナーというのか、そこを見ていた。なにか名物コーナーという話を聞いたことがあるけれど、あそこは楽しい。ぐるっと見て、またコロンバイン高校の乱射事件の犯人の母親の本が目に入ったけれど、やっぱり買わなかった。けっきょく文庫のところに行って『富士日記』の中巻だけ買った。
喫茶店に入ってあと少しだった上巻を読んでいた。別に何が終わるわけでもないのに、終わりに近づく本はなんでこんなに終わらせようとしたくなってしまうのだろう。自分の貧しさを感じる。冷房がききすぎていて寒くなって、リュックに入っていた羽織るものを羽織ったが寒かった。ふいに、というか数日前になにかで意識にのぼったのがまたのぼったというだけなのだが、投資信託とかをした方がいいのではないかという気になって、なにか調べ始めた。二年前くらいに口座を開こうと楽天証券の書類を取り寄せたことがあったが、取り寄せたきり面倒になって何もしていなかった。それであれこれというほどでもないけれどいくらか調べていた。けっきょく、何をしたらいいのかがわからない、ということだった。たぶん、口座を開設する、ということがまずするべきことなんだと思う。
外に出ると雨が強くなっていた。水道橋まで1キロくらいの道のりを歩いた。足がどんどん濡れていく。途中から気にならない程度にぐしょぐしょに濡れていった。警官が多く立っていて、格子のついた水色の頑丈そうな護送車みたいなあの車が何台も止まっていて、鉄柵みたいなものも用意されていた。近くにいた通行人が警官に「デモですか?」というようなことを聞いていて、なるほどデモなのか、と思った。大きな通りを歩いていた。交差点のところで、警官たちがみな向こうを向いていた。構えるという感じでもなく、ぼんやりと見ているという感じで、全員が向こうを見ていた。その様子がおもしろくパシャリした。今地図で見てみると歩いていたのは靖国通りで、向こう側は九段下で、だから皇居のすぐそばで、この日は終戦記念日だった。

8月16日

雨のなかをずっと歩いていたサンダルは完膚なき調子で濡れたためエアコンの風のぶつかるところで乾かしたが朝になってもまったく濡れていた。そのため別の靴を履いた。店の工事のときに履いていたものでぼろぼろで、ペンキなのかオイルステインなのかで汚れてもいるやつだった。
『オープン・シティ』を読んでいるときに遡及的に記憶が組み替えられ、と思った、それがまったくそのままベン・ラーナーの『10:04』で書かれ続けていたものだったことをすっかり忘れていて、自分のすっかり忘れる忘れっぷりに笑った。こういうことはたくさん起こっているのだろう、少し怖い。そう思ったのは雨のざぶざぶと降る屋外の屋根のついたところでビールを飲んでいるときで、向こうには池があったしその水面はしぶきがあがっていたか。それは見えなかったし歩いているのはどれも観光の人のような様子だった。『10:04』をまた読みたい、ということは『オープン・シティ』を読みながら何度も思っていたことだったし、昨日『富士日記』しか買わなかったのは『10:04』を再読するためだったのかもしれない。昨日はリュックに今村夏子の『あひる』を入れていたが、『富士日記』の上巻が終わりそうで、終わりそうならば終えたい、そうなったので手にとることもなく、最後まで『富士日記』を読んでいた。

今日から八百屋さんが復活した。お盆休みだった。先週の金曜から、八百屋さん、パン屋さん、花屋さん、乳製品屋さん、それらが夏休みになっていて、特にパン屋さんの休みは困ったというか、切らしたら終わりだ、となったので木曜日に大量に買った。冷凍庫がパンパンだ。パンでパンパンだ。
それで今回実感として(去年はなぜそれを感じなかったのか)、仕入先が休みになる、じゃあうちも夏休みにしてしまおうか、というような流れで店も夏休みをとるようなことが多いのだろうと思った。その手前でもそれは起きているだろう。市場であったり、粉屋さんであったり。サプライ・チェーンの一つがが断ち切られるとそこに続くものに影響が出ていく。サプライ・チェーンという言葉はどういう意味なのかは知らないが、なんとなくこの夏休み、「あ、チェーンだね」と思ったので使った。
それで今日から八百屋さんと花屋さんが休みを終え、パン屋さんも明日から再開されるはずだった。夏休み。串揚げを食べてワインを飲んだ昨夜、それからもう少し飲もうかとうろうろと歩いていたら夏休みの飲食店がいくつもあった。それで東から西に戻り、またワインを飲んだ。なんでワインを飲みたいと思ったのかはわからないが、昨日はワインを飲みたいような気があった。白い冷えたやつを飲みたい気があって、それでそうした。そうすると酔っ払って、帰ってシャワーを浴びると『富士日記』を読んだがすぐに眠りに落ちた。12時にもなっていなかったはずだ。途中で目をくっきりと覚ました。酔って眠ると起きるそれが久しぶりに起きた。

今日も雨で静かな営業で、楽天証券の口座を開設しようとしたところすでに開設されていた。2年前の8月に、書類を取り寄せたりをしていたが途中でやめていたが、口座自体はできていたらしかった。それでエラーが出たのでそうしろと書かれていたとおりカスタマーセンターに電話した、ログインID等の再発行書類を送ってもらうことになった。先週飲んだときに友人たちがみな投資をしているという話を聞いて、それで「やっぱりなにかしないと」となったらしかった。老後。老後とは。そもそも運用に回すだけの余剰のお金なんていうものはあるのだろうか。今はそれがある気がしているけれど、先日せっせと皮算用したところ今の売上のままだったら来年はその余裕はなくなる。つまりもっと売上が必要ということだった。
しかしその売上はやってこないで夕方以降ひたすら暇だったため友人に「楽天証券の口座作ればOK?」と質問したところ、ひふみ投信がいいと思う、あとビットコインの積立も少しやってみてもいいかもしれないね、自分が今から積立で始めるとしたらそうするかな、ということで、「び、び、びっとこいんの積立…!?」と思ったため「ほいほい」と言って楽天証券ではなくひふみ投信とビットコインの積立をやることにしてひふみ投信の申込書みたいなものをポチポチ入力したりしていたら時間があっという間に過ぎていってむなしくなった。マイナンバーが記載された住民票を取りにいかないといけない。それでやることもなくなったので今村夏子の『あひる』を開いて読み始めた。すると読み終わった。これは3つの短編からなる小説集だった。どれもなんともいえずゾッとするようなところがあってとてもおもしろかった。あたたかさ、親密さみたいなものと突き放すような冷たさや無機質さがないまぜというか一緒になっている感触というか。版元はしょしかんかんぼう。書肆侃侃房。 「肆」は「1. 品物をならべた店。みせ。「書肆・茶肆・酒肆・薬肆」 2. かってきまま。ほしいままにする。「放肆」」とのこと。初めて知った。「し」と読むこと自体初めて知った。書肆というとジョナス・メカスの『どこにもないところからの手紙』を思い出して、書肆村田だったっけか、と思ったら書肆山田だった、訳者の名前が村田郁夫だった。

8月17日

朝 ごはん3杯、納豆、福神漬(主人)、味噌汁(卵いり)、海苔、コンビーフ、トースト(百合子)

役所に行ってマイナンバーが記載された住民票を二通もらう。その場で昨日印刷したひふみ投信の申込書みたいなやつと一緒に封筒に入れ、駅前の郵便ポストで投函。投資・信託。
住民票のもう一通は楽天証券でおそらく必要になるので取っておいた。ビットコインのやつは何が必要なのか今のところ確認していない。数日後に何かが送られてくるはず。
楽天証券の口座を作ったのは2015年の8月で、ちょうど2年前だった。暑くなると2年ごとに「資産形成、したほうがいいのかな」と思うようになっているのかもしれない。そのときはちょうど昼間に定食屋を始めて、それがいい売上を作って、この感じだったらやっていける、という時分だった。けっきょくやらなかったのは、そのあと売上が尻すぼみになっていって怖気づいたのかもしれない。2017年の8月。これは年始から売上がいい調子になって、それが下り坂になっていっている時分だ。どう考えてもというか、気分としてはどう考えても今じゃない、が、今なんて結局やってこなくて、どこかで始めないとならない、ならないわけではないけれどどこかで始めるなら勢いで今始めてしまえ、というところで始めることになった。
外山さんは終始ご機嫌でそんな話をしながらビールを大瓶2本飲み、おでんを食べていった。ノブさんは横でにこにことして焼酎を飲んでいるばかりでめったに口をきかない。
主人は昨日からの体調不良が残っているらしく、ビールを少しすするだけ。外山さんら見送ったあと仕事部屋に入ってすぐ横になる。「どうもビールを飲みすぎているのがいけないようだ」とのこと。
私は夜になってギターを弾いた。するとふすまが開いて「ゆり子、ゆり子、ちょっとおいで」と顔だけ出して手招きしてくる。行くと窓の外にきつねが二匹、張り付くようにして中を覗いている。主人は「どうだ」というような得意げな顔を私に向けた。この状態のままもう十分も経ったという。きつねはずっとこちらを見ている。私たちをなんだと思っているのだろうか。品川アンカを置きに外に出ると星が降るような空だった。また冬になる。

主人といえば最近Facebookでフォローしている方が結婚されたというその報告の投稿を見かけて、「旦那、旦那」と書いていていささかびっくりした。どこかになにかエクスキューズがあるのではないかと思ったが、そのまま終わっていた。
「母が父のことを外向きにはずっと旦那と呼んでいたため、私にとって配偶者の呼び方は旦那という言葉がどうやら一番しっくりくるようです。」
いや、そんなエクスキューズは不要だと、そんなことはわかるのだけれども、呼び方なんてそれぞれだなんて、そんなことはわかるのだけれども、なんだかぎょっとしてしまった。同世代でアートとかそういうものに関わりながらバリバリと働いている方が配偶者を旦那と呼ぶその感じは、なんというかすごい、不思議な感覚だった。

今週の平日はいくらか夏休み的なものがあるのか、日中が調子がよくて、「お、これは!」と思ったら夕方以降ぱったりと止まるようなそういう日が続いていた。昨日は最後に来られた方は6時とかで、9時には誰もいなくなる、そんな感じだったり、月曜も似たような感じだった。それは結局は「あら〜」という日になるということだった。今日も夕方までとんとんと来られ、「お、これは!」と思ったところ夕方以降もとんとんと来られ休日の予算に近いくらいに来られたので「よっしゃー!」と思った日だったし、それとはまた別に何かと気分のいい日だった、いい時間が流れているようなそんな感覚のある日で、それはうれしいことだった。体感としての喜びはそういうところからやはりもたらされる。
それで、だから、『富士日記』をいくらか読んだり、それからベン・ラーナーの『10:04』を本棚から取ってきて読み始めようとして数ページ読んだりして、あとはだいたい働いていた。たった数ページ読んだだけだが『10:04』はやっぱり本当にとてもいい。親密。すばらしく親密。アレックスと美人な若い医者3人がいる診察室の様子を読んだだけでなんというかすごく気分がよくなった。僕はこの小説が本当に好きなんだと思う。

一日中、藤浪のことがいくらか気がかりだった。昨日は久しぶりの一軍での登板で、投手の大瀬良にぶつけてしまっていた。それから菊池にもぶつけて不穏な空気が流れたとのこと。降板したのは二死満塁でもう一度大瀬良を迎えたところだったということで、満塁とはいえ二死で打者は投手という、そこで降板というのはたぶんとても珍しい。満塁にした場面は石原に対して頭部付近のボールでの四球とのことで、交代やむなしだったのかもしれない。結局7つ四死球を出している。すべて右打者に対してのものという話。
なんというか、どんな気分で数万人に見られながら投げていたのだろう、と思うとすごく心苦しいというか、ものすごい試練だろうなというかほとんど地獄だろうなと思って、イップスだろうという話だけれども、どうにか復活してほしいというか、阪神は性急に起用せずにじっくりと復活に向けてのロードマップというのか、そういうものをちゃんと描いてほしいなと思った。なんでだか心底そう思ったし、ロードマップという言葉は初めて使った。使い方は合っているか。

8月18日

ある程度『富士日記』に影響を受けたと思しき夢を見たがどんな内容だったかは忘れた。なにかを絞め殺すような場面があった気がする。あるいは踏み潰すだっただろうか。今にも死のうとしている、救いようのない雛を丁寧に踏んで死なせてやる、そういう夢だったとしたら、それは影響ではなく『富士日記』そのものだ。
あるいは大岡昇平のことを夢に見たのかもしれない。武田家の山荘から歩いていける距離に大岡昇平の山荘もあるらしく、たまに行き来がある。大岡昇平の名前を昨日見て、これまでも出てきたのだけど昨日初めてそうか『野火』の人か、と思った。去年見た映画はとても嫌いだったし小説を読んだこともないが、もしかしたら武田泰淳と大岡昇平は作家仲間という以上に戦争を体験した仲間というか、仲間というのも違うのだろうけれども、そのつながりが強かったりもするのだろうか、と昨日思ったのだった。武田泰淳も戦争で人を殺した経験を持つということをウィキペディアで読んで、『野火』を見た限り大岡昇平も大変な経験をしていて、知らないけれど、それが二人を結びつけたり、とかだったり、するのだろうか。そんな二人は、会ったとき、どんな顔で見つめ合ったか。

夕方までは今日もトコトコと来られ、夜が忙しくなればそれはいい一日になるということだったが夜にどうなるのかは今は夕方なのでわからない。せっせと仕込みをして、片付いたら『10:04』を読んでいた。その頃から左胸に痛みが走るような感覚が訪れ、バルサルバ洞動脈瘤破裂の可能性を考えた。ところでマウントサイナイ病院は語り手の先生ではなく、語り手が冒頭で行った病院として登場していた。お腹が減ったので先日作ったツナがまだあって、まだおいしかった、パンに乗っけてマヨネーズとチーズをやってトーストしたのを食べた、そのあとパンにマヨネーズとガラムマサラとベーコンとチーズをやったのをトーストした。アレックスはソファで眠っていた。ハリケーンはやってこなかった。彼女の額にキスをしようか迷ったがしないことにして、「何も起きなかったよ。僕は今から家に帰る」と言って店を出た。胸を押すと筋肉痛みたいな微細な痛みを感じて、その点を指で押しながら帰った。

アリーナとセックスをした朝、待ち合わせたシャロンとお茶をしてからアリーナの展覧会のレセプションパーティーかなにかに行ってそれからバーに行って二杯飲んでクラウンハイツのレストランに移動してワインを飲んでニョッキを食べた、そのあとシャロンとジョン夫妻の家を訪ねた。その夜はセントラルパークを通って歩いて帰った。この場面が数行ずつに場所が変わりながら進んでいって、なんだかそれを僕自身とても愉快に思った。カット、カット、カット、という感じが出ただろうか。
しかし、問いが発生した。しかしどこに? 僕はどこに帰ったのか。僕はたしか、ブルックリンに住んでいるのはでなかっただろうか。この日僕らはもともとマンハッタンの下のエリアにたぶんいて、それから地下鉄に乗ってクラウンハイツのあたりまで行った。地下鉄が地上にあがったときブルックリンブリッジを走っていたその光景を覚えている。シャロンたちはどこに住んでいるのだろう。クラウンハイツからまたマンハッタンに戻ったということだろうか。それにしてもだとしても、セントラルパークを徒歩で通ってブルックリンに帰る? そんなことは可能な距離なんだろうか。セントラルパークという公園がブルックリンにもあるのだろうか。僕はどこに住んでいるのか。いつの間にかマンハッタンに引っ越したのだろうか。
冒頭で僕はアレックスとボアラムヒルのあたりやプロスペクトパークのあたりを歩いて、ということを書いた。ブルックリンのその地域から『オープン・シティ』のジュリアスの住むモーニングサイドパークのあたりまで行こうとすると電車を使って50分ほど掛かる。ジュリアスが少年たちに殴る蹴るの暴行を加えられている場面を僕はかつて目撃した。美術館の警備員にバーで口説かれた、タクシー運転手から敵対的に扱われた、昔の知り合いから重大な嫌疑を掛けられた、それらすべてを僕は目撃した。相手はすべて彼と同じ黒人だった。同じ? 何をもって同じと僕は言っているか。
セントラルパークを通って歩いて帰ると近藤聡乃の『ニューヨークで考え中』を読んで寝た。アストリアで目を覚ます。

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