本の読める店

読書日記(10)

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12月3日

昨日、試しに週末の営業時間を12時からにしてみようか、とブログに書いたところ12時過ぎに目が覚めた。できるのか。営業開始までに今日はいくつかやらないといけないことがあって、最初に読書日記を更新する作業を選んだ。それは正しいのか。先週は14,000字にもなった。どうせ10,000字は引用だろう、それもほとんどがゼーバルトの、と思って引用箇所を消して文字数を数えてみたところ10,000字の地の文があった。何をそんなに書いたのかと思うし、一週間前の記述を見ると、一ヶ月前くらいに感じる。すべてがたちまちに本当に遠い出来事になっていく。いつもそれは思う。あれはそんなに間近の過去だったか、と思う。その錯誤は少し、甘美でもある。

12月4日

雨が降り出す前にとんとことお客さんが来られたためどうにか休日らしい形になって安堵した。
午後10時、茫漠とした悲しい気分になってきた。悲しい気分になったためwebいじりをして夜を過ごすことにした。するとすぐ飽きた。

12月5日

少し焦りを覚えながらエレベーターに乗った、乗り合わせた人たちがいた、何階かで扉が開くと大教室だった、だいたい埋まっていて、一番後ろの席が一つ空いていたのでそこについた。座るとき、この感じならカンニングできてしまうのではないか、と思った。エレベーターで乗り合わせた人たちがどこに座るのかをなんとなく認識した。すぐに問題用紙と解答用紙が配られた、解答用紙を見ると2つのセクションに分かれていて、それぞれ埋めるべきマークシートなり記述するべき空白なりがあった、これだけで2時間だったら時間があまりそうだと思った。問題を開いて、絵があった。絵を見ていた、川とか人とか木々とかが描かれていた、よくよく目を凝らしているとうすい黒のカラスがほとんど画面を埋めるくらいの大きさで描かれていることに気がついた、すると画面はその羽等によって4つに分割されている、と見ることもできた。それをどう考えるか、と考えていたところ試験監督で講師の金髪のパーマの掛かったというかアフロというかの日本語を母語としない男性が英語で「リュミエールをお前は知らないのか、知らなかったらこの問題は解けないぞ」という意味のことを、嘲るようにだったか、軍隊の上官のイメージのがなりたてるような大声でだったか、僕に言った。そのときからだったか、静寂に包まれているはずの試験会場は完全なノイズ、電車が通過しているときのような、ノイズに満たされて、それは僕の耳を聾し、そのノイズにあるいは試験監督に負けないように大声で、「I See Lumière!」とわめきたてた、その声は騒音のなかでほとんどかき消えた。すぐに僕が言いたかった動詞はseeではなくてknowだったことに気がついた。まだノイズは鳴り響いていた。

this is NOT fuzkue。昼間ずっと考えごとをしていた。ルビで改行されるのが気持ち悪くて、word-wrapというやつかと思ったらどうもそうではない模様で、調べてもいい解決策がわからなかったのですごいむりやりのことをした。

左右が逆転した間違ったフアルシュ
<ruby>左右が逆転した間違った<rt>フアルシュ</rt></ruby>
<ruby>左右<rt>フ</rt></ruby><ruby>が逆<rt>ア</rt></ruby><ruby>転し<rt>ル</rt></ruby><ruby>た間<rt>シ</rt></ruby><ruby>違っ<rt>ュ</rt></ruby>た

怒るな怒るなメンシユ、エルゲレ・デイエ・ニヒト
〈<ruby>怒るな怒るな<rt>メンシユ、エルゲレ・デイエ・ニヒト</rt></ruby>〉
〈<ruby>怒<rt>メンシ</rt></ruby><ruby>る<rt>ユ、エ</rt></ruby><ruby>な<rt>ルゲレ</rt></ruby><ruby>怒<rt>・デイ</rt></ruby><ruby>る<rt>エ・ニ</rt></ruby><ruby>な<rt>ヒト</rt></ruby>〉

と、これは、ここにこのように書くに当たってはこのまま書くとそのままルビが振られてしまって実体参照がどうのというのがあるらしくて、変換されたものが書かれている、こう書かれている、(これもこのまま書くとそのままコードの形になってしまうので、どうやったらいいのか調べる気が起きなくなったので文字を空けるので対処するのだけど

& lt;ruby& gt;左右が逆転した間違った& lt;rt& gt;フアルシュ& lt;/rt& gt;& lt;/ruby& gt;
& lt;ruby& gt;左右& lt;rt& gt;フ& lt;/rt& gt;& lt;/ruby& gt;& lt;ruby& gt;が逆& lt;rt& gt;ア& lt;/rt& gt;& lt;/ruby& gt;& lt;ruby& gt;転し& lt;rt& gt;ル& lt;/rt& gt;& lt;/ruby& gt;& lt;ruby& gt;た間& lt;rt& gt;シ& lt;/rt& gt;& lt;/ruby& gt;& lt;ruby& gt;違っ& lt;rt& gt;ュ& lt;/rt& gt;& lt;/ruby& gt;た

〈& lt;ruby& gt;怒るな怒るな& lt;rt& gt;メンシユ、エルゲレ・デイエ・ニヒト& lt;/rt& gt;& lt;/ruby& gt;〉
〈& lt;ruby& gt;怒& lt;rt& gt;メンシ& lt;/rt& gt;& lt;/ruby& gt;& lt;ruby& gt;る& lt;rt& gt;ユ、エ& lt;/rt& gt;& lt;/ruby& gt;& lt;ruby& gt;な& lt;rt& gt;ルゲレ& lt;/rt& gt;& lt;/ruby& gt;& lt;ruby& gt;怒& lt;rt& gt;・デイ& lt;/rt& gt;& lt;/ruby& gt;& lt;ruby& gt;る& lt;rt& gt;エ・ニ& lt;/rt& gt;& lt;/ruby& gt;& lt;ruby& gt;な& lt;rt& gt;ヒト& lt;/rt& gt;& lt;/ruby& gt;〉

12月6日

窓を少し開けると静止していた空気が破れる音がしてから静けさと涼しさが部屋に入ってきた、数時間前までは皿やグラスがぶつかりあう音や楽しいのか憤懣しているのか大きな声やざわめきや、流しの音楽家たちの奏でるギターであるとかトランペットであるとかのにぎわいで満たされていた眼下に広がる憲法広場も今ではひっそりと静まり返り、音と同時に光を、ホテルの部屋の中まで届けてきた店々もすでに閉められ、ぽつぽつと立つ街灯の足元だけが白い染みとなって明るんでいる。窓を開けたままベッドに横たわった彼は、サン・イシドロの快い夜気をまといながら眠りに落ちた。朝まで終わらなかったらしい、停泊中の客船でおこなわれていたパーティーの音色だけがずっとずっと遠くから、間欠的に彼の意識を撫で続けた。こんなに深く眠ったのは、あの夜以来始めてのことだった、起きたときに彼はそう思った。
セントラルパーク、と現地の住民たちからもそのように呼ばれる公園をぐるりと囲むランニングロードは薄黄色の落ち葉で埋め尽くされ、一歩ごとにさくさくとした音と感触を彼の足裏にもたらした。落ち葉。それで彼はいろいろなことを思い出していた。

たとえば喫茶店でのこと。カルペンティエールを読もうと入った喫茶店でそこはコーヒーが一杯1,000円するかなりしっかりした価格の喫茶店でクラシック音楽が流れていた。話している人が近くにいないいいポジションを得ることができたためいい調子でちゃんと読み進めていたところ、横の横で一人でいた女の声が聞こえて「もう遅いお〜〜〜」と言って、今いる場所を説明し始めた、それから店を出て少しすると男を連れて戻ってきた。彼氏かなにかなのだろうと思っていたところ男が重量の軽そうな声で「写真と顔違う?あれ半年前のやつでさ、あれから少し太ったんだよね」と言って、それから「元彼に顔が似てるんだっけ?てか気になってたんだけどそもそも声かけてくれたのもそれ?でもぶっちゃけ、ぶっちゃけると写真と今とどっちがいい?」と続けた。女は「どっちもいい」と言った。すると男は「いやいやまたまた。でもめっちゃかわいいっすね、めっちゃタイプっすわ、いやマジで」と言った。どうやら初対面のようだった。
それから数分後には明日の出勤時間を確認して「明日2時だから、ってことは、朝まで一緒にいよう」と言った。間髪入れずに「いないわ死ぬわ!」と女は少し愉快そうに言った。男は「いや飲み歩くとかじゃなくて、普通にお話したりしてさ」と言った。
彼らは楽しそうに会話を続けた、話題が途切れると「でもめっちゃタイプだわ、一目惚れしましたわ」と男は言った。それに対し女が何かを返し、すると男は「はいそれ絶対うそー。俺女の子の言うことは信じないから」と言った。「なんで?」「だって女の子って嘘つくじゃん」
彼は九州から半年前に東京に出てきたとのことだった。5人兄弟で、「水商売やってるのは家族の中でも俺くらいかな」ということで、「人と同じことはしたくないんだよね。だからモデルと声優とホストしてて」とのことだった。「じゃあナンバーワンになったら付き合おう。ほんとは、ぶっちゃけナンバーワンにならなくても今付き合いたい。いやほんと、そのくらいすごいかわいいし」と男は言った。付き合いたい、の根拠がひたすらに容姿の良さに置かれていることに、僕はおののきのようなものを感じた。
女はエステで働いているようで、「どういう順番でやるの?」「まず背中をやって」「はい背中やりました、で次は?」と問いを進めた。「あもうわかったから〜〜〜」と言って女はおかしそうに笑った。途中で女は「そんなわけないじゃんなんでだお〜〜〜」と言った。
どういう経緯で知り合ったのか、というのは最初から気になっていたことだったが、男がやっているブログか何かを通して女が連絡か何かをしたらしかった。「俺があそこで書いてることとかめっちゃ頭おかしいじゃん、俺にメッセージ送るとかちょっとやばいよね」
女は「少し軽そうな人だけど一緒にいて楽しい人だな」と思った。働いている姿を見たいし取り巻く女のことも知りたいと思った彼女は、翌々日に彼が働くホストクラブに足を運んだ。

途中でいい加減本当に本が読めないと思ってイヤホンをして音楽で会話を遮断して、読書を再開した。彼らが出るときに次にどこへ向かうのか等を知れるかと期待し消音にして、それでやり取りを聞こうとしていたところ男の口から「グリンゴ」という言葉が漏れた気がした。

「ええ、申し訳ないとは思うが、祖国が一番、ということでした。」「お聞きのとおりよ!」大声で言わなければ理解されないとでもいうように、マヨララは呆然とする私の顔に向かって怒鳴った。「息子よ、お前もか……」「お前もかもへったくれもありませんよ」グリンゴが言った。「確かに卑劣な行為ですが、それだけです。ラテン語の引用などなくとも簡単にわかることですよ。政治の世界では、どこへ行ってもこんなことは日常茶飯事でしょう。」 アレホ・カルペンティエール 『 方法異説 』(p.253)

あうすてるりっつ

クロスの上にすべての料理が並び、テーブルの準備が整ったのを見ると第一執政官は、年々尊敬の念を新たにしていたナポレオンの話を始めたが、この夜この話題を持ち出したのは、イエナやアウステルリッツやヴァグラムの戦功を称えるためではなく、ある本で、ナポレオンとジョセフィーヌ——夫はコルシカの出身、妻はマルティニークの出身で、ともにフランスでは余所者だった——がマルメゾン城で食事をするときには、我々と同じように、つまりエルミラ流の作法に従っていた、という記述を読んで嬉しくなったからだった。たとえ乱雑に見えようと、すでに冷たいものもまだ熱いものも、料理は一度にすべてテーブルに並べ、誰もがフォークとスプーンを伸ばせば届くようにしておく。金目当てに男を漁る貴婦人の猿真似をする成金どもの家なら、給仕が何度も皿を出したり下げたりするのだろうが、食欲を奪うばかりか、消化不良の原因にもなるそんな時間と労力の無駄は排し、無意味な格式に囚われることなく食事に専念する。誰でも好きな時にボトルに手を伸ばしてワインを注げばいいし、それが何年物だとか耳元で囁いてもらう必要などない。人がワインに求めるのは喜びであって、一年や二年違ったところでどうということはない…… アレホ・カルペンティエール 『 方法異説 』(p.300)

こんなに紅葉していてこんなに散っていただなんて、知らなかった。踏みながら、自転車を走らせた。すごく山になっていたのでそこを通ったら、2つほど通ったあと、それが掃く人によってまとめられた山だと気がつき、非常な申し訳なさを覚えた、すると夜になったあるいはすでにとっくに夜だったその夜、きらびやかできたない町の細い狭い路地を入っていった。

12月7日

夕方にカルペンティエールを読み終えた。しんどい気がしながら読んでいたが最終的にすごく楽しくなって読んでいた。たぶんしんどさはいろいろが羅列されたときにいろいろとついていけない感じに起因していて、それが特定の場面らしい場面になる瞬間に、ぐっと楽しくなっていったのだと思う。人がしゃべり、うごくときにぐっと楽しくなる。たとえば、こういう。

そしてマヨララが、いつもどおり身振り手振りと擬音語を交えながら、時間を無駄にしないよう手短に説明する。「知ってのとおり、私もかつては……(胸を持ち上げ、尻を強調する仕草)そこにあんたが……(人差し指を組み合わせて十字を作りながら軽く口笛を吹く)もうかつてのような私じゃないけど……(少し肉のついた顔を両手で支える)あんたと私は…… (両手の人差し指をくっつけて、擦り合わせる)それに、みんな私を恨んでるだろうから、もし捕まれば……(口笛を吹きながら、こめかみを手の平で叩き、口を開けたまま頭を左肩のほうへ傾ける)だから私も……(勢いよく口笛を吹き、走る真似をする)」 アレホ・カルペンティエール 『 方法異説 』(p.248)

すごくしゃべり動いている。総じて悲しくておかしかった。哀しくて可笑しい、というふだんあまり使わないようにしているふしのある漢字をあてたくなるような、そういう。

12月8日

昨夜読み始めたレイナルド・アレナスの『襲撃』はカルペンティエールに続いて同じ水声社の「フィクションのエル・ドラード」シリーズのものながら、文字の大きさが全然違かった。やはりカルペンティエールの文字の小ささは特別だったのだと知れた。それでだからアレナスは、長さもたぶん200ページくらいだし、文字も大きいし、文章の勢いもいいし、断章形式というかだから余白もたくさんあるしでどんどん進むし、一晩で100ページ以上進んだところから見て、今晩にも終わる可能性もあるため、この午後、書店に行くべきだと判断された。
渋谷の丸善ジュンク堂は一番好きというか行きたい書店であり、しかしすごく行っていなかった。だからとても久しぶりに行ったところ道を間違えすらした。松濤の高級住宅街を通る、その行き方が好きだった。間違った道で折れたのでそのまま進んでは神山町の方にたぶん下りてしまうので、それを避けるべく住宅街を適切な方向を目指してうろうろしたところ、このエリアを通るときいつも思い出すように豊川悦司と小池栄子が出ていた映画『接吻』を思い出した。小池栄子の怪物的な演技が凄かった、豊川悦司は高級住宅街の住宅に侵入し一家を惨殺した、また見たい。

久しぶりに、特にこれといって買うものが決まっていない状態で、それから時間に余裕がある状態で本屋をうろうろすることができて、それができると思うと向かっているときからとても解放的な気分になった、実際にうろうろしていると肩にのしかかるリュックの重みもあいまってどんどん暗鬱な心地になっていった。新刊のコーナーを見て、それからラテンアメリカ文学の棚を見て、イギリス文学やアメリカ文学あたりの棚を見た。出る前、ロバート・フランクの『In America』がイギリスの書店から届いた。それもあってスーザン・ソンタグの『イン・アメリカ』がどうしたって目について、前も気にしたことがあったことを思い出した。「アメリカ」という簡単な言葉がとても強く惹きつけてくる。少し開いて、なんとなく、これはとても面白いんじゃないかというような気にもなって、他にめぼしいものもわからなくて、これにしようかとわりと思って、だけど本当にそうなのかと思った。
そろそろ年末年始に何を読もうか考え始めていて、ラテンアメリカのところにいるとなんとなく読みそびれ続けているバルガス=リョサの『世界終末戦争』にしようかとか思った、これは去年も思った、去年は結局『つつましい英雄』になった、それはわりとなし崩しの決定だった。現在それよりもより希望の強い年末年始候補としてはヘミングウェイという気になんとなく少し前からなっていたため視察も兼ねて新潮文庫のところに赴くと、『武器よさらば』と『日はまた昇る』が長い作品であることがわかった。もっと長いのもあった。この2冊を年末年始にリュックに入れたら、ちょうどいいというか読むものを切らすということにもならないだろうしベストかもしれない等。
それからこれは今日買おうと最初から思っていたため新書のコーナーに行って寺尾隆吉の『ラテンアメリカ文学入門 —— ボルヘス、ガルシア・マルケスから新世代の旗手まで』を取った。今日のもう一冊は本当にソンタグにしてしまおうか、どうしようか、と考えた。あるいはカルペンティエールの他の作品、『光の世紀』はどうだろうか。悩んだ結果『武器よさらば』を持ってレジに向かっていた。

夜になるまえにアレナスを読んでいた。アレナスはこんな調子。

まず初めに執行されるのは、これが一番見物なのだが、フェイントの打撃だ。打撃執行人役(俺も何度もやった)の者は棍棒を持ち上げ、十分勢いをつけるふりをして、罪人の頭蓋骨を叩き潰さんばかりに猛烈に振り下ろす、そして棍棒が脳味噌の中で炸裂せんとするその時、突然ふっと力を緩め、打つのを止めるのだ。執行人が猛烈なうなり声を上げてから行われるこの行為は、三度繰り返される。周知の通りこれが象徴的打撃と呼ばれるもので、大衆への見せしめとしてなされるってわけだ。この三発の象徴的打撃が行われている間に、処刑執行まっ最中の生贄の顔を見てみるがいい。これがこの儀式の唯一面白いところなんだが、うなりを上げて振り下ろされる棍棒が、急に止まって脳をかすめる時の目や口やしかめ面といったら一見の価値ありだ。興味深いのは、棍棒が止められた時、間違いなく一撃を喰らうと思っていた当の生贄が、今にもやられる、という印象を拭いきれないことだ。しばらく間をおいてからやっと、やられていないと分かったそいつは、驚きと恐怖と苦しみを露わにする。超絶厳帥による発見と厳正なる通達に従って、そうした三回の象徴的打撃が取り決められているのはそのためだ。処刑を待つ者の恐怖の表情を、皆が見ることが出来るようにするためなのだ。 レイナルド・アレナス 『 襲撃 』(p.65,66)

なんというか、ひたすら暴力が展開されていく。心地は悪くないが息が苦しくなる。

この言葉を聞いた時、俺はあまりの怒りに自分を抑えられなくなる、煮えくり返り、顔が引きつり、鉤爪はもつれ合いながら女の首へと伸びて行く。怒りと嫌悪に震えながら女を捕え、奴がまだ言おうとしていたことは汚らわしい穴の奥に詰まり、どんどん赤くなっていく奴の巨大な目が最後は黒くなり、ついには破裂して飛び出し、俺の公定つなぎに降りかかる。なおさら吐き気を覚えながら、俺は息のないそのけだものを放り投げて何度も殴りつけ、根源的犯罪、という第一級敵の印をつける。一息に自分の番号を書きつける。それから俺は大厳後都中を走り回る。憤怒を抑えることも隠すことも出来ないまま、大鉤爪で自分自身を殴り、自分自身に対する怒りと憎悪にうなり声を上げながら走る。俺に触りやがった、あのあばずれは俺に触りやがった、あの鼠女が俺を騙して撫で回しやがった。俺は吐き気で身震いし、自分を殴り続ける、俺に触りやがった、俺を撫で回しやがった。俺は走る、嘔吐し、総毛立ちながら。 レイナルド・アレナス 『 襲撃 』(p.92)

「だからチョコレートをひとつ、俺にくれないか」そう言って私は席を離れてチョコを取りに行った。基本的に真面目な人間というか真面目に生きているつもりではいるし真面目なところもいくつもあるとは思うのだけど根は不真面目という人間のような気がしてならない、そういうことを考えていたら気が滅入った。気が滅入ったこともあって、「今晩の夕飯はチョコレートだけにしよう、チョコレートとウイスキー」と考えた。するととても楽しみな予定ができたような気分になったのでありがたかった。そして閉店前の1時間半くらい、珍しく何をしたらいいのかさっぱり見当がつかなくなってしまって寺尾隆吉を開いた。そのためジムに行って走った。するとアレナスが読み終えられた。寺尾隆吉の続きを読んだ。ヘミングウェイはまだ開かない。

12月9日

亡くなったニュースを見て、「これからどんなふうなものを書いていくかもっと読みたかった」と、思いのほかにとても悲しい心地になって、考えてみたら2冊しか読んだことないんだった、まだ読んでいない本がいくらもあるのに「もっと読みたかった」などというのも、と思ってAmazonでポチって、届いていたが開ける気にならなかった雨宮まみの『まじめに生きるって損ですか?』を朝、開いた。ちょうど昨日人との会話のなかで岸政彦のことが話題にあがって、そのなかで雨宮まみの名前も出していたのだけど、両人とも、人にこんなふうに優しく誠実に寄り添えるその寄り添い方が僕には本当にとてもとてもよくて、とてもとてもいいと思いながら朝から泣きたいような気分になった。
それにしても僕には「悼む」ということがどういうことなのか、どういうふうにすれば適切に悼めていることになるのか、いまだわからない。「RIP」は言うまでもないけれど、「ご冥福をお祈り」するなんて僕にはできない。

昨日届いた写真集は、開かない。ロバート・フランクを見た日に飲んだ人が写真集や画集は3年に1度開けばいいくらいのスタンスで買っているというようなことを言っていて、3年に1回開けばいいんだったら俺でも買っていいかもしれない、と思って買ったので、それでいい。in。America。

暇営業だったためブログを書こうと思ったら書けなかった。書くことがまとまらない、先がつながらない、という珍しいことが起きた。何が珍しいといえばつながる必要なんてないしつながらないまま書き散らすのがほとんどなのに今回そういう意識が起きて止まった点だった。書きたいことなんて何もなかったのかもしれない。いやそれもやっぱり違う。チョコレートを食べたい。

チョコレートを日々買っている。チョコレートを日々食べている。この依存はいつから始まったろうか。先週からのようだった。

朝に読むのでは長そうだったので夜に、甘いものがどうしても食べたくなってコンビニでチョコレート菓子を2つとクッキーを1つ買って、それら全部を皿に広げて、つまみつまみ、ウイスキーを飲み飲み読んだところ読み終わった。パリ。ずっとこのパリのなかにいたい、ヘミングウェイの描き出す1920年代のパリのなかにいたい、という気持ちを、ヘミングウェイは最後、読むものから離していくようだった。 読書日記(9) | fuzkue

すべてはこの夜から始まった。この夜から始まって、今週は加速してたぶん毎晩食べている。「それにしたって」と僕は言った。「それにしたって今夜の俺に、ヘミングウェイを読む資格なんてあるのだろうか」パソコンの右上に表示されている時刻はたちまちに1時を過ぎ2時を回った。なんだか今夜ではいけないような気がして、読書日記を読み返してみたりして無駄に時間を過ぎさせた。ヘミングウェイから逃げているようにすら感じた。たぶん、閉店後に少しwebいじりをしてしまい、それで時間が遅くなったことに起因している。せっかくのヘミングウェイの始まりはこんな夜ではいけないのではないか、そんなふうになったのではないか。それで結局それは今夜ではない、今夜はいけない、そう判断されたため寺尾隆吉の続きを読むことにした。すると買ってきたチョコレートがなにかもったいないもののように見えてきた。なぜならチョコレートをつまみウイスキーを飲み読みたかった小説を読むことこそが、夜に与えられた宿命だと思っていたからだ、とか思いながらチョコレートをつまみウイスキーを飲み寺尾隆吉を読んだ。ラテンアメリカは本当に面白い。するとラテンアメリカの小説をまた読みたい気が起きてきた、そういうモードになっていった、それは困る事態だった、なぜならばヘミングウェイを私は、とても読みたいと少なくとも頭ではそのように思っているからだった。と寺尾隆吉を開くその時間を迎える前に書いた。

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