本の読める店

誰のために働くのか

Entry blog fuzkue384

これを売りたいんだぞという商品なりサービスなりスキルなり、があったときに、それをいったい誰に売るのか、その働きは誰のためにおこなわれるものなのか、ということをよく考え、は別にしない。のだけどどこかのお店に行ったときとかに「これは誰に向けられているのかなー」みたいなことはわりと考える気がして、ということはそういうことは「よく考え、は別にしない」と言ったけどわりと考えているのかもしれない。

ところで10月にやることにした読書会を僕はとても楽しみにしていて、とてもいい想像しかできないから、これはとてもいいことになるんじゃないかと思っていて、楽しみにしている。
あそういえば読書会といえば、ただ読むだけで話し合ったりしない読書会というので、「やりまーす」と言ったその日かその翌日かにふと「なんか引っ掛かるぞ…なにかが引っ掛かっているぞ…」と思って、なんだろうなんだろうと思ったあとに行き着いたのが、この「同じ場所に集まって同じ本をただただ読む会」というのが僕にとってけっこうなところ「なんかすごい敬愛してる存在っすわ〜」と常日頃思っているnumabooksの内沼晋太郎さんによって「hon-ne」というイベントとして2010年におこなわれていた、ということで。しかも会場はごはん屋さんのフクモリで、食事もついた模様で。
本とともに音にも重きが置かれているからまた趣向は違うといえば違うし、僕も別に新奇なことをやりたくて「思いつきました!」とか言いたかったわけではないので構いはしないのだけど、「うわー俺これ絶対これ本の逆襲でちらっと見かけたとかしてそりゃいいなーとか思ってたのが頭の片隅に残ってたんだと思うーーー」と思ったらなんというかいてもたってもいられなくなり、というか「あいつ無意識にコピったな〜www」と思われるのも恥ずかしいので内沼さんに「かくかくでしかじかでした〜!」とメッセージを送り僕のなかで事なきを得た、あとはブログ上でどこかに「え、知ってますけど?それに新奇なことやろうとしていたわけじゃないですけど?」とこのように書くことで全方向へのエクスキューズを完成させようと、いうところで今このように書いている次第なんですけど、

まいいや。教訓:思いついたと思ったことなんてだいたい誰かがすでに思いついているしすでにやっている

ま教訓とかもいいや別に。なにもいい。

そうそう、それで、でも、だから、ええとなんだっけな、新奇なこと新奇なこと。とにかくある日のある瞬間にふと「あ、読書会」と思いついて、それで考えていったら「みんなで一つのところに集まって同じ本を読むだけ」という形が見えて、「それ最高最高」と思って、の読書会企画なんですけど、なんだろうな、冒頭のパラグラフと関係ある話なんだよな。誰のために働くのか、働きを誰に売るのか。
あそうそう、だから、このイベントが素晴らしく最高最高なのは「こんなにフヅクエにフィットしたイベントは他には多分ない」というところで、本を読むための場所で本を読む、ということがイベントとして成立するというのが、なんかすごく楽しい&返す返すですが楽しみ〜〜〜なんだけど、そう、だから、この場所は本を読む人のための場所、なんだった、というか。僕は本を読む人のために働くのだ、というか。そうだから、僕は本を読む人のために働こうと思っていて、この店は本を読む人にとっての最高の価値を提供しようと思っていて、このイベントはその考えに1ミリも相反しないというのがあまりにも気持ちいいというか。(なお今回はこの日をひきちゃんの独立記念日にするため僕は基本的には働かないつもりで、働く働く言っておいて読書する人としての参加なのだけど)

そうそう、そうなんですよ、ここはたしかに「一人で静かな時間をゆっくり過ごすための場所」なんだけど、それによって「二人の楽しいコミュニケーションはうちでは除外ね」ということなのだけど、だから過ごし方は読書に限らず仕事をしたって考え事をしたって書き物をしたっていいし一人という過ごし方を僕はとにかくサポートしたい、ナイスな彩りのあるあたたかみのある快適で贅沢な時間にしたいわけなのだけど、それは真ん中のところをふわっと包むものとしてあって、あくまでそのコアのコアにあるのは「本を読むための場所」なんだと、いうことを、「とっくに知ってたよ?というか忘れてたの?」という向きもあろうけれど、忘れては一切ないのだけど、ここのところなんというか改めて噛み締めている。もぐもぐもぐもぐという感じで。

なんというか、いろいろと判断に迷ったりすることとかがあったりっていうのは日々あったりするのだけど、そういうときに「本を読む人にとってどうか」だけ考えればとりあえず間違わないかな、というのを、本当に改めてなのだけど、ふと思ったというか。というかその軸ちゃんと持ってないとほんとにおかしなことになっちゃうというか。本を読む人にとって快適かどうか、それだけを考えないとなというか考えよーと思ったというか、迷ったらそこに立ち返ろうというか。おまじないみたいに、「ほ・ん・を・よ・む」と頭に浮かべようと。本を読む。本を読む。そうだよこの場所は「本を読む」から始まって全部が作られているわけなんだ、「どうしたら本が読めるか」、以前も何度も書いていることだけど、席の配置にしろ音にしろ飲食メニューの構成にしろ仕組みにしろ空調にしろ態度にしろなんにしろ。それを、あらためて、おもいだしている、かみしめている、もぐもぐもぐもぐ、という感じで。かんでもかんでも味はまったくかわらなくてあいかわらず超おいしいとかおもいながら、かんでいる。しまいにはあごがつよくなる。

photo by 齊藤幸子

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