本の読める店

惑いと憂い(あれなので)

Entry blog fuzkue334

書くことは距離を作ることというか書くためには距離を作らなければいけないから、こういうとき、有用ではないか。以下個人事業主というか店主の惑いと憂い、そして解脱へ、の様子。

とても暗い気分でいる。
昨夜は閉店後に音楽のイベントに行って、すばらしい音楽を聞き、友だちと話し、酒を飲み、朝まで、いい時間を暮らしていた、もちろんそれは痛み止めの注射みたいなものであることは知っていたが。痛み止めが切れた今、とても暗い。昨日の土曜も今日の日曜も、週末だというのになんでこんなにここまであれなんだ、というあれで、あれが高じてこっちは暗い。あれすぎてたまに面白くなって笑うんだけど、それでもやっぱり暗い。

以前「一喜一憂はしない」という記事で「一喜一憂はそんなにしないんですよ、喜ぶのはあれど、あれだからって鬱になるとかはなくて」と書いたけれども、積み重なると、続くと、暗い。なんかずーっとずーっと暇な日だけが続いているような感覚があって、先週の日曜だけ、「お、悪くはない、日曜らしい」という感じで、喜んだというかほっとしたというか、ほっと胸をなでおろしたというか、見捨てられていなかった、終わりじゃない、ありがたい、みたいな感覚になった日はあったのだけど、それ以外は本当に猫の手でもこなせるんじゃないだろうか、多少の訓練を積めば、というレベルであれで、続くと暗い。どう暗いかというとつまらなさが高じて暗いという感じで暗い。

果報は寝て待ちたいとも思うが、立場上というか仕事中なのでそういうわけにもいかないので、ただぼーっとプロ野球のニュースを読みながら、あるいはやることをどうにかして見つけ出して時間をやり過ごしているが、すぐに手はすき、暗い。やることがないという状態はすごくつまらなくて、求められることがないという状態はすごくつまらなくて、暗い。何にしてもそうだけど待つことはけっこうなところつらい。目の前に物言わぬ無限が広がっている感じがあり、果てしなさにくらくらしながら、暗い。
ゆいいつ好きな待ち方は待ち合わせの時間が決まっていてそれまでまだ時間あるからとか言って本読んだりして、というスタイルで、愉快な未来が約束された状態で待っているのは好きだけど、というかその時間が永遠に続いたらいいなと思う程度にそうやって待っている時間は好きだけど、ぼんやりとした不安と退屈の気分のなかで待ち続けることは愉快でない。開かない扉を見やる。私は世界から見放されたのだろうか、なんかまずいことやっちゃったかな、ブログで余計なこと書いちゃったかな、みたいなことを考えてしまう。暗い。

と、さっき「それでは本日は経理でも」とあれしていたついでに、ずっとあれが続いていると言うけれど、体感としてはすごく「ずーっとずーっと」になっているけれど、実際のところどれだけのあいだこれだけあれなんだ?と思って売上等の推移を見てみたところ、このうつろな状態というのはどうやらここ2週間のできごとのようだった。え!
11月くらいから年が明けて2月の半ばまでのところは、目指している金額からはまだまだ大きな乖離はあるとはいえ、これならまあ、今の段階でこれならまあ、というところで推移していた。だから「ずっと」と思っていたが、この2週間の話でした〜という話だった。ありゃりゃ〜なんか一気に「まいっか」という気になってきた。ほらほら、ニッパチとも言うしね。ニッパチニッパチ。

とは言え、そう数字は語るとはいえ、数字は僕をなだめ励まそうとするとはいえ、え、どうなの、これ、という気分は、え、どうなの、これ、このままだったりしないよね、どうなの、いつこれまたあれしてくれるの、という気分はやはりあり、それはじつにこわい。もちろんこのこわさみたいなものとはどこまでいっても付き合っていかなければいけないのだけれども、まあそれにしても今の僕にはとてもこわい。

なんだか、この2週間というと、先日書いたりもしたけど昨夜の夜遊びもそうだけど何かと予定を入れていろいろと遊ぶのが続いていた時期で、僕は愚かだから、なにかお灸でも据えられたかな?遊びすぎってたしなめられたかな?お釈迦様に。とかつい思ってしまうのだけど、そんなバカなことは考えるなと言いたい。一人こもり本読みふけりもいいけれど、一方で休みのときくらいよく遊ばないといけないというか、ちゃんと人間と関係しないとね、と言いたい。言いたいもなにも、なにをわざわざ。
しかし売上の急落と遊びで金使う時期が重なったのでお金すごい減った感じがして暗い。でも経験は財産だから。とか言ってOKにする。ちなみに本は資産。という感覚なんだろうな、どれだけあれでも買い続けるのだから、と今よりもっとお金がやばいことになっていた去年の春に思ったんだった。

ふーん、しかし2週間かー。なんかこうやって書きながら自分の気分を取り出して眺めながらほうほうとか言って、それと同時に2週間かーというのを正しく認識させようとしているというか、2週間と聞くとなんかほんとそんなたちまち気にするあれじゃないような気が頭ではするのだけど、体感的にはやっぱりなんか全然納得できないというか、すごい気になっちゃうっしょーという感覚をどうしても手放せない。というかやっぱり普通に気にするべきなのかな?あ、でも今、たった2週間の話かーなんかそれほんと別にちょろいわーすぐ戻るわこんなん、という感覚がやってきた気がする。ちょろい。おれがちょろいのか、あれがちょろいのか。

とりあえずやることがなくて退屈だと暗いということであるならなんか退屈しない方法を考えたいですね。そこかな。違うかな。

以上、そういうわけで私の願いは3月からまた復活というか2月中旬までの水準に戻るといいな、これ読んだみんながフヅクエにゴーしてワッショイワッショイみたいになるといいな、あ、でもなんか乞うみたいなのは嫌だから嘘です今の嘘ですとだけ言っておきますけど、まあなんかこう、余裕で余裕っすね、という話でした、また2週間後くらいに報告します、しないかもしれません、南無妙法蓮華経。

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