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『若い藝術家の肖像』を読む(55)宇宙がどこでおしまいになるのかわからないってことがこまる

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(写真はその日に食った食いかけのなんとかかんとかのプレートであり、タイ東北部イサーン地方の料理(たいへん美味しかった)。)文化的な暮らしを送ることによって何を実現したいのか。文化的な暮らしとは休日にパーティーサイズのポテチと金麦を買って一人で全部たいらげて寝落ちすることなのか。いずれの答えもいつの日か出るであろう。答えを急いではならない。ともあれ私は「うん、文化に触れよう」と思ってインターネットを通して知った展覧会的な催しに行ったのだった、カオス*ラウンジ「穏やかじゃない」(ビリケンギャラリー)、黑田菜月「けはいをひめてる」(midori.so 2)に。なお余談だが、続けて読むと「穏やかじゃないけはいをひめてる」になり、なんか意味ありげな感じになるということが私によって発見されたことは大いに賞賛されてしかるべきであろうとそのときに思ったのだった。
私はそれらのギャラリーというのか、展示場というのか、そういった語彙は残念ながら持ち合わせないため不明ながら、そういったものを見におもむいたその場所において、そういった物々を見、「ほお」であるとか「ほえ〜」であるとかの言葉を発することはせずとも頭の中でそのように声を上げていたわけだったが、特に後者の、自転車を置いた少年が川というかに足を伸ばしている様子をうつした写真は、「ほわわわわ〜、なんかすげーけはいのひめっぷり!」と思い胸中は「ブラボー、ブラボー」の声で満たされすらしたのだったが、その詳細はまた後日に譲ろうと思う。

それらを見終えた私がその次の場所として足を伸ばしたのが東急ハンズ前店という、向かいの商業施設がなくなったらどうするんだろうという支店名のルノアールであった。そこで腹をすかせた私はピザトーストとカフェオレを発注し、1時間後に迫った映画上映イベントに備え、先日購読を始めたboidマガジンの連載「新作『バンコクナイツ』の特殊先遣任務のためタイに潜入した空族による極秘レポート「潜行一千里」」の続きを読むことにした。今福龍太の『クレオール主義』を読んだばかりの私には、「こんなところでもクレオール!」というあのおなじみのCMのようなびっくり声の一つや二つ上げたくなる程度に充実した連載であり、がぜん『バンコクナイツ』が、そして目前に迫った『サウダーヂ』の爆音上映およびタイの音楽であるところのモーラムの講座等々が楽しみになるわけだった。
そして開場の18時を前に、私はルノアールを出、シネマライズのところの建物のところに向かった、すると人が何十人か待っており、18時になると少しずつビルの中に私たちは整頓させられていった。その待ちのあいだにとうとう空族の連載を読み終え、そして「読まざるをえない者」であるところの私の手は、リュックの底に眠る本を取り出し、おもむろに開いたのだった。

「政治がどういうものなのかよくわからないってこと、宇宙がどこでおしまいになるのかわからないってことがこまる。彼は、じぶんはよわよわしい子供だと感じた。いつになったら、ポエトリやレトリックの生徒たちのようになれるんだろう?彼らは大きな声で話をし、大きな靴をはき、三角法を勉強する。でもそれはもっとずっとさきの話。まず休みがあって、汽車がトンネルをでたりはいったりするみたいなもの。耳をあけたりしめたりするとき、食堂で聞える生徒たちの声のようなもの。学期、休み。トンネル、でる。がやがや、静か。ずっとさきのこと!」(P32)

学期、休み。トンネル、でる。がやがや、静か。ずっとさきのこと!いいなーこれ。ここ大変ぐっとくる。というかスティーヴンの成長観というのか時間観というのか、なんかすごいな。なんなんだこれ。まず休みがあって、まではそうだよねと思うのだけど、そのあとは一体どういうことだってばよ。
と、私は大きな声で独り言を言っていたため、心配になった整理券番号20番の方(私は21番だった)が振り向いて、お兄さんだったんですね、もう大丈夫ですよ、と言った、その手に、両刃のナイフが握られていた、私は心配になった整理券番号20番の方の制止を振り切ると会場に向かう階段をおりていった、25番までの方、という声が聞こえたためだった、ドリンクチャージは掛からなかった、なぜならドリンクチャージは掛からないと受付の方に宣言されたためだった、その会場の座席のあちらこちらに座ると椅子に荷物の一部を置き煙草を吸いに煙草を吸える場所におもむいた、友人と合流したのはそのときではなかったが、ビールを飲んだ、その日はその一杯に制限することを決定していたなぜならWWWにおいては前回のストップ・メイキング・センスの際に調子に乗って飲み過ぎたために爆睡上映になったからだったその楽しかった日のことを私は決して忘れているわけではなかったそのため映画が終わるまでビールはその1杯にするべきだと決定しその決定が実行に移されたというわけだった。

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