本の読める店

月々8万円の買い物

Entry blog fuzkue246

既報の通り昼の定食屋の時間は人に任せることにした。赤字が、赤字が、と言っていた店がたちまちに人を雇い始めたわけだった。

1日4時間、週5日、時給1000円、ひと月で80000円。
自分が労働力と時間を投下すれば8万円が浮くわけで、これは小さくない金額というか、すごい大きな金額だ。
8万円あったら毎月なにができるかな。本だったら40冊とか50冊とか。そんなに読めない。映画だったらやっぱり40本とかか。そんなには見たくもない。8万円。それだけあれば僕が欲するようなものだったらなんでもまかなえる気がする。でもそれを手放す。突如にしてそれだけの金銭的な余裕ができたのか。

たしかに現状であれば、定食屋とフヅクエの売上で、8万円の人件費が払われても僕の生活らしきものが成り立ってなおかつ余りも出るということになっている。これは一見すると立派なことだ。
ただここに、開店の際に借り入れた金の返済(これ10月から始まる)、それから所得税や住民税等の支払いが入ってきたら一転して貯金減少生活になる。(赤字ってすごいんだなと実感したのが税金とか社会保険料とかで、びっくりするくらいにほんのわずかしか発生しない。国民健康保険料1300円とか)
また、人を雇わないにしても今の売上のままであれば、税金等がしっかり発生する2017年から余剰資金というのか内部留保的なものというのかただ貯金の増加と言えばいいのか、それほぼゼロ、何か出費があった瞬間に目減り、初期投資の回収まで何万年、みたいな状況になる(大好きな皮算用をいくつかのパターンでやってみたところ、このパターンだと回収は2026年10月。何万年は言いすぎだった。ちなみに皮算用の名にふさわしい最良パターンだと2017年9月。俺これがいい)。

これはまずい、と。
定食屋の売上は伸ばす余地がわずかしかない。一方でフヅクエは見事なくらいに伸び悩み続けているので余地しかないっていくらいに余地がある。だからフヅクエをちゃんと成長させていかないといけない。そうしないとどん詰まる。
でも定食屋で働いているとしっかり疲れるので「ま、今くらいでいいかな、フヅクエ」など思ってしまう。「そうじゃないと体が追いつかないよな」と。
これはよくない。
本来は伸ばさないといけないフヅクエの現状維持を望んでしまうような状況はまったくもって不健全かつ未来暗すぎる。「クライミライ」って映画撮ったり「未来は俺等の手の中じゃない」って曲作ったりしたいくらいに未来ない。

そういうわけで、遅かれ早かれどのみち詰むということが発覚したため、昼2ヶ月くらいやって、まあ目新しさみたいなところも一服しただろうしこのくらいの水準はいけるだろう、と目処がついたと信じることにして、ちょっと早い気もしたけど、早いほうがいいかなという気もあり、人にお願いすることにしたという次第だった。

自分の時間と心身の安寧がセット価格1日4000円で販売されていたので「CP、どうかな」など思いつつも購入し、いざ、夜、「さあ、どんと来い!」である。

「である」ってなんなんすかねとか思うんですけどね、しかしなんていうか、思うのは、こう、個人事業主っていうか個人の小さな店とかっていうのか、なんかスケールしないものっていうのかな、わからないんだけど、これほんと天秤ですよねーというか。スケールの小さい私のようなあれにとっては。時間か金かっていうか。なんつーかほんといろいろ。なんていうかね。しかしまあなんつーかこういうパートさん的な限定的な雇い方ならまだしも、がっつりした雇用を生んでいる人たちってほんと立派だなと思うというか。神様みたいだなあというか。想像するだけで目がくらむっすわ。

まあそういうわけで、魂を売らないために時間と体力を売り、今度は魂を磨くか磨り減らさないか何かのために時間と体力の一部を買い戻した、という話でした。

追記:また売った→4月の労働(バカな働き方)

photo by 斉藤幸子

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