『若い藝術家の肖像』を読む(48) 急に体じゅうがあつくなって、へどもどした

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僕はぐずぐずしている。
おとついて書いたように、着用する衣服を購入しにビームスに行かなければならないのだけど、なかなか行動に移せないでいる。
ぐずぐずしていると余計なことをしたくなる。あ、そうだ、バックヤード的な場所に棚をもう一段つけよう!と、素晴らしい口実を見つけ、急いでホームセンターに行って板や金物を買い、チャリで店まで運ぶ。
先日作った一段目は2×6という厚さ38mmで横幅140mmとかの板を3枚、合わせて3メートルちょい使う感じで、片手で持ってチャリ漕ぐのが「これは危険な運転なのではないか?」という程度に困難を伴ったこともあり、また、次の段は薄くてもよかろう、という気になったこともあり、厚さ半分の1×6材を使うことにしたので重さも半分、軽々、すいすい、といった快適なご様子。
さっそくそれを取り付ける。軽くやすりを掛けたのち、相変わらずいい加減なビス打ち、その末、棚が完成する。4時過ぎだったろうか。
僕はぐずぐずしている。棚ができちゃった。しかし腰は変わらず重い。棚にいろいろ並べてみる。つい先日までいい加減にダンボールを重ねたりしていた場所がずいぶんすっきりした。収納ケースも近日届く予定なので、これでよりいっそうすっきりヤードができるだろう。そう思うと心躍る。
とか思いながら僕はぐずぐずしている。洋服屋さんに行きたくないというか行くのは気が重い。きっと所在ない思いをしながら「ふーん」みたいな顔をしながらハンガーに掛かってる服を検分するようなあの感じ、想像するだけで気が重くなる。
でも行かないといけない。なんせお尻破れてるから。
そのため、「ここは一つ、地図を見て場所をちゃんと確認しておこう、なぜなら、迷ってしまったら事だから」と、だいたいわかっているはずの場所を改めて地図アプリで検索してみせる。すると、恐ろしいことが発覚した。「ビームス」で検索したところ、地図上に3つほど赤い丸がついたのだ。「ビームス」「ビームスボーイ」「ビームスタイム」…
反射的に「うわぁ…」という声が漏れたことを記しておきたい。どれに行けばいいんだ?俺男性だしボーイなのか??タイムってなんなんだ???それとも何もついていないのが本丸か????一体どうしたらいいんだ?????
行動を促すための検索によって逆に気持ちを萎えさせてしまった。
ぐずぐずしている。「あ、そうだ」と思いつく。「若い藝術家読み進めようかな、せっかくだし」
いつになくウキウキした気持ちで本を開いた。
「スティーヴンもいっしょに笑おうとしたが、急に体じゅうがあつくなって、へどもどした。どう返事すればいいのだろう?二とおり答えたのにそれでもウェルズは笑った。しかしウェルズはサード・グラマーだもの、正しい答を知ってるにちがいない。ウェルズのおかあさんのことを考えようとしたけれど、目をあげて相手の顔を見る気になれなかった。ウェルズの顔はきらいだ。ぼくの小さなかぎたばこ入れを、四十ばん勝ちぬきの古つわ者の切りさき栗と取りかえっこしないからといって、きのう四角のたまりへつき落としたのはウェルズだ。あんなことをするなんてひどい。みんながそういっていた。あの水は、ひどくつめたくて、ぬるぬるしていたっけ!それに、上に張っている、うす皮へ、大きなねずみがとびこむのをだれかが見たといっていた。」(P27)
僕がぐずぐずしているあいだ、スティーヴンはへどもどしていたようだった。サード・グラマー。米印がついているから訳注を見に行けば正しい答を知ることができるにちがいないのだけど、ページをめくって訳注を見る気になれなかった。サード・グラマー。思い出すのはナンバーガールの「ミニグラマー」。四十ばん勝ちぬきの古つわ者の切りさき栗。また出てきた。四角のたまり。10ページくらい前だっただろうか。『恐怖分子』を見に行った際に読んだ箇所。そことおんなじフレーズが繰り返されている。「Wells's seasoned hacking chestnut, the conqueror of forty」なんのこっちゃですわ。
5時の鐘が鳴った。5時か…夜の予定もあるし、そろそろ出ないことにはいかないよな…というのでやっとこさ、ビームスに向かった。
当初の予定では、「すいません、私、ふだん洋服っていうんですかね、服っていうんですか?お兄さん方はそれをなんと呼ぶんですか?まあともあれそれをふだん買わないため右も左もわからない者なんですが、私の格好はこのように、黒い帽子、白いTシャツ(時に灰色だったりもしますが)、そしてサンダルっていうんですかね、この履いてる薄汚いやつ、このパターンのみであり、なので、このパターンにもっともよいと思われる長ズボンっていうんですかね、ボトムス?ちょっとそのあたりもわからないんですが、そういったものを見繕っていただけないでしょうか。値段の上限としては2万円といったところで、ここは一つ」と店員さんに言えば万事解決なんじゃないのかな、と思っていたのだけど、いざ店に入ってみたところ、「ま、ちょっと俺には言えないわ」と即座に思ったためそういったことは言われなかった。
こういうのって言っていけばいいと思うんですけどね。よほど面倒くさがりでさえなければ店員さんにとって悪くない相手というか、買うつもりがあって、自分が持っている知識だとかセンスだとかに期待が寄せられて、みたいなのってやりがいにすらなるような案件だと思うのだけど(一方で「服という自分にとって特別なものに対する興味やリスペクトがない客の相手はしたくない」みたいなこともあるのかなとも思うのだけど)、まあだから言えばいいんだけど、言わない自分がいるよね、というそれだけなんだけど。
それで予想通り所在ない感じでTシャツとかペラペラと検分して「ふむふむ」みたいな顔して、そうやって少しずつ歩みを進めていったところズボンがある場所に辿り着いた。最初、マネキンが履いてるやつ、あれなんていいんじゃないかな、そう思い、店員さんに「すいません」と声をかけ、「試着をさせていただければと」と依頼し、サイズを尋ねられたので「どうですかねえ」と答え、二つ持ってきてもらって、通された試着室で試着行為をした。
するとSサイズでいいことが判明した。また、そのあれは白いTシャツとは合わないような気がした。そのため「他のも見てみます」と告げ、他のも見た。すると、一本の長ズボンが見えた。これなんていいんじゃないのかな、と思い、念には念を入れて試着行為をしたところ、いいんじゃないのかなやっぱり、と思ったため、「これをください」と告げた。併せて、「履いて帰りたいのですが」と告げたところ、そのままの格好でレジまで来るよう指示を受け、従った。そして、レジの前でタグを切断していただき、無事会計の運びとなった。「おしゃれ」というだけで「怖い人」あるいは「少なくとも俺を脅かす人」と思ってしまう私ですが、店員さんは終始親切で、会員登録を勧めてくださっただけでなく、その場で会員登録の幇助さえしてくださった。会員登録行為の成功によりなんと300円分のポイントを獲得した私は、その足で向かいのビームスタイムに行き、Tシャツと思しき衣類を2枚購入することさえしたのだった!
そういった大変な労力を伴った買い物行為が終了すると、ほっと安心して隙ができてしまったのか、自転車の後輪がパンクするという事態に見舞われた。私は狼狽し、東急ハンズに行き、入り口に「パンク修理等は当店で購入された自転車のみ対象です」みたいな文言を見、慌ててインターネットを活用し近隣の自転車屋の所在をつきとめ、そこに押していくも「今日は人員不足でやってないんです」とあえなく断られ、「ビックカメラがやってくれるかも」との助言に従い、ビックカメラにいき、自転車を預けた。
そして友人との待ち合わせが実行に移された。友人は昨日とかの日記で書いた「別におしゃれとも思っていない友だち」その人であり、彼の姿が目に入った瞬間に「やっぱり別におしゃれとかそういうんじゃないよなまるで」と思った。というところまでは当人にも伝えた。
その友人についていったところ、ビストロと呼ばれる店に入店することに成功した。そこで私たちは互いの近況や見た映画等について談話をおこない、美味しい料理とともにビールが2杯とワインが2杯飲まれた。私たちは愉快な心地になり、時は迫り、『ストップ・メイキング・センス』のパブリックビューイングというか爆音上映を観覧しにWWWに向かった。そこでビールが2杯矢継ぎ早に飲まれた。
私は酒に強い人間でないため、最後の1杯が決め手となってしまったらしかった。
私たちは最前列に座った。トーキング・ヘッズのライブが始まり、1曲目の「Psycho Killer」から私の涙腺は崩壊し、唇をふぁーふぁー言わせながら時おりむせびそうにすらなりながら体をゆらゆらとさせた。喝采した。なんかもうただただ幸せというか、なんなんですかね、あの喜びは。なんなんですかね、この喜びは!!と思いながら数曲、会場を包む熱気と興奮と最高のライブとそれを捉えたジョナサン・デミたちの素晴らしい映像に酔い痴れ、気づいたら意識が半分なくなっていて、ぐらぐらと揺れ続けながら、眠りながら歓喜のただなかにいた。『ストップ・メイキング・センス』の中でもっとも好きなのが「This Must Be The Place」と「Once In A Lifetime」の2曲なのだけど、前者に関しては「始まった!」という大喜びの記憶と歌詞を口ずさんでいた記憶がそちらはおぼろげながらあるのだけど、デヴィッド・バーンがライトを倒してあっち行ったりこっち行ったりする姿やこの映画の主役と言ってもいいんじゃないかという最高にクールでラブリーなコーラスガール2人のリラックスした立ち姿やめちゃくちゃ楽しそうなギタリストの笑顔を見た記憶は一つもないし、後者にいたってはまったく眠っていたからバーンの次々に繰り出される変態的な運動ややはりコーラスガールズのやたらな反り返りからのジワジワした立ち直りも当然、何も見ていない。最後の2曲くらいで目をしっかり覚まして、「いやあ、最高だった!!!」と大満足した。素晴らしい映画体験でした。