本の読める店

『若い藝術家の肖像』を読む(46) 手で耳にふたをし、あけたり、しめたりした

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店休日にしたとはいえ4日木曜、午前中から夕方まではひたすらバタバタしており、営業してる日より働いてるんじゃないのこれ、など腑に落ちない思いを抱く。5時、雑用というか所用からやっと解放され、自転車に乗る。
マグネットが欲しくて雑貨屋さんというのかアンティーク屋さんというのかそういった感じの店にいくつか行って、神山町のArchimboldi、じゃなくてArchivandoでブックスタンドをいくつか購入した。雑誌とか、あの低い本棚のところで面陳列というか正面向けて置いてるじゃないですか、あれ懸案だったというか、本にとって都合のいい置かれ方じゃないので気の毒に思っていたので、よいのがあってよかった。4つ買ったのだけど、今本棚見て数えたら裏表で12面あるからあと8つ買わないといけない。

この日の予定は『The Cockpit』を見ることだけで、まだまだ時間があってどうしたものかと思い、飲食店に入ってビールとカフェラテを一口ずつ交互に飲みながら本を読んだ。そこでまた、開かれたわけだった。

「両方のひじをテーブルについて、手で耳にふたをし、あけたり、しめたりした。すると、あけるたびに、食堂のさわがしい音が聞える。そしてしめるたびにみんなの大きな声がとぎれるのは、汽車がトンネルにはいるときのよう。あの晩ドーキーで汽車はこんなふうにほえたし、それからトンネルにはいるとほえる声がやんだっけ。目をつむると汽車が走りつづけ、ほえるのをやめ、またほえ、そしてほえるのをやめる。汽車がほえてはやめ、またトンネルからでるとほえてはやめるのを、聞いているのはたのしい。」(P25)

このシーン、鮮やかでいいですね。いくらか前のラグビーのスクラムの中から視点が飛翔する感じとか鮮やかだなあと思ったのだけど、こういう鮮やかさを前にすると小説ってどんどん読みたくなる感じありますね。僕こことても好きですね。
そういうわけで今、これ書いてる店の番台みたいなところで両方のひじをテーブルについて、手で耳にふたをし、あけたり、しめたりしたのだけど、これやってるときにお客さんが入ってこられたら、ものすごい苦悩している店主、みたいに見えそうなのですぐにやめた。

で、前々回に続いてこれも光景の合成で、昨日もこの本開かなかったんすよ。また嘘ついたんすよだから。昨日のそのときはロベルト・ボラーニョの『野生の探偵たち』が終わろうとしていたのでやっつけちゃおうと思ってそっち読んだんですわ。悪びれもなく今後も光景を合成していけばいいやと今思っちゃってるんだけど、なんていうかね、いいですわ別に。
という感じで『野生の探偵たち』をやっと読み終えたのだった。数年ぶりの再読で、やっぱりしんどかったし、面白かった。読み終えて「そういえばあれはそろそろだったかな」と思って調べたら発売当日であることがわかり、喜び勇んで本屋に行った。

まっしぐらにラテンアメリカ文学コーナーに行ってボラーニョの『アメリカ大陸のナチス文学』を手に取った。それから、小説以外も何か、とか思ってJ・W・ヤング『アイデアのつくり方』、川上量生『コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと』、有元葉子『この野菜にこの料理: 大好きな素材を3倍おいしく』を買った。
『アイデアのつくり方』は税理士さんにおすすめされたやつで、ドワンゴの方のやつはその日だか前日だかにcakesだか何かのインタビューか連載か何かを読んでなんとなく興味が湧いてで、有元葉子のやつは友だちが「いいよこれ」と言っていたのを思い出し、という買い方だった。気持ち悪い取り合わせだなーこの4冊と思いつつ、豊かな購買のありようにも思えて、なんというか、自分の文脈にないものとかといろいろと出会っていきたいよね、というのはとてもいつも思う。

めでたく本も買えたのでユーロスペースに行き、上映開始まで20分くらいあったので『コンテンツの秘密』を読み始めた。コンテンツとは何ぞや、どのようにしてそれは作られているのか、っていう話みたいで、これから見ようとしている『コクピット』ともわりと関わってくるような気がして、なんか面白いかもなーと思いました。
それで『コクピット』見て、今度は最前列で見てみようとか思って最前列で見て、1回目とは違うところに目が行ったりして、1回目は前も書いたように積み重ねっすなーだったんだけど、2回目は仲間っていいなァ…というあたたかく、そしてなんかちょっと羨ましいようなあれだった。見終えて、無性に何か手を動かしたくなった。が、いつもどおり本読んで酔っ払って寝た。

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