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『若い藝術家の肖像』を読む(44) でも世界のどこかにあるのかも

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休日。コンランショップでハンドソープを買う際に混乱した、ということをFacebookになんのためにか知らないけれども買いたけれども、店のための買い物等の些事を済ませてチャリにまたがり渋谷の方に出た。
それで飲食店に入ってビールを頼んで、外の席に座ってタバコに火をつけて、夕方、日が暮れるまでにはまだ何時間かある。暑いということもない。本を開いた。

「ジャック・ロートンがむこう側からこっちを見た。青いセーラー服を着ているので、小さな絹の赤ばらのバッジがとてもあざやかに見える。ジャック・ロートンかそれともじぶんか、どちらがエレメンツで主席になるかとみんながかけをしていることを思うと、顔が赤くなるのがわかった。優等のカードを、ジャック・ロートンがなん週間かもらい、ぼくがなん週間かもらったのだ。つぎの算数の問題をといて、アーノル神父の声が聞こえたとき、じぶんの白い絹のバッジははたはたとゆれていた。だが、やがていっしょうけんめいでなくなり、顔がすっかりひんやりしているのがわかった。こんなにつめたいのだから、まっさおにちがいないと思った。算数の問題は答が出なかったが、それはもうどうでもいい。白いばらと赤いばら。考えただけでもきれいな色。そして優等と二番と三番のカードもきれいな色だ。ももいろとクリームいろとふじいろ。ふじいろと、クリームいろと、ももいろのばらは、考えただけでもきれいだ。たぶん野ばらはそういう色かもしれない。みどりの野辺にさく野ばらのことが思い出される。しかし、みどりののばらなんてない。でも世界のどこかにあるのかも。」(P23−24)

嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ!僕がその時に開いた本は『若い藝術家の肖像』ではなくてボラーニョの『野生の探偵たち』だ!僕は外の空気を心地よく感じながら喉を越していくビールを甘美に思いながらオクタビオ・パスの秘書を名乗る女の証言を読みながら、夕方にビールを飲みながら本を読むのって、なんて気持ちがいいのだろうか!人々はフヅクエにて、こんな時間を過ごしていたのか!なんて羨ましいんだ!そう思っていたんだ!僕は『若い藝術家の肖像』をそのときリュックに忍ばせてはいたが開きはしなかったんだ!それをあたかも、そのときに読んだかのように出来事を捏造したのだ!実際に開いたのはこれを書いている金曜の深夜の今なのだ!今はじめてこの箇所を読んで、光景を合成したのだ!欺瞞だ!もはや、僕には、『若い藝術家の肖像』を出先で開くという習慣さえも残っていないのだ!この本との距離をどう取っていいのかもはや今の僕にはわからないのだ!でも世界のどこかにあるのかも。少年の好奇心の続きを、こんな叙述を交えずに読み進めてしまいたい、それが正直なところなのだ!この連載らしきもののためにどんどん読み進めることができないことが今、たった今に限れば、歯痒いのだ!されとて、現在は『野生の探偵たち』を遅々としたペースで読み進めているし、それが終わったらジョン・ファウルズの『魔術師』が控えているし、舞城王太郎の『淵の王』も読みたいと思っているし、数日後にはボラーニョの『アメリカ大陸のナチス文学』も発売になるし、今の僕の読書の流れに『若い藝術家の肖像』が入り込む余地はないのだ!なんてこった!!

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