本の読める店

『若い藝術家の肖像』を読む(31) P16、蔦屋書店、クロックムッシュ

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夜、開いた。「ひろいグラウンドに生徒がおおぜいいて」と書かれていて、閉じた。今はこれじゃない、という感じで。
「何か…何か強烈な小説が読みたい…!何か…!俺を…!」みたいな極めて鬱屈とした衝動および必要に突き動かされ蔦屋書店に向かった。

つい先日のことだった。「蔦屋書店があるじゃないか、そういえば」ということを認識したのは。夜中に猛烈に未知の本を読みたくなったとき、何か書物にすがりつきたいと思ったとき、2時までやっている蔦屋書店の存在は実はとても救いになるのではないかと。近所だし前を通ることも何度もあったのに、4ヶ月以上経って初めてそのことに気がついた。
だから、昨夜それを実行に移した。12時半くらいだったと思うけれど、人はまだたくさんというかそれなりにいて、みなさん夜更かしさんだなあと思って小説のブロックに行ったら人はほとんどいなかった。
それにしても、狙い通りというか思惑通りというか望み通り、この場所はこれから先けっこう大きな救いになるかもしれない、と思った。ろくでもない気分の夜中に、10分15分チャリを漕ぎさえすればたくさんの本に囲まれる場所にいける、というのはすごいありがたい。まもられる。安堵する。一歩入ったとき、「あ、助かります」と思った。

で、海外の小説の棚の前で、イギリス、アメリカ、振り向いてドイツ、ロシア、ラテンアメリカ、もう一度振り向いてフランス、みたいな感じを何度も往復しながら、時に日本の小説の方も通りながら、うんうん唸りながら、今の俺に必要なというか今の俺に刺さる小説はいったいどれなんだ、俺はいま何を欲しているんだ、と懊悩というか迷いまくりながら、背伸びしたり、しゃがみこんだり、立ちくらみ起こしたりして1時間以上を悩むことに費やした。どれも全然ピンと来ない。
その中で「これらかなあ」と辛うじて思ったのがパトリック・シャモワゾーの『素晴らしきソリボ』とナボコフの『ロリータ』で、特に『素晴らしきソリボ』はなんだか面白そうだと思ったのだけど、今じゃない、みたいなそういった判断で、一方『ロリータ』は、やっぱりこれもなんか違う気がした。ナボコフは『ディフェンス』だけ読んだことがあってそれは度し難く素晴らしくて、だから『ロリータ』もいつか、とか思っていたので、読みたいのだけど、やっぱり今じゃない、と。

そういう中でなぜかカミュの『ペスト』を前にしたときに、「これなのかもしれない」と思ったのだった。ほんとなんでなんだろう。これらではなくてペスト、みたいな感じだろうか。いや違うんだけど、ともあれ、買うことにしてレジ行って買った。それで何杯も酒を飲みながらペスト大変っすなー、猛威ふるってるっすなー、いやほんと、みたいな話に付き合って、それは大変よい時間だった。

わりと正解だったらしく、今日もずっと読んでいて、どんどん読みたくなるというモードにさせてくれている。
そうやって読んでいると、フランス領のアルジェリアが舞台のせいだと思うのだけど、ふいに「あ、クロックムッシュ?」となった。つい先日食べたことも影響しているだろうけれど、それで、ベシャメルソースを作ってあこれこれ乗っけてトーストして食った。美味かった。

メニュー化をするとしたら、と美味しかったのでそういうことも考え始めて(いや嘘、作る前から考えてるな)、ベシャメルソースをオーダーのたびに作るのはきついので冷凍するということになるけれど、冷凍したらこれってどうなるのか、どういうオペレーションになるのか、みたいなところで、「これはいいアイディアかも!」と思ったのが、広げたラップに1食分ずつ置き、それを使っているパン・ド・ミのサイズに延ばして冷凍する、という方法で、そうしたら、凍った状態のベシャメルソース置いてトースト!みたいな楽ちんなことができるかもしれないぞ!便利!みたいな、どうですかね、いいアイディアだと思ってるんだけど。
そういうわけで残ったやつを延ばして冷凍して、他の材料も、みたいな感じでエメンタールチーズと美味そうなロースハムを買いにいった。
それで開店の準備をおこなっているうちにベシャメルソースが無事冷凍された感があったので、パン・ド・レ・ミの上にそのベシャメル置いて、その上にエメンタール、ロースハム、玉ねぎのマリネ、でもう一枚のパン・ド・ミ・ソの上にミックスチーズやって、サンドした状態でトーストみたいな、本にそう書いてあったから、そうした。
そうしたら味はたいそう美味しかったのだけど中の具材が冷たいままで、「ありゃりゃー、これはやりかた変えないと」となった。

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