本の読める店

読書日記(109)

Entry diary109

10月27日(土)

いくらか重めの仕込みというか開店までにこれらは、というものが複数あったから、気持ちだけ急いで店に行き、ほぼいつもどおりの時間だった、がんばって仕込みをした、ERAを聞いていた、変わる気はある。よかった。
間に合い、開店すると、誰一人として入ってこなかった。1時半まで誰一人として入ってこず、先々週とかはこの時間には満席、みたいになっていたのにえらい違いだった、日記の推敲をしていた、だいたい終わって、という1時半でやっとおひとり来られ、そこからの1時間でほぼ満席みたいになり、ワタワタ働き、気付いたときには半分くらいになっていた、変な日だった。

ダミアン・ライスの「デリケート」が頭のなかで流れていた。

結局は総じて暇な日でバジェットには届かず、総じて、フヅクエの勢いは減じているようだ、どうしたものか、と、打ったが、特に考えていない、夜、一瞬アリ・スミスの『両方になる』を開いて、エピグラフのあたりを読んで、何かが起きて、閉じて、そのあと、暇だったので「オープンから4年」というブログを書いた、17日に4周年を迎えて、今年は書こうかなと思っていたが日記の見直しで忙しいというかそちらが欲望的に優先度高く、書いていなかった、書かないかなこれは、と思っていたが、暇だったので書いたところ、久しぶりにおかしな文章を書けたような気がして満足度が高かった、おかしなグルーヴを作れたような気がして満足度が高かった、なんなんだこれは、という文章だった、よかった、それで、スズキさんが来られたので、おっしゃー俺スズキさんと話したかったんだよ、と思って、帰り際、いつものように話した、ひたすら山口くんの小説の話をしていた、二人ともに興奮した口吻でしゃべった、僕はすごく興奮していた、あれは、すごい、その気持ちがすごくしゃべらせた、それで喋って、店に戻って、勝手に作った縦書きバージョンのPDFファイルを見て、また少し読んだ、スズキさんは何度か読んだらしい、どこかが本にしないだろうか、もしどこもしないなら、もしどこもしないなら。

帰宅後、閉店前に久しぶりに少し読んだら面白く読めそうな気がしたため『クラフツマン』を読んで、寝る。

10月28日(日)

夜中、なにか大きな声で叫んでいたらしい。なんて叫んでいたのかは思い出せなかったが、例えば「プラスチック!」みたいなそういう、なんていうことのない言葉を叫んでいたらしい。まったく覚えがなくて、惜しいことをしたと思った。たくさん汗をかいて、たくさん夢を見た、夢だったのか、それとも眠りと覚醒のあわいのところで考えごとをしていたのか、『デリケート』のいくつもの場面が、流れていた。

朝、パドラーズコーヒー。本だけを持った人が、前を歩いていた、そのままパドラーズに入っていって、外の席で、コーヒーとシナモンロールを飲み食いして読んで、30分くらいで出ていった、いい朝だろうなあ、と思って、よかった、そのあとに外の席に来た隣というか近くに座っていた人も、コーヒーとなにかお菓子を飲み食いして、一段落すると、ペーパーバックを開いて、読んでいた、よかった。
遊ちゃんは昨日『寝ても覚めても』の2度めを読み終えたらしく、遊ちゃんは『寝ても覚めても』は2度見に行っている、チケットは3度買っている、一緒に見ようとしたとき、予告編で急用が僕にできて出た、そのときのそれはそのまま行きそびれて、そのあと、2度、見に行っていた、僕も2度見たし2度読んだが、読んだのは何年も前なので覚えていなくて、どんなことが書かれていたか聞いたら、いろいろと、驚いた、映画の終わりかけの大阪の川沿いの家の亮平と再会する場面、あれは、原作で、朝子がテレビを通して見た麦が出演しているドラマの場面の通りの画面だったという、なんというか、いったい、なにを見させられたんだろうと思った。すごいことだなと思った。
僕は、先日ひさしぶりに読もうと思ったときに麦が出てきたらたちまち東出昌大になって、うわあ、うっとうしい! と思って、先に進めなくなって、そのままにした、それはまあ、そうなるよね、私もみんな彼らだった、と言っていた、僕は、俺はそれだとどうもつらかったんだよね、と言った、昨日の夜だか朝だかに見ていた流れていた『デリケート』の場面は、人物たちもいて、でも彼らには顔が与えられていない、顔が与えられていないといってものっぺらぼうというふうに見るわけではない、十全にリアルなものとして現前していて、でも、それをよくよく、わざわざズームアップして近づこうとすると、顔がないということがわかる、というような与えられていなさで、そもそも基本的に小説を読むときに想起している絵というか映像というか像というのはこういうことなんだよなと思った、なんとなく知った人とか俳優とかあるいはアニメのキャラクターとかなにかの顔をうっすら与えてというか思いながら読んでいるようなときもあるけど、そうでない、ぼんやりとした人物の姿形の想起のまま読むことのほうがきっと多い、それで何かが減じるわけではない、面白く読んでいるとき、その状態で十全にリアルな感触を得ている、つまり、小説を読むときのリアリティというのは、頭の中で描かれる姿形の具体性とか抽象性とは関係のない次元で発生するというか、リアリティが属している場所というのは具体性とか抽象性とかとは無関係の場所であるというか、ということなんだなと思った、むしろ、『寝ても覚めても』を読もうとしたときに起こったことは、顔や姿の具体性が、小説のリアリティというか強さみたいなものを弱めた、そのときの僕にはそう作用した、ということだろうか。店を出て、少し一緒に歩くと、いい日曜日にね、と言って、小さく手を振った。

店、今日もゆっくりのスタート、さすがに昨日ほどではなかったが、ゆっくりで、おやおや、どうしたものかな、困ったな、と思いながら、仕込みもないので本を読みますかと、『両方になる』をちゃんと読み始めた。すると波紋が広がった。

なくなった、と私は言った。消えちゃったよ。
ああ、と彼女は言った。だから泣いてるわけ? でも、本当は消えたわけじゃないわ。だからこそ、金の指輪より素敵なの。輪は実は消えてない。たまたま私たちの目には見えなくなっただけ。本当は、今でもずっと広がり続けている。あなたが見た輪はどこまでも進み続けて、どんどん広がる。水溜まりの端まで達したら、今度は水から出て、目には見えないけれど空気の中を進む。驚異の現象ね。体の中を輪が突き抜けるのを感じた? 感じなかった? でも、通ったのよ。今ではあなたも輪の内側にいる。ママもそう。私たちは二人とも輪の内側にいる。この庭も。煉瓦の山も。砂の山も。薪小屋も。家も。それに馬、パパ、伯父さん、お兄ちゃんたち、職人さんたち、家の前の道も。よそのおうちも。それから塀も庭も、家も教会も、宮殿の塔も大聖堂の尖塔も、川、裏の野原も、ほら、あの向こうの野原も。あなたの目はどこまで見える? あそこの塔、向こうの家が見える? 誰も何も気付かないけれど、輪はそこを通り抜けているの。ここからは見えない野原や畑の上に輪が広がるところを想像してごらんなさい。野原や畑を越えてその向こうの町、さらに向こうの海まで広がっていく。次は海の向こうまで。あなたが水溜まりに見た輪は世界の縁まで広がり、縁まで行ってもまだ進むのをやめない。何もそれを止めることはできないわ。 アリ・スミス『両方になる』(木原善彦訳、新潮社)p.16,17

美しいイメージで、それにしても「尖塔」という言葉を僕は「れっとう」とこれまで読んでいた、「劣」と混同していたらしかった、それで、あれ、じゃあ、なんだろ、この文字が使われる言葉、言葉、と思い、「尖閣」か、「せん」か、「せんとう」か、とわかり、「せんとう」と打ったら、がぜん、銭湯に行きたくなった、なっている、銭湯に行きたい、なんせ疲れた、『両方になる』をしばらく読んでいたらだんだん忙しくなっていって、猛烈に忙しいというふうでもなかったけれどずっと立ち働き続けるようだった、それで、疲れて、一段落したら猛烈な眠気がやってきた、10時、誰もいなくなって、もう閉めちゃおうかなと思っていたらまさかの10時半からのご予約が2つ入って、よっしゃよっしゃお金ちゃんと稼がないとねと思っていたら、10時半を過ぎて、キャンセルされた、どういうつもりの予約だったのか、と思っていたら最近しばしば来られる方が来られ、最後までしっかり営業するぞ、と思い、本を読もうかなと今、思っている。

10月29日(月)

朝、少し早めに店に行き、仕込みがんばる、がんばり終えて開店する、がんばり終えたのでゆっくり働こうと、働く、『両方になる』を少し読んで、それからどうしてだかフォントを調べて、クレスト・ブックスとかエクス・リブリスとかで使われているのはなんというフォントなんだろうなと思う、それから、プルースト。第3巻がというか「花咲く乙女たちのかげに」が終わろうとしていて、季節が終わり、少女たちはひとりまたひとりとバルベックから去っていった、語り手はまだ残っていて、ホテルはすっかり閑散とした姿になりつつあった、廃墟のようだった、それは美しい光景だった、ボラーニョの『第三帝国』だったか、を思い出した、人がいなくなったあとの場所、ということではウルフの『灯台へ』がいつも思い出された、なんだか、元気な、語り手を取り巻いていた少女たちがいなくなって、僕はすごく寂しさの感情が湧いていることに気がついた、なんせあいつ、とっても楽しそうだったからさ。

終わって、4巻を取ってくると「ゲルマントのほう」とタイトルにあり、ずっと社交界的な話になるのだろうか、だとしたら相当つらそう、と思って、開くことはまだしない、変に忙しい日になりつつあって、どうしたんだろう、と思っていたら、どんどん変に忙しい日になっていって、途中、途方に暮れるというか収拾がつかなくなるような気配があった、気配だけだったが、結果として、まともに忙しい休日くらいの忙しさの日になって、だから10月29日はきっと祝日かなにかだったのだろうと思った。
閉店後、山口くんに来てもらい、説明会というか、シフトの相談や、フヅクエで働く心得みたいなものを訓示を垂れるみたいなことをして、それから、心得の続きみたいなものとして、「絶対に嘘をつかないで」と言い、言い切らないうちに笑ってしまって、それはだから増村さんのセリフとして言った、あとはずっとひたすら『デリケート』の話をしていた、話しながら、自分でもよくいろいろ覚えているなと思って感心した、それだけ熱心に読んだということだったのか、それだけ勝手に刻み込まれてきたということなのか。けっきょく3時近くまで話していて、帰って、急いで寝た。

10月30日(火)

起き、出、代々木公園の右半分が紅葉し始めていた、ジャンベを叩いている人があった、空が青かった、少し暑さがあった。丸亀製麺にうどんを食べに行こうとするも、お昼時の行列ができていてやめて、青山ブックセンターに入って千葉雅也の本を買おうと、一番上のやつを取って、なにか不具合というか完璧じゃなさを感じたらしく二冊目のものを取る、という行動をしていたら、こんにちは、という声が聞こえたから見たら、山下さんがいて、こんにちは、と言った。あの、先日の、インタビュー記事、あれよかったですねえ、と言ったら、よかったですよね、阿久津さんのインタビュー記事もよかったですね、と言われ、ああ、あれもよかったですよねえ、と言った、なんか笑った、山下さんは面識があるだけでゆっくり話したこともないけれど、見るたびに、いい顔をしているなあ、と思う。
買って出て、ザ・ローカルでアイスコーヒーとパンオショコラを買って、座って、パンオショコラを食べる2分間だけ座って、コーヒー片手にすぐに出て、イメージフォーラムに行った、ジョナス・メカスの『ウォールデン』だった、始まって、
DIARIES
notes &
sketches
という文字が出た、それで、そういえばメカスって日記映画を撮っている人だったよなというとても基礎的メカス知識を思い出して、むしろこういうときに思うけれどよく忘れていたよなというか、よくこれまで思い出していなかったよなと思って、見た、光、運動、ウォールデン、公園の、女性を撮るところ、そこでわあとなり、それから、アパートの窓に貼りついた子どもたちと、花とかだったっけか、なにかが二重露光というのか、かさなるところ、そこでゾクゾクとして、それからもただただ眠くなったり強烈に面白く感じたりしながら、漫然とした気持ちで見続けた、漫然と、リラックスした気持ちで見続けた、1部と2部のあいだの休憩の時間にザ・ローカルに戻り、ホットコーヒーを買ってきて、続きを見た、サーカスの、第2部だったか1部の真ん中あたりだったか、サーカスの場面が、ゆったりとした音楽のなかで展開されるサーカスの場面がとても気持ちよく、日記、三宅唱の『無言日記』を思い出して、日記、と思い、『メカスの映画日記』を久しぶりにペラペラしたくなった、途中、なにか覚えておきたいことが言われていたけれど、見終えるころには忘れていて、思い出そうとしたが思い出せなくて、残念に思った。

『読書の日記』が手元にわずかになったので、NUMABOOKSに寄って10冊追加でいただいて、いただきながら松井さんと話した、あたらしい人決まったんですね、そうなんですよその人の小説がなんかめちゃくちゃ面白くってこれNUMABOOKSから出してくださいよ、そう言って、今、言いたくてしかたがないらしい、それで、本をリュックに入れた、重い本だった、重い重いと思いながら山手通りを駆け上がり、皮膚科というか処方屋さんに行って処方箋をもらって隣の薬局で処方箋を出して薬を買って店に寄り、本を下ろし、ひきちゃんといくらか歓談し、今日はゆっくりした日になっているようだった、家に帰った、夕方5時半、店から家、という動きは新鮮だった、これからきっと、こういう動きをするようになるということだよなと思って、なにをして過ごすんだろうなと思った。どうして家に戻ったのだろうと思って、たちまち出るところだったが、少しだけソファに落ち着き、日記を書いたりしていた、眠かったが眠るような時間はなかった、出て、千葉雅也を読みながら新宿に出て、人がたくさんあった、埼京線に乗ったら満員電車で、「あたたかいな〜」と思った、十条で降りた。
初めて降りる駅で、ほうほう、町、と思いながらぐるっと歩いて、クルド料理屋さんであるところのメソポタミアに入った、永山がすでにいて、テーブルにはすでに酒と、ピクルスとご飯があった。もう食べてる、と思って面白くて、僕も倣うことにして、ビールとおつまみセットみたいなものをお願いした。すぐにさっちゃんが来て、荷物が多かった、お店の人と知り合いだったようで、気軽な挨拶をしていた、それで、ケバブであるとかいろいろを頼んで、乾杯した、どれもおいしかった、じゃがいもと豆と肉の煮込みが特においしかったか。どれもおいしかった。永山は小学校の同級生で、さっちゃんは永山の高校の同級生の大学の同級生だった。長い付き合いだった。永山の、適当で勢いにまかせていい加減なことをしゃべるそのしゃべりが好きだった、今はリペア職人として働いていた、そろそろ独立しそうな気配だということで、いいねいいねと言った。途中、さっちゃんのカメラマンとしての仕事の話になり、水タバコをぷくぷくと吸いながら、3人で回しながら、話になり、ついこういうとき強いことを言いたくなるというか、それじゃあ中途半端なんじゃないの、みたいな、なにか焚きつけるようなことを言ってみたくなるためそういうことを言ったし永山もそういうことを言って、さっちゃんの顔が本当に陰った時間があったように思えたが、いっときだった。ワインを飲んで、おいしいものをたくさん食べて、お会計をしたら、あ、けっこういったな、という金額で、誰もなにも考えずに頼んだボトルのワインがきっといいやつだったということだった。どうりで頭が痛くならなかった。

新宿でさっちゃんと別れ、親子丼が食べたい、と思い、なぜならうどんは昼に食べたから、ご飯物が食べたい、と思い、はて、さっきなんかパクパク食べた気もするが、とも思ったが、食べたかったらしく、親子丼、と思ったら、なか卯だなというところで、道としては遠回りになるが、いくらか散歩しながら帰るのもよかろうと思い、代々木上原に出て、なか卯に行って、食べた、食べて、なか卯の親子丼はおいしくて、満足して、歩いていたら、先ほど電車から大黒湯のネオンが見えたことが思い出されて、久しぶりに銭湯に行こうと思ったら愉快な予定になり、そのようにして、入った、気持ちよく、久しぶりの銭湯は気持ちよく、「気持ちいいな〜」と思った、道蘭さん、湯冷めするほど外は冷えておらず、あたたかい体のまま、とことことしばらく歩いて、家に帰った、あとは着替えて歯磨きをするだけだと思うと簡単だった、そのようにして布団に入って、千葉雅也を読むでもなく読むというか開いて、文字を追っていたらすぐにまぶたが重くなり、目を閉じたあたりでやはり飲み会だった遊ちゃんが帰ってくる音があり、おかえりと言って、眠りに入った、12時にもなっていなかった。

10月31日(水)

たくさん寝たはずだがじゅうぶんに眠く、眠い、眠い、と思いながら起き上がり、店。いくつか仕込みをがんばっておこない、開け。のんきな気持ちで働きながら、トマトソースを仕込んで、それから、パウンドケーキを作った、遊ちゃんが先日誕生日で、前から、誕生日はプレーンのパウンドケーキにコアントロの香りのするホイップが塗りたくられたものを食べたいと言っていて、明日の夜に晩ごはんを食べようというところだったので、明日の夜にそれを出そうというところで、一日経ったくらいのほうがパウンドケーキはおいしいだろうし、というところで、焼くことにして、バターや卵を常温に戻して、準備をしていた、そうしたら夕方に、そろそろ焼こう、というところで遊ちゃんがお客さんとして来て、遊ちゃんがコーヒーを飲んだりしながら本を読んでいる同じ場所で、僕はパウンドケーキを焼いた。いい香りがして、気付かないといいなと思ったが、帰り際、特に何も言っていなかったから気付かなかった。帰り際は、山口くんの小説の話をした、今日はそれを終わりまで読んだらしかった、よかったらしかった、あの場面、この場面、と話して、みんな山口くんの小説に大きく感動している。遊ちゃんが帰ったあと、僕も少しまた読み直して、いいなあ、いいなあ、と言っていた。

夜、『GINZA』の原稿を書こうかとしていたが、書く気が起きず、店はそこそこに忙しく、平日としてはばっちりの日だった、なにも書く気配がなかったので、明日、パウンドケーキはいいとして、晩ごはんは何を食べよう、と思ったら、誕生日だし、なんか誕生日っぽいなにかがいいかなというところで、ビーフシチューかなと思い、ビーフシチューの作り方を調べていた。のんきな日だった。

帰宅後、寝る前、千葉雅也。「意味がない無意味」。難しくて何が言われているのかちんぷんかんぷんで、困ったな、と思った。なんか、なにか、僕にも関係することが書かれているような気がするが、ちんぷんかんぴんで、困ったな、と思った。布団に移ってプルースト、4巻に突入。すぐ寝た。

11月1日(木)

スーパーでシチューの材料等を買い、店、懸命に仕込みをする、肉はワインと香味野菜で漬ける、もう一日早く考えていれば、丸一日漬け込めたのだけど、いつもギリギリまでなにも考えない、愚かだと思う、そういう自己嫌悪は今日はもうしなかった、昨日は少しした。
開店前、コーヒーを淹れる時間ギリギリある! と思ってコーヒーを淹れて、ひとくち飲むと、安堵感というか安らぎみたいなものが全身に一気に染み渡った、寒くなってきた朝、もはや昼だが、寒くなってきた朝に飲むコーヒーのこの幸せを思うと寒くなってきてうれしい。

で、開け、最初の一時間がなんだかやけに忙しく、え、どうしよ、あ、え、と思いながら働く、最初の一時間で今日は終わりみたいな日で、3時くらいにはオーダーも洗い物も落ち着き、ビーフシチューに取り掛かる、少しずつ進めていく、今は煮込みフェーズ、どこまであの肉は柔らかく煮えるのだろうか、楽しみ。

煮え、7時で閉め、食べる量をホーローのタッパーというのか容器に入れて、レンジで蒸したじゃがいもも入れて、それからパウンドケーキと、ホイップを立てて、入れて、時間が経ったらゆるむだろうというところでホイッパーのやつも入れて、慎重に帰った、シチューは紙袋にまとめて入れていて、なんとなくまだ秘密という気分があったので家に帰って、廊下のすぐのところの洗面所に置いたら、向こうから畳んだタオルを抱えた遊ちゃんが歩いてきて、行き先は洗面所なので、ゲラゲラ笑った。
それから、二人でワインを買いに出た、いいワインかどうかを頭が痛くならないかどうかでしかわからないような僕にはいいワインみたいなものを飲む資格も価値もないと思ったばかりだったが、なんかおいしいワイン飲もうぜみたいな気持ちがあり、わかんないから、なんかビオみたいなやつ飲もうぜ、ど直球でビオみたいなやつ、バカみたいにビオみたいなやつ、という気持ちがあり、それで、どっかにないかなと歩いた、自然派食品のお店みたいなものがあり、オーガニックワインと書いてあったので、まさにビオみたいなやつがあるんでないかと思って入り、見たら、よくわからなかったけれどそれぞれのワインの名前のところに「xxx家」とあったから、なんかきっとそれらはシングルオリジン的な、そういう何かなんだろう、だからビオ的なきっと何か的なものなんだろう、とは思ったけれど、どこにも「ビオ」という言葉はなかったから、また戻ってくる可能性を含みつつ、他にも行ってみよう、と出た、それで、代々木上原駅のほうに行き、ほうというか、に行き、カルディを見て、よくわからなくて、駅の中の金持ちスーパーみたいなところに行き、見て、よくわからなくて、戻ることにした、戻って、聞こう、というところで、私たちはワインのことは何も知らないがバカみたいにビオみたいなものが飲みたいんですが、という、そういうところで、聞いたところ、聞いた方が私はたぶん一番詳しくない、他の人に聞いてくれた、ビオワインについて知りたいそうです、その方がまた別の方に、こちらの方々ビオワインについて、というので、小さな店内、わりとお客さんがいる小さな店内にビオワインについて知りたい木偶のような二人というのがここにいることが知れ渡り、明るいカラカラとした気分を伴ったこっ恥ずかさを覚えて、それから懇切丁寧にいろいろ教えていただいた、それで、なんかジャケがかっこいいやつ、というので選んで、買って、帰った、それで、まずワインを開けて、飲んで、あれ、やっぱりビオ、おいしいんじゃない、これおいしいよね、おいしいよねこれ、とおいしく飲んで、そういえば今日はビーフシチューなんだよ、というところで、もう少し煮ようと、タッパーから鍋に移し、コトコトと弱火で煮た、ワインを飲み飲み、ナッツとかをつまみながら、それから遊ちゃんに365日で買ってきたもらったバゲットを切って食べながら、ぺちゃくちゃと話して、そろそろシチュー食べますかねというあたりで、ボトルが終わりそうになり、近所のスーパーに追加のお酒を買いに行った、戻って、シチューを食べて、おいしいねと言った、遊ちゃんは30歳になった、私は30代に向いている人間なんじゃないかと思っていたから楽しみである、というようなことを言っていて、それはいいあれだなあと思った、シチューを食べ終えた頃にはだいぶ酔っ払っていたしお腹もいっぱいだったが、デザートもあるよデザートも、というところで、食べよう、というところで、パウンドケーキを出し、どのくらい食べる? と聞いて切って、立方体みたいなものになったパウンドケーキの塊に、ホイップを塗りたくって、食べた、それは、とてもおいしかったし、とてもおいしいと言ってもらえて、作ってよかった、うれしかった、へべれけで、食べ終えたら、ソファに移って、横になったら、寝た。

11月2日(金)

それがたぶん11時前で、ふぁっ、と起きたのが12時で、シャワーを浴び、布団に移り、プルーストを開き、寝て、ずいぶん寝た、途中で何度か暑かったり寒かったりして起きて、ずいぶん寝た、朝になって、起きた、店に行った、今日は山口くんの初めての日で、11時になると山口くんが来て、あれや、これやと説明しながら開店準備をして、それから開店して、あれや、これやと、おこなった。
ちょうどいいことにわりと忙しい日中になり、作るところを見てもらって、一度見てもらったものは次は作ってもらって、ということで、そういう、作る機会を多く取れたためよかった、山口くんの横で働いたり見守ったりしていると、山口くんの小説の記憶がいろいろと湧いてきて、折原くんと働いているような気持ちになるときが何度かあった、夜になってくるに連れて、単純に忙しい日になっていって、7時で山口くんは上がって、どうですか不慣れなことってやっぱり疲れるもの? と聞いたところやっぱり疲れたと言っていた、僕も、いつもと違う働き方はやはり疲れたしリズムもよくわからなくなった、上がって、それから、ちょっとこれは収拾がつかないぞ、というような状態になっていった、やらなければならない仕込みが次々と目の前に登場してくる、どうしよう、これはちょっとどうしたらいいかわからないぞ、と思い、ながら、洗い物でせいいっぱいで、そのなかで、鶏ハムを仕込み始めたり、今日2台目のチーズケーキに取り掛かったり、ショートブレッドの生地の準備をしたり、和え物をこしらえたり、そういうあれやこれやがとにかく積もっていって、気持ちはひたすらテンパっていた、閉店して、1時まで、Hi'Specのアルバムを大きな音で聞きながらひたすらひたすら仕込みを片付けていった、手が著しくバキバキになっていて、ひたすら痛い、どうしたんだろうというほどあかぎれが極まっている、何をしていても星がまたたくようなバチバチとした痛みが生じる、1時過ぎ、ようやく座って、ビールを飲んで、飲みながら、まだなにか混乱していた、どうしたらいいかわからない、たくさん、消化しなければならない仕事がまだまだあるように思う、どうしたらいいかわからない、と混乱して、ビールを飲んで、ご飯を食べている時間はないように思ったため食べなかった、いいのかそれでと思って、それから、今週はマジで本を読んでないなと思って、暗い気持ちになった、アリ・スミスをほんの少し読んだのと、千葉雅也をほんの少し読んだのと、プルーストをほんの少し読んだだけだった、どうしてこんなに本を読んでいないのだろう、と思うと、つまらない、退屈な気持ちになって、家に帰った、家に帰って、日記を書いた。

プルーストをほんの少し読んだ。

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