本の読める店

読書日記(102)

Entry diary102

9月8日(土)

起きると、寝違えの痛みはずっと強まっていて、昨日は横に一本引かれた線みたいだった痛みが、今日は背中全体が痛みに抱かれているようなそういう痛みだった、スーパーに行って納豆を買おうとしたらだしが目に入って、山形のやつ、だしが目に入って、そういうさっぱりしたものを食べたいと思って、納豆と併せてだしも買って、買った、店行って、準備した、飯食って、店開けた、店開けてかられんこんを切っていた、れんこんを切っていると欠けた左手の薬指の先のことを思い出してよく気をつけるようになる、他の野菜のときも同じように気をつけたい、指先はまだ薄い、ずっと薄いのかもしれない、弱く敏感で、神経とかが近い感じがする。ちょっとのことで痛い。

極めてゆっくりの、ほとんど壊滅的といっていい始まりで、中井久夫をまた読んでいた、最初の「世界における徴候と索引」をもう一度読んで、それからプルーストを開いていた。

「ごきげんはいかが? 私の甥のゲルマント男爵をご紹介しますわ」とヴィルパリジ夫人が私にいった、そのあいだに、見知らないその人は、私の顔を見ないで、「よろしく」と口のなかであいまいにつぶやいて、そのあとに、「ふん、ふん、ふん」と、何かわけのわからないお愛想をわざとらしくつづけ、小指と人差指と親指とを折り、指輪というものをはめない中指と薬指とを私にさしだしたが、その二本の指を私はスウェード皮の彼の手袋の上からにぎった、それから彼は、私のほうに目をあげなかったままの姿勢で、ヴィルパリジ夫人のほうをふりむいた。
「あら、私は頭がどうかしたのかしら?」と夫人が笑いながらいった、「あなたをゲルマント男爵などと呼んで。シャルリュス男爵をご紹介いたしますわ。まあ、どちらにしても、大したまちがいではないのね」と彼女はつけくわえた、「あなたはやはりゲルマント家の人なんだから。」 マルセル・プルースト『失われた時を求めて〈3 第2篇〉花咲く乙女たちのかげに 2』(井上究一郎訳、筑摩書房)p.111

たぶん、重要人物の、登場だ〜! と思って、それはそれとして、小指と人差指と親指とを折って? 中指と薬指とをさしだす? と思って、自分の、小指と、人差指と、親指とを折って、中指と薬指をさしだしてみた、すると、なんだこれはwww という手の形になって、なんなのこれwww と思った。よくあることなのだろうか。
それから、4時まで完璧な閑散で、それからぐっと、ぎゅっと忙しくなって、気づいたら6時で、見渡すと、お客さんの姿は3つしかなかった。なにが起きたのかわからないと思いながら、それからは淡々と進んで、結果として土曜日のバジェットにどうにか乗ったから、悪くないことだった、疲れて、疲れながら、夜、今度はロバート・クーヴァーを開いていた、先日読んだところで、なにか夢幻的というのか、悪夢的な様子になって、これが続くようならちょっとつらいなと思っていたが、続きを開いたらちゃんとというか、元のヘンリーパート、といってもヘンリーパートもしっかりと混濁しているのだけれども、とりあえずヘンリーが登場していて、混濁したヘンリーが登場していて、それで安心してというか、続けられる、と思って続けていったら、面白くなって、この小説は面白いといっても苦しさがずっとつきまとっているそういう面白さだったけれど、僕は、人がなにかダメになってしまうそういう場面をあまり見たくないそういうところがあって、だから苦しさがあって、ヘンリーはどうなるのだろうか、と思いながら、面白く、読み、閉店したら今度はご飯を食べながら『週刊ベースボール』を開いた、「優勝へ、強打の捕手あり!」というキャッチャー特集の号で、西武の森友哉の記事から始まって、広島の會澤翼の記事になって、次が日ハムの上沢直之と清水優心のバッテリーの対談記事だった、「ゆうし」と読む清水が二つくらい年下で、もしそれが正しいとしたら上沢が二つくらい年上ということになる、上沢は、ずっと、このピッチャーがうまいこといったら、と思っていた選手で、今年がそのブレークの年になっている、うれしい、その上沢の清水への言葉遣いが、え、本当にこんな言葉遣いなの、という言葉遣いで、ちょっと、え、と思って、本当にこんな話し方なんだろうか、ちょっと、え、と思った。

帰宅後、ロバート・クーヴァー。ヘンリーは、がむしゃらに野球ゲームを続けていた、とうとう記録することも後回しにして、ゲームをひたすら続けた、つまりここで、ここまで仔細に、精緻に、され続けてきた各種の記録が汚れた、これは、のっぴきならないことだった。こういうこの感じ、グダっていっちゃう感じ、あるよなあ、となんだか、思った。これは、終わりの始まりだった。

9月9日(日)

朝、どうしてだったかKOHHを聞きながら準備していて、かっこうよかった。最初聞いたとき本当に無理というか生理的に無理というかダメ、と思ったKOHHが、いつからかとってもかっこうよくなって、しばしば聞きたくなって、聞くことになっているから、聞いた、そのKOHHは、今日もかっこうよかった、僕の最近の言葉の運用というか運び方みたいなものにも、最近というかここどれくらいだかわからないがしばらくのあいだの、わりに短く読点で刻んでいくような感じも、あとは同じ言葉を並べて使うような感じも、なにかKOHHの影響があるんじゃないかと思ったのはいつだったか。

開店して、今日は忙しかった、4時までに昨日の3.4倍のお客さんがあった、前日比340%という言い方で合っているだろうか、それは忙しかった、それで忙しく働いて、ずっと働いていた。ずっと働いて、11時くらいになってやっと座った、そのときには、お客さんは誰もいなかった、つまり今だった。
『週刊ベースボール』を熟読し、帰宅。遊ちゃんと話していると、ハロプロが今年20周年と知って、ということは、新潮クレスト・ブックスと同じ年に始まったのか、と知った。今日、お客さんから創刊20周年の冊子をいただいたところだった、いただいたというか、ご存知そうだったから、あれってどこの本屋でも手に入るんですかね、とお帰りのときに聞いてみたところ、くださったのだった、2冊持ってるから、ということだった、ラッキー! と思って、まだ開いてはいなかった、そのクレスト・ブックスとハロプロは同い年で、1998年生まれ、日ハムだと堀瑞輝だった。それで、飲酒運転のことを話していて、呼気のアルコール濃度0.58mgというのは尋常でないということだけれどもどれだけ尋常でないのだろう、と調べてみると飲酒から2時間のところでいうと、というところで調べたときに見た記事を探したがどれなのかわからなかった、不正確だがそのときの認識は次の通りだ、ウイスキーだったら6〜7杯、ワイン6〜9杯、日本酒3合、ビール2500ミリリットル、これを見て、2時間前でそれでしょ、となって、さらに家から仕事現場への通勤中だったということなのであれば、と考えると、想像される状況が異様で、これはモンスター級の暗い事件になるかもしれないと思って、思った、つまり、朝、起きた、仕事だ、その前に景気づけの一杯だ、ロング缶、ロング缶、ロング缶、ロング缶、ロング缶、さあ、働いてくっぞ! いってきまーす! という。

それで寝る前は、ロバート・クーヴァーだった、同僚のルーがヘンリーの部屋に来た、どでかいピザを持ってやってきた、たくさんのビールを飲んだ、二人は、野球ゲームをした、その場面がつらすぎて、えげつなくつらかった、つまり、ヘンリーは真剣だ、深刻だ、しかしルーからしたらたかだかゲームだ、そのギャップがきつかった、苦しかった。この場面の息苦しさはとんでもなかった、ヘンリーには、グラウンドを駆け巡る選手たちの姿がありありと見える、ルーには、ただのサイコロ遊びだった。
ねえ、わかってる、ただのゲームでしかないっていうのはわかってる、こんなふうに必死になるものじゃないっていうのはわかってる、でも、でも俺は真剣なんだ、ふざけてやるものじゃないんだ、ふざけてプレイされるのを見ると心が痛むんだ、どうしても痛むんだ、だから、本当に悪いけれど、頼むから、頼むから一緒に、真剣になってくれないか?

9月10日(月)

早め起き、店、仕込み、懸命、今日もKOHHを聞きながら、本当にかっこいいなと思いながら、煮物等作る。湯がいたゴーヤは味噌とくるみで和える。
開店し、変な日だった、シャッターを上げようとするとお客さんの姿があり、すいませんいま開けますね、でも見ると二人組で、あ、おしゃべりできない店なんですよ、そう言うと、え、二人で来てもしゃべれないってことですか、と、快活ながら何かどういうことなのか理解できないような顔つきをして、階段の数段下にいた方はただ不可解という顔をしていた、そうなんです、本読む店なで、なのでまたよかったら一人でいらしてください、と言った、それから、お一人のというかお客さん何人か来られたのち、また二人組、おしゃべりまったくできない店ですけど、と言うと退散、それは構わなかった、しばらくするとまた二人組、おしゃべりまったくできない店ですけど、と言うと、だってさ、ご飯だけ食べていこうか、ということで、お若い女性二人だった、入るとのことで、こちらとしては構わないんですけど、たぶん思っている感じで過ごせる店じゃないと思いますよ、と言うも、入るということなのでお通しした、こういう場合、僕は水は出さないで待機する、案の定で、メニューを読んだら目配せをして、「やっぱりおしゃべりできないので」という言葉を残して出ていった、僕は「はい」とだけ言葉を発した、これで3組6人だった、こういう、お二人で、しゃべれないの知らないで、入口の横には書いてはあるけれど、読まないで、入ってきて、しゃべれないというところで帰る、という人たちは、一日に一組あるかないか、というかないか、二日に一組くらいかな、三日に一組くらいかな、そういうところだから、これだけ短い時間、1時間半とかそのくらいの時間のなかでこういうことが続くのは記憶にないことで、そうしたらすぐにまた二人組の方が入ってこられた、女性と、その娘さん、というくらいの感じのお二人で、あの、おしゃべりまったくできない店なのは、ご認識は、と言うと、大丈夫です、知ってます、ということだった、「わざわざ来たんです」と少し面白そうな言い方で言われたから、ありがたい、と思って、それで水とメニューとを持って、行った、席で経理かなにかをやっていると、ソファからこっちに顔が向いて、やっぱり帰ってもいいですか、と言う声が聞こえた、さすがに不機嫌になって、4組8人、と思った、特殊なことだった、さすがに不機嫌になって、不機嫌になった。でもそのあと、平生の通り、お一人の方々がそれぞれに座って静かに本を読んで過ごしているその様子を見ながら、やっぱりいい店、と思った、その、いい店感がそういうことを経て浮き彫りになった、際立った、ここに一組でも二人組がありしゃべる二人組があったら、この空気は全部ダメになる、本当に全部ダメになる、この店はそれが絶対に生じない、それは本当に素晴らしい美しい力強いことだった、喜ばしかった。雨が、夕方から降り出した。

それで、しばらく『ユニヴァーサル野球協会』の続きを読んで、それからクレスト・ブックスの冊子を開いた、最初がトム・ハンクスのインタビューで、これがとても面白かった、読みたくなった、次がミランダ・ジュライで、これはまだ読まなかった、読みたくなった、それからクレスト・ブックスをめぐる鼎談を読んで、面白かった、めくればめくるだけ読みたい本が増えていくようだった、目下のところミランダ・ジュライ『最初の悪い男』、トム・ハンクス『変わったタイプ』、ジョゼ・ルイス・ペイショット『ガルヴェイアスの犬』が読みたいし、アリ・スミスの『両方になる』も読みたい、その次のページにあったパオロ・コニェッティ『八つの山』もなんだか強く読みたい、つまり、なんだか俄然猛烈にクレスト・ブックスの新しいやつを読みたい気分がむくむくと本日、湧いたらしかった、湧いて、侵された。昨日まで、しばらくのあいだ、昨日まで、やっぱ今はプルーストみたいなものを読みたいんだよな、なんかダラダラダラダラしていて面倒なやつ、と思っていたのに、簡単にころっと変わる。
それで、第一五七年度、と出てきたとき、『ユニヴァーサル野球協会』に戻って、開いて、第一五七年度、と出てきたとき、ゾクゾクっとした、つまり、野球ゲーム上で100年がどうやら経った、それだけのゲームがヘンリーによって重ねられた、安心して狂気の側に完全に落ちこみ、落ち着き、収まった、ということだった。

上の観客の歓声が規則的になっている。演説。授賞式。追悼演説。今年は、デイモン・ラザーフォードの監督だった男のために特別行事が組まれている。野球殿堂入りしたバーニー・バンクロフトだ。「老哲学者」。「辞められぬ男」。お涙ちょうだいのセンチメンタリスト。それでも、人間としては面白い男だ。かれの『UBAのバランス』はハーディが初めて読んだ本だが、 ロバート・クーヴァー『ユニヴァーサル野球協会』(越川芳明訳、白水社)p.336

ここを読んだ瞬間に、野球の本を読みたい! と思って、野球の、ノンフィクション、はっきりと野球の本、それで、思いつくのは山際淳司の『スローカーブを、もう一球』だった、だけだった、在庫を調べたら渋谷の丸善ジュンク堂にはないようだった、遊ちゃんに、今日これから本屋の近くを通ることはあるかうかがいを立ててみたところ、トイレットペーパーを買いに行くため、行けるよ、ということで、トイレットペーパー屋さんの近くの本屋には(電話を掛けてくれた)あるということだった、お言葉に甘えた、これで、夜、読める。それで、夜、雨で、強い雨で、これはもう今日は完全に暇だろう、と思っていたら意外なコンスタントさで悪くない日になり、ちょこちょこと働きながら、ロバート・クーヴァーを読んでいった、すると、読み終わった。なんだか光に満ちているというか、目が見えなくなるような真っ白い空間の中にいるみたいな、そんな印象の終わりだった、ホワイトアウトという感じだった、なんだかすごい小説だった、ぷはー、と思って、訳者あとがきに代えてのところを読むと、創世記ということだった、ヘンリーは神ということだった、その名前はヤハウェのアナグラムになっていて、ということだった、そういうのはなんだかときめかなかったが、しかしすごいなんだか苦しいだからすごい、小説だった。よかった。
それはともかく、クレスト・ブックスの冊子のタイトルが「海外文学のない人生なんて」というもので、僕はこれがなんか嫌だなと思った、これは中に収録されている鼎談のイベントのタイトルから取っているのだけど、イベントタイトルには文句はないのだけど、これを冊子のタイトルにも使うことは僕はとても嫌だというか、いいの? と思った、いいの? というのは、これまでのクレスト・ブックスのファンや海外文学のファンだけに冊子を取ってもらいたいのだったら、これでいいと思うのだけど、仮に海外文学ってなんかハードル感じるんだよな、という人たちにも届けたいのだとしたら、このタイトルはなんかどうなのか、海外文学のない人生なんてものを歩んできた人たちにどんな印象を与えたいのか、ということで、文学好きとかそういう人たちは本当に簡単に排他的な振る舞いをする、と僕はいつも思う、門戸を広げたいのだったらそれなりの振る舞いをしないと本当にダメなんじゃないの、と思う、これを読まねば、みたいな、これくらいは入門、みたいな、ここらへんはおさえておきましょう、みたいな、ハードル上げてくるな〜、と思うことがしばしばある。門戸を広げたいと言いながら、本当は広げたくないんじゃないかな、本当は門戸を強化したいくらいなんじゃないかな、とも思う、思ったりする。
と書いていて思ったが、そもそも俺は誰かが「海外文学の門戸をもっと広げたいんです」とか言っているのを聞いたことなんてあったっけか。いいように捏造して一人で憤っている。世話がない話だった。ぷんすかぷんすか!
というか書いていて思ったが、「海外文学のない人生なんて」というタイトルはそんなに別に抑圧的に響かない気がしてきた、他のジャンルで想像したら、そうかそうか、それを好きな人たちがそれへの愛をいろいろ語ったり書いたりしているのかな、どういうふうに愛されているのかな、読んでみようかな、という気になるとすら思った、いったいなんの憤懣だったのか、もはやわからなくなった。

帰宅後、寝る前、『スローカーブを、もう一球』読み始める。最初が甲子園のある試合の延長16回の一塁手の落球のことで、べらぼうに面白かった、240球を一人で投げきったり、38度の熱を出しながら出場したり、ひどい時代だなあと思うところはどうしてもたくさんあるけれど、それはそれとして、この文章の組み立て方というか物語の進め方、言葉の選び方、どれも、かっこうよかった。スポーツノンフィクション! と思って、次が江夏の21球の話だった、無死満塁になって、あーこりゃもう無理だわ、しゃーないわ無理だわ、となっていた江夏の気分とか、ひとつひとつ、ビビッドに描かれていて、スポーツノンフィクション! と思って、次が23歳とかで一念発起してオリンピック出場をなにかの競技で果たすぞ、と決めた男の戦いの話で、一人乗りボートで、うまいことやっていく、バイト生活で、やっていく、オリンピック出場決めた、そしたらそのオリンピック日本はボイコットした、という、だから出場できなかった、競技やめた、という話で、これもまたスポーツノンフィクション! と思って、おもしれー、と思って、寝た。

9月11日(火)

コーヒーを買って電車に乗って、等々力で降りた。世田谷、という感じで、初めて見る町だったし見たことのある町だった、渓谷を通るのはもったいないから、一本向こうの通りを歩いて、立派な家がたくさんあった、ファサードがどでかい家が多かった、それがこの地の特色なのかもしれなかった、環八にぶつかり、イタリアン食堂のようなお店に入って、スパゲティを食べて、スパークリングワインを飲んだ、トイレに入ると、スーパーカーが流れていることに気づいて、懐かしかった、かっこよかった、なのでよかった。
店内はナカコーの歌声をかき消す程度にはにぎやかで、なんとなくいくつかの要素からそう予想していたような様子だったから面食らうこともなかったが、ネットで調べると「デートにぴったり」「お洒落なイタリアンレストラン」みたいな感じで、ネットの記事は本当にいい加減で無責任だと思った、それにしても期待値のコントロールは本当に大切だよなあ、と思った、隣にいた、ともにカメラを提げた、少なくともどちらか一方はこれからもっと仲良くなりたいと思っているあの二人は、いい時間を過ごしたか。
満腹、出て、それから駅前の成城石井に入ってビールを買って、渓谷に下りて、散歩をした、曇った日で全体にくすんだトーンの緑で、それがとてもよかった、土の層がいろいろあるんです、という説明板があって、では今見えているのは渋谷粘土層だろうか、と思ったが定かではなかった、歩いた、気持ちよかった、渓谷は存外に短く、滝は存外にか細く、向こうには日本庭園がある、という表示があった、そちらに行った、庭園は樹木の種類を教えてくれた、クマザサ、リュウノヒゲ、よく見る気のするこれらはそういう名前だったのか、と知れ、よかった、上まで行くと小さな日本家屋というか休めるところがあった、あれは濡れ縁というのだろうか、腰掛けて、庭園のレイヤーと、その向こうにある渓谷の木々のレイヤー、その奥行きを見て、いい気持ちだった。たまに思いついてすぐに忘れることだったが、写真を撮ろう、と思って、同じように縁側に腰掛けていた韓国語を話している女性二人に写真を取ってもらえますか? とお願いして、渓谷の木々をバックにして、遊ちゃんと並んで、撮ってもらった、はい、チーズ、と言っていて、そうか、はい、チーズか、と思った、それからまた座っていた、ザクロの木があり、それを見たりしていた、隣のさっきの女性はカメラで、同じ構図で、ただ連写という調子で、ザクロの方向を10枚くらい撮っていた、滝口悠生の『茄子の輝き』の「今日の記念」を思い出して、一瀬とオノが品川で、教習所でばったり再会して、それから中華料理屋でご飯を食べて、あっちに行ってみましょうよ、あの山、のぼってみましょうよ、と言って小さな山を、意外に苦労をしながらのぼると開けていて、町が見えて、頂上に中年の夫婦があった、最初彼らにカメラを託されて撮った、そのあと、あなたたち二人も、といって、「今日の記念に」といって、撮ってもらった、オノの髪の毛が風に揺れて一瀬の肩に触れたのだったか、どうだったか、その美しい嬉しい場面を思い出して僕は、泣きそうになっていた、遊ちゃんと並んで写真を撮る、セルフィーでなくて誰かそのあたりにいた人に撮ってもらう、ということはやりたいというか、やったら面白いだろうなと、思いついて、忘れて、たまに思い出す、そういうことだった、その最初が実行されてよかった、撮ってもらう、他者を介在させる、世界を介在させるみたいなことが僕はなんだか風通しがよくていいように思っている、それにしても韓国の人の写真を過剰と呼んで差し支えがどこにも見当たらないくらいに撮りまくるあの文化ってどういうことなんだろうね、と言うと、昨日だったかおとといだったかに歌手のBoAのことを思い出して調べていた遊ちゃんは、その調べていたときに、2002年だったか2004年だったか、とにかく2000年代初頭の時期に、BoAは韓国でベストフォトジェニック賞みたいなものを受賞している、このフォトジェニック賞というものがインスタ時代のはるか以前からあることから、韓国では写真を撮って撮られてということが文化的にずっと積極的におこなわれていたのではないかと思った、というようなことを言っていた気がしたしまったく違うことを言っていたかもしれなかった、それを聞いて僕は「なーる」と思って、日本庭園を出て古墳があるという方向に歩いた、黒猫が悠然と歩いていて、そのあとたしかに古墳らしいものがあった、それで、公園をひとまわりしてから古墳に登って、立派な木が斜面から何本もそびえていた、これは子どもは木登りをしたくなるだろうなと思って、登るルートを目で追いながら考えてみたら、けっこうなところまで登れそうな木で、斜面で、だから余計高くなる、登りたくなるだろうなあ、と思った。

まだ3時とかで、どうしようかね、と言って、じゃあ『寝ても覚めても』を見ようか、ということにして、渋谷まで戻ることにした、駅までの道はまた渓谷を通りたくて渓谷に下りて、歩いた、川の流れに逆行した、川は、ほとんど止まって見えるようなゆっくりした流れがあったり、時にぴゅーっと速くなったり、また滞ったり、流れたり、していて、それはどんなものだろう、と思って、あの葉の動きを見てみよう、と、一枚の葉に着目してその動きをしばらく追った、ひらひら、くるくると、本当に少しずつ進んで、途中で岩等の障害物があると止まってしまうのではないかとハラハラするがひとつひとつすり抜けて、進んで、こんなにもゆっくりちょっとずつなのか、と、それは新鮮な運動だった、頭上は薄暗く、木々に守られ、静かで、穏やかだった。
渋谷にはバスで戻ることにして、バスに乗った、ぼんやりと酔いと疲労感みたいなものがあって、バスの中では窓外の景色の移り変わりを楽しみたい、知らない町の様子を楽しみたい、と思っていたがウトウトしていた、起きて、着いた、降りて、ABOUT LIFE COFFEE BREWERSでコーヒーを買って、飲んで、時間が2時間くらいあった、丸善ジュンク堂に行くことにした、丸善ジュンク堂に行った、昨日のクレスト・ブックスの冊子に対して覚えた憤懣のことを話していた、会話のない読書会の告知をしたときについたリプライで「行ってみたいけど自分の嗜好は娯楽小説だからなあ」という感じのものがあって、リプライじゃなくて言及ツイートだった、それを見てから僕は「娯楽小説」と考えるようになっていて、それがどういうものを指すのかもよくわかっていないしそれはイコールでエンタメ小説と呼ばれるもの? という程度に呼称すらわからない程度に知らない分野だけれども、そういった本の読者みたいな人のほうが読書という文化圏みたいなものの中ではある種の孤立を強いられたりしている、ということはないだろうか、ということを、そのツイートを見てから考えるようになった、そういう話をしていた、それで、クレスト・ブックスを大量に読みたいぞという気分だったのでトム・ハンクスのとミランダ・ジュライのをとりあえず取って、あとはフラフラしていた、文芸誌コーナーで『新潮』を取って立ち読みした、保坂和志と湯浅学の対談で、それを読みたかったので立ち読みでいいかなという感じで読んでいたら、長いし、目次を見たら蓮實重彦による『寝ても覚めても』論があるし三宅唱のエッセイもあるみたいだ、買うことにした、それから『Spectator』の新しいやつ「新しい食堂」という号を取って、レジに向かった、買って、遊ちゃんを見つけて、そろそろ行ったほうがいいね、といって、出て、シネクイントのほうに向かった、ザ・センター街、という道を歩くのはとてもとても久しぶりのような気がして、その道をその道の通りに歩くのは本当に久しぶりのような気がして、たちまち疲れた、シネクイントに入って、映画までに蓮實重彦読もうかな、と、読んでいた、開場され、入って、読んでいた、ひきちゃんからLINEがあって、ありゃ、それは、店行かないと! ということになって、遊ちゃんは見ていきなよ、といってもいいということだったので、予告編が始まったところで二人で出て、なんだろうと思う映画館のスタッフの方に急用が入っちゃってと言うと、彼女は、シネクイントは半券を持ってくると1000円で見られる、ということを教えてくださった、そうなんですね、また来ます、と言った、言って、先週に続いてなかなか『寝ても覚めても』見られないな、と笑って、バスが手近なところで出ていた、乗り込んだ、外はもう暗くなっていて、一日そうだったように肌寒かった。
店に行き、閉店の時間で、入って、急用を済ませ、ひきちゃんを見送り、少しのあいだ座って、ぼーっとして、出た。出て、家に帰り、どっか飲み行こうよ、お腹すいたよ、といって、遊ちゃんと代々木上原のほうまで歩いて、ランタンに行った、久しぶりだった、ロベルト・ボラーニョの『チリ夜想曲』をここで読んでいた記憶がある、そのときと同じあたりの席について、ビールを飲み、唐揚げを食べ、いくつかのものをつまみ、ビールを飲んだ、仕事の話をわりとしていた。帰って、帰りながらセリーナ・ウィリアムズの風刺画の話をして、俺はこれがどう人種差別的で性差別的かわからないんだ、ということを言った、言って、それから差別のこととかをしばらく話していた、話しつつ関連の記事やツイートを見ていたら、人種差別的というのはこういうことだろうかという合点が行きそうなポイントが見つかったような気にはなっていった、一方、性差別的というのはやはりわからなかった、これを差別的と非難する人たちは具体的にどの箇所がどのようにという指摘をしているのだろうか、僕はそれを知りたい。

ウイスキーを飲み足し、山際淳司を読み足し、物悲しさがあった、なんというかこれまであまり触れたことのないスポーツ選手の言葉があった。その後プロに行きその後打撃投手になったある公立高校の投手の話。突然長嶋監督が高校にやってきて巨人で取るという。世間からにわかに注目を集めるようになった。チームは、勝ち上がっていった。地方大会の準決勝の前夜、酒を飲んだ、たくさん飲んだ。彼はそのことをこう話した。

でもなんであんなに飲んだんだろ。
準々決勝までは最高のピッチングだったと思うんですよ。まわりからもほめられたし、自分でも百点以上のピッチングだと思っていた。下総農としては今までいけなかった準決勝にまで進出した。だからって、それで満足しちゃったわけじゃあないんです。もうやることはやったんだという気分で飲んだんじゃないんだね。
まわりで騒がれたでしょ。それでむしろテレちゃったようなところがあったんですね。
「すごいじゃない」っていわれたとき、それを軽く受け流して気取ることができないんですね。昔から騒がれていれば、そういわれてもどおってことなく「まあね」ぐらいいって聞き流せたんだろうけど。
酒でも飲まないとおちつかないっていうか、そんな気分になっちゃったんだね。違うんだよ、オレなんかどおってことないんだよってことをいってみたかった。オレだけ特別なんじゃなくて、みんなと一緒に遊んでいたいっていうのかな。何もいわずに超然と構えていられるみたいなことができれば、少しは違ったと思うんですけどね。 山際淳司『スローカーブを、もう一球』(KADOKAWA)p.120

この「背番号94」という話は打撃投手を続けているクロダについてこう書いて終わる。「現在、年俸は三四八万円になっている。一か月二九万円という数字である。」
うーん、かっこいいなあ、かっこいいなあ、かっこいいなあ、と思って、今じゃあ書けないことっていろいろあるよなあ、と思いながら、今のかっこいいスポーツノンフィクション(できたら野球)ってないのだろうか、あるならばとても読みたい、同時代のものをとても読んでみたい、と思って、次の「ザ・シティ・ボクサー」をいくらか読んで、これも面白くて、寝ることにし、寝ようとしたところ、なにか体というか手足の先のほうというか全体がピリピリと痺れるような感じがありそれは風邪のときのものだった、え、なになに、風邪? と思い、いやいや、と思い、意識すればするほどピリピリ風邪っぽい感じがして、熱を測ると37.9℃だった、うーむ、これは、風邪だ、と思い、明日までに治るといいなあ、ご予約がいくつか入っているんだよなあ、と思って、そのうちのいくつかはわりとだいぶ前に入れられた予約で、だからそれは、けっこう先々の楽しみな予定として持ってくださっていた、という可能性を感じさせるもので、だとしたらいよいよ、風邪引きましたごめんなさいは避けたい、と思って、がんばれ、体、と思って寝た。

9月12日(水)

起きたらピリピリした感じが抜けており、熱を測るとまあ微熱、というところだった、これは風邪に入らない、よかった、働ける、と思って、店に行った、準備をしながら今日もまたKOHHを聞いていた、そうしたら一日中頭のなかで「ワールドワイド、ワールドワイド」と流れることになって、そうなるとは知らず、開店した、開店して、働いた、働いたところ、どうにもまるで週末の日中のような入りで、ほえ〜、と思い、風邪を移したらいけないのでいつも以上に頻繁に手を洗いながら、働き、しかし、保健所とかの決まりごと的にはどういうふうになっているのだろう、どういうふうにするのが正解なのだろう、どの程度の体調不良からそれはダメということになるのだろう、あとでよくよく調べようと思いながら、忙しく、働けば働くだけ体は元気になっていった、それで、やたらに忙しく、6時になって落ち着いた、落ち着いて、席に座った途端に、体のしびれが戻ってきた、気が抜けて、戻ってきたらしかった、熱を測ると37.7℃で、あ、これ、営業しちゃいけないやつだ、となり、でも9時までのご予約が3つあった、だから9時で閉店することにして、その旨を告げた、人々に。
9時まで、それでずっと元気に働き、閉店して熱を測ったら38.1℃で、ふむ、と思った。飯を食って帰り、食欲はあった、どんぶりいっぱいのご飯を食べた、帰り、熱を測ると38.2℃で、ふむ、と思った。

『新潮』の蓮實重彦の『寝ても覚めても』論を読み、反復、ふむふむ、と思い、それから山際淳司の続きを読んだら読み終わった、表題作もよかったし、最後の棒高跳びのやつもよかった、倦怠や疲労や弱さや諦めや、恐れや、そういうものとともにある人間の姿をどれも描いている、こういうものほんとたくさん読みたいなあ、と思って、それで、寝た。

9月13日(木)

寝ているときに咳が出る時間帯があってそれは風邪みたいな咳で、風邪かよ、と思って、寝続けて、起きたら汗でぐっしょりで、喉が痛くて、熱は37.0℃った、昨晩の段階で、朝起きて、7度を超えていたら休むことにしていた、はい中止中止、と思って、しかし休むのは面倒くさいなと思ったが、中止中止と思って、休むことにして、それで家を出て病院に行った、ちょうど健康診断の結果を取りにいく用があったから兼ねられてたいへん得した気分だった、本を持っていき忘れて、『新潮』を持ってくればよかったと思った、スマホをずっとヌルヌルしていた、意外に待ち時間が長かった、健康診断の結果はまったく健康ということだった、風邪については念のためという感じでお守りという感じでなにかしらの薬を処方してくださるとのことだった、健康診断のときと同じおじいちゃん先生だった、それで、薬局で薬をもらい、店でいくつかのことをして、帰った、帰って、すぐに健康診断結果の数値をExcelの健康診断結果推移シートに入力し、その推移を見た、いろいろと変わらず健康体だった、ここ数年の結果が主だが、ひとつだけなぜかデータがあった2010年のものがあって、それも入力されていて、体重を見るとそれにしても本当に変わらないものだなあ、という体重だった、8年前と0.5キロしか変わっていなかった、ただ、ただ、ただ、ずっと変わらなかった中性脂肪が、これは明らかに、まったくもって基準値範囲内とはいえ、明らかに増えて、驚いた、驚いたというか、そうかあ、と思った、中性脂肪、30代っぽいぞ、と思って午後だった、なにをして過ごそうか、体調が微妙すぎて、微妙に元気で、困る、映画でも見に行こうか、そう思って、うどんを食べた、うどんを食べる前に、遊ちゃんが食べていたキャベツをなんかおいしい塩とオリーブオイルで蒸し煮にしたものを食べたらそれがすごくおいしかった、バクバク食べた、それからうどんを食べた、食べるとソファに寝そべりミランダ・ジュライの『最初の悪い男』を取って、読み出した、うーん、なんか面白い、と思いながら、なんか苦しい、と思いながら、読んでいった、若い女が生活に入ってきて、その女が怖かった、暴力を振るってきた、苦しい、苦しい、と思いながら読んで、70ページまで読んで、ふー、と思って、閉じた、閉じて、今度はトム・ハンクスの『変わったタイプ』を開いて、読み出した、うーん、なんか面白い、と思いながら、なんか苦しい、と思いながら、読んでいった、若い女が生活に入ってきて、その女が怖かった、暴力ではないけれど、ほとんど暴力的な圧力で生活に入ってきた、苦しい、苦しい、と思って、最初の「へとへとの三週間」を読み切った、短編集だった、次がクリスマスの話だった、「クリスマス・イヴ、一九五三年」といった、うーん、なんか面白い、と思いながら、なんか苦しい、と思いながら、読んでいった、戦争の記憶が生々しく反復された、外傷というやつだろうか、中井先生、と思って、しかしいい一編だった、すごく魅力的だった、そのあとの「光の街のジャンケット」は映画の話で、これはまた素晴らしく魅力的だった、面白い、面白い、と思って、思った。途中で何度か熱を測った、7度前後を行き来していて、映画はやっぱやめたほうがいいね、となった、家にいることになった。

それで今度は「新しい食堂」特集の『Spectator』を開いて、最初の日本における食堂の成り立ち漫画みたいなものを読みながら、なんか食べたいねと、今日は遊ちゃんは一日家で仕事をしていた、なにを食べようねと、言って、さっきのキャベツがすごくおいしかったし、うどんでもカレーでも今日はないだろうから、なんせうどんはもう食べた、ポトフを作ろうか、ということにして、あと1ページで今読んでるの終わるから、終わったら、出よう、ということにして、読んで、閉じて、二人でスーパーに出かけて、材料になるものをいくつか、それから、遊ちゃんにも風邪を移したみたいで少しだるいようだったがビールを飲んでさっぱりしたいということだった、遊ちゃんはそれでビールをかごに入れた、買って、雨が少し落ちてきた、帰り、ざく、ざくと、じゃがいもはよく洗って芽を取って皮のまま、人参はよく洗って皮のままで半分に切って、玉ねぎはバラけないように端は浅く切って半分に切って、きゃべつは半分を3等分くらいで、それからソーセージ、それをストウブの鍋に詰め込んで、そのおいしい塩、オリーブやフェンネルやなんやかんやが入っているというなんかおいしい、いい塩、それをまぶして、オリーブオイルを回して、蓋をして、蓋は閉まらなかった、そのためちょっとだけ水を入れておいて、火をつけて、調理は以上。
待っているあいだ、『Spectator』をまた開いた、ウナ・カメラ・リーベラという、ウナカメという、中野のシェアカフェの方の、元は無国籍食堂カルマという食堂を30年以上やっていた方の、インタビュー記事で、「ブリコルールの場所」というタイトルの記事で、それを読んでいた、面白かった、読み応えというか、『Spectator』は面白いなあ! と思いながら読んだ、いいなあ、いいなあ、と思って、読んで、読みながら、どうしたって、店のことを考えた、店、フヅクエ、これからこの店はどういうふうになっていくのだろうかというか、どういうふうにやっていくのだろうかというか、フヅクエ、と思って、いい香りがしてきた、たまに、途中でしっかり閉まっただからちゃんと蒸せるようになったその蓋を取って、野菜の状況を見て、人参にすーっといったら完成だね、というところで、いい香りはずっとしていた、人参にすーっといったよ、という声が聞こえた、聞こえて、きっともっとおいしくなるから、あと5段落分だけ火に掛けていよう、と言った、あと5段落で読み終わるところだった、それで残りの5段落を読んで、終わったので、さあ食事の時間だ、となり、鍋をテーブルに移し、そこから取りながら、食べた、塩を追加で振ったりしながら、食べた、おいしくて、あたたかくて、これはいいなあ、おいしいなあ、おいしいなあ、と思い続けながら、食べていた、食べ終わって熱を測るとまた上がっていた、食後は上がる、と調べたら出てきたため、数十分してまた測った、ちょうど7度くらいだった、トム・ハンクスを開いた、「ようこそ、マーズへ」を読んだ、サーフィンだった、僕はサーフィンはやったことがないからわからないが、これはきっとめっちゃサーフィンのことをちゃんと描けているんだろうな、というサーフィン描写があった、どうしてもあのトム・ハンクスの小説という思いが抜けないから、いちいち、トム・ハンクスすごいなあ! と思ってしまって、失礼だった。

シャワーを浴びながら、買い物に行った時もそうだったが立ったり歩いたりしているとやっぱり体は何かしら万全ではないサインを出してくるようで、でもそれは微々たるもので、働けないようなものでは全然なかった、明日は働く、それは決めている、熱が上がっていたらやめるけど、それはないとなぜか確信しているから、明日は働く、そう思いながら、立ち止まるのは、怖いことだな、と思った。いったん足を止めちゃうと、また足を動かし始めなければならない、それは、大変なことだな、と思った。僕は怠惰だから、臆病だからきっとちゃんと働くだろうけれど、怠惰だから、一度足を止めちゃうと、もう二度と動かせないんじゃないかと思って、そうなったら恐ろしい事態だな、と思った。明日は働く。

9月14日(金)

昨夜、寝る前、トム・ハンクス。次が「グリーン通りの一カ月」でその次が「アラン・ビーン、ほか四名」で、「アラン・ビーン、ほか四名」は最初に発表した作品だとどこかで目にしたのか、それともそのタイトルに惹かれたのか、どうも読みたくて、だから、「グリーン通りの一カ月」を読んで、それから「アラン・ビーン、ほか四名」を読んで、寝よう、と思って読み始めた「グリーン通りの一カ月」がこれまででいちばん好きだったというか、グッとたくさんきた。

エディはベッドに飛び乗った。「あれが宇宙なのかな、よくわかんないけど、望遠鏡で見せてもらった。月が見えた。それが、何というか、太陽の影が月にかかっていた」
「ママは大学の先生なんかじゃないけど、それを言うなら地球の影だと思うわよ」
「でも変なんだよね。自分の目で空を見ると、月はすぱっと切り出されたみたいだった。望遠鏡で見ると、切られたとこがまだあるんだ。それが赤っぽくて、クレーターとか、全部そうなってた。その望遠鏡を手作りしたんだって」
「どうやって作るのかしら」
「ガラスの玉を磨く。ずっと磨いてると、つるつるに光ってくるんで、そうしたらカーペットを巻く芯みたいな筒の先っぽにつける。そしたら、のぞき穴の部品みたいなのを買ってくる」 トム・ハンクス『変わったタイプ』(小川高義訳、新潮社)p.144,145

この子どものセリフの訳がなんだかすごくよくて、よかった、それからもとてもよくて、感動して、とても感動した。いくつかの情景を、これからも忘れないというかたまに思い出したりしそうな気がする、そういう気になった。
それからお目当てだった「アラン・ビーン、ほか四名」を読み出すと、最初のやつの四人組の話で、それでニヤッとして、それから荒唐無稽な話になって、ニヤッとして、眠たくなったので寝た。
起きるとまた汗でぐしょぐしょで、着替えて、寝て、いくらでも寝られるようだった、起きて体温を測ると36度ちょうどでつまり平熱だった、全快! と思って、喜んで起きた。起きて、出た、店に行き、準備をした、準備をして、働いた。
働くと、そう忙しい日ではなかったはずなのに一日中ほとんど座る時間もなく、本を読む時間なんてどこにも見当たらないようなそういう調子で、だから一日中働いていた、どうしてこうなっているんだろう、これだけのお客さんの数なのに、なんで今日はこんなに働き通しなんだろう、と何度も働きながら思ったが、なんでだかわからなかった、いささか困惑した、とにかく働いた、そうしたら閉店時間になって、閉めて、ビールを飲んだ、飲んでいる。
夜は、暇な日だったその夜は、暇だったがスリッパが活躍する日で、ある時間はお客さん6人のうち4人が靴を脱いで過ごしていて、スリッパは2足しか用意していなかった、夜は、暇な日だったその夜のもう少しあとは、3つのソファは埋まっていて、その様子が僕はとても好きだった、全員が靴を脱いでいた、そのうちのお一人はすでにスリッパを使っており、先ほどもう一足が空いたので、どうしようか、と思って、どちらの靴も履き直すのがいくらか面倒そうな靴であることはすでに見ていた、なのでこうなると、先に靴を脱いでいたのはどっちだったかという先着順だ! ということになり、先に脱いでいた方に、スリッパよかったら、と持っていった、使ってくださった、うれしかった、それで、だから、そのソファの様子が僕はとても好きだった、僕の場所から見て手前の王座みたいなソファの方はぺたっと足を畳んで体を小さくするみたいにソファの中に丸くなっていて、その向こうのロッキングチェアなソファの方はフットレストを出してそこに足をまっすぐに伸ばしていて、いちばん奥の二人がけソファの方はアームのところのクッションを背もたれにして足を伸ばしたり伸ばさなかったりしていて、全員が本を読んでいて、なんというか、のびのびと好きな姿勢で本を読んでいる人たち、という感じで、僕はこれはとても美しい光景だと思った。

暇だったけれどいい日だった気がした日だった、帰って、遅くなった、帰って、寝る前、ミランダ・ジュライの続き。そんなことに! という超展開に笑って、すごい、すごいよ! と、思って、面白くて、いくつも折り目をつけて、面白くて、寝た。

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