本の読める店

読書日記(85)

Entry diary85

5月12日(土)

午前中、店でNUMABOOKSの内沼晋太郎さんと打ち合わせというかこんにちは。色校というカバーとかの色とかを見るそのやつをウキウキしたいため見たいため事務所にお邪魔したいんですがとお伝えしたところわざわざ持ってきてくださって、見た、その前、来られたとき、昨日買ったミャンマーの伝統音楽のギターのやつのCDを掛けていたところ「おや? これは?」と反応され、内沼さんも持ってらっしゃるとのことで、そうなんですねというところで、阿久津さんはどうしてこれを? というところで、僕は「昨日Twitterでも書いたんですけど」という断りを置いてから話し始めて、それをあとで振り返ったときになんでああ言ったんだろう、と思った、まるで「ちょっとちょっと〜、Twitter、チェックしといてくださいよ」みたいじゃないか、と思い、もちろんそんなつもりはないのだけど、なにか、あとでTwitterなりインスタなりで投稿が見られたときに、「あいつおんなじこと得意げにしゃべってたなw」と思われたく——いやなんだそれは、そんなことは思われないだろう、書きながら笑った、ともかく、なにかしら必要性というか、思うところはあって言ったということは確かだったし、その考えは浅かったということも確かだった、ということをあとで思った、そうなるその前、束見本を色校のカバーと帯を巻いたやつを見せていただき、つまりそれはこのようになるというもので、うわあ、これは本当にいい! 最高だ! と思って歓喜した、それからあれこれお話をし、午前中からいい日だった、それにしても内沼さん、自著がこの月末に出るとのことで、その原稿の追い込みもゴールデンウィークのあたりだったとのことで、昨日は若林恵とのトークイベントで500ページ以上ありそうな『さよなら未来』を読んで臨んだのとことで、というその中で編集者として1000ページを超す原稿の確認をして、という、すごいなと思った。すごいというか凄い。そんな中わざわざご足労いただいちゃったの恐縮の極みだなと思ったが、おいしいコーヒーをお出しすることでチャラにしていただくことにした。

そのあと、店が開き、なんとなくちょうどいい調子で時間は進み、ケーキを焼いたり、おかずを作ったり、日記の推敲をしたり、はては『GINZA』で連載が始まりましたというブログを書いたりしながら、調子はそこそこによかった、と思ったら夕方以降、忙しくなり、息をつく間もないような様子で終わりまでぶっ通しで働いた。よく働いた。いい一日だった。気持ちがよかった。

寝る前、武田百合子。

5月13日(日)

起きたとき、明日は休みだ、と思った、ゆっくり眠ろう、と思った。
店、たいして仕込みもなく、ご飯を2杯食べたらもう1杯食べたくなり、食べた。最初の2杯は納豆で、最後の1杯は醤油漬けの黄身とザーサイで。満足してコーヒーを淹れていくらか準備をして、店を開けた。明確に体が疲れていた、足腰が重かった、鈍重という感じだった、考えてみたら、最後に一日休んだのは5月1日だった、けっこう経っていた。

ゆっくりめの始まりで、雨で、大雨の予報で、今日はどれだけ暇でももうしかたがない、『アルテミス』読んで過ごそ、と思っていた、先日友だちに教わり、『火星の人』のアンディ・ウィアーのあたらしいやつが出ているよ、と教わり、それで昨日、「そうだ!」と思い立ってポチっていた、夕方には届くだろう、それを読んで過ごそ、と思っていたところ、悪くない調子で、雨なのにまあ、うれしい、そして雨のなか読書して過ごす人たち、とてもいい、その休日、すごくいい、と思ってよろこびながら働いていたところ、夕方くらいから歯止めがきかない感じになっていった、後手、後手、という状態が長く続き、オーダーも洗い物もたまりつづけ、どうにかこうにかこなしていく、ヒイヒイ、という状態になっていった、土砂降りだった、強い雨の音が聞こえてきた、たいへん、たいへん、と思いながら働いた。ここ数週間では一番忙しい日になったのではないか。

11時前に最後の方が帰られ、片付けが済んだら餃子を食いにいくか、と思いながら洗い物をしていたところお一人来られ、12時までですけど大丈夫です? と尋ねると大丈夫とのことで、座ると、こちらを向いてわりと話し始めた。聞くと、すぐ向かいのマンションに住んでいる方で、朝は出勤前に犬の散歩をするとの由。この週末は奥さんがどこかに行っていて、暇なので飲み歩いているとの由。少しろれつが回りきらなかったりしながら、アウトドアブランドの話を教わった。登山をする人とのこと。ノースフェイスのレインウェアを最近買った。今日もそれを着て夕方、犬の散歩をした。犬は散歩をしないとおしっこをしないので、しないといけない。マンションは、体高50cmまでの犬は飼っていいことになっている。1匹まで。飼っている犬はちょうど50cm。マンションは分譲。フルリノベーション。勤務先は徒歩圏内。これは偶然。本社は品川のほう。出向先が今ちょうど徒歩圏内。出向先の会社で顧客管理システムのデータベースのどうこう。バグがたくさん発生。大仕事。
僕は厨房の中の、シンクの前のあたりに立って、洗い物をゆっくり静かにやったり、食器を拭いたりしながら話していた。お客さんと話すことがあってもそれは帰り際に扉の外で、ということがほとんどで、こういう、まるでカウンターの店みたいな感じでお客さんと話すことはまずないことで、不思議な感じ、と思った。それに、なるほど、カウンターの店だとこういうふうに、特にこちらから水を向けなくても、自分の話をし始める人というのが、本当にいるもんなんだな、と思った。

12時過ぎに帰られたので店を出、餃子屋さんに行き、ご飯大盛りとビールと餃子を2枚とつまみをいくつかお願いし、それで『アルテミス』を開いた、ビールを少し飲むと、なんだか朦朧とした気分になった、溜まった疲れが今、どんどんあふれようとしている。みたいな感じがあった。それで『アルテミス』を少し読み、読むと、月で、帯には「今度は月だ!」とある、月で、そこには町がいくつかあって、暮らしがあって、富裕な人ももちろんたくさんいるが、それを支える労働者階級がいて、語り手のジャズという女性はそういう一人で、カプセルホテルみたいな部屋で暮らしている、その女性が語る。そういう語りが始まり、ほお、と思いながら読み始めた。店は2時閉店で、入った12時40分くらいにはもう完全な片付けモードで、カウンターのほとんどの席は片付けのためにいろいろ使われていて、僕は空いたところに座っていた、どんどん、片付けの圧が高まっていって、最後の一人になり、なんだか居づらい気にもなったし、まあ、帰ろう、と思ってわりとすぐに帰った。
シャワーを浴び、ウイスキーと水をグラスに注ぎ、ポテチを開き、読書を再開した、わりとすぐに朦朧となって、歯磨きをし、布団に移り、読書を再開した、わりとすぐに朦朧となって、知らないあいだに寝ていた、朝起きると、おかしな曲がり方をした本が枕の下から出てきて、悲しい心地になった。

5月14日(月)

久しぶりに好きなだけ眠るということをおこなったところ起きたのは12時過ぎだった。もう少し眠ってもよかったが起きたので起きた。コーヒーを淹れて『アルテミス』を読んでいった。Amazonで買うときに星が目に入り、3.5というところで、これは高くない数字だった、熱狂は呼んでいない、ということだろう、というような評価だった、それが、読む姿勢になにか影響を与えているのか、ところどころで引っかかるような感じがあった、『火星の人』は、わからないながらも「きっとそうなのだろう」という強い実感というか、強いリアリティというか、強い納得を与えられながら読んでいた、隙みたいなものがないような、綿密に完璧に組み立てられた世界のなかにいる感じがあった、今のこの暮らしの先にあの世界がある、という地続き感があった、そしてそれは猛烈に面白かった、熱狂的に面白がりながら読んだ、『アルテミス』ではその納得感みたいなものが幾分弱い気分があった。作者にとって自明すぎることなのかもしれないが僕には「そうなるの?」というところを、ケアしてもらえないような、置いていかれるような感じがところこどこで起きた。起きながらも、面白い面白いと読んでいる。
上巻があっという間に終わり、下巻に入った、うどんを食った、また読んだ、読んで、寝間着のまま、ソファで読んで、夕方になると眠くなり昼寝をした、2時間以上寝ていた、暗くなってやっと起きて、やっと着替えて、店に行って資源ゴミを出し、月曜を休むとこうなる、と思って、暗い店で少しの間たたずみ、店を出た、渋谷の丸善ジュンク堂に行って、うろうろした。

『Number』のイチロー特集、しかしそれは先日の立場の変更前の特集だから、マリナーズへの帰還の特集、それを取り、それから外国文学の棚をうろうろとしたところ、クレスト・ブックスの『マザリング・サンデー』というやつと、イギリスのマジックリアリズムがどうこうと書かれた国書刊行会のやつ、それから、『収容所のプルースト』を取った、これは、ソ連の強制収容所のなかで画家の方が『失われた時を求めて』の連続講義をした、たぶんテキストなしで、講義をした、記憶だけを頼りに、講義をした、そういうなにかのようだった、それは、その様子を想像したらなんだかそれはすごい、と思って、読みたくなったらしかった、装丁というか本の様子もよかった。共和国。『残響のハーレム』に続いて。

それら4冊を買って、神山町のほうへ。魚金。ビールと日本酒を飲み、黒そいの煮付けであるとか、白エビの天ぷらであるとか、どれもおいしかった。外の席で、気持ちがよかった。それからバール・ボッサ。白ワイン2杯と低速ジューサーを使った季節のカクテルを飲んだ。ワインおいしかった。低速ジューサー、とてもよくて、これ僕も買おうかなという気が起きた。

酔っ払って、愉快な気になって、帰って、寝た。

5月15日(火)

起きて皮膚科行って店。ひきちゃんと談話をおこなったのち、「じゃ、よろしく」と言って帰宅。コーヒーを淹れて『アルテミス』を続ける。途中でうどんを2玉茹でてざるうどんにして食べ、なんだか、もう少し食べたい……と思い、しばらくしてからもう1玉茹でてこれは釜揚げで、食べた。するとお腹いっぱいになったし、『アルテミス』は終わった。二日間、いい読書の時間になった感じがあった。
夕方になり、眠くなり、昼寝。2時間昼寝した。いくらでも眠れる、と思って起きて店。バトンタッチして、ぽやぽやと働いた。パッケージ通販でいくつかのものを注文した。シーラーは、悩むのに飽きて日中にAmazonでポチった。結局、とりあえず安いやつを買ってみることにした、ローエンドというのか、3000円のやつだった、これでいける、これを使っています、と先日見たコーヒー豆屋さんのブログにあったやつだった、それでダメだったら友だちが使っているという7000円くらいのやつを買えばいい、と思った、この判断は、けっこう迷った。7000円のやつで行けば、使いたい用途には使えることはわかっていたが、これは、重かった。一方、3000円のやつは、彼の用途には使えるのかもしれないが僕もその通りなのか、確かめるすべがなかった。コーヒー豆屋さんなのだから、大丈夫な気はしたが、でもわからない気分があった。しかし一方、これは軽かった。これで使えるならばこれの方が、運用していくなかでの何かは楽なような気がした。それで、とりあえず3000円、ということにした。

寝る前、武田百合子。旅の一行に疲れが見え始めた模様。

5月16日(水)

ぼんやりと働く。和え物をこしらえ、ジンジャーシロップを煮込み、その他いくつかのことをこなし、済んで、ゆっくり本でも読むか、と思っていたところ、シーラーが届いた。やってみたところ、まったくうまくいかない、うまく貼りつく気配すらない、と思って笑ったのち、もう少しやってみると貼りつけられた。圧着できた。という言い方だろうか。問題なく使えるような気がした。やはり軽く、機動力高く、これは便利かもしれないと思った。
そうしたら、コーヒー豆袋の裏側にやる食品表示的なやつをどうしようかと考え出して、スタンプを作ってぺったぺったかと思ったが、シールを作ってやる方がいいのではないか、と思い、シールの印刷サービスのページとかを見て、コスト的にはありだったけれど、なによりもフレキシブルじゃないよなあ、というところが気になった、それから使っている紅茶屋さんのパッケージを見たりしながら、どうして賞味期限まで印刷されているんだろうなあ、どうしたらそれができるのだろうなあ、あそうか! 自分で印刷すればできるということか! となり、きっとそういうシール用紙みたいなものがあるはずだ、とあたかも大発見のように思って検索してみればそんなものはすぐさま見つかり、なんというか、簡単に済む、と思って「やったやったー!」と思って、それから食品表示的なもののデータを作り、それからそれなら表面もスタンプじゃなくてそういうやつを作ってシールにすればいい、と思ってそれをずっと作っていた、そうしていたら夜になっていって、お客さんはいなくなって、閉店時間を迎えた、早く、届いてほしい、明日だった、明日には新しいコーヒー豆袋も、ドリップバッグ用の袋も中身のやつも、シール用紙も届くから、なんかそれっぽいものを作ることができる。お店屋さんごっこは楽しい。

寝る前だけ読書。武田百合子。

5月17日(木)

パッケージ通販から荷物が届いた。サンプルを頼んだときは、やたら巨大で薄っぺらい、おかしな形状の梱包で来て笑ったが、今回はいやにコンパクトで、あれ、こんなので頼んだ分って収まるのかな、というふうだった、それはそれで笑った。よく笑うパッケージ通販だった。
とはいえ、昨夜ポチったシールがまだ届かない、昼ごろに「発送しました」とあり、「え、やっと!?」と思った、普段は思わないことだ、そんなに早く届けてくれなくていいのに、と思ったりもしているはずなのに、今日は「え、じゃあいつ着くの!?」という気分だった。「どゆこと!?」というような。しょうがないからそれまでは一生懸命働こうと思い、働いた、いい仕事をした。たまに「郵便受けに入っていたりして?」と思って外を覗いたりもしたが届かず、しょうがないので本を読み始めた。
『マザリング・サンデー』を開いた。真野泰訳。ほんの少し読んだだけで、ああ、これはよいものな気がする、となった。僕はすっかり、『奇跡も語る者がいなければ』で真野訳に魅せられて、大きな信頼を寄せているらしかった。読み始めてすぐに、

「いや、うってつけの上天気じゃないか、ジェーン」この日の朝、ニヴン氏は淹れたてのコーヒーとトーストを運んできた彼女に向かって言った。 グレアム・スウィフト『マザリング・サンデー』(真野泰訳、新潮社)p.10

という箇所にあたり、そうしたら空腹を感じ、パン、そうだ、パンを食べよう、と思ってパンをトーストして、食った。そうしたらシール用紙が届いた、届いて、すぐに印刷をしてみて、印刷できて、カッターで切って、貼って、豆を挽いて、ドリップバッグ袋に入れて、シーラーで留めて、それを外側クラフト内側アルミの三方袋に入れて、シーラーで留めて、ということをしたら、あ、できた、これは売り物のドリップバッグだ、できる、これでできる、となった、なって、うれしい気もしたが、やってきたのは虚しさだった。
こういうとき、フアン・ホセ・サエールの『孤児』を思い出すようになっている気がする、思い出した。探検隊の人々を狩り、切り分け、焼いた。その匂いに集落の人々は集まり、よだれを垂らしながら火とその中で焼けていく肉を見つめる。そして配られる。貪るように食う。満腹になる。あれだけ食べたかった肉を食べてしまった今、やってくるのは途方もない虚しさである、とでもいうような顔で放心する人々、の様子を思い出す。できてしまっては面白くなかった、作ってみようと欲望しているときがそれ自体が報酬だった、できあがって欲望が満たされたとき、報酬はなくなり、労働となる。そういう感覚がいくらかある。あって、そうなった気がした。ほんとにできたの?www やることはまだいろいろあるんじゃないの?www なにいってんの?www という気もするし、実際そうだと思うが、早めに、というところでいったんそうなった。

虚しくなって、しかしそれでもやり続けるらしく、ドリップバッグを何個か作っていった、手順に慣れよう、みたいなところだった、途中、「なにやってんのかな」という気がふっとやってきたりもしたが、楽しくドリップバッグを作っていった、作っていると、シーラーが実に不安定なことがわかった、きれいに溶着できるときもあれば、どうにもできず、パカッとすぐに開いてしまうようなこともあった、この不安定さはやっぱり、なしだった。それで、7000円のをやっぱり買うことにした、覚悟はしていたことだった、覚悟というか、織り込み済みのことだった、7000円のを買い直すというよりは、3000+7000で10000円のシーラーを買う、ということだった、それは、高性能卓上シーラー シールくん、である。

店にずっといると、一日中働き続けてしまう。疲れ果て、夕飯はラーメン屋で済ませた。帰宅後も、3時近くまでメールを送ったりデータをいじったりなんやかんやしていた。
寝る前、武田百合子。一行はチェーホフの生家を訪ねた。『中二階のある家』はまだ開かれていない。

5月18日(金)

眠かったが起きた、店行った、飯食った。
仕込み等々をしながら営業をしていた、腕がどうにも疲れている。なんなんだろう、と思う間もなく答えはわかった、昨日、軟弱なシーラーで溶着させる作業のなかで、けっこうな力でグッ、グッ、と押す、という動きを何度も何度もやっていたせいだった、今日、高性能卓上シーラー シールくんが届く、これだったらきっと、一発回答を見せてくれるはずだし、使ってみなくてはわからないが、力も必要としていないのではないか、なんせ高性能なんだから、それくらいできてよさそうだった。

働き続ける。開店から夕方まで仕込みとオーダーをこなし続け、ノンストップに立ち回っていた。やっと落ち着き、今日やることはだいたい済んだので、コーヒーを淹れて、座って、日記を書いている。腕が重い。

ここまで書いてから、また閉店までずっと働いていた、途中、シーラーが届いたので試してみた、すんなりと行った。問題は、というか改善できるところは、シールだった、印刷して、カットして、貼る、という流れをもっと簡略化できないか、と思ったところ、買ったのはノーカットのラベルシールというやつで、ノーカットの、とわざわざ書かれているということは、カットされたものもいくらでもあるということだった、それでちょうどいい大きさのものがあれば、カットする手間、それから、これも意外に大きいなと思ったのだけど、ノーカットのものだと貼るために剥がすときに剥がす取っ掛かりがなくて、それで手間取ることがあった、爪が長ければいいのかもしれないけれども僕の今日の爪は短かった、それも、カットされているものであれば、断然はがしやすい、というところで、それで、いや違った、昨日そう思って食品表示の裏面に使えそうなやつをポチったんだった、10面の、それも届いて、それを印刷してみた、ものすごく楽だった、であるならば、表面に使える大きさのものもないか、正方形の、60ミリくらいのやつ、と思って探したら、Amazonでは見当たらなかったが、パッケージ通販にあった、パッケージ通販だったか! と思った、それは予想できていなかった、というかシールという工程を予想していなかったのだから仕方がなかったが、とりあえずサンプルを取り寄せることにした。改善、改善。
というのは「ずっと働いていた」のごく一部であり、それ以外もとにかくなにか仕込みが発生したりして、そこそこに忙しくもあり、ずっと働いていた、腰が途中で痛くなった、12時間、いや13時間くらいか、ほとんど休むことなく働いた、よく働いた、へとへとに疲れた、ビールを開けた、イチロー特集の『Number』を読みながら飯を食った。

寝る前、武田百合子。二人は踊る。

黒の袖無しワンピース、つり鐘形に肥えた、アメリカ人らしい老婆が、左手を腰にあて、右手に緋色のスカーフをかざして、ゆーらゆらゆーらゆら踊り出てくる。カルメンみたいに花までくわえている。歓声があがる。老婆は酔払っていて、一人浮かれてゆーらゆらゆーらゆら踊りまくっている。
「いいなあ」酔いを発している主人は鼻がつまったような声を出した。
柔道試合のように、主人と私は踊る。踊りながら主人は何度も訊く。
「やい、ポチ。旅行は楽しいか。面白いか」
「普通くらい」
ホールを横切って、ロシア人らしい青年がくる。セニョリータなんとかと言う。(あたしのことを美人だなあと思ったからやってきたのだ。いい気持だ)はいはい、と私は踊った。 武田百合子『犬が星見た ロシア旅行』(中央公論新社) p.197,198

遊歩。寝際、思い出した。昨日、店の建物の前に老人が乗る電動のカートというのか、が置いてあり、見ると機種名のシールなのだろうものが貼られていて、「遊歩」とあって、喜んだ。そうか、あれも遊歩か。と思うととてもうれしいやさしい気持ちになった。今、調べてみると、「遊歩パートナー」「遊歩スマイル」「遊歩スキップ」が出てきた。スキップの概念が覆されたというか、そうか、スキップというのはぴょんぴょんすることではなくて、ぴょんぴょんを発動させる心地のことだったのだな、と知る。

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